※この企画は米国「Road &Track」が、アメリカの読者に向けて発表した記事を日本向けにアレンジしたものとなります。


 アメリカから太平洋を挟んで黄金の国ジパングを眺めれば、なんだか分かりやすい国のように思えるかもしれません。

 明るいうちは良識的で常識をわきまえた箱型の軽自動車が走り回り、日が落ちれば日産「スカイライン」やマツダ「RX-7」などのスポーツカーが火を噴きながら高架式のハイウェイをぶっ飛んでいく…。日本のクルマ事情について、そういったイメージを抱いているのは私たち米国版「Road & Track」編集部だけではないはずです。

 もしくは、車高を落としたホンダ「シビック」や個性あふれるカスタム仕様の小型ワゴン車が走り回る中、ときどき80年代のレトロなトヨタ車が姿を現す…そんなイメージをお持ちの方もいるかもしれません。

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ロールス・ロイス「シルヴァークラウドII」をデザインモチーフにした「Galue(ガリュー:我流)」。

 しかし、日本の自動車文化をより深く理解したいと願うのであれば、絶対に知っておくべき自動車メーカーがあります。それが「光岡自動車」であり、一度知ったら愛すべきにはいられない自動車メーカーです。ここでは深い愛情を込めて、あえて「世界で最も奇妙で奇抜な自動車メーカー」と言わせていただきます。

往年の名車を思わせる「ラ・セード」

 光岡自動車の中でまずご紹介したいのが、日本的とも言える「想像力と遊び心」が込められた1991年式「ラ・セード(Le Sayde Dore)」です。フォード「マスタング」のFOXプラットフォームをベースとしたモデルですが、小型ヨットほどの車長があり、そのサイズに相応しいゆったりとした乗り心地の一台です。

▼「ラ・セード」のYouTube動画

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
1992 Mitsuoka Le Seyde #1334
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 あのジマー「ゴールデン・スピリット」や「エクスカリバー」のようなネオクラシックの名車と同じ流れを汲みながらも、グラスファイバー製のボディをまとった「ラ・セード」は、1928年の名車メルセデス・ベンツ「SSK」を下敷きにしたモダンな一台として見事な仕上りと言う以外、言葉が見つかりません。

その存在はスタジオジブリのよう

 とかく実用性偏重の傾向にある現在の自動車業界にあって、ジマーやエクスカリバーのようなメーカーでさえ、すでに過去の存在となってしまいました。そのような中、この光岡自動車は実に、50年以上も経営を続けています。奇想天外で芸術的なクルマの数々を真心をこめて世界に送り出している同社の存在は、もはや自動車業界の「スタジオジブリ」と呼ぶにふさわしい存在と言えるでしょう。

 ホンダにおける本田宗一郎氏、トヨタにおける豊田佐吉氏と同じように、光岡自動車にも光岡 進氏という伝説的な創業者の存在があります。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Mitsuoka Motor - The company of craftsmanship
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 光岡自動車の始まりは、間借りした馬小屋を改装した鈑金塗装業にまでさかのぼります。そうして前身である光岡自動車工業は、1968年2月に富山県で誕生しました。1979年11月には新たに光岡自動車を設立し、中古車販売業を足がかりに全国展開を果たしています。

 製造拠点は富山県にある小さな本社工場で、全て手作業によって行われています。その生産台数は、年間約500台程度。国産でありながら、大手自動車メーカーとは一線を画したクルマづくりを続けています。

 光岡自動車のホームページには、自動車づくりへの熱い思いを次のように語っています。

ビジネスの原点は「クルマが好き」という気持ち。私たちは、大量生産の自動車では満足できず、幼いころに憧れたエキゾチックなスーパーカーや、往年の美しいクラシックカーの強い影響を受けながらクルマづくりを行ってきました。だからこそ、光岡自動車の製品は現代においても強い個性を放ちます。

独創的なモデルが次々に誕生

 光岡自動車の創業から間もなく、修理のためにメーカー不明のイタリア製マイクロカーが光岡自動車に持ち込まれたことがあったと言います。もちろん部品を入手することは不可能です。しかし光岡氏は、「とにかく前進あるのみ」と意を決し、ゼロから独自のマイクロカーをつくり上げることにしたと言います。

 そうして完成したのが、1982年に発売された「BUBUシャトル50」です。日本版ピール「P50」(イギリス・マン島生まれの世界最小の量産型三輪マイクロカー。独創的な可愛いらしい見た目で人気です)とでも呼ぶべき1台といったところでしょう。

 50ccの小型エンジンを搭載していますが加速力に乏しく、ボディの強度は「まるで生焼けのメレンゲ程度の衝突安全性能しかなかった」、と言ってしまいたくなるほどに低強度でした。

world's smallest production car
Barcroft//Getty Images
本家本元のピール「P50」。

 しかし、この「BUBUシャトル50」を皮切りに、光岡自動車からはさまざまなクルマが生み出されていくことになります。まるでオモチャのような、そして正気を疑ってしまうほどに独創的かつ秀逸なデザインを備えた数々のシングルシーター(一人乗り用自動車)をつくり続けていったのです。安全性能への懸念が皆無とは言いませんが、いずれも楽しさ満開のクルマであることに変わりありません。

new electric car in tokyo, japan on april 08, 1999
Kurita KAKU//Getty Images
小型電気自動車「MC-1 T EV」。72Vで最高時速60km、50kmの走行が可能でした。
36th tokyo motor show in tokyo, japan on november 03, 2002
Kurita KAKU//Getty Images
シングルシーターの電動のマイクロカー「ME-2」。2002年の東京モーターショーで披露されました。

