フォルクスワーゲンのコンセプトカー「XL1」を初めて目にしたとき、多くの人々は、「このハイブリッドなスタイルこそが未来に待ち受けるものに違いない」と胸を高鳴らせたものです。当時はまだ航続距離の問題が解消されておらず、「EV(電気自動車)の実用化はまだまだ遠い先の未来のお話だ」と、誰もが考えていました。

そんなときにフォルクスワーゲンが開発に乗り出したのが、自ら充電するクルマ、さらに既存の技術を融合させて圧倒的な出力効率を誇る電気自動車だったのです。そのコンセプトカーで初のモデルとなった「L1」の名前には、「1リットルのガソリンで、100kmの走行を可能にする」という意味が込められていました。

極めて少ない限定台数のロードカーとして生産が計画されていた「L1」は、「史上初のハイパーマイリング(編集注:燃費および電費を最大限に向上する運転)のためのクルマ」と呼ぶべき1台でした。

それ以前にも、豪華な仕様の「フェートン」という超高級車を生産するなど、多彩な路線を打ち出してきたフォルクスワーゲンでしたが、「XL1」では人々の手に届く価格帯のハイブリッド車の可能性を最大限に引き出そうと試みていました。来たるべき未来を見据え、経済的で高効率のクルマを生み出すブランドとして、フォルクスワーゲンの名の再定義を行ったのです。

「XL1」は、あのフェルディナント・ピエヒ氏がフォルクスワーゲン・グループの会長を務めていた時代に生み出された第二の傑作と呼ぶに相応しいクルマであり、ピエヒ氏の名と共に語られるあのブガッティ「ヴェイロン」と同じく、効率性を徹底的に追求した夢の1台だったのです。

待っていたのは、あっけない幕切れ

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MERCEDES EQ

このように大きな話題と共に誕生した「XL1」でしたが、あっという間に時代に取り残される運命が待っていました。バッテリーの蓄電性能が向上し、充電ステーション設備の拡充が進むにつれ、競合他車の航続距離に関する不安がみるみる減少していったのです。例えば、シボレー「ボルト」のような航続距離延長型ハイブリッドと、日産「リーフ」のような低消費型EVではどちらが優れているか? などという論争はすでに時代遅れとなり、続いて「BMW i3」のように両者の中間に位置づけられるクルマは、その存在意義を見失うことになります。

つまり、テスラ「モデルS」に代表される大型EVの流行を通じ、航続距離の延長などを考慮する必要もないバッテリー駆動型のEVがパフォーマンスカーおよびラグジュアリーカーにおける一つの到達点として、世間に受け入れられる時代となったのです。

さらに、「モデルS」はEV業界において重要度が高まる一方のソフトウェアの進化においても、この時代の自動車開発の道標となりました。高性能と高級感…そこに複雑さが加わったクルマが台頭し、フォルクスワーゲンの目指した小型ハイパーマイリング志向や超高効率ハイブリッドの未来は、もはや断たれてしまったかのようでした。

さらに…「XL1」にとっての不幸は、それだけに留まりませんでした。

フェルディナント・ピエヒ氏が開発したフォルクスワーゲン製2気筒ディーゼルエンジンを積んでいたため、ここ10年で最悪とも言える自動車業界のスキャンダルに巻き込まれることとなったのです。

効率を追求したエンジニアリングの素晴らしさを示すはずであったクルマが、あのディーゼルゲート事件(編集注:2015年9月18日にフォルクスワーゲンによるディーゼルエンジンの排出規制における不正があったと米環境保護庁が発表し、大スキャンダルに発展した事件)を引き起こしたエンジンのシリーズを搭載し、その一連の流れを生み出した人物の名と結びつく存在となってしまったのです。効率を追い求めてきたはずの奇跡の1台が、地球環境にとって有害という汚名を被ることになったのでした。

