まるで幼い頃に空き地で遊んだ野球のようなワクワク感
「バナナボール」をご存じでしょうか? これは「サバンナ・バナナス」というジョージア州サバンナを本拠地とする野球チームが新たに“発明”した野球のこと。それは一見、野球のように思えるのですが、それぞれのぷれーのディテールは普段目にする一般的な野球とは大きく違うスポーツなのです。もちろん、ルールからです…。
そこには、退屈と思われる野球の要素は排除されています。踊る、走る、歌う、投げる、打つ、そしてまた踊る…さらに試合のテンポを早め、エンターテインメント的要素を強めることによって、とにかく多くのファンが楽しめる新たな野球として誕生したのです。百聞は一見に如(し)かず、ご存じないという人はまずは冒頭の動画と下記の動画をご覧ください。
チームオーナーのジェシー・コールさんが野球というスポーツを逆手に取ると意を決したとき、このチームの人気は大爆発を起こしました。現在、チケットは入手困難。数多くのメディアに取り上げられ、その人気はとどまるところを知りません。ここでは、その創設者自らによって語られる、“バナナボール”誕生秘話です。
順調なチーム運営の中に見つけた、ほんの小さなほころび
歌い、踊り、祝い、そしてファンを喜ばせるプロモーション、インクルーシブな料金設定、選手との交流の拡充、バナナ・ベイビー(編集注:生まれたばかりの赤ちゃんをバナナの着ぐるみで包み、グラウンドで祝福する儀式のこと)、ブレイクダンサーの一塁コーチ、チームの応援楽団。そんなチーム「サバンナ・バナナス」は、2016年に発足した(全米から集められた大学生選手による、木製バット使用の大学野球サマーリーグ)コースタル・プレーン・リーグ(CPL)西地区に以前所属していたチームであり、その後2シーズンかけて大きく成長し、2018年と2019年には西地区のウィナーになった実績もありました。
その頃、われわれは「人々がベースボールに求める、エンターテインメントを提供することができるている」と確信していたのです。おかげさまでホームゲームのチケットはいつも完売。毎回ファンは大喜びでした。私たちは「完璧な方程式を編み出したぞ」といい気になっていたのです。
ですが、それは大きな勘違いだったのです。
ある時期から、毎試合必ずと言っていいのですが、球場にやってきたファンの半分ほどが試合途中にも関わらず、大抵5回か6回を終えたあたりで荷物をまとめて帰宅するようになります。エキサイティングな試合展開が、その先に待ち受けているかもしれないのに…。7回の終わりには、史上最高にスペクタクルなエンターテインメントが準備されているかもしれないのに、それでも帰ってしまうのです。
試合開始から2時間ほどで、大勢のファンがもう十分という感じで観戦を切り上げてしまいます。平日の夜なので、それも理解できます。子どもたちはグズり出しますし、大人も翌朝の出勤に備えて身体を休めなければなりません。そのため、満員のお客さんも試合途中で半分ほどに減ってしまっていたのです。
とあるエンターテインメント関係者が、ムッとした表情でこう言ったのを覚えています。「私たちのショーを途中退場するなんて、失礼極まりない! 映画で途中退場なってしないだろうし、ブロードウェイの芝居でも途中で席を立つ人なんてしないだろ‼」と…。
しかしながら私自身にとって、それは明確なサインでした。ファンは明らかに、「もう十分だ」という声を態度で示してくれたのです。そして私は、「変わらなければならない」と思いました。そうしてバナナボールを発明する…そのときが訪れたのでした。
バナナボールならではの(奇抜な)9つの新ルール
野球(ベースボール)における最高の瞬間とは何でしょうか? サヨナラ勝ち、ホームランを確信したバット投げ、トリプルプレー、ホームラン、ファインプレー、クロスプレー、他にもいろいろとあるでしょう。どうすればそんなエキサイティングな瞬間を増やせるのか、私たちは考えました。そして逆に、野球における最低の瞬間についても考えてみました。フォアボール、何度も打席を外すバッター、テンポの悪いピッチャーのせいで4時間たっても終わらない試合…。どうすればそのような要素をなくせるのか…と。
まず考えたのは、ファンの気持ちです。人々を試合に熱中させる、ファン第一主義に基づくルールをどのように考えれば良いのか?
