2023年の上半期におけるエンターテインメントは、この役者にやられっぱなしでした。1月8日に始まったNHK大河ドラマ『どうする家康』では、常識にとらわれない発想の持ち主の本多正信を演じ、同じく1月期のTBS系金曜ドラマ『100万回 言えばよかった』では、幽霊となった直木を唯一見ることができ、事件の真相を追う巡査部長役を。さらに映画では、『ロストケア』で献身的な介護士でありながらも42人をあやめた殺人犯をしめやかに演じていました…。

このように今年5月までに放映および公開された作品だけでも、幅広い役柄に自らを染め、変幻自在な演技力で視聴者を圧倒し、魅了する役者・松山ケンイチさん。 そんな松山さんが出演する最新作となる映画が、6月23日(金)公開の『大名倒産』です。原作は直木賞作家の浅田次郎氏による時代小説であり、江戸時代を舞台に、思いがけず大名家の家督を継いだ若き藩主の運命を描いた物語となっています。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『大名倒産』本予告(90秒)|2023年6月23日(金) Let’s 返済!?
映画『大名倒産』本予告(90秒)|2023年6月23日(金) Let’s 返済!? thumnail
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この作品で松山さんが演じたのは、徳川家康の血をひく若きプリンス・松平小四郎(神木隆之介)の兄であり、“うつけ者”と言われながらも庭造りの才能は天才的な松平新次郎。そんな松山さんにこの“うつけ者”をどのように捉え、役に落とし込んだのか? また、前田 哲監督への想い、この映画のテーマは現代に通じるものはあるか? などをうかがいました。


松山ケンイチ,大名倒産,独占インタビュー,神木隆之介
Takuya Sakawaki

“うつけ者”役を演じることに、
混乱はなかったのですか?

直近の映画『ロストケア』(2023年3月24日公開)で、松山さん演じる主人公の心理状態とともに介護の現状を知って真摯(しんし)に、そして深く考えさせられました。そして、それを引きずりながら初夏を迎えようとしている中、再び松山さんの演技にやられました。

今作で演じた松平新次郎は、周囲から「うつけ者」と言われる少し変わった人物。松山さんの前作とは裏腹と言っていいほど、天真爛漫(てんしんらんまん)で裏表もない。そこに私(筆者)は救われた気もしました。前作の松山さんの影響で深刻さのベクトルが強まっていた中、それを急転直下でベクトルを上向きへと変換してもくれました。そこには、何もバイアスのかかっていない、世の真理的なものも感じるほど(脇役ではありますが…)目が離せない存在でした。

松山さんはこの役を演じるにあたって、どんなアプローチをしたのですか?

松山ケンイチ,大名倒産,独占インタビュー,神木隆之介
Takuya Sakawaki

松山ケンイチ(以下、松山):“うつけ者”という言葉にとらわれず、他の人はもっていない特性を擁するキャラクターだと思って臨みました。その当時にもさまざまな人が暮らしていて、同じ人間という認識の中で互いに理解し合い、ときに助け合いながらそれぞれ生きていたと思いました。

藩が倒産するという負の世界観の中で、新次郎は他の人とは少し違う「無垢(ムク)な部分」を自然体で表現しているんですが、そこにむしろ力強さを感じました。そのニュアンスを表現したいと思ったときに、一番近くにいたのが前田監督だったんですが…。僕の前作『ロストケア』の監督でもあるのですが、僕が初めて出会ったのは21歳くらいの頃。それからの付き合いになりますが、とても無垢な方なんです。なので、これまで僕が前田監督に感じてきたものをそのまま表現してみたという感じなんです。

無垢でいることは、子どもの頃は「かわいい」ですが、それを大人がしていたら「変人」扱いされるか、「非常識」と言われ、コミュニティの中から仲間外れにされるようなところがありますよね。でも、それでも愛される人っているじゃないですか。それが前田監督で(笑)、そこをなんとかうまく表現できたらいいなと思って演じました。

本作の中で新次郎の役割を
何だと考え、演じてきましたか?

――神木さんが演じる主役・小四郎は、新次郎の明るさや純粋さに次第に感化されていくところが非常に痛快で、わたしも考えを改めさせられたのですが…。松山さん自身、この物語の中で新次郎の立ち位置をどのように解釈したのでしょうか?

