記事のポイント
  • 一部の真菌感染症は、気候変動によって原因菌の生息域が拡大し、増加する可能性もあると示唆されている。
  • 気温上昇がもはや常態化している現在、医師は肺の症状を診断する際に高温環境に局在すると考えられてきた真菌感染症の一つ、「渓谷熱(コクシジオイデス症 )」の疑いも考慮に入れることが必要に。

これまで専門家の間では、「人間の体内は、真菌類が生存するには温度が高過ぎる」と考えられてきました。米疾病対策センター(CDC)の推計によれば、2021年の真菌感染症による死亡者は約7200人で、そのほとんどは合併症として日和見真菌(宿主の抵抗力が弱っている時に病原性を発揮するもの)に感染したケースだったのです。

ですが、地球の温暖化によって、重篤な感染症を引き起こす可能性のある危険な真菌が人間の体内でも増殖するケースが増えたらどうなるでしょうか? 別の言い方をすれば、気候変動が原因で真菌感染症*によるパンデミック(世界的大流行)が起きる可能性はあるのか? ということを意味しています。

※真菌:酵母や糸状菌(いわゆるカビ)、キノコ類を含む生物群になります。細菌やウイルスなどと一緒にされがちですが、実は細菌やウイルスよりもずっと人間に近い生物です。実際、真菌の一種の「カンジダ(Candida)」は、人の細胞と同様にどちらも核や細胞小器官を持つ真核細胞で人間を含む多くの動物の皮膚表面に自然に見られ、その見た目はそっくりです。この「人と似ている」ことが真菌の診断や治療を難しくしている一因でもあります。
※真菌感染症:真菌の接着や侵入により生じる感染症で、表皮や粘膜に限局する「表在性(浅在性)真菌症」(参照:「日本皮膚科学会皮膚真菌症診療ガイドライン 2019」)と内臓や血液などの深部臓器に真菌が感染する「深在性真菌症」(参照:千葉大学真菌医学研究センター「目で見る真菌症シリーズ 11」)とに分けられます。菌の寄生が角層・毛・爪など皮膚の表面や口腔や外陰部の粘膜など体表に限られる前者の代表的なものとしては、医学的には「白癬(はくせん)」と呼ばれる「水虫」です。その他に、「カンジダ」や「マラセチア」などによる皮膚真菌症もよく知られています。そして後者ほうがより重篤で、治療が難しいとされています。主に骨髄移植・臓器移植を受けた後や、ステロイドや免疫抑制薬を投与されているような免疫力が低下している患者さんに起こることがある感染症と言われています。そして診断が遅れた場合は、治療がとても難しい病気と言われています。

ここでフォーカスするのは、前出の「カンジダ」の名が付いている「カンジダ・アウリス(Candida auris)」です。とは言え、こちらは2009年に日本で報告された新しい真菌です。

「カンジタ・アウリス」は代表的な日和見病原体の一つで、2009年に初めて帝京大学大学院医学研究科の教授(医真菌研究センター 副センター長)の槇村浩一氏らによって発見されました。

それは70歳の女性の耳だれから見つかったことから、ラテン語で耳を意味する「auris」が加えられたそうです。発見当初は、この女性のように高齢者で外耳道炎を起こす程度で、「病原性は高くない」と思われていたのですが、2016年に米国としては初めての感染例が、ニューヨークの病院で発生。以来、カンジダ・アウリスはアメリカの28の州と首都ワシントンD.C.で見つかっています。

今やこの真菌が各国の病院や老人施設で死亡例を含む集団感染を引き起こし、2019年の段階で世界的流行(パンデミック)と言われていました。2022年にアメリカでは、2300人超が「カンジダ・アウリス」に感染しており、米疾病対策センター(CDC)は「『カンジダ・アウリス』が“恐るべき勢いで”広がっている」と警鐘を鳴らしています。

アウトブレイクが起きてからでなく
今できる準備をしておこう」

初期の研究では、この「カンジダ・アウリス」は気候変動に伴う世界的な気温の上昇に適応することによって、人間の体内で生き延びられるよう進化した可能性が示唆されていました。ですが、具体的にどこで? なぜ突如として出現したか? に関しては今も謎のままです。専門家の間では、「確実なことは何も分かっていませんが」と前置きをいいながらも、「気候変動が影響しているのではないかという説は、十分に考えられる」という意見も少なくありません。

