※本記事は、「エスクァイア」USのスタイルディレクターである、ジョナサン・エヴァンス(Jonathan Evans)による寄稿です。


ブルネロ・クチネリ氏本人との会話が衣服の話題から始まることなど…まずありません。1978年にイタリア・ウンブリア州にある小さなソロメオ村に創業した「ブルネロ クチネリ(Brunello Cucinelli)」。今年で45年という歴史を持つラグジュアリーブランドの象徴でもある“カシミア”や“テーラリング”についてのことを語るよりも、“哲学”や“人生”、“死”といった重々しいテーマについて語り交わすことを好むのが創業者ブルネロ・クチネリ氏という人物です。

というわけでこの(2023年)3月のある朝、彼のZoomインタビューを行った際には、主題であるはずのカプセルコレクションの話に移る前にまず話題となったのが、春という季節の訪れについて…です。そして、亡くなったクチネリ氏の父親のことでした。

“人生”についての語らいを好む哲学者クチネリ氏に独占インタビュー

「花という花が咲き誇っていますよ」と、彼は通訳を介して切り出しました。「今日は2023年3月13日ですが、毎年15日になればツバメの群れがここにやってきます。毎年のことです」。彼のブランドが本社を置くことで再建を成し遂げたイタリア中部のソロメオ(Solomeo)という小さな村の城壁に、春の訪れとともにツバメたちはやって来ます。そして、そこで巣作りを始めるのです。「パンデミックが猛威を振るい始めた2020年の3月15日の早朝にも、やはりツバメはやって来ました。翌年100歳を迎えると同時に他界することになる父に、私は訊ねたものです。『父さん、いったい誰が毎年ツバメを送って寄越(よこ)すんだろうね? いったい何が、春をもたらしてくれるんだろう?』。すると父は、天を仰いでこう言いました。『そうだな。春は勝手にやってくるのさ』とね」。

ご覧の通り、カシミアの話などひとつも出てきません。ファッションに強いこだわりを持つ人々、テック企業の億万長者などを顧客とし、世界で最高水準の衣服の生み出している張本人であるにも関わらず、“服”よりも“人生”についての語らいを好むのがクチネリ氏なのです。

彼にとって服に囲まれた暮らしとはたまたま人生に訪れた幸せであり、それは父親の傍らでツバメの巣作りを眺める瞬間となんら変わぬものなのでしょう。その10日前に、パリでニーマン・マーカス賞Neiman Marcus Award for Distinguished Service in the Field of Fashion 2023)を受賞したばかりですが、どこか物憂げな空気をまとっていました。

“人生”についての語らいを好む哲学者クチネリ氏に独占インタビュー
JONATHAN ZIZZO
写真左からブルネロ・クチネリ氏、バーグドルフ・グッドマンのブルース・パスク氏。2023年4月、米国ダラスでも開催されたニーマン マーカス賞。

「私はこの20年間、ジャーナリストとして、そして今はその販売に携わる者として、クチネリ氏の仕事ぶりを間近で見るという幸せに恵まれてきました」と相好を崩したのは、かつて『T: The New York Times Style Magazine(T:ニューヨークタイムズ・スタイルマガジン)』、『GQ』、『Cargo(カーゴ)』の編集者を歴任した後にニーマン・マーカスに加わり、以来ニューヨークの「バーグドルフグッドマン(Bergdorf Goodman)」でメンズ部門ディレクターを務めるブルース・パスク氏です。

「デザイナーとして、またブランドとして、イタリアの偉大な歴史、服飾文化、工芸、食事、ワイン、そして美意識などを体現しているのがクチネリ氏の素晴らしさです。世界最高品質の繊維を用いた美しいニットウェアから始まったブランドですが、その卓越したコレクションには、そのようなライフスタイルの全てが織り込まれているのです」。