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Takuya Sakawaki

松山:この物語の中で、新次郎の存在感にはブレがないんですよ。コミュニティが変わったことで、新次郎にもある変化は起こるのですが…。やはりそこでも、新次郎という「個」のパワーは優しくもめちゃくちゃ強烈なんです。“うつけ者”と言われている人たちの一番の強みって、その特別な存在感にあると思うんです。その強烈な個性を持った人は影響を与える力も強いので、周りの人も気づきを与えられることが多々あると思っています。そういう意味で新次郎と小四郎との関係性はうまく表現できたと思うので、そこを皆さんにも感じていただけるとうれしいです。

新次郎はみんなからは「うつけ」と思われ、少々距離を置かれているのですが、庭仕事をさせてみたらとっても才能があります。そういう新次郎の魅力を知ったお初と恋愛関係にもなるのですが、そこで弟たちや周囲の人たちが、新次郎に対して「何か助けられることはないか?」って、サポートの手を差し伸べるんです。それって、この物語の主題である「借金を背負った藩をどう立て直していけるんだろう」という内容と並行して流れる内容なのですが…大義と人と人とのふれあい…といった感じで規模感は全く違うのですが、一緒のことだと思えるんです。そういうところが、この作品の見どころだと僕は思っています。

* * *

確かに、人と違う個性を持った人を排除しようとするのではなくて、その人のいいところを認めて、互い助け合って暮らしていく姿は感動的でした。ですが、この「無垢さ」って、意識しすぎると不自然にも見えてくるものかと思うのですが…。

松山:新次郎のような人は、世の中にきっとたくさんいると思うんです。お年寄りの中にも、ピュアなおじいちゃんとかたまに見かけたりするじゃないですか。ふつうに仕事をしていますが、実は休日の趣味がプロ級の腕前をもっていたり…。そういう人がそこで見せる笑顔って、その無垢さで心が洗われる思いがします。僕自身も田舎生活をするようになって、そんな人たちとの出会いが多くなりました。そんな皆さんのふるまいなどを見習って、そこに目の前の前田監督もお手本に(笑)したので、役を無理やりつくり出すようなことはなかったですね。

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Takuya Sakawaki

作品づくりの空気感が
僕の演技の水先案内人でもある

――3月公開の映画『ロストケア』に続き今作も前田哲監督作でしたが、前作のシリアスさと今作のようなコメディタッチの作品とを演じ分けるのに気をつけた点はありますか?

松山:特にありません。どの作品でも脚本はあって、衣装やメイクも共演者も違います。そこに存在する空気まで伴った環境が全く違うので、僕はそこに船を浮かべて乗っかっているだけです。自分からそれぞれの雰囲気をつくり出そうとするのではなくて、皆さんがつくり出す空気の流れに沿って、自分も流れていくような感覚でしょうか…。

前田監督と話し合ったのは、「自分を持て余している人っているから、そんな人たちを僕たちはどういう風に生かしていくべきか? を考えてみよう」ってことでした。それは作中で、小四郎がやっていることそのものだと思っています。皆さんにも、それをぜひとも確認してほしいですね。

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ピンチに力を合わせて
乗り切る姿勢こそ大切

――小四郎が背負う藩の借金100億円の返済のため、「みんなで節約を頑張ろう」という物語で、最初はピンチの連続でしたよね。でも、「最後はみんなで幸せになろう」という思いが伝わってきて、非常に後味のいい作品でした。松山さんはどう感じましたか?

松山:藩と言う、いわばこの時代の一国一城になるわけですから…これだけ大きなコミュニティになってくると、みんなでさまざまな事象を共有して、みんなでやっていかないといけないものですからね…。僕自身もいま、ライフスタイルブランドである「momiji(モミジ:@momiji2022_official)プロジェクトを進めています。今日着ているTシャツもそのプロジェクトのひとつで、現在銀座・和光 本店 4階で開催されている“momiji Artist collection”に出店している作品のひとつなんです。その「momiji」運営に関しても、この映画に参加することで多くの気づきを得ることができました。

その考え方って、今の社会にも通じることだとも思っています。本当に…日本も早くそうなってほしい…そのためにも多くの人がこの映画で感じ取ってくれればいいなと思っています。

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Takuya Sakawaki
ニットブルゾン4万9500円(グランサッソ)、パンツ13万2000円(リアボバーグ/2点共エスディーアイ TEL 03-6721-1070)、Tシャツ2万2000円ONLINE STORE(momiji×ヨゴっち/momiji2022_official)、他私物

映画『大名倒産』
2023年6月23日(金)公開

松山ケンイチ,大名倒産
Takuya Sakawaki

監督/前田 哲
原作/浅田次郎「大名倒産」(文芸春秋刊)
脚本/丑尾健太郎、稲葉一広
出演/神木隆之介、杉咲 花、松山ケンイチ、小日向文世、小手伸也、桜田 通、宮﨑あおい、浅野忠信、佐藤浩市
公式サイト
© 2023映画「大名倒産」製作委員会


Styling / Takahisa Igarashi
Hair&Make-up / Kastuhiko Yuhmi(THYMON Inc.)