メルセデス・ベンツのEVのコンセプトカー「ヴィジョンEQXX」が、「1回の充電で621マイル(約1000キロ)を走破した」というニュースが舞い込んできました。ドイツ南部の都市シュトゥットガルトから南フランスのカシまで、気温2~17度という早春の公道を平均時速53マイル(時速約85キロ)で駆け抜けたのです。

燃費向上のみを狙った走りで達成した平均速度、という話ではありません。アウトバーンにおける最高時速87マイル(時速約140キロ)での長距離走行も、ヨーロッパ都市部の道路渋滞も全てを含む数字というのですから驚きのひと言です。

「ヴィジョンEQXX」の動力となるのは、100kWhのバッテリーです。メルセデスによれば1000キロにも及ぶロードトリップを走破してもなお、87マイル(約140キロ)ほどの航続距離の余裕があったとのこと。参考までに、北米でEVの航続距離の記録を持つルーシッド・モーターズの「エア・グランド・ツーリング」は112kWhのバッテリーを備え、516マイル(約830キロ)の走行でした。これを見ても、今回メルセデスが打ち立てた数値が、いかに規格外なものであるかを理解できるのではないでしょうか。

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MERCEDES-BENZ

今回、このモデルの試乗会イベントに参加し、南仏ニースで「ヴィジョンEQXX」と一日を過ごした私(この記事の著者であるジョナサン・ラムジー氏)たちは、クルマそのものの素晴らしさに加えて、長い歴史と伝統を持つドイツの自動車メーカーの抱く野望に大きく感銘を受けました。斬新な技術によって開発された「ビジョンEQXX」ですが、メルセデスはその量産化を目指しているというのです。

「効率化こそが新たな価値である」と信じるメルセデスは、その卓越したエンジニアリングによって空力面及びメカニカルな効率化を徹底的に追求しようと考えています。自社開発のバッテリーは1091ポンド(約494キロ)と軽量で、これは2022年型GMC「ハマーEV」の212kWhのバッテリーの37パーセントという重量に過ぎません。

リアタイヤが空力を損ねることのないよう、リアトラックはフロントトラックよりも2インチ(約5センチ)ほど狭くデザインされていて、外観において邪魔なものは全て巧妙にデザインされたボディ内部に隠されています。

ルーフに装備されたソーラーパネルも軽量な複合材でつくられており、3Dプリントによって生み出された構造部は軽量でありながら強度が追求されています。アクティブ・リアデフューザーは時速37マイル(時速約60キロ)の走行で、7.8インチ(約20センチ)ほど拡張する仕様となっています。

あの「Sクラス」を製造する企業ではなく、新興企業が手掛けたのではないかと疑いたくなるほどにコンパクトな仕上がりの「ヴィジョンEQXX」ですが、キャビンの居住性は素晴らしく、ゴージャスのひと言。キノコやサボテンにインスピレーションを得たシートの表面や竹繊維を用いたカーペット、廃棄物を原料として3Dプリントされた金属部品など、インテリアは斬新な質感に彩られています。

48インチのスクリーンが搭載されていますが、ダッシュボード上に設置されているのではなく、ダッシュボードそのものがスクリーンの機能を備えています。この「ヴィジョンEQXX」のシンプルかつ直感的な、それでいて、より大型化されたディスプレイを生み出したユーザーエクスペリエンス部門の仕事には驚嘆を禁じ得ません。

インフォテインメントシステムには、「ヴィジョンEQXX」が現在どのような操作を行っているかを随時表示してくれるグラフィックが搭載されています。が、メルセデスがいまだ公表を拒んでいる、ゲームエンジンおよびリアルタイムデータの解析なども組み込まれていることが予想されます。

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MERCEDES-BENZ

ステアリングを回せば、ディスプレイアイコンには4つのタイヤの動きが表示されます。ゲームエンジンはこのセダンのフロント部にある4つの風速センサーによって読み込まれたデータをもとに、走行中の360度の気流をグラフィックで表示します。ナビゲーションマップには実際の建造物が表示されますが、建造物を画面から消去することも可能とのこと。そうすることによって、クルマが目的地に対しどのような位置関係にあるのかをより明確に把握することができるようになるでしょう。

私はショットガンシートに身を沈め、ニースの市街地を一通り走ってみました。メルセデスはまだ、NVH(編集注:車両の騒音振動の総称のこと。路面の継ぎ目や段差を乗り越えるときに発生するゴツゴツした振動と音を指します)の微調整を完了しておらず、微かなタイヤノイズが車内に漏れ聞こえます。

201馬力の電気モーターは、3858ポンド(約1750キロ)の車体を容易く動かします。ですが、効率性を究極まで追求した走りには、いかにもEV然とした演出は加えられていません。一方、ディスプレイを見ればパワーがどこから供給され、どのように消費されているのかは一目瞭然。明確かつクリアで見やすいチャートには転がり抵抗からソーラーパネルの発電量などが示され、さらに抵抗係数もリアルタイムで表示されます。

今回の試乗会イベントにメルセデスはさまざまなスタートアップ企業を招き、「シャークタンク(ビジネスアイデアを持つ挑戦者たちが、実績ある起業家たちを相手に自らの企画を売り込むアメリカの人気TV番組)」風の会合を独自に開催しています。

長い歴史を持つ企業のノウハウと豊富な資金力と、探求心と俊敏性に富んだスタートアップ企業との出会いによって花開いたのがこの「ヴィジョンEQXX」なのです。このクルマの量産が開始される日が訪れるのが、待ち遠しくて仕方ありません。

Source / CAR AND DRIVER
Translation / Kazuki Kimura
この翻訳は抄訳です。