2024年アカデミー賞に
『君たちはどう生きるか』は
ノミネートされるか

宮崎 駿にとって『風立ちぬ』から10年ぶりとなる監督作品『君たちはどう生きるか(英語題:In The Boy and the Heron)』が、日本では2023年7月14日から公開されました(北米公開日は、2023年12月8日)。

老魔法使いがありえないほど高い塔の上に座り、子ども用の積み木で小さな建造物をつくりながら雲の上で時を待っています。彼の幻想的でまるで生きているかのような塔の壁の中には、会話のできる鳥たち、「ワラワラ」と呼ばれるジェリービーンのような生物、そして、さまざまな魔法の呪いをかけられた人間たちが住んでいます。

この作品は宮崎 駿の60年にわたるアニメーターとしての経歴における、文字通り“金字塔”となりました。スタジオジブリの顔とも言える取締役名誉会長・宮崎 駿は、この老魔法使いのように自身の創作物を見下ろしながら、これまでの総まとめとしてこの最後の作品をつくり上げたのでしょう。

<>宮崎 駿の無限の
創造力と哲学、そして
絶えない新たな挑戦

では、説明していきましょう。82歳になった今も、宮崎 駿の創作力は衰えを知りません。『君たちはどう生きるか』には、同時代のアニメーションをはるかに凌駕するシーケンスがいくつもあります。常に彼は、私たちを驚かせる新たな手法を編み出し続けています。それは彼の哲学と独創性を、極限まで追求し続けた結果と言えるでしょう。そこには独特の芸術性と奥深いメッセージにあふれています。

そんわけでこの映画は、2024年のアカデミー賞に向けて大きな批評的支持を受けており、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』『マイ・エレメント』『ミュータント・タートルズ ミュータント・パニック!』などの有力候補と競い合うことになりそうです。2001年公開の宮崎駿監督映画『千と千尋の神隠し』は日本のアニメーション映画、そして(手で描いたようなニュアンスを残す)手描き映画としてオスカーを受賞した唯一の作品となっています。

私も含め多くの宮崎 駿ファンは、アカデミー賞受賞作のリストに彼の名がそれ以降ないことはありえないことだと考えています。宮崎 駿自身が創作するおとぎ話には、アニメーションというジャンルに自らの人生を全て当時、さらに全身全力で臨んできた魂が映し出されているのですから。

エスクァイアが考える
『君たちはどう生きるか』の
壮大なメタファーとは?

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
米津玄師「地球儀」× 宮﨑駿「君たちはどう生きるか」Kenshi Yonezu - Spinning Globe (Hayao Miyazaki, The Boy and The Heron)
米津玄師「地球儀」× 宮﨑駿「君たちはどう生きるか」Kenshi Yonezu - Spinning Globe (Hayao Miyazaki, The Boy and The Heron) thumnail
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『君たちはどう生きるか』は、眞人(マヒト)という12歳の少年の物語。彼は第二次世界大戦中に病院の火事によって母親を失い、この出来事によって彼は深い心の傷を負うことになります。やがて父親は再婚しますが、眞人は新しい環境になかなか馴染めません。そして家を飛び出し、『不思議の国のアリス』のような自分探しの旅に出た眞人は大きな青サギを追って想像と不可思議に満ちた塔へと登っていきます。頂上にたどり着くと、眞人はこの構造物の主、老魔法使いに出会います。

力強い老魔法使いが自分の後継者として少年に塔の再建を頼むシーンに私は、この映画に隠された壮大なメタファー(隠喩)に気づきました。まだお気づきでない人のために、ここで説明させてください。

※ただし、まだご覧になっていない人、またネタバレにつながる感想に嫌悪感を感じる人は、以下はスルーしてください。

この幻想的な塔を創り出し、皆に愛される老魔法使いはおそらく“宮崎 駿自身”であると気づくのです。そしてアニメーション界の巨匠からのメッセージを代弁させている…と。「次世代にトーチ(バトン)を渡し、自身のように美しさ、そしてさらには創造性を極める気概を継承してほしい。そして、社会的な倫理性も含めても含まなくとも、渾身の作品をつくってほしい…」と望んでいるように感じてなりません。