とは言え、その致死率の高さと多剤耐性(多くの抗真菌薬に対する耐性)で、多くの科学者の脅威となっていることは確か。特に、院内感染のリスクが高い…それに関しては、病院や老人ホームでブドウ球菌や新型コロナウイルス感染が急速に拡大するのと同じ理由となります。

気候変動が影響していると考えるなら、他の真菌にとっても繁殖に必要な温度の生息域が拡大または縮小することから、変異する可能性も考えられます。

coccidioidomycosis fungus, illustration
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「コクシジオイデス(Coccidioides immitis)」という、真菌の厚い細胞壁に覆われた分節型分生子と内生胞子。この「コクシジオイデス」は砂漠や半乾燥地帯に生息し、米国南西部、メキシコ、南米の風土病である「渓谷熱(コクシジオイデス真菌症)」を引き起こす菌。感染経路はほとんどの場合、胞子を吸入することによる肺からの感染で、感染リスクが特に高いのは農業従事者となっています。感染すると咳、胸痛、発熱、発疹、疲労感などの症状が見られます。

こうした真菌感染症は通常、健康な人や急性疾患の患者には致命的なものではありませんが、「カンジダ・アウリス」と同様に入院患者など高リスクの人々にとっては命にかかわる恐れがあります。また、健康な人でも市中感染し、発症する可能性もあります。

気候変動によって流行の可能性がある日和見真菌感染症で最たるものは、カリフォルニア州やネバダ州の高温乾燥地帯で生育する真菌「コクシジオイデス・イミチス(Coccidioides immitis)」および「コクシジオイデス・ポサダシ(Coccidioides posadasii)」を原因菌とする「渓谷熱」とのこと。また、ここでも「気候変動によって、他の州でも気温が上昇したことで」という推測のもと、新たな場所で渓谷熱の症例が確認されるケースが増加している報告が入っています。こうしたことから医師たちは、咳や発熱などの症状がある患者の診断を行う際には「渓谷熱」の疑いも考慮すべきこととなりました。

真菌は極限環境を生き抜く

「渓谷熱」の原因となる真菌が固有生息環境以外に拡大している理由を理解するには、「真菌類は一般的に、どのように極限環境を生き延びているのか?」を知ることが重要となります。

菌類の世界は広大で体系化されており、白カビ、酵母、青カビ、キノコなど約14万4000種も存在しているということ。また、粘菌類や病原性細菌のマイコバクテリウム属など、“菌類に似た”一族も多く存在します。菌類は適応力と耐久力が非常に高く、地球上のほぼ全ての環境に何らかの形で生息しています。

通常は樹木に生息する菌類が人間の探検によって南極に持ち込まれ、稀にそのまま生き残っていることもあります。非常に高温で乾燥したアメリカ南西部にもバレー熱を引き起こす真菌が生息していることが報告されており、チェルノブイリ原発跡では“放射能を食べる菌”も発見されているそうです。その真菌とは、「クラドスポリウム スファエロスペルマム(クラドスポリウム スファエロスペルマム(Cladosporium sphaerospermum) sphaerospermum)」と呼ばれる黒カビの1種です。

これらのことを踏まえると、致死性の危険な菌類が存在していないほうが不思議かもしれません。そこで気候変動は、いかにしてこうした変化を生じさせたのか? が気になります。その糸口の一つとして、「火星に居住できるのは、恐らく人間よりも菌類のほうが先だ」ということを考えるといいかもしれません。

ただ、ガラパゴス諸島の高度に特殊化した鳥「フィンチ種」のように、真菌類は長い時間をかけて固有の極限環境に適応していくことが予想できます。「ある要素が別の要素とトレードオフ(両立できない状況)になれば、砂漠の菌類は他の環境では恐らく絶滅する」と考えられます。菌類は繊細な糸状体でできており、細胞壁の外で食物を分解して、その栄養分を吸収します。そのため、菌類は何よりもわずかな環境の変化に弱いとされているのです。

通常、人間の体内は真菌病原体にとっては温度が高過ぎて生息できないのですが、人体の外界と接触しているさまざま部位に常在していることはわかっています。「白癬(はくせん=水虫・たむし)」は恐らく、その中で一般的なものの一つ。高く過ぎず低過ぎない温度かつ、高湿環境で生息する真菌によって引き起こされるものです。