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JOHN LAMM

そうしてフォルクスワーゲンによるハイパーマイリングの夢は、はかなく消え去ってしまったかのように思われました。ハイブリッド車のトレンドも下火となり、テスラ以降の新時代に突入した世界ではOEM各社にとっての課題とは、バッテリー仕様のEVをいかに再定義できるかという点に集約されることとなっていたのです。

ラグジュアリーカーやパフォーマンスカーにおける技術革新こそが次世代のEVメーカーの進むべき道であり、「XL1」のようなコンセプトカーの出る幕はすでになく、あくまでもEVとしての効率性こそが追求されるべき課題となったのです。

そして「モデルS」を超えるべく、ポルシェはガソリン自動車に一切引けを取らないEVスポーツセダン「タイカン」を開発。一方メルセデスは、輝くインフォテイメント・スクリーンと純白のヴィーガンレザーが眩しい「EQS」を発表し、Sクラスのラグジュアリーさを2020年代に向けて新たに示すことに成功しました。テスラも負けじと「プラッド」をラインナップに加えることで、「いつでも、どこでも速いクルマ」であることをアピールしました。あの「ハマー」も、巨大なバッテリーと強力なパワーと走行性を誇る記念碑的EVとして復活を遂げるに至ります。

「ビジョンEQXX」の特異性とは?

バッテリーやパワートレインの進化によって、EVの実力は留まるところを知らぬかのように高まっています。しかしながら、市場がその状況に追いついているかと問われれば、疑問は残ります。そのようなタイミングだからこそ、メルセデスが電気自動車の新たな開発プロジェクトの成果として市場に投下する「ビジョンEQXX」の特異性が、ここで光を放っているのです。

市販車としての展開が始まったわけではありませんが、このクルマの存在そのものが、未来の市販車のさまざまな特性を先取りしたショーケース的な1台となる可能性が高いのです。もちろん「XL1」とは別物ですが、フォルクスワーゲンが目指した奇抜なチャレンジ精神は確かに息づいています。

「ビジョンEQXX」は、メルセデスが「EQS」や「EQE」で打ち出してきたスタイルとは次元の異なるクルマとして、今後の市場をリードしていく可能性を感じさせるアグレッシブなファストバックセダンです。決して軽量とは言えませんが、それでも新たなバッテリーパックと新素材により、現在販売されているロングレンジの「EQS」と比べて大幅な軽量化を遂げていることは確かです。メルセデスはさまざまな効率化の技術を駆使することで、「XL1」を「1リッター車」と呼ぶに至らしめたエネルギー効率を達成したと宣言しています。

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MERCEDES EQ

さらにこの時代において、特に求められる新たな測定基準に対しても画期的な数値を示しています。1kWhあたり6マイル(約9.7km)の実力どおりであれば、「ビジョンEQXX」の最大航続距離はなんと621マイル(約1000km)にも達します。この数字の意味するところは、決して小さくありません。

それは、1回の充電で1000kmの航続距離を達成するためには、1kWh あたり10kmの走行が必要になるということです。この「ビジョンEQXX」であれば、一日中走り続けたところでエネルギー切れを起こす心配はありません。つまり、航続距離の不安はすでに解消されているのです。

「XL1」が誕生した当時、この現状を予想した人など誰もいなかったのではないでしょうか? 確かにフォルクスワーゲンのディーゼルエンジンは、ディーゼルゲート事件によって絶望的な状況へと追いやられてしまいました。ところが、電気効率を追求するという当時の目標は、見えない所で生き続けていたのです。

「メルセデスEQ」は200mpgの壁を超えるため、蓄積してきた教訓や技術の全てをここに注ぎ込み、ついにこの1台を完成させたのです。その何もかもを余すことなく備えた車種が実際に生産されることは、もしかしたらないのかもしれません。また、あの1リッター車の基準に達する市販車が販売されるのは、もう少し先の話となるのかもしれません…。

とは言え、この「ビジョンEQXX」の誕生そのものが記念碑的な出来事であることに疑いの余地はありません。少なくとも、失われかけたハイパーマイリング・ハイパーカーの精神がここに復活を遂げたのですから。

Source / Road & Track
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です。