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CEDRIC DIRADOURIAN

最大限の共通の
立場を取ることで、
政治的にも
「一つの声」を目指す

欧州域内の経済的統合を目指して発展してきた欧州共同体(European Community:EC)を基礎に、1993年11月に発効した「マーストリヒト条約(欧州連合条約)」によって誕生した「欧州連合(European Union=EU)」。それはヨーロッパの政治や経済において協力関係をもつ共同体であり、2023年2月現在では27カ国が加盟しています。すべての加盟国が導入しているわけではありませんが、1999年には通貨統合が実現し、単一通貨ユーロが導入されました。

おさらいも兼ねて、なぜ「欧州連合(EU)」として1つにまとまる必要があったのか? ここで簡単に振り返っておきましょう。ヨーロッパは、さまざまな国が隣り合わせになっている影響で、領土問題や政治的対立などによる争いが絶えない地域でもありました。第二次世界大戦(1939年~1945年)で特に大きな被害を受けたヨーロッパの国々では、平和と共存、共栄を目的に手を取り合うことになり、そこで欧州連合が設立されたという訳です。

日本との関わりも古く、それは欧州連合の前身にあたる1957年設立の「欧州経済共同体(European Economic Community:EEC)」から始まりました。特に近年では、貿易などの経済活動の自由化を進めることで連携を強化する「日EU経済連携協定(EPA)」、政治・外交・社会・安全保障の緊密化を目的とする「日EU戦略的パートナーシップ協定(SPA)」など、さまざまな協定の締結によってさらに緊密な関係を構築しています。

駐日欧州連合大使
(EU大使)にインタビュー

駐日欧州連合代表部があるのは、各国の大使館が点在する港区南麻布。2011年に完成した「ヨーロッパハウス(欧州の家)」はヨーロッパの集合住宅を連想させるシンプルかつモダンな佇(たたず)まいで、その地域ではひと際インテリジェンスを感じさせる建物です。

特に印象的なのが、あえてバラバラに設置されたバルコニー。これは欧州連合のモットーである“多様性の中の統合”が表現されています。そんな素敵な大使館に快く招いてくれたのは、2022年9月より駐日欧州連合大使を務めるジャン=エリック・パケ氏。駐日代表部の役割や、日本との関係性などをうかがいました。

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駐日欧州連合大使(EU大使)を務めるジャン=エリック・パケ(Jean-Eric PAQUET)氏。「ヨーロッパハウス(欧州の家)」の中庭にて撮影。

エスクァイア編集部(以下編集部):私(筆者である近間)はこれまで、フランスやポルトガルなど、本連載『大使館の扉がひらく。』を通してさまざまなEU加盟国の大使館を取材してきました。まず、それら各国大使館との役割…その違いは何ですか?

ジャン=エリック・パケ大使(以下パケ大使):日本には27カ国すべての加盟国が大使館を構えていますが、それとは別に欧州を代表する大使館もあります。日本でその拠点になるのがここ、駐日欧州連合(EU)代表部です。そして、EUを代表する外交使節団を率いるのが私、駐日EU大使になります。

そもそも欧州連合というのは政治的なプロジェクトであって、加盟国やEU諸機関がその構成要素となっています。EU諸機関には加盟する各国の大臣の会議体であるEU理事会、執行機関にあたる欧州委員会、外務・安全保障を担当する欧州対外行動庁などがあります。その中で私たちは日本におけるEU諸機関の代表であること、さらには、EU加盟国の大使館と連携調整を図ることが役割になります。

編集部:駐日EU大使に着任されてまだ間もないとは思いますが、日本ではどういった活動に力を入れていきたいと考えていますか?

パケ大使:私がEU大使として重視しているのは、日本政府との関係性をさらに強固に構築すること。加えて、産業界や市民団体、日本のメディアなどのさまざまな機関や関係者の方たちと協力関係を築いていくことも大切だと考えています。

日本とEUは、非常に多くの分野において協力し合っています。まずお話したいのが戦略的なパートナーであり、同じ価値を共有する同志国であるということです。2023年現在、両者ともに同じ課題や問題に直面しています。例えば安全保障分野では、ロシアによるウクライナ侵略であったり、台湾海峡を巡る緊張関係であったり、北朝鮮のミサイル発射であったり…。私たちは互いに支援しながら連携し、それらの解決を図る取り組みに力を入れています。

編集部:地政学的にも日本とEUは同じ問題を抱えていますね。

パケ大使:もうひとつ重要な分野が、2021年5月に締結した「日EUグリーン・アライアンス」です。気候変動や環境保護などはグローバルな問題であり、これからますます重要になる分野です。

この「日EUグリーン・アライアンス」は、日本とEUがエネルギー移行から研究・開発、第三国支援まで連携を深めるための協定になります。両者はこのアライアンスを通じて、双方が目標として掲げる2050年までの気候中立の実現を目指します。

他にもデジタルからソマリア沖・アデン湾での海賊対処活動まで、いろいろな分野で協力しているのですが…、最後にお伝えしたいのが文化面についてです。ヨーロッパの文化に関心を持っている方は、東京ばかりでなく日本各地にいらっしゃいます。

