EVの「プライスパリティ」に潜む罠

 EV(電気自動車)とガソリン車が同等の価格水準になること、つまり「プライスパリティ(Price Parity)=価格の同等化」の行方が自動車業界の注目の的となっています。ウォール街における株価分析や学術論文、メディアに踊るあおり文句など、実にさまざまな機会に目にするようになりました。まるで、EVの価格が従来のガソリン車に「すでに接近しつつある」ことを私たちに印象づけようとしているかのようです。

 しかしながら、この「プライスパリティ」の氾濫は言葉の誤用とも言えるかもしれません。なぜなら、問題の本質に対する問いの立て方がそもそも間違っているからです。行政判断に基づくEV産業への助成金が市場形成に影響を及ぼしているほか、さまざまな理由から生まれている幻想が私たちの目の前に繰り広げられているのが現状と言っていいでしょう。

 ここで、いくつか基本的な疑問点を挙げてみましょう。

 自動車業界が価格を下げようとしているのは、本当でしょうか? 何を根拠に私たちはそう思い込んでいるのでしょう? (ノーベル経済学賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネマン氏による行動経済学・認知心理学的の研究によって示されているように…)「人は何に基づいて合理的な判断するのか?」については、議論の余地がかなりあるのです。

 一方で人々は機能や価格だけを判断基準として、クルマ選びをするとも言い切れません。自動車産業はすでに新たな、より啓蒙的な時代に突入しているかもしれません。もちろん、だからと言って華やかで見栄っ張りなクルマが、この世から消え去ってしまうという宣言をしているわけでもありません。

 この、EVにおける「プライスパリティ」とは、リチウムイオン電池価格の急速な低下をその根拠として導き出された、近視眼的な概念かもしれないのです。ブルームバーグが展開するリサーチサービス「ブルームバーグ・ニューエナジーファイナンス(Bloomberg New Energy Finance)」によると、リチウム電池の価格は2010年の1キロワット時(kWh)あたり平均1100ドル(約12万1000円)価格から、2020年には1kWhあたり137ドル(約1万5000円)に至るほど、実に約89%も急落しているのです。

 そして、新型バッテリー「Ultium(アルティアム)」の大量生産を目指すゼネラルモーターズ(GM)、そしてテスラによるバッテリーの低価格競争によって、1kWhあたり100ドル(約1万1000円)を下回る価格帯も視界に入りつつあります。

 次世代型の固体電池の開発により、EVの走行距離の拡大や充電時間の短縮、電池寿命の画期的な進歩が実現しようとしています。その一連の動きは、化石燃料を動力源とする旧来の内燃機関車からEVへと移行するために確実に必要なステップとなります。気候変動による森林火災の多発や海面上昇が日常の話題となっている現在、人類に躊躇(ちゅうちょ)している余裕などありません。「環境に配慮したEVへの移行は不可避」と言えることに関しては、確かなことなのです。

wildfires in san francisco create a layer of smoke
Anadolu Agency//Getty Images
「まるで火星のよう」と言われた、2020年9月に起きたサンフランシスコの山火事。空一面がオレンジ色に包まれた大災害でしたが、気候変動が山火事の規模や被害を拡大していることが明らかになりました。

バッテリー価格は低下したものの…

 「プライスパリティ」では、「新型バッテリーの価格が下がることで、EVとガソリン車の生産コストが均衡することで実現する」と信じられています。また、EVの爆発的な市場拡大によって、ガソリン車とその需要が一瞬で蒸発してしまう可能性も決して間違いとは言い切れません。

 ある朝、私たちが目覚めると、「EVスタートアップ企業に対して、旧来のレガシーブランドが復権を目指そうとする日」が目の前に広がっているかもしれません…。それは次のような世界です。

