世界遺産と絶景だらけの観光地プーリア

イタリアの“長靴”のちょうど踵(かかと)部分にあたるプーリア(プッリャ州)。紺碧(こんぺき)のアドリア海と原生林に囲まれ、古代ローマ時代、アッピア街道開通時の終着地点であったブリンディジ、古代ギリシャの植民地としての痕跡が残るレッチェ、そして世界遺産だけでもアルベロベッロの街をはじめ4つも擁するなど、自然と歴史を味わえるこの地域。現在でも車がなければなかなか周遊することが難しいため、レアな観光地としてここ数年さらに注目されてきました。

プーリア イタリア 地図
calvindexter//Getty Images

また、特に南プーリアの土壌は赤土で石灰質が豊富。土は深さ約50cm程度しかなく、その下はすぐ石灰石になっています。そのため農作物の根はすぐに石の部分まで届き、鉄分で実が赤くなると言われるほど…つまり肥沃な土地であり、多くの作物が育つ「イタリアの食糧庫」という異名も。中でもぶどうの生育に非常に適した土壌であり、ワインの名産地でもあります。

とりわけ愛好家の中で、ニッチなワインメーカーとして知られる「サン・マルツァーノ」のワイナリーに、エスクァイア日本版は訪れました。その過程で出合った食、ホテル、ヴィンヤード、そしてもちろん世界遺産をたどる旅。そこにあったのは、ワインと土地の強い結びつきでした。

1.ファッションと世界遺産の母なる大地【観光・名産】

プーリアはいま、ファッション界でも注目されています。グッチが2022年5月にショーを開催し、舞台となったのはカステル・デル・モンテ。13世紀に建造されたという不思議な幾何学的構造をもつこの建造物は、その近未来的見た目、「城(castel)」と呼ぶにはあまりにも無防備な立地。そして“城主”である神聖ローマ帝国フリードリヒ二世と聖杯伝説の関係など数々の謎に満ちているため、存在自体が世界でも指折りのミステリーとされています。

2021 italian daily life
Donato Fasano//Getty Images
カステル・デル・モンテ(Castel del monte)

また2023年夏には、ドルチェ&ガッバーナが服飾芸術を支える職人たちの技術の粋を詰め込んだ、実質的オートクチュールライン「アルタ・モーダ」(ウィメンズ)を世界遺産アルベロベッロの街中で、「アルタ・サルトリア」(メンズ)を”白い迷宮”ことオストゥニで開催しました。

特にアルベロベッロは、そのかわいい見た目から「おとぎ話の町」として愛されていますが、箱型の部屋に石灰岩を円錐状に積み重ねたシンプルな家屋は、「なぜこの形をしているのか?」いまだ分析しきれていないのだそう。屋根の数を軒数とし、それに掛けられる税金徴収時に税金逃れのため壊しやすくしたという説や、開墾した際に大量に出てきた石灰岩を活用しただけとする説、実は宗教的な意味合いがある説などなど、ここもまた多くの謎に満ちています。

italy, puglia, alberobello, street lined with trulli houses
Walter Bibikow//Getty Images
世界遺産、とんがり屋根の”アルベロベッロのトゥルッリ”

ディオールもまた、このアルベロベッロの街で特別なコレクションを発表しました。 ディオールの現ウィメンズクリエイティブディレクターのマリア・グラッツィア・キウリは、古都レッチェ近くの小さな町出身です。 

dior cruise 2021 runway
Stephane Cardinale - Corbis//Getty Images
2020年7月にプーリア州レッチェで、無観客で開催された「ディオール」のショー

レッチェは精巧なレースの産地としても知られています。家内産業として女性たちが文字通り紡ぎあげてきた織物文化が、今でも世界中のクチュールメゾンを支えています。レッチェだけでなく、プーリア全体がそういった織物や装飾の名産地となっており、アルベロベッロのレース店には現在でも、派手ではありませんが確実に豪華なハンドメイドのテーブルクロスやベッドカバーなどがそろいます。もちろん安くはありません。ですが、日本で買うことに比べたら圧倒的にお買い得です。

close up of traditional handcrafted crochet lace fabric
Ilias Katsouras jr//Getty Images
レッチェで織られたレース生地。

