ネットフリックス(Netflix)のオリジナルドラマ『クイーンズ・ギャンビット』に登場するチェスプレイヤーは架空の人物ですが、チェスという現実の世界にはそれに類似する人物も存在します。

ドラマのタイトルにもなっている「クイーンズ・ギャンビット」とは、チェスのオープニングの1つであり、クローズド・ゲームの代表的なものになります。「1.d4 d5 2.c4」となったカタチが広義な意味における「クイーンズ・ギャンビット」の基本形です。つまり1手目に、先手の白がd4にポーンを置くと、次に後手の黒がd5にポーンを置きます。そして2手目に白がc4に置く…、そのカタチを指して「クイーンズ・ギャンビット」の基本形となります。

縦の列「ファイル」には、白側から見て左から右へ aからh の文字が割り当てられています(ちなみに横の行は、「ランク」と言って数字で表します)。そこでクイーンの初期配置は、先手(白)はd1、後手(黒)はd8です。つまり、d上にあるポーンは最初からクイーンに守られていることになります(クイーンは、移動先に相手の駒がある場合にはその駒を取ることができます)。さらにその他の駒でも守りやすく、非常に強力な存在となります。殆どのゲームにおいて、このdポーンをめぐる争いに発展して行きます。

では、話をドラマに戻しましょう。

『クイーンズ・ギャンビット』は、2020年10月から全7話がネットフリックスで配信開始となり、わずか1カ月で世界の6200万世帯が視聴したという人気ぶり。おかげで主演のアニヤ・テイラー・ジョイも一躍スターに。そんなアニヤ・テイラー・ジョイが扮する主人公ベス・ハーモンは架空のキャラクターであり、実在するチェスプレイヤーであるボビー・フィッシャー、ボリス・スパスキー、アナトリー・カルポフらからインスピレーションを受けてはいます。が、アニヤ・テイラー・ジョイの存在感と魅惑的な演技によって、製作側の想像を超えるリアリティを宿しことになったのです。さらにもう一つ、そこにチェスの歴史的な背景も加わったことで絶大なるインパクトを放ちました。

ウォルター・テヴィス(Walter Tevis)による、1983年の新世代小説を代表する同名作品をもとにしたこのドラマでは、孤児院で育ったハーモンが1960年代に世界最強のロシア人チェスプレイヤーを打ち負かし、グランドマスターになるまでの人生を描いた物語です。

そして、その過程においてネットフリックスは、致命的なミスも犯してしまったのです。ドラマをよりリアルなものにするためにでしょう、実在するチェスプレイヤーのノナ・ガプリンダシヴィリ(Nona Gaprindashvili)の名前を出したものの、その彼女に関して誤った情報で展開。さらに、不適切な表現とも思えるセリフも発せられていたのです。そんなわけで今回、ネットフリックス側は法廷へと足を運ばなければいけなくなった、というわけです。

それは、ジョージア出身のこのグランドマスターであるガプリンダシヴィリによって、『クイーンズギャンビット』で自らの名で登場した人物に対し"性差別的"な表現をしたとし、「名誉毀損だ」としてネットフリックスを訴えているのです。『The Hollywood Reporter』誌によれば、その問題は最後のエピソードにあり、「チェスの解説者がガプリンダシヴィリについて問題のある(そして間違った)発言をしている」と言います。

『クイーンズ・ギャンビット』  netflix
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該当する作中の台詞:
「エリザベス・ハーモンは、彼らにとって重要な相手ではありません。特筆すべき点は性別だけですが、ソ連にはノナ・ガプリンダシヴィリもいます。女子王者の彼女は、男性とは対戦していません」

そして、訴状にはこのように述べられています。

「ガプリンダシヴィリが『男性と対戦したことがない』という非難は、明らかな誤りであり、性差別的です。彼女は、このエピソードの舞台となった1968年には、すでに10人のグランドマスターを含む少なくとも59人のプロの男性プレイヤーと対戦していたと主張しています」「ネットフリックスはドラマを盛り上げるために、架空のヒーローが、ガプリンダシヴィリを含む他の女性が成し遂げられなかったことを成し遂げたように見せかけるという、安直で皮肉な目的のために、ガプリンダシヴィリの功績について、露骨かつ意図的に嘘をついています」

さらにガプリンダシヴィリはこの台詞について、彼女の国民性にも一石を投じています。当時ジョージアは、ソ連の支配下にありました。ですが彼女は、ジョージア人としての意識が強くあり、彼女をロシア人と呼ぶのは意に反することなのです。

「ガプリンダシヴィリがジョージア人であること、ジョージア人はソ連時代にロシアの支配下に置かれ、その後ロシアに脅かされたり侵略されたりして苦しんできたことが明らかになっている今日に、ガプリンダシヴィリをロシア人と表現することは、侮辱とも捉えられます」

500万ドルの訴訟

これらの損害に対してジョージア(ロシアではない)のチャンピオンは、少なくとも500万ドルの賠償に加えて、該当箇所を削除するよう求めています。

この訴訟では、「フィクション作品での発言がどこまで許されるのか?」という点に、注目が集まります。しかし、ドラマでの誤ったコメントが実際にチェスチャンピオンの評判を損なう可能性がゼロとは言えません。そのため、ネットフリックスが起訴される可能性は大いにあり得るのです。

一方でネットフリックスは、これに対し反撃に出ています。このプラットフォームのスポークスマンは、「ガプリンダシヴィリさんとその輝かしいキャリアに最大限の敬意を表します」と前置きした上で、このように述べています。

「しかし、私たちはこの主張が根拠のないものだと信じており、この件については断固として弁護していきたいと考えています」。

Soure / ESQUIRE ES

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