「バナナボール」を構想するにあたっては、実験的かつ革新的、進歩的な思考で臨む必要がありました。そうして生まれたのが、次の9つの新ルールです。
1
試合時間は
2時間タイムリミット制
始球式の直前から時間のカウントを開始する。1時間50分を回った時点で、新たなイニングは開始されない。
2
ショーダウン・
タイブレーク制
2時間たって同点の場合、ショーダウン(決着)へと進みます。ピッチャーとバッターとのガチンコ対決です。守備側のチームは投手、捕手、内野手ひとりだけ。バッターが打ち取られたら攻守が後退するワンアウト制です。インプレーの場合は野手がボールを追い(ときに外野フェンスまで追いかけるようなこともあります)、打者をアウトにしなければなりません。どちらかのチームがリードを奪った時点で試合終了。
3
イニング・
ポイント制
同イニングの裏表で得点の多かったチームがそのイニングを取ったこととなり、ポイントを獲得。両チーム無得点、もしくは同点の場合には、どちらのチームにもポイントは付与されず、次のイニングへと進む。「まるでゴルフのマッチプレーだな」と、父からは言われました。
4
バッターボックスを
外すのは反則
もし打席を外したら、ストライクがカウントされます。
5
バントは
禁止!
バントをしたら一発退場。
6
1塁への
盗塁もOK
ワイルドピッチやパスボールがあれば、どのカウントでも打者は1塁を盗むことができる。
7
四球の代わりに
「スプリント」
4つ目のボールがカウントされた時点で、「スプリント」がコールされる。キャッチャーが味方にボールを投げる間、バッターは一塁を(場合によってはその先を)目指してスプリントを開始する。9人の野手全員にボールが回らないうちは、ランナーをアウトにできない。俊足の選手なら3塁まで狙うことも(守備の連係が乱れれば、ランニングホームランもあり得ます)。ランナーを二塁で仕留められれば、ファインプレーとされるでしょう。
8
マウンドへの
集合禁止!
コーチ、捕手、野手はマウンドに集まってはならない。それゆえ時間は浪費されず、試合は速やかに進行する。チームメイトやコーチは必要に応じ、離れた場所からピッチャーに声をかけることは可能。
9
観客もアウトを
取ることができる
観客がファウルフライをキャッチした場合、アウトとなる。これならファンにも試合に参加してもらえます。
練習試合でテスト。相手選手からも笑みがこぼれました
そして2019年の夏、私たちは夢を膨らませながら練習に励み、ルールの調整を続けました。どこかで本番を想定したテストマッチをする必要がありました。ウォフォード大学時代の同僚だったコーチたちに連絡すると、一人はまだそこに残り、もう1人はランダー大学のコーチになっていることが分かりました。そこで、それぞれのチームの選手に参加してもらって練習試合を行ったのです。
「緊張するな!」というほうが無理です。「新考案のルールが機能しなかったらどうしよう…」「選手たちが受け入れてくれなかったら最悪だな」「思い描いたものにならなかったらどうすればいい?」などなど、 いくつもの不安がよぎりました。
とは言え、少なくとも前向きな希望に包まれてはいました。ランダー大の選手たちが、まるでこれから人体実験でもされるかのように、落ち着かない様子で並んでいます。いわゆる野球なら、これまで何百試合もしてきた彼らです。が、「今からいったい何が始まるんだ?」という不安げな顔をしています。
「今日ここでご協力いただくのは、ただの実験です」と、私は彼らの不安を和らげます。「よりスピード感のある、よりエキサイティングなゲームにするにはどうすればいいか? 欲しいのは、ショーマンシップとお祭り騒ぎです。だから恐れずに、思い切り楽しんでください。それが今日の試合の全てです。お祭り騒ぎは得意でしょ?」