まるでマーベル映画さながらの充電用インフラが整備され、10分間の充電で1000キロの走行が実現されています。利他的な社会企業と化した自動車メーカー各社が、例えばトヨタ「ヤリス」やシボレー「スパークス」のようなコンパクトEVを、現在のガソリン車と同レベルの200万円弱の価格で販売しているのです。革命的な新技術によって生み出された「メルセデスS」も、同程度の価格帯で入手可能となっているのです。もはや、自動車メーカー各社は悠長に構えてなどいられません。例えば日産「リーフ プラス」は今なお400万円を超える価格を守り抜こうとしていますが、より洗練され高性能な2021年式のガソリン車「セントラSR」は、250万円にまで販売価格を下げているのです。

 以上は空想のストーリーですが、この空想の中でもすでにいくつかの致命的な誤りが存在しているのです。

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Model Y Deliveries Begin!
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 誤りの1つは、EVとガソリン車の価格を同等にするための障壁をバッテリー価格だけに限定しようとする考え方です。そして、「バッテリーの低価格化が実現した暁(あかつき)には、自動車メーカーはその恩恵を消費者に還元するようになるだろう」という希望的観測です。

 もし原価や人件費のみが商品価格を決定づける要因であるならば、ナイキのバスケットボールシューズ「エアジョーダン」は2000円ほどで販売されているはずです。iPhone12 Pro Maxも10万円を超えることなどないでしょう。ポルシェ「911S」の価格が、ミッドシップ仕様のコルベットより600万円も高くなるようなことは起こり得ず、せいぜい60万円程度の差にしかならないはずです…。

 アメリカ南部やメキシコなど、労働賃金の低い地域で製造されたクルマは、デトロイトで製造されたクルマよりも低価格ということにならなければ辻褄(つじつま)が合いません。

本音は“高価格に据え置き”か!?

 利益とは、原価と収益の差額です。

 つまりEVの価格もまた、デザインやエンジニアリング、ブランドイメージやマーケティングなど複合的な変数によって左右されるべきものであり、バッテリーのコストだけに左右されるものではありません。1台売れるたびに200万円近い純利益を生み出すとされるポルシェが業界最高レベルの16.6%の純粋利益率を誇る背景には、それ相応の理由があるのです。

 ポルシェの電気自動車「タイカン ターボS」が18万7000ドル(約2060万円)もするのに対し、ほぼ同等の性能のテスラ「モデルSパフォーマンス(Model S Performance)」が9万9000ドル(約1090万円)という価格に留まっている理由とは、一体何でしょう?

 はっきり言ってしまえば、自動車業界が求める「等価(パリティ)」の本音とは、できるだけ高い設定にしておきたいということになるでしょう。自動車情報サイト「Edmunds(エドモンズ)」によれば、2020年の新車の販売価格の平均は4万107ドル(約441万円)に達しており、これは2010年の2万9217ドル(約321万円)を大きく上回っています。

 
Josh Lefkowitz//Getty Images

 いかなる戦略を用いた末の価格上昇であるのか…。業界からは率直な証言も飛び出しています。主力となるクルマが低予算車から高級車へと切り替えられたことに起因すると言うのです。特にアメリカ市場においては、採算性の低いカテゴリーのクルマから、高級路線かつ高性能をうたうSUVやピックアップトラックなどへと顧客の誘導が行われました。そのようにして生み出された金の卵を産む鳥を、自動車メーカーがあっさり手放すとは思えません。

 テスラのファンであれば、当然「モデル3」に注目するところでしょう。エントリークラスのセダンと同等の3万9190ドル(約431万円)という価格帯です。「パリティ(等価)」の意味をより正しく捉えれば、それはEVとガソリン車の価格を等しくそろえることではなく、同等の利益を計上して初めて実現されるものであるはずです。そこを無視しては、すべて絵空事でしかありません。

 何十億ドルにも及ぶ利益をすでに蓄積しているメルセデスやBMWならまだしも、新興の部類に入るテスラにとっては、EVを小銭稼ぎと位置づけることはできないでしょう。新たな主力ラインへの本気の投資を行うテスラには、そのような余裕などありません。イーロン・マスクがテスラの成長を目指すのであれば、バッテリー価格の低下や製造の効率化で実現する低コスト化によって生じる利益分を蓄積していかなければならず、顧客に対して還元することは、そうすぐに結びつくわけではないと言えます。

