カリフォルニア州オークランドで繰り広げられてきた悲しく腹立たしい騒動が、ついに痛々しい終局のときを迎えようとしています。つまりオークランド・アスレチックス(以下アスレチックス)は、ネバダ州ラスベガスでの新スタジアム建設する方向で契約を締結するに至りました。その条件交渉を巡る駆け引きの道具としてオークランドが利用されていることを苦々しく感じてきたオークランドのシェン・タオ市長も、ついに決断を下したということです。

私(編集注:筆者であるスポーツライターのジョー・ポスナンスキー氏)の知る限り、最もカラフルで最高に面白いチームであるオークランド・アスレチックスが、ついにその時代に幕を下ろすという、もはや避けることのできない結論が人々に突きつけられることとなったのです。

texas rangers v oakland athletics
Lachlan Cunningham//Getty Images
「ひょっとしてオープン戦?」と見紛うほどに、ガラガラの観客席。2022年シーズン、アスレチックスの観客動員数は78万7902人とMLB30球団の中で最低を記録しました。
philadelphia phillies v oakland athletics
Thearon W. Henderson//Getty Images
過去には、藪 恵壹投手、岩村明憲選手、松井秀喜選手、岡島秀樹投手が在籍。現在は藤波晋太郎投手が在籍。日本でも比較的なじみのある球団です。

旋風を巻き起こしたマネー・ボール

落ち着いて振り返ってみましょう。

ノンフィクション作家で金融ジャーナリストでもあるマイケル・ルイス氏が、『マネー・ボール』をアメリカ国内で刊行してから20年の歳月が流れました(編集注:『マネー・ボール』の日本刊行は2004年。メジャーリーグベースボール(MLB)アメリカンリーグ西地区に所属する球団アスレチックスのゼネラルマネージャー(GM)に就任したビリー・ビーンが、“セイバーメトリクス“と呼ばれる統計学的手法を用いてMLB随一の貧乏球団であるアスレチックスをプレーオフ常連の強豪チームにつくり上げていく様を描き、ベストセラーとなりました)──。

この6月でちょうど出版20周年を迎えています。オリジナルの英語タイトルには、「不公平なゲームに勝利する方法(The Art of Winning an Unfair Game)」という副題が添えられています。20~25年前の時点では、アスレチックスのような貧乏球団が資金力のあるチームと渡り合うことなど、あってはならないことだとされていたのです。

"moneyball" oakland premiere red carpet
Araya Doheny//Getty Images
映画『マネー・ボール』で元GMのビリー・ビーン役を演じたブラッド・ピット。

データ:MLB全30球団の中で、アスレチックスの年俸総額は下位に沈んでいました
  • 1998年:年俸総額25位
  • 1999年:年俸総額24位
  • 2000年:年俸総額25位
  • 2001年:年俸総額29位
  • 2002年:年俸総額28位

スポーツ界で散見される“悪魔の取引”

映画『マネーボール』は、ブラッド・ピット主演で映画化もされました。そして現実のアスレチックスは、映画でも描かれていたように善戦しました。

2002年を例にとれば、103勝という見事な結果でシーズンを終えています。だからこそ、マイケル・ルイスがあの本を書くことになったのです。タンパベイ・デビルレイズ、ミネソタ・ツインズ、サンディエゴ・パドレス、カンザスシティ・ロイヤルズという低予算チームが悲惨な成績でその年のシーズンを終えるなか、ビリー・ビーンがGMを務めるアスレチックスだけが市場の原理をあざ笑うかのように勝ち星を積み上げたのでした。

83rd mlb all star game
Jamie Squire//Getty Images

低予算でありながらも重量級の活躍を見せたのはアスレチックスだけではありません。ミネソタ・ツインズも常にギリギリの経営状態で知られるチームですが、2002年~2010年の間、実に6度のプレーオフ進出を果たしています。ツインズについては、また別の機会にお話しましょう。

勝ち星を積み上げることでファンが増え、アスレチックスの年俸総額もそれに応じて少しずつ上昇していきました。しかしオークランド市が新スタジアムの建設予算を提供しない限り、この地でのチームの未来などないことはすでに明らかでした。

スポーツ界で常態化している“悪魔の取引”です。ピカピカの球場を新調するか、もしくは定期的に大改修を行うかをしなければ、真新しいスタジアムを喜んで提供するという他の街に、チームは移転してしまうのです。オークランドでは少なくとも過去20年間にわたり、この問題が頭痛の種となっていました。