不安げに辺りを見回していた選手たちも納得した様子でうなずき、笑みがこぼれました。とにもかくにも、彼らが私たちのアイデアを受け入れてくれたということ。次にルールを説明すると、ところどころで笑いが起こりました。
「一塁への盗塁なんて、聞いたことないっすよ! 打席を外したらストライクとか、ひどくないですか?」
まるで小学生のような笑顔が広がりました。「何もかもが新鮮!」といったあの感じです。
そうして、ついに始まったのです。
そのテストマッチの4回に起きた出来事は、今でも忘れられません。
ピッチャーの交代が告げられ、リリーフ投手がマウンドに上がりました――。辺りが静寂に包まれます。スタンドには、選手たちのガールフレンドが10人ほど観に来ていたでしょうか。練習試合ということで、特に観客は入れていませんでしたので…。そんなガールフレンドたちも試合の行方を見守るでもなく、スタンドで学校の課題を片づけていたのです。ところが、リリーフピッチャーの投球がはじまると、彼女たちもゲームに釘づけになったのです。
なにしろピッチャーは、6~7秒に1球のペースで投げるわけです。スタンドの人々は、いったい何が起きているのかわからないといった様子で戸惑っていました。キャッチャーからボールが返されるやいなや、もう次の投球が始まります。打者1人につき1分もかかりません。なんという光景でしょうか。
試合開始から40分とたたずに、ゲームはもう6回に突入していました。「うそでしょ?」と、誰もが驚きを隠そうとしません。
テンポの良いピッチングを期待していたのは確かですが、中にはまさにレベル違いの速さの投手もいました。その投手は、わずか12秒ほどで三球三振に打ち取ってしまったほどです。いわゆる普通の野球のペースになじんでいる人にとっては、大きな衝撃だったはずです。9回裏まできっちり試合を行いましたが、所要時間はなんと99分に過ぎませんでした。
試合終了後の選手たちは皆、満面の笑顔でした。「めちゃくちゃ楽しかったですよ。サクサク進むのも最高でした。緊張感は切れないし、気が緩む瞬間がなかったですね」と、そんな意見が飛び交いました。
これぞまさに、私たちが求めていた結果です。
試合時間短縮化など、新ルールが機能
ルールの細かな確認をチーム内で継続しながら、本番に向けて準備を進めていく中で、特に好感触だったのが試合のテンポの良さです。2時間ほどで決着のつく高速ペースの試合というのが、ファン第一主義を目指す私たちの基本的アプローチということになりました。これなら誰も、試合の重大局面を見逃す暇もないでしょう。もし仮に、2時間のタイムリミットまでに6回しか進まなかったとしても、目まぐるしく繰り広げられるエンターテインメント性の高さと無駄な時間の少なさを考えれば、一夜の娯楽としては十分に成立するはずです。なにより従来の野球と異なるのは、試合終了まで観戦しても余裕を持って帰宅できるということです。
カトーババレー・スターズ(Catawba Valley Stars)というチームとバナナボールのルールで行った試合に至っては、全9イニングを終えて、試合時間はわずか1時間48分でした。
ファンにとっても、テレビ局にとっても、これは実用的かつ理想的な所要時間ではないでしょうか。多忙を極める現代の人々にとって、試合時間のめどが立っていることは大きな安心材料となり得ます。NFLやカレッジフットボールの試合が3~4時間に及ぶことは珍しくありませんが、週に1試合だけです。もしそれが野球のように年間162試合あったとしたら、果たして人々はそれを追いかけるようとするでしょうか?
終わりの見えるコンパクトな試合進行は、選手たちにも好評でした。子ども世代の集中力は、どんどんと短くなっていると言われています。そのような状況に、スポーツの側も歩み寄るべきではないでしょうか?