 やがて、ロータス「スーパーセブン」を模した、まさに栄冠とも呼ぶべき1台を生み出します。マツダ「MX-5」のギアボックスを搭載し、1994年に生産が開始された「ゼロワン」こそ、そのクルマです。1996年には日本の衝突試験にも見事合格しています。この1台によって、光岡自動車は日本国内10番目となる自動車メーカーとして、国土交通省から正式に自動車量産のための型式認定を受けることとなりました。

the 9th china international automobile exhibition
VCG//Getty Images
日本神話に登場するヤマタノオロチにヒントを得た、有機的なデザインが目を引く「オロチ」。光岡自動車の他のモデルと違い、ベースとなるクルマがなく(エンジンは供給を受けている)、自社製のフレームを使用しています。

 それからの光岡自動車も、常人の想像力の遥か上を行くオリジナリティーあふれるクルマの開発を続けていきます。トヨタ製V6エンジンと5速オートマチック・トランスミッションを搭載した中排気量のスポーツカー「オロチ」も、その中に入れないわけにいきません。

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創業50周年記念モデルとして発表された「ロックスター」。アメリカ西海岸の雰囲気漂うモデルです。

 2018年に創業50周年記念モデルとして発表された「ロックスター」も、忘れてはなりません。マツダ「ミアータ(日本名:ロードスター)」と60年代の「コルベット スティングレイ」とを掛け合わせたようなモデルで、瞬く間に200台という限定数に達した伝説の1台として記憶されている方もいらっしゃることでしょう。

現在のラインナップも粒ぞろい

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豊かな曲線美と遊び心をくすぐる、クラシカルなフォルムの「ビュート」。
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ロングノーズ&ショートデッキで異彩を放つフォルムの、「ヒミコ」。
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光岡自動車初となるハイブリッド車も用意された、「リューギ」。

 現在の光岡自動車の主要なラインナップには、ジャガー「Mk2」の顔をした日産「マイクラ」をベースに製造された「ビュート(Viewt)」、モルガン風の「ヒミ(Himiko)」、伝統的な様式美に包まれた「リューギ(Ryugi)」、コンパクトな2人乗りの電気自動車「Like-T3」があります。

 さらに2020年11月30日に発表されるや否や、先行予約で2022年生産分まで完売してしまった話題のニューモデルが、「バディ」です。

新型SUV「バディ」はすでに3年待ちに

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オールドアメリカンテイストのSUV「バディ」。

 「バディ」は、トヨタのクロスオーバーSUV「RAV4」をベースとし、スタイリングはヴィンテージのK5シボレー「ブレイザー」の姿を彷彿とさせるものです。

 現代のシボレー「ブレイザー」が車長6.5mのどこか退屈にも映るクロスオーバーであることを考えれば、この「バディ」はあなたのパートナーとなるべき魅力を備えたクルマと言えるでしょう。見れば見るほど、その素晴らしさが伝わってきます。

 他の車種のフロントグリルの網が、全米最大のスーパーチェーン「ウォルマート」のアウトドアコーナーで売られているバーベキュー用の網より細かいことに注目すれば、この「バディ」の素晴らしさも少しは伝わるかもしれません。

 シリアスさを追求するのではなく、「ただ楽しく乗ってもらいたい」と語り掛けているかのうようなデザインの「バディ」。大々的に流通してはいないものの、「なぜこれほどまでに、魅力的なデザインのクルマが現われないのだろう?」と、大手のデザイナーでさえ悔しくなるような魅力を備えたクルマが、極東の地で限定生産によって密かにつくられているのです。

日本に光岡自動車があることの幸せ

 光岡自動車の年間生産台数はそう多くはありません。同社のエンジニアはわずか45人。少数精鋭の熟練のスタッフが1台ずつ、全てのクルマを手作業で組み立てており、日本国外に出ていくことはほとんどありません。海を渡ってアメリカに入ってくるのは、個人取引の“グレーマーケット”で流れてくるような輸入車のみと言えるでしょう。

 光岡自動車が風変わりな自動車メーカーである、ということに異論を挟む余地はありません。この先においても、ずっと風変わりな会社であり続けてくれることでしょう。そして、どれだけ多くのクルマ好きが、そうであることを願っていることでしょうか…。

 もちろん、人によっては地球上で最も深い海底・マリアナ海溝の底から引き揚げられた深海魚のように、見慣れないデザインに対し最初は戸惑う方もいるかもしれません。しかし、50年という実績を備えた自動車メーカーが、今だその遊び心を失っていないということは特筆すべきことなのです。

 この業界に今求められるのは、光岡自動車がまさに体現している遊び心に他なりません。え? 少しデザインが変わっていますか? いいえ、ちょっとぐらい独創的だって、いいじゃないですか。光岡自動車のつくるクルマには、 日本のクルマ好きたちの夢が詰めこまれているのですから。

Source / Road & Track
Translate / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です