ファッションデザイナーだけでなく、元『VOGUE Italia』のファッションエディターで『VOGUE Japan』でもファッション・ディレクターを務めたアンナ・デロ=ルッソもこの地がホームタウンです。 

dolce  gabbana show sightings in bari
Donato Fasano//Getty Images
2023年7月にアルベロベッロで開催された「ドルチェ & ガッバーナ」のショー

なぜこの地からは、ファッション界の人材が多数輩出されるのか? ひとつの理由は、あらゆる国に支配された歴史です。肥沃なこの土地は、古代からギリシャ、ローマ、ビザンチン帝国、近代にはフランスにスペインなどあらゆる国に侵略されました。

キリスト教徒とイスラム教徒が共存するといった時代まであったというこの地では、いくつもの文化が混ざり合い、技術の混交が起こり、発展していったと言います。そのひとつが手工芸だったというわけです。数多の世界遺産と名産品から、悠久の歴史を学ぶことができる。これこそがプーリアの大きな価値と言えます。

2. ヴィンヤードホテル ”マッセリア”【宿泊】

「ジョルジオ・アルマーニ」は、プーリア州の農場でオーガニック・コットンの栽培に着手しはじめたこともニュースになりましたが、別名「イタリアの食糧庫」たるプーリアで最も目立った農作物のひとつと言えば、やはり古代から生産されてきたワインのためのぶどうと言えます。そのブドウ畑が宿泊先となって富裕層に愛されていることは、世界的によく知られています。”マッセリア”と呼ばれるそんなヴィンヤードホテルは、広大な畑の真ん中で、食べて・飲んで・寝る(たまに泳ぐ)、それだけの日々を送る本物の贅沢を手にするためにうってつけです。

マッセリア・バニャーラ(Masseria Bagnara)

マッセリア(マッセリーア)とは、もともと農場にある「領主の城」の意味。それが16~18世紀にかけ、土地の所有者である貴族が別荘として暮らすようになり、今では「別荘」を指す言葉に。実はこれ、プーリアが発祥と言われています(※諸説あり)。

全室スイートのヴィラにシンプルなプールがひとつ。入口の門扉をくぐり、そこから3分ほど長い長いアプローチの先に現れる「マッセリア・バニャーラ」。

a large white building with a green lawn and trees
Masseriga Bagnara

赤土のワイン畑のど真ん中で、世俗から隔絶されたような気分になるこのホテルは、まさに「何もしない旅」にうってつけ。ブレックファストからディナーまで、地のワイン「サン・マルツァーノ」を飲みながら味わい、暇ができたらプールサイドで本を読みながら、たまに水遊び。かつての貴族の休暇の過ごし方をそのまま体験できることでしょう。

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Masseria Bagnara
Masseria Bagnara thumnail
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アドレス/SP125, 74020 Lizzano TA, イタリア

HP

オットリーレ(Ottolire)

ぶどう畑、野菜畑のど真ん中にこぢんまりしたプールがかわいいオットリーレは、ミシュランにも掲載されているリゾート。自前の畑から収穫した野菜や果物を利用した料理も知られています。

ottorile
Esquire Japan

キッチンクラスもあり、本格的南イタリア料理を体験できます。収穫から調理まで家族で共同作業。ランチのテーブルを囲めば“絆”も深まるかもしれませんが、家庭のキッチン同様に揉めれば、そのあとの旅程が台無しになるかもしれませので、そこは自己責任で。

アドレス/SC 107, Contrada Papariello Serafino, 59, バーリ

ミシュランガイド

3. シーサイドホテル【宿泊】

ラ・ペスキエラ(La Peschiera)

「ラ・ペスキエラ」は、窓を開ければそこは天然のプールになっているというセクシー(?)な立地のためか、シーズン過ぎても予約の取れない海沿いホテルとして知られています。

hotel la peschiera puglia
Esquire Japan

海の中にある天然プールだけでなく、中庭には巨大なスイミングプールを含む、4つのプール(および温水ジャクージ)が配置され、元水泳部ならこの上なく楽しめることでしょう。

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La Peschiera dal drone - Monopoli - Talea Collection
La Peschiera dal drone - Monopoli - Talea Collection thumnail
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後述しますが、ここはレストランも有名。海の幸の調理の仕方がシンプルで、日本料理とも親和性の高いプーリア料理の神髄を味わえます。 

