[目次]

▼ 禁煙進まず?「加熱式たばこ先進国」になった日本

▼ 「加熱式」増税に待ったをかける「ハームリダクション」

▼ 日本医師会も「忠告」!加熱式たばこは「害を低減」するのか?

▼ 加熱式たばこの「税優遇」より健康寿命を伸ばすことが大事

※2024年3月7日に「ダイヤモンド・オンライン」に掲載された、窪田順生氏(ノンフィクションライター)による記事の転載になります。


禁煙進まず?「加熱式たばこ先進国」になった日本

一般社団法人日本たばこ協会によると、加熱式たばこの販売数量(2023年4〜12月累計)は、前年比11.8%増の435億本だった。紙巻きたばこ販売実績を100として、加熱式たばこの販売数量を比較をすると、2年前は47.8だったものが64.1にまで増えている。今のペースなら紙巻きたばこを追い抜くのも時間の問題だろう。

そんな「加熱式たばこフィーバー」にメーカー側も驚いている。紙巻きたばこから将来的な撤退を表明して、加熱式たばこ「アイコス」に力を入れている、米フィリップモリスインターナショナル(PMI)のヤチェック・オルザックCEOも昨年10月の自社イベントでこう述べている。

米フィリップモリスインターナショナルのヤチェック・オルザックceo
Leigh Vogel//Getty Images
2022年9月に開催されたイベント「Driving Change in the Age of Disruption」で登壇した米フィリップ・モリス・インターナショナルCEOのヤチェック・オルチャック氏(左)。

「日本ではこの10年で、35%の20歳以上の喫煙者を煙のない製品に切り替えることができた。こんなにも急速に煙のない製品に切り替わった国は他になく、規制当局にとってもPMIにとっても大きな成功だ。今後はまだ切り替えていない喫煙者に切り替えを促進し、完全に煙のない社会をめざしたい」(産経新聞、24年2月29日

では、なぜ日本は世界トップレベルの「加熱式たばこ先進国」になったのか。よく言われるのは、煙や臭いの問題が指摘されるようになり、紙巻きたばこが吸える場所が減ったことで切り替えたという説。もしくは、加熱式たばこも併用するという、いわゆる「デュアルユース」が進んだことだ。

ただ、たばこ企業も驚くほどの成功をおさめたのは、加熱式たばこが、喫煙者たちが抱える、次のような「悩み」の解決策になったことが大きい。

「最近、体の調子も悪いからたばこやめたいんだけど、これまで禁煙に成功したことないし、どうしたもんかねえ…」

つまり、「健康」を気にし始めたけれど、どうしてもやめられないというニコチン依存症ともいうべき人々の「受け皿」になっているのだ。それがうかがえる調査もある。

「加熱式」増税に待ったをかける「ハームリダクション」

pedestrians walk past the heated tobacco and electronic
SOPA Images//Getty Images
※写真はイメージです。

リサーチ会社のネットエイジアが、20歳~69歳の男女1000名を対象に、加熱式たばこを吸うようになったきっかけを調べたところ、「紙巻たばこを吸える場所が減った」(25.1%)、「友人・知人・家族から勧められた」(24.5%)という、「でしょうね」という回答があった。さらに、「健康を気にするようになった」(23.2%)という声もそれなりにあるのだ。

このような「健康目的」の加熱式たばこへのスイッチはさらに進んでいく。なぜかというと、たばこメーカー、マスコミ、さらには政治までが一丸となって、この動きを後押しているからだ。

わかりやすいのは、フィリップモリスジャパン合同会社のホームページに掲げられる、シェリー・ゴー社長のこんなメッセージだ。

《社会全体で害の低減を目指すハーム・リダクションの概念を公衆衛生政策の重要な要素と捉え、紙巻たばこを喫煙し続けることより、より良い選択肢への切替えを促すような規制と税制を支持しています》

「ハームリダクション」とは、薬物やアルコールがもたらす害(ハーム)を減らす(リダクション)ことによって、リスクや健康被害を防ぐという取り組みだ。海外では依存症治療や薬物対策のひとつの柱となっているが、どういうわけか日本では「喫煙」の文脈で使われる場面が多い。

例えば、産経新聞社は、人生100年時代を据えた企画「100歳時代プロジェクト」の中で、昨年11月から今年2月まで3回にわたって「ハームリダクションの現在地」というシリーズを掲載している。そこで論じられているのも「喫煙のハームリダクション」、つまり「加熱式たばこへのスイッチ」だ。

政治家や有識者も同様だ。昨年6月、自民党議員からなる「国民の健康を考えるハームリダクション議員連盟」が設立された。彼らが訴えているのは、加熱式たばこの税優遇の堅持だ。現在、加熱式たばこは紙巻きたばこに比べて税金が安い。これに対して防衛増税の財源のひとつとして、紙巻きと同水準に引き上げるべきだという意見があるのだが、議連としては「ハームリダクション」の観点から反対しているのだ。

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一般社団法人・新時代戦略研究所が立ち上げた「国民の健康とハームリダクションを考える研究会」も同様で加熱式たばこの増税に反対をしているほか、紙巻きたばこから加熱式たばこなどへの切り替えを促す「たばこハームリダクションの法制化」を掲げている。

このような動きを見る限り、世界トップレベルの「加熱式たばこ大国」の成長はしばらく続くだろう。ただ、不安材料は多い。

日本医師会も「忠告」!加熱式たばこは「害を低減」するのか?

