シックスセンシズブランド初のアーバンホテルとして、2023年3月に開業した「シックスセンシズ ローマ」。イタリアン・デザインのスタイリッシュさと同時に、日本で認知されているものとは少し異なるアプローチでサステナビリティに挑む、アーバンホテルの魅力を紹介します。
ローマの中心で都市型ウェルネス体験
ローマと言えば、風呂。「シックスセンシズ ローマ」は垢すり“ハマム”まで楽しめるサウナと大浴場が目玉。漫画『テルマエ・ロマエ』や映画『セバスチャン』(1976年)などでも描かれたように、ローマは古代から公衆浴場とサウナが文化の中に入り込んでいました。それをモダンな形で復活させたとも言えるスパは、3つのサウナと2種類の水風呂、そして温浴槽をそろえ、「(サウナでととのう)サ活」全盛の日本の人たちにもうれしいホテルと言えそうです。アドバイザーが入り方の基本を最初にレクチャーしてくれるところも気が利いています。
そしてもうひとつの目玉は、やはり「食」。世界三大料理のひとつと言われるイタリアの叡智が注ぎ込まれた料理が、1階のレストラン「BIVIUM」。朝から滋味豊かな食材が楽しめます。
本場だからか(?)、マリトッツォ・コン・ラ・パンナすらおしゃれすぎます。しかし見た目を裏切り、日本で大旋風を起こしたコンビニ・マリトッツォより甘さは控えめで脂肪感も軽め。隣で食べていたイタリア人紳士に「これがスタンダードなのか?」と訊(たず)ねてみると、「イタリアの高品質のスイーツはそんなに甘くないんだよ」との回答がありました。
とにかくホテルのレストランのメニューは、屋上のアペロスペースでの食事も含め、どれを食べても個人的なハズレがなく、ここなら1週間くらいいても食には飽きないかもと思えたほどです。
交流型ホテルで宿泊者以外にも学びを提供
スイス「シックスセンシズ クラン-モンタナ」にもあるエデュケーションコーナー“アースラボ”をローマにも設置。ラボのあるロビーフロア(1階)はかつては、“一般道”として人が行き交う商店街のようなものだったそう。それを生かし、現在も宿泊者以外がランチなどにやってくるこの集いの場所で、より多くの人にエコロジーに触れてもらおうという試みです。
そんなラボの手前には、大きなアクリルガラスの覗き床があります。そこから見えるのは4世紀のバプティズム・フォント(洗礼泉※)。アースラボで遺跡ツアーに申し込めば、直接見学も可能とのことでもちろん挑戦してみました。
※ カトリック教会で洗礼を受けるために掘った泉。現在は頭に水をかけるだけの場合多いが、「 βάπτισμα(baptisma)」全身を水に浸すという意味。現在でもキリスト教の宗派によっては後者が行われる。
人ひとりがギリギリ通れるくらいの小さな鉄の扉を開き、明かりもない暗闇を抜けると、1700年前の世界にこんにちは。
解説によれば、ローマは7層ものレイヤー(地層)の上に現在の街があり、掘り起こすたびに新しい遺跡が発見されるそうですが、維持が面倒なので埋め直してしまうことも多いとのこと。この泉もかつてはコンクリートの壁で囲われていたものを、ホテルにするにあたって見学できる形に作り直したというわけです。
15世紀の建物をそのまま利用
歴史的建造物は、洗礼泉だけではありません。なんと、ホテル自体が文化遺産なのです。15世紀、貴族の邸宅だった建物Palazzo Salviati Cesi Melliniは、近年映画館として使用されていたものの、映画産業の停滞にともない廃墟に。しかしそこは、ユネスコ世界遺産ローマ歴史地区(正式名:ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂)の一部を成す建造物。売り上げ全体の0.5%を隣サステナビリティに使用することを企業のCSRにしているその資金を使用し、隣り合う教会も併せて「シックスセンシズ ローマ」が修復したのです。もちろん柱も含めて当時のものを利用し、レリーフなども含め、まるで建物全体が美術品のような輝きを放っています。
1階ロビーは、かつてはアーケードだったものを利用。そこにバーやレストランを配置することで、当時あらゆる人が行き来した交流の歴史も継承しようとしています。シャッター商店街が増えている地域では、参考にできるイノベーションと言えそうです。
「フェンディ」がトレビの泉やイタリア文明宮(Palazzo della Civiltà Italiana)を修復したように、ローマのような古都は長い歴史がある分、維持費がとてつもなくかかるもの。実際、自治体が管理する石畳は荒れに荒れているのが実態。
使用された・ているモノを利用したインテリア
世界的デザイナー、パトリシア・ウルキオラ(Patricia Urquiola)によるデザインは、確実にモダンだけれど、同時に有機的で温かみを携(たずさ)えています。部屋の壁は古代風の土壁に見えるクラシックな雰囲気。これは“coccio pesto”と呼ばれる、古代ローマでも使用されていた古い陶器などの破片を細かくし、ふるいにかけ、練り直して再利用する技術だそう。
加えて、布製品にはECONYL ®など、漁網や工業用プラスチックなどのナイロン廃棄物からなる再生糸を使用。ロビーなどに敷かれている毛糸のカーペットは100%リサイクルウールでできています。
古代の水道システムをフル活用し、ペットボトルゼロに貢献