アドレス/Contrada Losciale, 63 Frazione, 70043 Capitolo BA, イタリア

HP(Tripadvisor)

4.映画の舞台【観光】

アジア・ラバー・フェスティバル@レッチェ

アプリア映画委員会(Apulia Film Commission)や映画資料館など、プーリアには映画文化と映画制作を支える機関がしっかりと存在しています。

訪れるべき観光地のひとつでもある古都レッチェはミラノやローマと比べれば小さな街ですが、2000年以上の文明が詰まっています。それと同時に、古くからの映画館がいまだに継承されるなど映画の街でもあります。

プーリア レッチェ
Jacek Sopotnicki//Getty Images

文化活動にも出資するプーリアを代表するワイナリー「サン・マルツァーノ」は、レッチェで開かれた映画祭「Asia Lover Festival 」もサポートしていました。これは、日伊を往復する映画監督でもあるクリスティーナが地元で初めて開催したものになります。

a collage of a person lying on a bed
Alf

映画祭には日本からは2023年最も話題になったインディペンデント作品のひとつ、松永大司監督の『エゴイスト』を招聘。韓国やタイ、台湾などの作品が揃えられ、古都レッチェの人々を中心に、アジア映画を観直す機会を提供するという試みです。

パーティ会場は元修道院という厳かな場所で、和やかに。日本からYAMATOとSHUZO(大平修蔵)が“ピンクカーペット”に呼ばれていました(アフターパーティは2人でDJ)。

shuzo yamato
Esquire Japan

ボンドも愛したマテーラ 

近代化から取り残されたようなプーリアの街は、映画撮影の舞台としてもたびたび注目されてきました。

マテーラ プーリア州 イタリア観光
Matteo Colombo//Getty Images
マテーラの町

最近では007シリーズ最新作、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の撮影現場となりました。前半の逃亡のシーン、アストンマーティン「DB5」が蜂の巣にされていたあの場面です。

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DCLON//Aflo
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』撮影シーン

プーリア州は映画の舞台だらけ

他にも『ワンダーウーマン』の撮影現場には世界遺産のカステル・デル・モンテ、『奇跡の丘(Il Vangelo secondo Matteo)』とメル・ギブソン監督『パッション』はマテーラで、マッテオ・ガローネ監督の『ピノキオ』はグラヴィーナ・ディ・プーリアで撮影されています。モニカ・ヴィッティ主演コメディ・サスペンス『結婚大追跡(La ragazza con la pistola)』のシチリアのシーンは、実際はポリニャーノ・ア・マーレで撮られました。

the girl with a pistol
LMPC//Getty Images
『結婚大追跡』(1968年)。シチリアのシーンは実際、ポリニャーノ・アマーレで撮影された。

他にも『あしたのパスタはアルデンテ(Mine Vaganti)』(レッチェ、ガッリポリ)、『ナイト・オブ・ゴッド(I cavalieri che fecero l’impresa)』(バルレッタ、オトラント、ガルガーノ)などなど、枚挙に暇がありません。プーリアは映画界にこよなく愛される「映像映え」がする場所だとも言えます。

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La Ragazza con la Pistola (The Girl with a Pistol) - Full Movie Multi Subs by Film&Clips
La Ragazza con la Pistola (The Girl with a Pistol) - Full Movie Multi Subs by Film&Clips thumnail
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5.プーリア料理の名店たち【食】

「イタリアの食糧庫」とも呼ばれるプーリアに行くのなら、3食しっかり選び抜いたレストランに行かないと損。というのも円安の現在、異常なほどの高騰と見せるパリやロンドンなどの都市型観光地と比べ、南イタリアは格段に安い。そのうえ、海の幸も山の幸もそろい、生魚を食べる文化もあるため日本食に食べなれている人たちには天国。マクドナルドで1食済ませるなど、もったいなすぎる!と思えるほどです。

そこで現地で出合った素晴らしいレストランをいくつかご紹介します。

フォーシーズンズ(Ristorante Four Seasons)

工業都市・タラント(ターラント)の郊外にある観光地、マルティーナ・フランカは白壁の町。アルベロベッロのトゥルッリも近所です。そこにある「リストランテ・フォー・シーズンズ」での驚愕の一品は、たっぷりのトリュフスライスをかけた(かぶせたという表現の方がふさわしいかもしれません)ミルククリームパスタ。

