米放送局HBOの2部構成のドキュメンタリー『Tiger』第2部の終盤、ジャーナリストで作家のアーメン・ケティヤン氏が、「2019年のマスターズで逆転優勝する前の最盛期のタイガー・ウッズと対決してみたかった」という内容で若いゴルファーたちが話していたことを回想しています。タイガーと張り合えると大胆にも想像している彼らに向けて、ケティヤン氏は呆れ顔を見せました。
もはやタイガーのライバルたちは私たち観客と同じように、クラブを手にしたときのタイガーの破壊力を忘れてしまったのかもしれません。そんな方たちのために、このドキュメンタリー『Tiger』はゴルフ界初の、そして間違いなく唯一のスーパースターであるタイガーの栄枯盛衰を最近のカムバックと共に描いてくれたのです。
『Tiger』は映画のような、完璧なストーリーラインで彼の人生を物語っています。それはまさに、現実に起こったこととしてあまりにも信じがたい内容のため、脚本家から断られてしまうような物語です。
この物語はタイガーの成長と、父親のアールとの関係から始まります。強引だと見られることもあったアールですが、タイガーにとっては父親以上の存在でした。アールはタイガーにとって兄弟のような存在であり、友人でもあり、さらにはマネージャー、親友でもあったのです。
最初にタイガーの才能に気づいたのは、もちろんアールでした。まだ赤ん坊だったタイガーは、「ガレージでスイングの練習をするアールの姿に目を奪われていた」と言います。アールはタイガーが2歳になる頃には、どんな大人よりも上手にゴルフクラブを振る方法を教えていたのです。
元グリーンベレー(アメリカ陸軍特殊部隊)でベトナム戦争にも参戦しているアールは、それ以降この若き逸材のメンタル面も鍛え上げ、息子タイガーもグリーン上で世界を圧倒するための準備を整えたのでした。そうして、決して両手を広げて彼を歓迎することのないこのスポーツを支配するのでした。
「歓迎されていないにもかかわらず、この業界へすすむ必要があったのか?」、そういった疑問の解答を探している方は、ゴルフのマスターズトーナメントの開催地オーガスタは、かつての奴隷プランテーションの地に建てられていることを知るとそのヒントとなるかもしれません。
またタイガーは子どもの頃、肌の色のせいでゴルフコースから追い出されたことを率直に語っており、1997年のマスターズでメジャー初優勝を果たした際にも、ギャラリーから人種差別的な脅しや罵声を浴びせられたとも語っています。しかし彼は、これらの言葉や環境に屈することなく、ゴルフという競技を通して反人種差別運動を行ったとも言えるのです。
アールは息子タイガーを完璧なプレーヤーに仕上げていきました。ですがその過程でタイガーは、父親のあまり好ましくない性格も受け継いでしまったのです。『Tiger』の中で、タイガーの転落の原因となった女好きや浮気に関して、「女遊びで有名だった父アールから受け継いだものだ」と語られています。タイガーの浮気は確かに、栄光からの「転落」をもたらしました。ですがそれは、「転落」というよりはコース上での「つまずき」という言葉のほうがふさわしいかもしれません。
2009年にタイガーの浮気が公になりましたが、2012年にはトーナメントでの勝利を取り戻し、2013年には世界ランキング1位の座を再び獲得しています。彼の王者としての地位を証明するものとして、ナイキは「Winning takes care of everything(勝利はすべてを解決する)」というキャッチフレーズの広告を出しました。
タイガーの本当の転落の原因は、実は彼のキャリアの中で徐々に悪化していった背中と膝の負傷に関係していたのです。タイガーは寝たきりになったり、歩いて移動できなくなるほど悪化したケガに対処するため、処方された痛み止めの薬に依存するようになりました。2017年に飲酒運転で逮捕されたのは、この薬を服用しているときでした。
フロリダ州ジュピターの留置所で、いつものナイキのシャツを着ていても以前の面影がなくなってしまったタイガーを見て、多くファンは「彼がどうやってそこから復活するのか?」と疑問に思わずにはいられなかったことでしょう。
しかしながら彼は、ここでも見事に復活を成し遂げます。2019年のマスターズにおけるタイガーの勝利は、彼をゴルフ界から除外することなど決してできないことを証明したのです。
…にもかかわらず、現実は残酷な方向へと進んでいきます。
『Tiger』のリリース後、2021年2月に重大な交通事故に巻き込まれ、医師によると右下肢と足首に「整形外科的に重大な損傷」を負ったことにより、タイガーの物語に新たな幕が切って落とされたわけです。そうして2021年3月中旬となっても、タイガーは病院で療養中です。つまり、今シーズン中にメジャー16勝目を上げる可能性はほとんどなくなってしまったということになります。
つまり、この作品から私たちが学べることは、タイガーの物語を描くには彼自身しかない…ということ。次にどうなるかなど、本人以外(本人も、かもしれませんが)誰にもわからないということです。
Source / ESQUIRE UK
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。