またホテル内ではペットボトルでの水提供を廃止。さらに、きっと世界史で習ったことがある古代ローマ時代の水道を引き込んで使用しています。加えて再利用可能なウォーターボトルをホテル側が用意したうえで、ローマのすべての公共保水場の地図をオンライン上に掲載することで、ローマ市内観光時にゲストがペットボトルを買わなくて済むようにする施策も。
環境系認証システムには「ビジネス重視」の危ういものも存在するため、あくまで参考までに記載しておきますが…この建物は、LEED(人や環境に考慮した建物を評価する国際制度)のGold認証を獲得しているそうです。
100%国産食材という選択肢
イタリアと言えばピザですが、キッチンはCO2削減の目的でガスを使用しないことになっているため、エネルギーは電気もしくは薪にしているそう。電気はグリーンエネルギーのベンチャー企業から購入。とは言え、「電気であらゆる熱源を維持するのは、相当エネルギー効率が悪いのではないか」と指摘すると、それも加味したうえでのキッチンシステムだそう。いくらかかったのか気になりましたが、値段は教えてもらえませんでした。
加えて、「材料には、国産食品を使用することで輸送時のCO2を抑えている」と言います。「国産食材はどのくらいの割合で?」と尋ねると、答えは…「100%(ですけど何か?)」。当然とでも言いたげな回答は、マーケティング・エグゼクティブのエリザさんから。もちろん、調味料の原材料などまでは追跡できないため、「完全」とは言えないものの食材のほぼ100%を国産に限定しているようです。
かつ、ホテルブランドのためにもオーガニックや環境負荷の低い農場などを選定する必要があり、サプライヤーを探すだけでも1年以上かかったそう。撮影現場で意識高い系ヴィーガン弁当でドヤ顔をしても、食材が輸入品だったなら、それは果たしてサステナブルと言えるのか…。そういった視点で、自分の仕事を恥ずかしく思う機会にもなりました。
コンポスト化に先進企業の知恵
しかし気になるのは、これほど豊かにフード類をそろえれば当然出てくる生ごみ問題。スイスのように、ゴミ集積施設を確保することができない都市型ホテルではどうしているのか?
前述のエリザいわく、「コンポスト製造の地元ベンチャー企業と組み、たい肥化する」とのこと。そのたい肥はパーマカルチャーの農場で生かされ、新たな野菜の栽培へと還元。屋上のハーブ農園にも使用されているそうです。
“アロケーション リソース”という概念
シェフも“国産”。外国の有名シェフを採用するのではなく、シシリー島出身のシェフを起用することで、イタリアで育った食の知識をイタリア国内に還元する意識が垣間見えます。
冒頭の建築家パトリシア・ウルキオラも学位をミラノで取得し、ミラノ在住。スタッフもイタリア人ばかり。コンサバティブなのかと思いきや、これも持続可能性の追求の一貫。サステナビリティ担当者は、“アロケーション(リソース) システム”という考え方を採用したと説明しています。
「知識」や「時間」も大切な限りある資源。建造物同様、いったん壊してしまえば復活させるためには時間がかかり、復活させるために人が動く時間にもさらなる膨大なエネルギーが必要になるので避ける。イタリアの地で3000年もの間積み上げてきた人知や歴史そのものを生かし、それを維持することで、スクラップ&ビルドする文化よりもはるかに環境負担を減らそうという発想は、確かに持続可能性追求そのものと言えます。
労力と時間も環境負荷として捉える
確かに「人間の労力も負荷である」という視点は、少なくとも日本で現在広く伝えられている“サステナビリティ”からは抜け落ちているように思えます。
例えば職場で人が一人抜け、新しい人がやって来て、その人がノウハウを手に入れるまでの期間、その穴を埋めるのに誰かが残業をしたり、オフィスに長くとどまらざるを得なくなったり…といったようなこと。人や人間の集団がもっている知識や時間は、安易に代替可能なものではなく、いったん失われれば取り戻すために誰かが余分なエネルギーを使い、そこにもCO2など排出物も増えるものです。
ローカルの素材を使用し国内の産業を維持するのも、同じ理由。農業も建築も伝統工芸も修理・修繕のノウハウを知る作り手が絶えれば、維持できず壊すしかない。壊すことほど環境負荷の高いものはない…。そういった考え方は、職人の養成に改めて注力し出したイタリアのファッションブランドたちにも通じる努力ではないでしょうか。職人が途絶えれば知識が途絶え、修理すらできなくなったモノに待っているのはゴミになる運命のみ。それを防ぐため、「知」の継承に膨大なコストをかけるこの都市型ウェルネスリゾートを体験することは、ひとつの学びになるかもしれません。
持続可能性追求の過程で生まれる負荷は考慮しているか?
目の前の数字達成に、とりあえず血道(ちみち)を上げがちな企業内サステナビリティ。では、達成目標のために生み出される環境負担も、果たして算定しているのか? これは当然と言えば当然のことですが、見過ごされがちな視点です。これをシックスセンシズ ローマにおけるアロケーション・リソースという概念の採用もよって、より深く考えさせられました。
インターコンチネンタルホテルグループに加入し、2024年春に日本でもこのアーバンホテルとしての「シックスセンシズ」が京都に開業予定。果たして、その持続可能性がどんな形でどれほどのものになるのか? 今から期待したいものです。
●問い合わせ先
0120-677-651(IHG内)