『“排泄物の専門医”に質問してみよう』という人気コラムを配信する、米国テキサス州在住の胃腸に関する病気の診断と治療が専門の消化器専門医である、サミーア・イスラム医学博士。彼は消化器系の内部構造について、さまざまな角度から解説していきます。

 これまで、『尿からコーヒーの臭いがする』というお悩みや『排便のとき、勃起してしまう…』に関しても解説してくれています。今回は、身に覚えのある方も多い!?、ある生理現象に関するお悩み相談です。

「青木まりこ現象」とは?
本屋でトイレに行きたくなる
理由と由来

 この秀逸なネーミングは、『本の雑誌』(本の雑誌社)の読者欄にて1985年に投稿された体験談が発端になります。

 青木まりこさんという女性が「書店にいると突発的な便意をもよおすことが、しばしばある」と雑誌に投稿したのが、そもそもの始まりでした。興味深いのが、英語圏でも「Mariko Aoki phenomenon」として知れわたっています。

 その投稿を読んだ読者の間に、共感の声がどんどん広がっていきました。青木さんの投稿が掲載されると間もなく、自分も本屋や図書館でおなじく便意に襲われるという告白が相次ぐようになったのです。

 そうしてこの現象は、すぐに投稿者の女性の名を取って「青木まりこ現象」として知られるようになったというわけです。医学的にも科学的にもまだ証明されていないこの「青木まりこ現象」ですが、「書店の静かな空間と活性化する腸の働きとの間には、証明可能な関係もある」とする医師も存在します。

 「その現象については、私も耳にしたことがあります」と切り出したのは、米・テキサスを拠点とする消化器内科医であり、テキサス工科大学の医学准教でもあるサミーア・イスラム博士です。

 「実際、そのことで悩みを抱えて、私のクリニックを訪ねてきた患者もいました。人々が考える以上に一般的なのですが、打ち明けるのを、ついためらってしまうとのが皆さんの本音ではないでしょうか。同じ現象を指して、『book bowels(本の便意)』と呼ぶこともあるようです。それがいかなる現象なのかは、言わずもがなですよね」と話を続けるイスラム博士に、この現象をどう解釈すべきか訊(たず)ねてみました。 

◇本と便意とを関連づける、心理的作用とは?

 まさに、心理的な問題に過ぎないという見方があります。

 「青木まりこ現象」を自ら実感したからといって、頭がおかしくなってしまったとか、正気を失ってしまったと心配する必要はないと言えます。腸と脳との間には、双方向的に影響を及ぼし合う「脳腸軸(または脳腸相関)」の存在するという概念が提唱されています。

 つまり、その考えから判断すれば、私たちの精神状態によって腸の作用に影響を及ぼし得るということになります。テストやスピーチなどで緊張状態に陥ると、お腹のあたりにソワソワとした落ち着かない感じを覚えるのは、そのためと言えるでしょう。中には、緊張感から下痢や便秘になってしまう方もいるほど。これまで、そんな方に出くわしたことはないでしょか?

 過敏性腸症候群の原因も、「脳腸相関」の影響ではないか?とされています。

・過敏性腸症候群とは? …小腸や大腸に病気などの異常が見つからないのに、便通の異常や腹部の不快な症状が続く病気のこと。

◇なぜいつも書店や図書館で便意をもよおすのか?

 実際のところ、書店や図書館に限ったことではなく、例えば美術館や公園など他の場所においても、突然の便意に襲われることは珍しくないのではないでしょか。美術館や図書館といった高密度の情報空間や、物音ひとつしない庭の静けさなどが、腸の自律的な反応を引き起こしていると推察されています。

 特に図書館や書店では棚をびっしりと埋まった大量の情報に目の前に迫り、圧倒され、緊張感が自ずと高まっていきます。そして、それが腸の働きに影響を及ぼすのだと考えられているのです。少なくとも、そのような相関関係には既に科学的な裏づけが認められています。しかし、本当にそれだけが理由でしょうか?

▼本のインクに含まれる化学物質が原因説

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 「時間を経た古紙やインキの匂いに、便意を促す効果がある」という説は、トイレで読書する習慣から来たものなのでしょうか? しかしながら、これを完全に否定することはできないでしょう。これもまた、可能性のある説と言えます。ですが、科学的なエビデンスは認められていません。

 「青木まりこ現象」に限って言えば、

  • 「紙やインキの匂いが便意を促しているのだ」という説
  • 「大量の本を前にして神経が高ぶるのだ」という説
  • 「立ち読みする際の姿勢が便通を良くしているのではないか」という説
  • 「不安感や逆境が関係しているのだ」という説

…と、さまざまな説が論じられています。

すぐに駆け込めるトイレが無い」と意識してしまうことで、かえって腸の働きが活性化してしまう?

 これは実際にあり得そうな話です。

 過敏性腸症候群や潰瘍性大腸炎など、腸の病気を患っている方の多くが、常に気にかけているのがトイレの場所です。つまり、トイレが無い場所では不安が増大し、それが下痢や腹痛を引き起こすことになるという推察です。

 また、トイレで読書をするという方も少なくありません。つまり、読書という行為が痔(ぢ)や腹痛、裂肛など、排便を想起させるようになります。この経験を重ねていくにつれ、大腸を中心に身体そのものが本とトイレとを結びつけて反応するようになっていく、という推察になります。また、無意識下で起こる関連づけによって、トイレを想像するだけで便意が生じるようになる可能性もあります。

書棚の本の背表紙にあるタイトルを読もうと腰をかがめる姿勢が関係しているという説。あり得る話では?

 言われてみれば、ありそうな話でもあります。

 排便と姿勢とは、切っても切れない関係にあります。直腸の角度が変わることによって、便通が促進される効果があるという推察です。トイレで読書する際に、ついつい前かがみになってしまうのも、この理由からかもしれませんね。

Source / Men’s Health US
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。