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そこで私たちは、「EUフィルムデーズ」という映画イベントを開催しています。これはEU加盟国の在日大使館や文化機関が提供する作品を一堂に会し、上映するユニークな映画祭です。20回目という節目を迎えた昨年の2022年は、すべてのEU加盟国が参加し大成功を収めました。また、欧州の文学を紹介する「ヨーロッパ文芸フィスティバル」など、アートや文化面でさまざまな活動を展開しています。

編集部:多面的な分野において日本とEUは強い協力関係を築いているのですね。

パケ大使:日本とは政府・産業界・経済界・市民団体といった多くの分野で関係がありますが、EU代表部と各加盟国の大使館が言わばひとつのチームをつくって協力しています。私たちはそれを、“「チーム・ヨーロッパ」の取り組み”と呼んでいるんですよ。

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編集部:着任する前、パケ氏はどういった活動をされていたのでしょうか?

パケ大使:今から15年くらい前に、西アフリカの「モーリタニア・イスラム共和国」で大使に就いたことがありました。モロッコとセネガルの間にある国です。

それ以外では、EUの諸機関にいました。欧州委員会ではさまざまな職を担当し、運輸部門に関する政策に携わったり、西バルカン諸国の外交に携わるような仕事をEU本部で担当したり…。駐日EU大使に着任する前は、「研究・イノベーション総局」という欧州委員会の省庁のひとつで総局長を務めていました。さまざまな職歴を経験できたことは非常に幸運だったと思います。

編集部:日本での大使職は希望していたのですか?

パケ大使:外交官として再度働くことを決めたときに、日本を含め2つの国を希望していました。そこで、なぜ日本を選んだのか?を言えば、それはEUと日本との関係が極めて重要だと考えていたからです。先ほども申し上げましたが、日本は重要な戦略的パートナーです。そういった意味でも駐日EU大使は、非常に興味深い仕事だと思いました。多様な分野で貢献できることに関心を持ったのです。

あと、やはり日本に住むこと・生活することにも興味があったんですよね(笑)。そういったことを踏まえて応募したところ、幸運にも駐日大使に選ばれたというわけです。

編集部:日本を選んでいただいてうれしいです。ちなみに、これまで日本に来たことはあったんですか?

パケ大使:すべて仕事になるのですが、駐日大使職に就くまでに4回来日したことがあります。東京と京都に短期的な滞在だったので、大使に着任するまで日本のことはあまりわかっていませんでした。

編集部:日本とヨーロッパは文化が違う面もあると思いますが、実際に日本に住んで驚いたことはありましたか?

パケ大使:確かに違う部分が多いですが、ヨーロッパ人として日本は非常に興味深い国だと思っています。

まず、東京というのは大都会であって、日々生活していくうえでは馴染みやすい部分があります。移動手段であったり、利便性が高い都市ですから。その一方で、個人のあり方や社会のあり方には違いを感じますね。親しみを感じる面と、ある意味その逆でクールに感じる面の両方を持ち合わせていることが面白いです。

そんな日本の“パラドックス(逆説的)”な側面が日常にあることが驚きであり、それは同時にとても魅了的でもあります 。

同様にもうひとつ魅力的なのが、非常にモダンな環境で生活していながら、古い伝統が今も日々の生活に息づいているところです。

編集部:例えば?

パケ大使:「ヨーロッパハウス(欧州の家)」は私の住居でもあり大使公邸なのですが、南麻布周辺の夏はとても不思議な気分になります。近くにある「有栖川宮記念公園」から、静寂な住宅街にセミの鳴き声だけが響きわたる時間帯があります。目を閉じると、それはまるで(大使職を務めていた)西アフリカのモーリタニアにいる気分になります。でも目を開けると、近代的な超高層ビルが住居を囲むように点在し、東京タワーだって目の前です。この妙な空間的パラドックスが実に日本らしく、私の好きな一面でもあります。

EUにおける
「死刑廃止」の取り組み

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CEDRIC DIRADOURIAN

編集部:日EUでは多くの共通点があると、同時に異なった価値観もありますね。各国の歴史的・文化的にも死生観は異なりますが、そのひとつが「死刑制度」の是非が代表されると思います。

パケ大使:EU加盟27カ国は死刑を廃止しており、死刑廃止は「EUの加盟条件」のひとつとなっています。

編集部:昨年2022年11月、日本では死刑執行に関して、『死刑の判子(はんこ)を押したときだけニュースになる地味な役職』と冗談交じりに表現した葉梨康弘(はなし やすひろ)前法相は更迭され、世間の注目を集めました。一方で、そもそも日本の社会では極刑の本質や「死刑」に関する世界の潮流について、深い議論を避ける姿勢があるようです。

パケ大使:私の母国であるフランスは、奴隷制度の廃止は18世紀ごろから取り組んでいましたし、市民の権利や民主制度などの発展も進んでいました。

ただ実のところ「死刑制度廃止」に関しては、他のヨーロッパ諸国よりも遅かった歴史があります。(フランス革命が収まった)1791年以降、数度にわたって死刑廃止の法案が議会に提出されたものの、いずれも否決されていました。転機となったのが、1981年の大統領選でした。