一般的には、皮膚に鱗屑を伴う皮疹が現れる「癜風(でんぷう)」は、皮膚に脱色素斑を生じさせる真菌感染症です。スポロトリコーシスは真菌による感染症で、バラの棘が刺さった際に皮膚に入り込んだり、感染した植物やアルマジロに触れることで皮膚表面に居座ります(アルマジロは、ハンセン病の原因である「らい菌」の媒介動物でもあります。病原菌はアルマジロを好むのでしょうか…?)。

また、真菌類は人間の体内にも入ることを忘れずに。特に胞子を空中に浮遊させるタイプの真菌は、人が胞子を吸い込むことによって体内に取り込まれます。肺は高温の人体の中にありますが、実は自己冷却の仕組みのカギとなる臓器。肺は常により乾燥した体温より低い外気を取り込むことで、肺を通る血液を冷却するようにしています。例えるなら、人間の身体をエアコンや車のヒーターのように考えるなら、外気が入り込む肺は足裏や皮膚表面と同様に身体の他の部分よりも温度が低くなり、菌に感染しやすくなっていることが予想できるのです。

高温に適応する菌の生息域が
拡大する可能性が…

世界的に温暖化が進むにつれ、もはや体温とあまり変わらないような気温の地域が増えていくことが考えられます。このことから、「渓谷熱の原因菌のような現在高温環境に局在している菌の生息域を拡大すると同時に、他の菌もより高温化した環境に順応し、人間の体内でも増殖できるようになる可能性がある」と科学者たちは考えるのです。

コクシジオイデス真菌の繁殖に最も適した条件は、科学者たちにもまだ分かっていません。ですが、「渓谷熱」が最も多く報告されている範囲は、高温乾燥気候の米国南西部の風土病にもされているほどで、2016~2017年の間ではアメリカの渓谷熱症例の97%はアリゾナ州またはカリフォルニア州から報告されているのです。コクシジオイデス真菌は土壌中に存在し、そして呼吸によって体内に取り込まれるのです。

experts warn of newly discovered yeast
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シャーレに入った酵母真菌「カンジダ・アウリス」(独ヴュルツブルク大学、2018年1月23日撮影)。ドイツでは最近、重症患者が致死性の高いこの真菌に感染するケースが増加しています。

「渓谷熱」はこれまで、前出のようにアリゾナ州とカリフォルニア州で局限的に確認されてきました。が、2023年になってNBCが報じたところによれば、「渓谷熱の感染例は他の州にも拡大しており、今後も米国西部全体に拡大し続ける可能性が高い」とのこと。気候変動によって、地球環境のほうから地理的範囲を菌類の生息条件に合わせて拡大・適応させているため、菌類のほうが変化したり適応したりする必要はないという推測もあります。今後は記録的な熱波と干ばつに見舞われ、「渓谷熱」の原因菌が繁殖できるようになる地域が増えていくことが予想できます。

「渓谷熱」自体は、致死性の病気ではありません。ですが治療は非常に難しく、長い時間を要するもの。さらに重要なことは、「呼吸器感染症の疑いのある患者を診ている医師、またはがん治療をしようとしている医師が、『渓谷熱』を見落としす可能性が固く、それによって治療が遅れることで真菌が常在化してしまう恐れが…。そして患者は、一生後遺症に見舞われるというリスクがある」ということです。真菌の中には抗真菌薬に耐性を持つものもあるため、早期に治療を受けることがこれまで以上に重要になるのです。

✅「渓谷熱」の患者も、新型コロナウイルス感染症の患者と同様、生涯にわたって続く神経系疾患、体位性頻脈症候群(POTS)を発症する可能性があります。POTSは重症化すると日常の活動に大きな障害をもたらすこともあり、POTSを発症した人が失神するとけがをする可能性があります。

米疾病対策センター(CDC)は、「渓谷熱の感染者の10%に、新型コロナ感染症のように長期にわたる肺の後遺症が認められている」と発表しています。何年間も肺の合併症を抱えることもあれば、慢性疲労症候群(CFS)や筋痛性脳脊髄炎(ME)など、あまり一般的に理解されていない日和見疾患を発症することもあります。こうした長期的な後遺症が致命的なものになる可能性も考えられますが、多くの医師が他地域でも渓谷熱の発生可能性があることを認識することで、そのリスクを軽減することにつながることを願っています。

source / POPULAR MECHANICS
Translation / Keiko Tanaka
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です