データ:他都市では、MLBチームを引き留めるための優遇策が行われてきました…
  • オハイオ州ハミルトン群では、シンシナティ・レッズのホーム球場グレート・アメリカン・ボール・パーク(そしてNFLシンシナティ・ベンガルズのポール・ブラウン・スタジアム)の建設予算を確保するため、消費税を0.5パーセント引き上げました。
  • カリフォルニア州サンディエゴでは、パドレスのホーム球場ペトコ・パーク建設費用の一部として、地方債およびホテル税による収入を予算にあてました。
  • ペンシルベニア州フィラデルフィアでは、フィリーズのホーム球場シチズンズ・バンク・パーク建設のため、レンタカー税が引き上げられ、ペンシルバニア州に対する助成金申請がなされました。
  • ミズーリ州セントルイスのブッシュ・スタジアムは、「民間の資金によって建設された」珍しいスタジアムの一つです。ただし同市はカージナルスに対する数億ドル規模の税制優遇や優遇金利の措置を講じており、またミズーリ州によってあらゆるインフラ設備が提供されています。
  • ワシントンDCのコロンビア特別区では、ナショナルズの本拠地ナショナルズ・パーク建設のため、6億1000万ドルの地方債を発行しました。
  • ニューヨーク市では、ヤンキー・スタジアムの改築費用を賄うために10億ドル以上の公的資金の注入と税制優遇措置がとられました。
  • ニューヨーク市はメッツの本拠地シティ・フィールドの建設予算を賄(まかな)うために、約6億ドルの公的資金の投入と税制優遇を行いました。
  • ミネソタ州ミネアポリスのヘネピン郡は、ツインズのホーム球場であるターゲット・フィールドの建設のため15パーセントの消費税を課しました。
  • フロリダ州マイアミのデイト群では、マーリンズの本拠地となるローンデポ・パークの建設費用の公的支出に反対する住民訴訟を乗り越え、ほぼ全額に相当する地方債の発行を行いました。
  • ジョージア州コブ群では、アトランタ・ブレーブスの本拠地となるトゥルーイスト・パーク移転にともなう商業地区開発のため、約4億ドルの地方債を発行しました。
  • テキサス州アーリントンでは、テキサス・レンジャーズの本拠地となるグローブライフ・フィールドの建設のため、大規模な税制改革(消費税、レンタカー税、ホテル宿泊税の引き上げ)を行いましたが、これはレンジャーズが築20年に満たないグローブライフ・パーク・イン・アーリントンを退去し、ダラスへ移転することを匂わせたためと言われています。

過去にはサンノゼへの移転失敗という苦い思い出も…

これぞまさにアメリカンスポーツの現実です。話はどれも似たり寄ったり。膨らむ期待(経済成長という名の)、大きな夢(全米最大のお祭りであるアメリカンフットボールのスーパーボウルがこの街にやってくるかもしれない)、そして強迫観念(メジャー球団が街からいなくなってしまうかもしれない…)。それゆえに新たなスタジアムが建造され、物事が回っているのです。

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Jerry Trudell the Skys the Limit//Getty Images
オークランドはサンフランシスコ湾に面した港湾都市。人口はアメリカで44番目、カリフォルニア州で8番目に大きな都市です。

ここしばらくのアスレチックスは、まさにその渦中にありました。カリフォルニア州サンノゼへの移転話が持ち上がった際には、移転が不当に妨害されているとして同市がメジャーリーグ機構を提訴する場面もありました。しかし結局、サンノゼを含むサンタクララ郡がフランチャイズ地域であると主張するサンフランシスコ・ジャイアンツの抵抗により、移転は実現しませんでした。その後、オークランド市とカリフォルニア州による8億ドル近い予算の提示やインフラ整備、税還付などさまざまな条件提示がなされました。

しかしその程度の提案では、焼け石に水ということだったのでしょう。「より高い条件が提示されるべきであり、チームにはそれだけの価値があるのだ」と、アスレチックスのオーナー、ジョン・フィッシャー氏は態度を崩すことがありませんでした。

この一連の騒動の間、アスレチックスは最低限の予算で、求め得る以上の勝ち星を挙げ続けてきました。ビリー・ビーン元GMとデビッド・フォースト現GMがオークランドで示した手腕は、まさに称賛に値すべきものです。なんなら『マネー・ボール2』が出版されても、不思議もありません。


データ:MLB全30球団におけるアスレチックスの総年俸順位と成績。勝利はお金だけでは買えないようです

2012: 年俸総額29位、プレーオフ進出!