もちろん、だからこその受賞となったのです。ただし話はそれだけでは終わりません。今回の受賞を記念すべく、クチネリ氏とパスク氏のそれぞれが率いるチームが手を組み、ニーマン・マーカス限定の「アイコン・コレクション(Icon Collection)」が製作されることとなったのです。「色調に至るまで、まさにブランドの結晶と呼ぶべき完璧な仕上がりとなりました」と、パスク氏は胸を張ります。「『ブルネロ クチネリ』といえば誰もが思い描くような、この淡く美しい色彩を見てください。特別であることを超えた何かが、彼の手で生み出されたと言って良いでしょう」。

ニーマン・マーカス限定ブルネロ クチネリ「アイコン・コレクション」

ニーマン・マーカス限定ブルネロ・クチネリの「アイコン・コレクション(icon collection)」
Neiman Marcus
ニーマン・マーカス限定ブルネロ クチネリの「アイコン・コレクション(Icon Collection)」

『ブルネロ クチネリ』というブランドの持つ、時代や場所を超越した本質にのみ焦点を当てることで、その「アイコン(象徴)」を明示したのだと、パスク氏は今回のコレクションについて述べています。ベージュを基調としたソフトなテーラリング、ストーングレーのウールとカシミアのセーターにプリーツパンツ、クリーミーなオフホワイトのスエードを使ったボマージャケットやベースボールキャップなど、どれを取ってもひと目で分かる着心地の良さと、10年経っても決して色褪(あ)せることのない見事なスタイリングとを兼ね備えた出来栄えです。

「美しく、入念につくられた衣服というものは、持ち主と共に成長し、歳を重ねていくものなのです」と、パスク氏は言います。「時の流れを超越した象徴的な一着として、何度も何度も身に着けたくなる、そのような衣服です。これはつまり、ブルネロ クチネリのコレクションそのものです。毎年の流行に左右されることのない一貫性には、確かな根拠が存在しています。その快適さ、落ち着き、そして本質的でタイムレスなスタイルが私たちを魅了するのです」。

ニーマン・マーカス限定ブルネロ クチネリの「アイコン・コレクション(icon collection)」
Neiman Marcus

一方のクチネリ氏は、「ブルネロ クチネリ」とニーマン・マーカスそれぞれの顧客の好みの融合を目指した結果として、「ゆとりあるアメリカンスタイルにインスピレーションを求めた」と語っています。自身の掲げるビジョンと現代のメンズウェアのビジョンとが見事に調和していることを、クチネリ氏は特に喜ばしく思っているようです。

「ファッションは、よりエレガントでシックで、洗練されたテイストへと向かっているという印象を持っています」と、クチネリ氏は言います。

「つまり、上品だということです」

ニーマン・マーカスの店頭に姿を現したばかりのコレクションですが、並べられたアイテムはどれも全てが、ファッションを愛するコレクターにとっては格好の標的となるものばかりです。

それだけではありません。「シックでエレガントなアメリカ」というハリウッドへのオマージュとして、西海岸を明確に意識した「アイコン・コレクション」の展開がこの先に予定されているのです。今回の「アイコン・コレクション」が店頭に並べられる前に、イタリア中部に舞い戻ったクチネリ氏は「あらゆる瞬間に備えようとした」と言います。

ニーマン・マーカス限定ブルネロ クチネリ「アイコン・コレクション」
Neiman Marcus

「このような名誉ある賞を、まさか自分が受けることになるとは夢にも思っていませんでした」と、クチネリ氏は驚きを隠しません。そして、授賞式の催されるパリに赴くその前に、一度、自身が生まれ育った故郷の小さな村に戻ったのには理由があったのです。「叔父や祖父母の眠る墓前で、このことを報告しておきたかったのです。『明日はパリに行くんだ。アメリカ人の大切な友人から、素晴らしい賞を贈られることになってね。帰って来たらまた、今度はその賞を見せに来るから、だからあれこれうまく行くように力を貸してください』と、手を合わせました」。

今回のインタビューが行なわれる直前の週末、クチネリ氏は約束通りまた一族の墓地を訪れ、手にしたばかりの賞を振りかざして見せたそうです。「もしそのときの様子を誰かがビデオに撮っていたなら、私がおかしくなったと思われていたかも知れませんね」と、クチネリ氏は笑いました。

Source / Esquire US
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。