 このような状況が変化するまでには、数回のモデルチェンジが行われるサイクル…つまり、10~12年という時間が必須だと推測できます。つまり、多くのパリティ論者が夢想するように、「2023年~2025年までに状況が急変する」という話は難易度が高いと思えるのです。

EVの価格を引き上げざるを得ない理由

 何を動力源にしていても、クルマの低価格市場は存在し続けます。例えば中国の「Houngguang Mini Microcar」は、テスラの「モデル3」 の1割に満たない4200ドル(約46万3000円)という低価格で展開されており、一時は中国のEV市場を席巻する大ベストセラーとなりました。

 しかし、そのように生み出された利益が、傍観に徹する日和見主義者たちの懐を温めるようなこともありません。「EVによるカーシェア市場の拡大などが、自動車メーカー全般にとってのチャンスとなる」という見方もあるようです。しかし、そのような考えは期待外れに終わるとも予想します。

 なぜなら、確かに電気自動車産業が市場のメインストリームを取ろうと思えば、EVとガソリン車の価格の接近は不可欠となるでしょう。しかし、現在におけるアメリカの乗用車の平均価格が4万ドル(約440万円)であることを考えれば、同等の利益を生み出すためにもEVの価格も引き上げざるを得ません。

 EVのパリティを実現するための適切な価格帯として、「5万ドル程度(約550万円)が現実的なラインではないか」と私(※編集注:この記事を執筆したローレンス・ウルリッヒ氏)は考えています。

 具体的な例を挙げると、事実上アメリカのファミリー向けコンパクト・クロスオーバーとしての地位を築きつつあるテスラの「モデルY ロングレンジ」の最低価格は、4万9990ドル(約551万円)に設定されています。さらにフォードの「マスタング・マッハEプレミアムAWD」が5万800ドル(約560万円)に設定されているのは偶然ではないでしょう。

 「マッハEプレミアムAWD」の購入者は、7500ドル(約83万円)ほどの連邦税の優遇処置を受けることができ、実質4万3300ドル(約477万円)で購入可能です。これはガソリン車の平均的な価格より、わずかに高い金額になります。ところでこの7500ドルは、フォードが負担する金額ではありません。仮にそうだとすれば、フォードはそもそもの販売価格をもっと高く設定することを余儀なくされるでしょう。

 多くのEVメーカーが、低価格を実現させることで消費者の関心を引こうとはせず、無意味な価格競争を避けているのは、財政的なプレッシャーがあるからに他なりません。「ボルト(Bolt)」を2万9990ドル(約330万円)で市場に投下したシボレーの不運を、忘れていない方も少なくないはずです…。

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 バッテリー価格が89%も低下しているにも関わらず、自動車メーカーは商業的な成功事例を生み出すことに躍起になっています。テスラを除く自動車メーカーにとっては、果たして消費者が本当にEVに乗り換えようとしているのか否か、まだ確信を持てていないのが現状と言えるのです。

 もし市場がEVを選択し、そしてバッテリーの価格がさらに低下していくのであれば、そのとき初めて既存の自動車メーカー各社も価格の安定化などに踏み切り、電気自動車の主力化への長期的な投資を行うことで、商業化を完成させていくことになります。それでもなお電動化に反対するCEOが存在するなら、投資家や株主たちからの非難を受けることとなるでしょう。

高価格帯のクルマが続々登場

 シボレー「ボルト」の最低価格は、今なお3万7495ドル(約413万円)に留まっています。が、この価格でさえ今や昔のガソリン車、シボレー「クルーズ・ハッチバック」の1万9600ドル(約216万円)のおよそ倍の価格です。

