クルマに興味がない人でも、「デロリアン」の名前を耳にしたことはあるのではないでしょうか。そう、名作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でタイムマシンとして登場した、あの自動車の名前です。そのクルマを生んだ人物がジョン・デロリアン氏です。

 ゼネラル・モーターズ社(以降GM)に勤務中、ポンティアックGTOを創り出し、1960年代のマッスルカー(=車体が大きくて重く、大排気量のV8エンジンを搭載したハイパワーエンジンの自動車)戦争の幕を開けたのも彼です。それだけでなく、あごのインプラント整形手術をして、当時スーパーモデルだった19歳の美女と結婚するなど、派手な行動でも注目を集めました。

 さらに彼は、自動車会社まで設立したのです。しかし、会社の資金繰りに窮したデロリアン氏は、警察が仕組んだ麻薬がらみのおとり捜査によって逮捕されます。とは言っても実際は、偽の麻薬ディーラーに無価値の株式で支払い、偽ディーラーをだましたということで、この事件に関しては大筋として無罪となったわけです。がその後、ロータス社の創立者コーリン・チャップマン氏とマネー・ロンダリング(資金洗浄)を仕組んだことが発覚し、この事件によってデロリアン氏は失脚するのでした。

 こんなやっかいな前科者の伝記映画の制作だったわけです。それはそれは、どんなに困難だったことか想像いただけたことでしょう。明確な物語が存在するわけでもなく、彼を語る言葉からわかるのは、せいぜい“自己中心主義”であることぐらいでしょう。そんなわけで、米IFCフィルムズ社の新作映画『フレーミング・ジョン・デロリアン(仮邦題:ジョン・デロリアンの肖像)』の冒頭は、これまでにデロリアン氏という人物を解読しようと試みてきた、数多くのプロデューサーのうち数人へのインタビューから始まります。

 そして彼らはこう語ります。「この人物について、わずかな時間で要領よく説明することなんて不可能です」と…。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Framing John Delorean ft. Alec Baldwin - Official Trailer I HD I IFC Films
Framing John Delorean ft. Alec Baldwin - Official Trailer I HD I IFC Films thumnail
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 そのため、この映画では「第四の壁の破壊(=演劇や映画などで、客席と舞台やスクリーンの間にある概念上存在する壁を取り払い、登場人物が観客に向かって話しかけるなど、観客の存在を認識した言動をすること)」という風変わりな手法を採り入れています。

 つまりこの映画は、デロリアン氏のドキュメンタリーでありながら、この人物のドキュメンタリーを制作することがいかに困難であるかをも訴えかけていると言えるのではないでしょうか。そしてどうやら、このやりかたは功を奏したようです。なぜなら、観客が目にするのは単に粒子の粗い昔の映像や、デロリアン氏を演じるアレック・ボールドウィンと、その妻を演じるクリスティナ・フェラーレが再現する、1970年代から80年代という魅力的な時代の雰囲気だけではないのです。

 映画では、デロリアン氏が整形手術を受けたのと同様となる人工あごのメイクを施さしたアレック・ボールドウィンが、メイク用の椅子にすわって、(クルマの)デロリアンの魅力の源について思索にふけっている姿が登場します。

 このように、映画は観客が常にシーンを背後から見るようなつくりになっていて、まるで映画全体がDVD特典のメイキング映像のようです。こうした映像は、映画のテーマがどのように進んでいくのかを理解するうえで、非常に役立ちます。

 というのも、俳優たち自身が(明確なストーリーが欠如したこの不完全な映画では彼らはプロデューサーでもある)デロリアン氏の人物像と彼の行動目的、そして、いったい彼がどこで道を誤ったのか、じっくり考えて取り組まなければならなかったからです。

 ジョン・デロリアン氏には、より良い人生を築くための決断を下す機会がいくつもありました。ポンティアック「GTO」で桁違いの大成功をおさめた後も、機が熟すのを待っていれば、きっとGMの社長の座に就き、「年収50万ドルから75万ドル」は稼いでいたことでしょうから。

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 ところがデロリアン氏は、同社製品の品質を平均以下だと暴露するスピーチによって、上司への妨害行為を働いたのです。これにより、GMでの彼のキャリアは台無しになります。そうして同社を辞任したデロリアン氏は、デロリアン・モーターカーズ社(以降DMC)を設立し、自動車製造に着手するわけです

 ところがご存知のように、クルマの製造はそんなに簡単ではありません。

 映画には米自動車雑誌『カー・アンド・ドライバー』の技術編集者を長年務めてきたドン・シャーマン氏が登場し、同誌の記事を書くためにデロリアン「DMC-12」を初めて試乗したときのことをふり返ります。このクルマは、GMのコルベットより高価でありながらスピードは遅く、おまけに発売された時期には景気が低迷に向かっていました。しかもジョン・デロリアン氏が投資家から調達した資金を、自身の贅沢な暮らしのために使い込んでいた事実も発覚したのです。

 デロリアン氏の人生には、「たられば」がつきものでした。中でも、最も重大な「たられば」として、彼の子どもたちが悔やんでいる件があります。

 それは、もし彼が会社の資金を流用しなかったら…になります。そうなれば、会社の破綻を防ぐために、やけっぱちで麻薬ディーラーとの取引など手を出さなかっただろうということになります。そしてもし、資金流用も麻薬取引もなかったのならば、「DMC」は映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』公開まで生き延びられたのかもしれません。なぜなら、この映画によってデロリアン「DMC-12」は揺るぎない不朽の名車となったわけですから。

 映画の人気をうまく利用すればきっと、主力商品として会社の成長に大いに貢献したことでしょう。

 この映画には、ジョン・デロリアン氏の息子ザックも登場します。若いころに属していた富裕層の暮らしとは、正反対の狭苦しいアパートに暮らす彼は、父親の行動目的を理解しようと考えをめぐらせます。しかし決定的な答えは、とうてい見つかりません。彼にごう慢なうぬぼれがあったのは間違いありません。ですが、それ以上の何かがあったはずです。もし高い社会的地位を誇りたかっただけならば、GMの社長の座で十分だったのではないでしょうか。

 しかし、企業トップの椅子の代わりに、ジョン・デロリアン氏はより危険な道を選んだのです。そしてその選択は、彼の人生も家族の人生も破滅に追い込みました。その一方で彼は、型破りな名車を生み出しました。そんな彼の物語は、一本の卓越した映画の誕生にも貢献したのでした。

Source / POPULAR MECHANICS
Translation / Shizue Muramatsu
※この翻訳は抄訳です。