死刑存置の立場をとった当時現職のヴァレリー・ジスカール・デスタン氏に対して、「国民議会議員選挙において、社会党が過半数の議席を確保できた場合には『死刑廃止法案』を議会に提出する」と、公約したフランソワ・ミッテラン氏が大統領に就任しました。同年(1981年)6月に国民議会選挙で社会党が圧勝し、ミッテラン大統領は公約どおり、死刑廃止に尽力していたロベール・バダンテール氏を司法大臣に任命し、国民議会に「死刑廃止に関する法律案」を提出させ、その法案が可決され1981年10月に公布されたのです。

編集部:民主主義発祥の国ともいわれるフランスにおいて、死刑制度が1981年まで存続していたとは、少し驚きでした。

パケ大使:頻繁に死刑制度が使われることはなかったですが、1970年代は実際に刑が執行されたことがいくつかありました。もちろん犯罪者に対して刑が執行されたわけですけど、その中には精神的な障害を持っていた方もいたのも事実です。

また、執行された後に“免罪”であったことがわかった事例も1件ありました。だから私も含めフランス国民の多くは、死刑制度があることは非常に恥ずかしいことだと思っていたんです。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

編集部:大使は昨年10月10日の『世界死刑廃止デー』に、フランスが死刑制度を廃止した日を鮮明に覚えているとツイッターで投稿されていました。死刑制度廃止運動の闘士となった元司法相ロベール・バダンテール氏の言葉のなかで、最も印象深いものを教えてください

パケ大使:弁護士でもあったバダンテール氏は、死刑に関わる案件の多くに携わっていた方です。非常に素晴らしい演説をなされ、その中で「死刑というのは論理的に考えても正当化できないものである。世界中のさまざまなデータを見ても、犯罪の抑止にはつながっていない」と言っておりました。これは抜粋した言葉になるので、私としてはぜひ皆さんにもその演説を一度読んでもらいたいですね。実際に見られるようになっているので。

『そして、死刑は廃止された』

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パケ大使:バダンテール氏は一人の思想家として、あるいは政治家として非常に優れていました。実は私が学位を取得したときに、その学位の授与を直接いただいたこともあります。私にとって彼はメンターであり、尊敬する知識人でもあるのです。

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ネイビーのセットアップに、タートルネックとワントーンカラーのシックな着こなしで取材を受けてくださったパケ大使。「環境のために暖房の温度は高く設定せず、温かい格好で仕事をしています」。所持する4つの腕時計の中で今日は、『ハミルトン』を選択。シューズに関しては…、「特にこだわりはありません(笑)」とのこと。

編集部:大使とバダンテール氏は、そういうつながりがあったのですね。最後に個人的な質問をしたいと思います。仕事を含め、世界各国を旅している大使ですが…もしプライベートな旅行に3人だけ連れていけるとしたら、誰を選びますか? その理由も教えてください。

パケ大使:面白い質問ですね(笑)。そうですね…まず1人目は、デイビッド・アッテンボロ(David Attenborough)氏。非常に有名な映画監督で、イギリスのBBCでネイチャードキュメンタリーを撮っている方です。映像がとにかく素晴らしく、自然界の美しさ、自然に人間がどれほど恩恵を受けているか、それを守ることが人類にとっていかに重要なのかを紹介する番組でした。自然が好きな私はぜひアッテンボロー氏と一緒に旅をして、彼の想いを共有しながら世界を観てみたいと思いました。

2人目は、スウェーデンの環境活動家であるグレタ・トゥーンベリ(Greta Thunberg)さん。旅をともにしながらいろいろと話すことで、世界や環境のためになにをするべきか、インスピレーションをもえるのではないかと思い、彼女を選びました。

3人目に私が選んだのは、シモーヌ・ド・ボーヴォワール(Simone de Beauvoir)氏。フランスの作家であり思想家の女性で、著書に『第二の性』があります。非常に素晴らしい作家であると同時に、社会における男性と女性それぞれの役割、社会において男性と女性は平等であることを説いています。ジェンダーに関する想いを持っている方と旅をして、そういった知識を高めたいですね。

編集部:とっても興味深い人選ですね。駐日大使に着任して以来、日本の旅をしましたか? 特に印象に残っている場所がありましたら教えてください。

パケ大使:残念ながら、ほとんど仕事なのですが…。群馬・福島・仙台・石垣島・京都・那覇・広島・直島・宮島・野沢温泉・日光…、そして2023年2月3日には長崎に訪問しました。大使として各地を訪れて見ることは日本を知ることにもなりますし、各地の方に会うことも重要だと思っています。

日本はどの場所も美しく印象に残っていますが、強いていうなら「日光」でしょうか。最も驚いたのが、『日光東照宮』です。あれほど壮麗なものがあるとは思っていなかったので、とても感動しました。また、私は自然が好きなので、直島や宮島、石垣島も印象に残っています。特に石垣島でのダイビングは最高でした! まだまだ訪れたい土地はたくさんありますが、個人的にはぜひ北海道や四国に行ってみたいですね。

編集部:本日は、貴重なお時間をありがとうございました。