 金融機関UBSの報告書によれば、贅沢に思える価格の「ボルト」でさえ、本来であればもっと高価なプライスタグをつけることもできただけに、1台販売されるたびにGMは4000~5000ドル(約44万円~約55万円)の売り上げを逃しているとされています。それゆえ、多くの人に愛された「ボルト」は市場から姿を消すこととなり、代わってキャデラックの「リリッグ(Lyrig)」や「ハマーEV」などのクルマが登場するわけです。

 「ハマーEV」の開発に際してGMがイメージしたのは、労働者向けのシボレーのピックアップではなく、メルセデスの「Gクラス」だったはずです。マーケティングの勝利と呼ぶべきでしょうか、その販売価格は実際の生産コストから掛け離れた金額となっています。

 ところでメルセデスは、少しずつ時代とそぐわなくなりつつある「Gクラス」ワゴンの価格を、かつてのドイツ製幌馬車のように値下げへと踏み切ろうと考えたでしょうか? いいえ、実際はその逆です。AMGのパワーと威信を上乗せし、神格化された武闘派のオフロードEVとして、さらなる値上げを行っています。

 このような状況にあってEVメーカー各社もまた、後光が射すような高価格帯のモデルを市場に送り込もうとしています。ポルシェの「タイカンターボS」、そして新興EVメーカーであるルシード・モータースの「ルシード・エアドリーム」は、共に16万9000ドル(約1860万円)。「ハマーEV Edition 1」は11万2595ドル(約1241万円)と値づけされています。

 
PORSCHE
ポルシェの「タイカンターボS」。

 より手頃な価格のモデルの発売も予告されていますが、どうも後から取って付けたような、その場しのぎの印象を拭い去ることはできません。テスラが3万7500ドル(約414万円)で「モデル3」を販売すると発表したことで、ファンは総立ちになりました。ですが、これもサミュエル・ベケットの戯曲『ゴドーを待ちながら』(不条理ものの戯曲で、ゴドーはついに現れない)のEV版というべき結果に終わるかもしれません。

 2009年にアメリカで誕生した、EVのスタートアップ企業である「Rivian(リヴィアン)」の創業者R・J・スカリンジ氏、そしてルシード・モータースのピーター・ローリンソンCEOなどのスタートアップのリーダーたち、そしてGMのケン・モリス氏などEV業界を代表する面々は、「高級モデルによってEVの開発生産コストの合理化が図られることになり、富裕層がその購買層となっていくだろう」と口をそろえます。

 仮に低価格化が実現されたとしても、SUVやピックアップトラックに搭載する大容量バッテリーの費用が大きな負担となってしまうのです。ローリンソン氏はこれまで以上に大型のバッテリーを搭載することで、車両本体が「不要に巨大化」することを嘆いています。とは言え購入者が求めるのは、フル充電状態での十分な走行距離が保証されることなのです。

 GMの次世代バッテリー「Ultium(アルティアム)」の性能は高まっていますが、350マイル(約563キロ)走行可能な「ハマーEV」を実現させるためには、テスラの最大型バッテリーの2倍の容量である200kWh というスペックが必要になります。1kWhあたり100ドルで換算しても、バッテリーだけで2万ドル(約220万円)のコストが生じる計算です。

 バッテリー革命でも起きない限りは、平均的な4万ドル(約440万円)のSUVにこれほど高性能のバッテリーが搭載されることはあり得ません。EVのシビックやカローラが2万2000ドル(約242万円)、CR-Vやフォード・エスケイプが2万5000ドル(約280万円)という価格で購入できる日など、果たして訪れるのでしょうか?

 もし私自身が自動車会社のCEOという責任ある立場であるとするならば、「EVの価格は、いつ従来型のガソリン車と同等の価格になるのか?」という質問に対しては、本音と希望を込めて、次のように答えなければならないでしょう。

 「決して訪れることはない」と…。

Source / Road &Track
Translate / Kazuki Kimura
この翻訳は抄訳です。

From: Road & Track