【この記事の概要】

  • 極めてリアルな目の表情を再現するシステムが、ディズニーリサーチ社の研究チームによって開発されています。
  • そのシステムを搭載したバストアップの人型ロボットによるデモ映像が、現在公開させています。
  • より高いリアリティを求め、目だけではなく首や眉毛の動きも連動させるプログラムが使用されています。

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 向き合うあなたの目をまっすぐに見つめ、疑わしそうに眉を吊り上げ、気まずそうに目を逸らす…。そんなロボットと向き合う自分の姿を、ちょっと想像してみてください。リアルな人型ロボットが、ディズニーワールドを今よりもっとすごい魔法の国に変えてしまう――。そんな日がやって来るのも、そう遠くはないかもしれません。

 ディズニーが誇る最新テクノロジーを支える「ディズニーリサーチ社」の開発チームが、人間が日常生活の中で見せる表情の変化や細かな無意識的動作(焦点を合わせようとする際の瞳孔の反応や、首の角度の微かな変化など)を再現することで、まるで人間そのものとしか思えないほど豊かな表情を見せる機械をつくり上げました。

 2020年秋に開催されたロボット学会の世界的なイベント「International Conference on Intelligent Robot and Systems(IROS)」において、開発チームはその研究成果を発表しました。発表に用いられた人型ロボットは、顔面部分のほぼ全体がむき出しであるという点を除けば、信じられないほどにリアルな仕上がりです。

 ディズニーリサーチ社のLA研究所でディレクターを務めるダグ・フィダレオ氏が率いる研究チームが担当するのは、「オーディオ・アニマトロニクス(アニメーションと、エレクトロニクスを組み合わせた言葉。動物や架空の生物をロボットで製作し、まるで生きているかのようにコンピューターで遠隔操作すること)」という、ディズニー独自のロボットのハードとソフト両面の開発です。

 例えばディズニーランドにある、「イッツ・ア・スモール・ワールド」を見てみましょう。そこに登場する300体のオーディオ・アニマトロニクス搭載の人形たちによる、完璧な再現性を備えたライブショーが実現するとしたら、いかがでしょうか? IROSでの発表を見る限り、その試みは着々と進められているようです。

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TDL、イッツ・ア・スモールワールド刷新=映画キャラ40体登場、新映像ショーも誕生
TDL、イッツ・ア・スモールワールド刷新=映画キャラ40体登場、新映像ショーも誕生 thumnail
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 「初めてロボットと向き合って座ったときには、少し緊張しましたね。だって、まるで生命が宿っているかのように思えたのですから。しかし、コチラの感情に響く何かをロボットから確認できたというのは、大きなことでした」と、フィダレオ氏は言います。

 リアルを追究するために、ソフトウェアの面でも細心の工夫が施されています。

 技術部門が最重要視するキーワードは、「トランジション(移行)」と「ブレンディング(融合)」です。仮にこのバストアップの人型ロボットが、一目でロボットだとわかるようなギクシャクとした動作をすれば、観客の意識は一瞬にして削がれることでしょう。それはエンターテインメントとしては最悪とも言える、「興ざめ」の瞬間です。

 「例えば、1体のロボットが観客と向き合っているときに、別の子どもが近寄ってきたとします。そうした場合には、ロボットに搭載されたRGBカメラがその接近を感知します」と、ディズニーリサーチLA研究所のジェームズ・ケネディ氏は解説します。そして視覚すべき新たな対象を得たロボットが、新たに現われた子どもへと焦点を合わせるように、視線を滑らかに移していくというわけです。

 「その際、現在自分が向いている方向から、視線を移す必要がありますが、それはロボットにとって特に難しいことではありません。2つの点を直線で結べば良いだけです。ですが、それだと不自然になります…。実際の人間の視線が、そのように動くことはありません。というわけで、さまざまな動作を細かく組み込んでいく必要があります」と、ケネディ氏は解説します。

 
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 「円滑な動作を開始する前に、視線をどれだけ固定しておくべきか…など、細かな設定が可能なプログラムをつくる必要がありました」と、さらにケネディ氏は話します。「そうして首・頭部・胴体を曲線的に動かすモーターの滑らかな加減速に注力して、そのプログラムを対応させていった」と言います。

 特に興味深い技術の1つが、複数の固視点の間を素早く目で追うために必要なサッケード(断続性運動)を制御する機能です。

 就職のための面接を受けている自分を想像してみてください。面接官と視線を交わさなければなりませんが、その際の挙動に細心の注意を払ったことはありませんか? 面接官を目の前にして視線は微妙に定まることなく、前後に揺れ動いていたはずです。

 そして、このアニマトロニクスのフィギュアとにらめっこをすれば、勝つのはおそらくあなたです。しかし、そうなることも設計上のことなのです。「ロボットが一点だけをじっと見つめれば、かなり不自然な印象を与えてしまうはずです。もちろん、そのような設定をすることも可能ですが、向き合う人間にとって気持ちの良い経験にはなりえないでしょう」と、ケネディ氏は言います。

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Realistic and Interactive Robot Gaze
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 ロボットは観客の動きに合せて首を傾げたり、まばたきをしたり、微かな「息遣い」を表現したりと、その視線の先にいる人々の動作を真似るようにプログラムされています。感知される刺激を分類・数値化した上で、自らの「好奇心スコア」と照合し、いくつかの異なる動作を状況に応じて組み合わせることで、自然な動きを実現しているのです。

 ロボットの基本設定は、「読む」と呼ばれる状態となっています。胴体の高さに置かれた本のページを目で追うかのような眼球運動がプログラムされています。ロボットが「目を向ける」という状態に移れば、まるで読書中に気を逸らした私たちと同じように、何か気になった方向に目を向けて、自然な角度に首を傾けます。

 好奇心スコアのより高い「注意を払う」という状態では、ロボットは相手に顔を向けて直視します。そして最後の「認識する」と呼ばれる状態では、目の前の相手が誰であるかを認識し、心を開いた視線を向けるように変わっていきます。

 それら一連の状態が組み合わされた人体ロボットは、まるで共感する能力を備えているかのような、不思議な印象を私たちは感じとれるのではないでしょうか。

 人間や猿、さらには鳥類の脳内には、「ミラーミューロン(編集注:霊長類などの高等動物の脳内で、自ら行動するときと他の個体が行動するのを見ている状態の両方で活動電位を発生させる神経細胞のこと)」が存在し、その働きによって同じ動作をする目の前の生物の姿に私たちはその行動を推測すると言われています。そこでは他者の心の状態を予測することで、目的・意図・知識・信念・志向・疑念・推測などを推し量るというものです。ですが、人体に似せているとはいっても生態的特徴を持たないロボットですので、これらを推し量ることはまだまだ難しいでしょう。

 このリアルな眼差しを持つロボットが、この先どのような場で活躍していくことになるのか? ディズニーはまだ何も具体的には決定していない」と、フィダレオ氏は念を押しています。

 しかし、1960年代からほぼ変わらぬ姿で人々を楽しませてきた「イッツ・ア・スモール・ワールド」の人形たちのことを思うと、少し胸が痛みます。リアルな人型ロボットの登場によって、厳しい競争にさらされることになることは間違いないかもしれません。そして「ディズニー・ワールド」が、やがて米テレビドラマシリーズ「ウエストワールド」のような展開にならないでほしい…と思うばかりです。

Source / POPULAR MECHANICS
Translate / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です