まずもっとも脅威なのは、「医療業界からの反発」だ。

『加熱式たばこを巡って“炎上”続出、「水蒸気だから迷惑かけない」の大誤解』(22年10月13日)の中で、加熱式たばこに詳しい、国立がん研究センター・データサイエンス研究部の片野田耕太部長に解説していただいたが、「加熱式たばこ」もたばこ葉を熱している以上、有害物質は出る。そして、周囲の人間は「受動喫煙リスク」にさらされるという。

「実は紙巻きたばこの有害物質は異常に高い数値なので、それが加熱式たばこで大幅に減っても、日常生活でありえないレベルの有害物質が含まれていることは変わりありません。例えば、居酒屋で加熱式たばこを吸うということは、店内にいる全員で発がん物質を“共有”しているようなものなのです」(片野田氏)

つまり、加熱式たばこでハーム(害)のリダクション(低減)というのはかなり眉つばな話だというのだ。実際、海外で「紙巻きたばこからのハームリダクション」という取り組みの中で用いられるのはもっぱら「電子たばこ」だ。こちらは加熱式たばこのように「たばこの葉」は入っておらず、抽出したニコチンを吸引するだけなので有害物質が出ない。そのため、イギリスでは、日本の厚労省にあたるナショナル・ヘルス・サービスが、禁煙治療に「電子たばこ」を推奨している。

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日本医師会シンポジウム「知ってほしい!新型たばこの危険性」【第1部】
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日本の医療政策に大きな影響力を持つ日本医師会も「たばこハームリダクション」に否定的だ。昨年2月に開催した「知ってほしい!新型たばこの危険性」というシンポジウムにも参加した黒瀬巌常任理事は、こう述べた。

「一部で加熱式たばこなどに切り替えることで、禁煙に繋がっていくんだという考えの方がいらっしゃるようですが、私たちとしては『喫煙の種類を変える』ということと、『喫煙を止める』という行動はまったく違うと考えています。そもそも、紙巻きたばこよりも害が低減されるからいいんだ、という話ではありません。例えば、これまで時速200キロで飛ばしていたけれど、時速150キロに減速したので安全運転だなんて話は通じませんよね」

加熱式たばこの「税優遇」より健康寿命を伸ばすことが大事

vaping store named vape studio seen in tokyo
SOPA Images//Getty Images
※写真はイメージです。

防衛費などの財源確保のために「たばこ増税」が検討されている中で、ハームリダクションの観点から加熱式たばこに関しては、従来通り「税優遇」を維持すべきという意見が盛り上がっている今の状況に対しても、苦言を呈した。

「財源というのなら、国が喫煙対策をしっかりやってもらった方が、COPD(喫煙などで肺に持続的な炎症が生じる病気)になる方が減るわけですから、その分、健康寿命が延伸し、現役で働き続けられる人も増えるわけで国の税収も増える。しかも、禁煙をする人が増えれば当然、医療費の削減につながります。

また、健康寿命の延伸は、これから日本で起きる医療従事者の減少と不足への対応策となっていく。つまり、喫煙者も周囲にいる人も健康で働き続けられるし、国民の健康と命を支える医療の負担も減る。しかも、国は税収が増える。これが、私が喫煙対策を“三方良し”と呼んでいる所以です」(黒瀬常任理事)

このようにハームリダクションをめぐって政治や企業と大きな溝があるのだ。ただ、こういう思想の対立は、何も日本だけに限った話ではない。

例えば、アメリカ政府の食品医薬品局(FDA)は、加熱式たばこを「暴露低減たばこ製品」と認めているが、世界保健機関(WHO)は認めていない。また、160カ国以上の医師、医療専門職、科学者などが参加する呼吸器分野の国際学会「欧州呼吸器学会」(ERS)も「たばこハームリダクション」に否定的な声明を出している。

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コロナ禍でも起きた現象だが、ハームリダクションに関しても今後は「医療vs.政治」の主導権争いが激化していく様相なのだ。

そこに加えて、我らが日本の場合、「ムラ社会」ならではの利……ではなく、さまざまなオトナの事情が複雑に絡み合って、さらに問題をややこしくしている。

わかりやすいのは「電子たばこ」だ。世界保健機関(WHO)事務局長のシニアアドバイザーも務めた東京財団政策研究所の渋谷健司研究主幹によれば、「日本はニコチンを含む電子たばこが規制されている世界でも珍しい国だ」(産経新聞23年11月8日)という。

ハームリダクションを推進する人たちは「世界的な潮流に背を向けるな」と勇ましいことをおっしゃるが、それであれば、加熱式たばこより害の少ない電子たばこの規制を見直すというのが定石のはずだ。だが、なぜかそういう話にはならない。

世界の潮流に合わせて、電子たばこを普及させてしまうと誰が困るのか。日本の喫煙者たちがこぞって「加熱式たばこ」へスイッチすることで得をするのは誰なのか――。

あまり深く突っ込みすぎると、また多方面からきついおしかりを受けるので、この辺でやめておくが、「たばこハームリダクション」とやらの前に、まずはこういう「前時代的なムラ社会」からのハームリダクションを進めていただきたい。

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