2013: 年俸総額27位、プレーオフ進出!

2014: 年俸総額25位、プレーオフ進出!

2015: 年俸総額27位

2016: 年俸総額27位

2017: 年俸総額27位

2018: 年俸総額30位(!)、プレーオフ進出!

2019: 年俸総額25位、プレーオフ進出!

2020: 年俸総額26位、プレーオフ進出!


ラスベガスは正しい目的地なのか?

そんなアスレチックスですが、コロナ禍以降、やる気を失ってしまったかのようです。今年(2023年)の年俸総額は29位のチームと1700万ドル以上の差をつけて、断トツの最下位となりました。主力選手は軒並み売りに出され、スタジアムには閑古鳥すら鳴かないというありさま。結局、先々はラスベガスにその将来を賭ける格好となりました。

ラスベガスへの移転は、もしかしたら勝ち目のある賭けなのかもしれません。「可能性はない」とは言えません。ただしラスベガスが野球に適した土地であるかどうかは疑わしいところでもあります。まずラスベガスは、そのイメージほど大きな街ではありません。テレビ業界の規模は、サウスカロライナ州グリーンビルよりも小さいほどです。ラスベガスの中心部はテキサス州オースティンよりも小さく、カンザスシティやシンシナティといった小都市と比べて若干大きいに過ぎません。

加えて、ラスベガスの新スタジアムがドーム球場となることはほぼ間違いありませんが、現地の夏季の最高気温をご存じでしょうか。例年6月から9月にかけて摂氏40度にも届くほどにラスベガスは暑いんです。

日が落ちれば少しは過ごしやすくなりますが、いずれにせよドーム球場、もしくは開閉式の屋根を持つスタジアムが必要です。建設費用は少なくとも10億ドルか、それ以上ということになるでしょう。

oakland athletics fans reverse boycott
MediaNews Group/East Bay Times via Getty Images//Getty Images
現地時間6月13日(火)、ラスベガス移転を目指す球団への抗議として行われた「逆ボイコット」が大きな話題となりました。普段は観戦に行かないファンたちが一挙にスタジアムに集結。集まった観客数はまさかの2万7759人でした。今シーズンの火曜日の平均観客動員数は3913人なので、6倍以上の観客が集まりました。
oakland athletics fans reverse boycott
MediaNews Group/East Bay Times via Getty Images//Getty Images
「チームを売っちまえ!」といったプラカードを抱え、オーナーのジョン・フィッシャー氏への不満をあらわにするアスレチックスのファン。
oakland athletics fans reverse boycott
MediaNews Group/East Bay Times via Getty Images//Getty Images
「逆ボイコット」は、チームの移転がファンが原因ではないことを示す目的で行われたとのこと。

懸念はそれだけではありません。果たしてラスベガスは、どれほど野球チームを必要としているのでしょうか。ラスベガスにはすでにデビッド・カッパーフィールドのマジックショーや(2021年6月から復活した)シルク・ド・ソレイユがあります。米国最大規模の各種スポーツイベントの開催地としても常連で、すでにNFLのラスベガス・レイダース(このチームも前のフランチャイズはアスレチックスと同じオークランドでしたが…)とNHLのベガス・ゴールデンナイツもそろっています。

さらに、規格外の富を持つ資本家たち(その中には八村塁選手のチームメイトであるNBAのレブロン・ジェームス選手の名も)は、NBAチームを誘致しようと待ち構えてもいます。つまり、メジャーリーグのブランド確保に躍起にならなければならない理由など、ラスベガスには一切ないのではないか、ということです。

とは言いつつも、ラスベガスの街にはうなるほどの資金が流れていることは確かでしょう。こちらがあれこれ思い悩む必要などないのかもしれません。

やるせない…。チームを失う地元ファンの心境

この件に関して一つだけ、確実に言えることがあります。つまり、これが“悲しい出来事”であるということ。長く続いたオークランド時代の悲しさとはまた別として、野球チームが移転するというのはいつだって寂しいものです。MLBワシントン・ナショナルズがエクスポズを名乗っていた際のフランチャイズだったモントリオールに暮らす友人の中には、エクスポズが当地を去ってしまったことを今なお嘆く人がいます。ブルックリンからドジャースが移転してしまったことをいまだに引きずっている人だっているのです。移転は1958年のことですが…、時が癒せない心の傷もあるのです。

つまりファンにとっては、耐え難い悲しみだということです。

Source / Esquire US
Translation / Kazuki Kimura
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です