宮崎 駿は2013年の素晴らしい作品『風立ちぬ』公開後に、初めて引退を発表しました。その後、彼の息子である宮崎吾朗が一時的にスタジオジブリを引き継ぎ、批判と酷評を受けることになった3Dアニメーション作品『アーヤと魔女』を2021年に劇場公開しました。これは批評的にも興行的にも、厳しく評価されてしまいました。

この映画を観て、スタジオジブリの未来に不安を感じた人たちには、再びこの話題を出してしまい申しわけありません。『アーヤと魔女』公開前は、「宮崎吾朗が宮崎 駿の後継者になるかもしれない」と注目されていましたが、宮崎吾朗自身は「一人でジブリを背負うことは難しい、会社の将来については他に任せたほうが良い」という考えを固辞してきました。そんな経緯を経て、2023年9月21日にスタジオジブリが日本テレビの子会社となることが決議されています。

新生スタジオジブリは大いに期待したいところですが、『君たちはどう生きるか』を観てさらにはっきりとした私の想いは、「宮崎 駿のいないアニメーション界ないて考えられない」ということです。

宮崎駿が指揮を執らない
ジブリ作品たちは
どう生きるか?

未だに宮崎 駿は、なぜ急遽引退を取り消し、映画『君たちはどう生きるか』の制作を始めたのかを公の場で説明していません。この作品は彼のキャリアで2度目となる“最後”の映画になります。その理由に関してファンの中には、「スタジオジブリ後継者問題が渦巻く中、アニメーション界における宮崎 駿作品の存在価値を、再度磨き上げるために戻る必要があったに違いない」と考える人も少ないないようです。

2023年9月21日の発表を経て、スタジオジブリの運命はますます不透明になりました。その発表時に日本テレビの代表取締役会長執行役員である杉山美邦は、「今後ともジブリ作品を応援し、ジブリが映画をつくり続けられる環境を守ることになるならば」と伝えています。そして最後に、「日本テレビはスタジオジブリの自主性を尊重し、スタジオジブリは今後ともアニメーション映画の制作、ならびにジブリ美術館、ジブリパークの運営に専念していく所存です」とも言っています。

しかし、宮崎 駿が指揮を執らないジブリ作品はどうなるのか…『君たちはどう生きるか』で老魔法使いが後継者を探していることに、私たちが知るべきメッセージがあるのかもしれません。宮崎駿による素晴らしい塔は崩れつつあり、それを保ち続けられるかどうかは、私たちに託されているということでしょう。



Translation /Miki Chino


【日本版編集長 後記】

中国・春秋戦国時代における楚(そ)の思想家 荘子の言葉を借りるなら、「物無非彼、物無非是。自彼則不見、自知則知之。故曰、彼出於是、是亦因彼。物は彼(かれ)にあらざるなく、物は是(これ)にあらざるなし。彼よりすれば、すなわち見えず、知よりすれば、すなわちこれを知る。ゆえにいわく、『彼は是より出で、是もまた彼に因(よ)る』」--。

これは「見方によって物事は変化する」という前提のもと、「道」の絶対性に目覚めて「道」と一体化することによって不動の境地に至れることを説いている…と私は考える『斉物論(せいぶつろん)』の中の一説です。

なぜこの言葉が浮かんだかと言えば、この映画の主人公「眞人(マヒト)」だから…。

荘子が目指していた「無為自然」とは、人為を捨てたうえで運命に身を任せることでした。 そこで生死の運命もそのままに受け入れ、 何事にもこだわらぬ自由の境地に至った者…それを荘子は「真人」と呼んでいたなぁ~とリンクしたからです。

そこで考えます。ジョシュがつづったように「老魔法使い」が宮崎 駿なら、「眞人(マヒト)」は誰のメタファーなのか? それは、われわれファンなのか? それとも…。いずれにせよ、新生スタジオジブリを応援することは間違いありません。

From: Esquire US