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濃厚なのにさっぱりしたシンプルなソースに、あの鮮烈なトリュフのエチレンガスの香りに満たされてこの上ない幸せ。4人くらいでシェアする形であれば、日本円でも4~5000円でディナーが食べられる手ごろさも魅力です。

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モールス(Morus Ristorante)

要塞都市として栄えたポリニャーノ・アマーレは、崖の底にあるターコイズブルーのビーチが象徴的な街。

polignano a mare, apulia, italy, europe
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ポリニャーノ・アマーレ

そこで新鮮な海の幸を味わえるのが、「モールス」。素材の味を生かしたシンプルな料理が特徴で、日本食と共通するおいしさがあります。

ここでのシュリンプカクテルは地元でも有名なようです。が、何より驚きなのが生ガキ。ウォッカとタバスコ風の赤いソース(正体不明)をかけてジュルっと口に入れると、辛さと海水のしょっぱさが混ざり合いやみつきに。アルコールで後口もさっぱりなので、ロゼワインと交互にどんどんイケてしまいそうになります。 

Tripadvisor

カルーゾ(Caruso note d'eccellenza)

そんなポリニャーノ・アマーレでデザートを食べたのがこちら。ジェラート屋さんの「カルーゾ」。一番小さいサイズでもたっぷり満足感がありました。

Tripadvisor

サレブルー(Saleblu)

シーサイドホテル「ラ・ペスキエラ」内のレストランは、ラグジュアリーなイタリアン・シーフードが名物。地元で釣れた季節の白身魚を日本で言う「塩釜」で仕上げた逸品から、ウニパスタや蒸しスカンピなど、ひと皿ひと皿が素材命。

a plate of food
Esquire Japan

テラス席は海の上。波の音をBGMにゆったりと海の幸を味わえます。 

Tripadvisor

a room with tables and chairs and a body of water in the background
Esquire Japan

6.ニッチワインのつくり手たち【食・観光】

以上のレストラン全てに用意されているのが、地元“ナンバーワン”の規模を誇る「サン・マルツァーノ」のワイン。1970年代にスタートした比較的若いワイナリーは、ぶどう栽培からボトリングまで一貫してワイン生産を行います。化学的分析・開発を担うラボも擁するサン・マルツァーノ社は、事前に申し込めば見学も可。いま最も訪れるべきプーリアのワイナリーと言えるでしょう。

a bunch of grapes
Floriano Formoso
オーガニック栽培のぶどうには、生きたかたつむりが。収穫したぶどうを格納していく過程は興味深いポイントがたくさんあるものの、企業秘密とのこと。行ってみてのお楽しみ。

フランチェスコ・カヴァッロ社長は、サン・マルツァーノを大胆に近代化させた立役者。ワインづくりで「近代化」と言うと、あまりいいイメージを抱かない人も多いのも確か。しかしこのワイナリーで、近代化に挑む理由を社長の「働く人のためだ」と言います。進化するテクノロジーに興味をもち、専門家を雇い、労働者の負担を軽くす。負担が減れば、もっとよりよいワインづくりに集中できる。無駄に負担だけを増やしていく経営者とは一線を画します。

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Floriano Formoso
サン・マルツァーノ三代目、フランチェスコ・カヴァッロ氏。

低農薬や”有機農法”だけでなく、気候変動を原因に減少し続けているミツバチの保護など、バイオ・ダイバーシティ(生物多様性)はもちろん、輸送時の排出ガス削減のための容器開発、グリーン電力化のためソーラーパネルの設置、プーリア出身アーティストの絵画をエチケットに採用する活動などもワインヤードが広がるプーリアの環境とそこに生きる住民のため。土地と人を消費するのではなく、共生する事業としてのワインづくりがそこにはあります。

a bottle of wine on a table
Floriano Formoso
「彼女」を意味する「エッダ(EDDA)」は官能的で濃厚な白ワインながら、お手頃。コストパフォーマンスの高さでワイン好きからの高い支持を集めています。魚介類との相性が抜群。取り寄せ可能ショップリスト

水田があって収穫し、その土地に蔵元があり、杜氏がいて酵母もあり、酒ができる…。日本酒と同じく、土地とともに生きるのがワイン。歴史探訪の旅の最後に、大人の社会科見学のつもりで訪れてみてはいかがでしょうか。

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