2022年のワールドツアーに加わった元ドラフト1位指名選手のジェイク・スコールも、「試合時間が短いほうが、選手にとってもありがたい」と言っています。そして、こう続けます。
「ベースボールの世界には、審判にねちねち絡むような選手も少なくありません。『とにかく落ち着いて、ゆっくりと意識を集中して…』といったアドバイスをメンタルコーチから受けている選手もいますが、そのようなスローペースの試合で果たしてファンをつなぎ留めておくことなどできるでしょうか? スピード感と激しさが求められるバナナボールでは、とにかくプレーに打ち込むほかありません。エゴを捨て、集中しなければ、あっという間にツーストライクに追い込まれてしまうのですから。とてもスピーディーなゲームなのです」
フォアボールとともに発生する「スプリント」ほど、ゲームを過熱させるものはありません。当初は確かに目を覆いたくなるような場面も多々ありました。キャッチャーはどこにボールを投げていいかわからなくなり、バッターは塁を稼ぐ余裕がありました。それも今では洗練され、見応えのあるレースが繰り広げられるようになりました。以前は退屈なだけだったフォアボールも、これでエキサイティングな競争へと生まれ変わりました。
「ショーダウン・タイブレーク制」も、エキサイティングな要素を高めています。公園で野球を楽しむ子どもたちのような臨場感があるのです。守備にまわる選手はときに外野フェンスまでボールを追いかけ、バッターがホームを踏む前にバックホームしなければなりません観ている側もハラハラしますし、これ以上ない決着方法だと思います。当初は、ホームラン競争で勝敗を決めるという案もありました。でも、それでは退屈です。このショーダウン制なら観客も思わず、身を乗り出してボールの行方を追いかけることになります。
「対決とは1対1のガチンコ勝負。一体、どちらに軍配が上がるのか? 攻めるも守るも、とにかく相手を仕留めなければなりません。テレビ中継だって盛り上がると思いませんか?」と言っているのは、われらがバナナスの攻守ともに優れたプレーヤーの一人、ダコタ・マックファデンです。
「バナナボールのルールなら、とにかくストライクを投げ込み、インプレーを続けなければなりません。観客だって居眠りしている暇などありません。だからファンも夢中になります。どのような場面でも、何か決定的なことが起こる可能性があるからです」とも言います。
スタンドのファンも、ファウルボールをキャッチすればアウトを取れるのですから、それは盛り上がるに決まっています。2022年のワールドツアーでは6回ほど、これでアウトになりました。1試合で3回発生しそうになったこともあります。アウトを取ったファンはそのままダッグアウトに招待され、そこで記念品が贈呈されます。ファウルボールをキャッチするのは誰にとってもクールなことですが、それで1アウトとなるのですから最高でしょう。「やりすぎだ!」という声もあります。バナナズの打者のファウルボールをキャッチした場合には、取りあえずいったん落としてくれるように頼んでいますよ。ファンの皆さんも、そのあたりはよく理解してくれています。
幼心に刻まれた楽しいベースボールの記憶を
このような仕組みづくりや、ひねりを利かせたルールの設定などは、特に熱心な野球ファンとは言えない人々がどうすれば楽しく、飽きずにゲームを観戦できるのかということに重点を置いて考えられたものです。わがチームのコーチを務めるアダム・ヴィラントなど、野球を気候変動に例えて「野球を氷河のように考えること」を提案しています。子ども世代の集中力がどんどん低下していくなか、野球のペースもそれに適応しなければ、新しい世代は野球を観ようともしなくなるだろう…ということです。
2021年の夏、コースタル・プレーン・リーグのシーズン前にアラバマ州モービルでナイトゲームを2試合した際のこと。それは、バナナボールにとって記念すべき特別な試合となりました。マイナーリーグ(若手で期待されている選手がキャリアスタートをされる競争の場である)ダブルAのチームがモービルを去ったばかりだったこともあり、2試合ともすぐにチケットが完売しました。1都市だけの試合でしたが、私たちはこれを「ワールドツアー」と銘打ちました(笑)。バナナボールが本拠地ジョージア州サバンナ以外でも通用することが証明できたのです。
バナナスの協力者の中に、2007年にサイ・ヤング賞を受賞し、オールスターゲームに3度の出場を果たしたジェイク・ピービーという、元ナショナル・リーグのMLB投手がいます。彼はモービルの出身で、心の底から故郷を愛しているのです。マイナーリーグのチームが当地を去ってしまった後、ジェイクはスタジアムのイベント誘致に奔走していました。その縁で、バナナスがモービルで試合をできることになったのです。
そんな彼は、バナナスのことをこう語ってくれています。
「ジェシーのチームが提供するものをファンが求め、そして、それを大いに楽しんでいることは否定できない。このバナナボールのルールは実に素晴らしいものだ。現代の野球はデータ分析やそれに伴う守備位置のシフトなどなどによって、そこに宿っていた魂の一部は削ぎ落とされてしまったようにも思える。そんななかでバナナスは、人間的な要素を取り戻そうとしている。私たちが子どもの頃にしていた、とても楽しかった野球を思い出させてくれる…それがバナナボールさ」
Source / Esquire US
Translation / Kazuki Kimura
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です