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東京では初の開催となりますが、フォーミュラE自体は2014年から始まり、今年でシーズン10を迎えます。フォーミュラ1(Formula 1、いわゆるF1グランプリ)と同様、FIA(国際自動車連盟:Federation Internationale de l'Automobile)がレギュレーション規定から主催まで管轄するモータースポーツ競技の一つです。
「直近の5年間で三つの大陸を転戦しながら、4社以上のコンストラクターの競合があること」という条件を満たし、3年前の2020-21年シーズンから世界選手権の一つに昇格しました。
つまり今やF1と同様、FIAが主催する世界耐久選手権(WEC:World Endurance Championship)や世界ラリー選手権(WRC:World Rally Championship)と同列に捉えられるべき、モータースポーツ競技の最高峰の一つという位置付けです。現在の正式名称は、「ABB FIA フォーミュラE世界選手権」です。
これまで日本で
開催されなかった理由は?
今回のフォーミュラE日本開催に当たり、「これまでフォーミュラEが日本で開催されなかった理由は、日本の自動車市場やユーザーがEV嫌いで閉鎖的だから」という声も聞こえてきます。ところが、それは正しくはないでしょう。日本はむしろ、世界に先駆けて早くから市販EVが発売された市場です。フォーミュラE開催の障壁となっていたのは、「その特異なコンセプトにある」と言えそうです。
というのも、世界中の大都市で催されるフォーミュラEですが、基本的には「市街地に設営したサーキットで行う」というのが、もともとの成り立ちです。EVによるレースなので、排ガスを出さず、騒音も従来的なモータースポーツに比べると極めて少ないのがその特徴です。そんな魅力を最大限にアピールするために、人里離れた場所にある従来的なクローズド・サーキットではなく、これまでモータースポーツやEVに興味のなかった人々の目にも触れやすい開催形式とすること自体が、フォーミュラEの新しさなのです。
かくしてフォーミュラEは、環境コンシャスな世界の大都市の政策担当者と協調して、ロンドンやパリ、ベルリンやニューヨークといった場所で開催実績を重ねてきました。東京も都政が「TOKYO ZEV ACTION*」を掲げるなど、EV推進策に舵を切っていますが、市街地サーキットを設営するノウハウ自体が前例のない、大きな壁だったと言えるでしょう。
ちなみに今シーズンは、東京で第5戦が行われた後にも初開催都市として、イタリア北東部のミザノと中国の上海(北京では開催済み)で、それぞれダブルヘッダーの第6・7戦、第11・12戦として行われます。なお、F1では各レースを「グランプリ(Grand-Prix)」と呼びますが、フォーミュラEでは各レースを「e-プリ(e-Prix)」と呼んでいます。
※TOKYO ZEV ACTION 東京都が実施しているプロジェクトで、ZEV(Zero Emission Vehicle=ゼロエミッション・ビークル)の普及を推進しています。「ZEV」とは、走行時に二酸化炭素(CO2)を排出しない乗り物のことを指します。このプロジェクトを通じてZEVの魅力を伝え、より多くの人にZEVを身近に感じてもらうことを目的にしているということ。公式サイトを参照
言わば「高速のチェス」。
レースマネジメントにも注目
もう一点、観戦側の視点から、日本でフォーミュラEがなかなか盛り上がらなかった理由は、「車が速くない」「レースとしてレベルが高くない」といった指摘もあります。確かに、最初期のフォーミュラEで使用されていた「Gen1(※ジェンワン:ジェネレーション1=第1世代という意味)」は、航続距離がせいぜい50km程度。レース途中にドライバーがピットインして車両ごと乗り換える、ということが行われていました。バッテリーをもたせるために出力も絞らざるを得ず、「フォーミュラカーとはいえ、性能的にはF3並み」などと、揶揄(やゆ)されたこともあります。
ですが、EVの進化は目ざましく、現在のレースで用いられる「Gen3(ジェンスリー)」の車両は「Gen1」から60kg以上も軽量化され、逆に航続距離は約100kmを確保するほどに進化しています。出力は前世代の「Gen2」から40%アップした350kWで、最高速度は322km/hに達します。F1やWEC車両にも見劣りしない速度域とも言えます。ですが、「電力をどれだけため込んで放出するか」というパワーマネジメントの考え方や、それに比例する加速やパフォーマンスの質からして、元からEVは内燃機関の車とは全く異なる乗り物なのです。
「アタックモード」はe-Prixならでは
その好例であり、従来のレースと異なるフォーミュラEの特徴として挙げられるのが、フォーミュラEに設けられた「アタックモード」の存在です。これは市街地コース内の所定の区間で、通常のライン取りと異なるエリアを通過したドライバー&車両が、+35Kw(約48ps)のパワーアップ・モードに入るというもの。レース中に「4分間、2度だけ発動できる」というルールが設けられています。
EVのパワーは消費電力の多寡によるものである以上、電力自体を上げることは比較的容易ですが、常に全開で競り合っていたらゴールにたどり着けない車が続出することは目に見えています。Gen3車両では、最大パワーは350kW(約476ps)まで認められているにもかかわらず、決勝レース中は300kW(約402ps)に絞られています。そこで、いざアタックに入る/順位を守るといった駆け引きを見える化するために、35kWのエクステンション・パワーが使えるモードが設定されているというわけです。
人気ゲーム「マリオカートシリーズ」でコインを集めると少し速くなるのに似た感覚かもしれませんが、このモードを戦略的にどう使いこなすかという点もまた、フォーミュラEを面白くするファクターと言えるでしょう。
規定周回数が追加されることも
フォーミュラEでは、ドライバーの交代もなければ、ピットストップもほとんどありません。その中で、フォーミュラEを難しく、かつ面白くするもう一つのファクターは、イエローフラッグなどレースの一時中断があれば、サッカーのようにロスタイムを考慮して、レース終盤で追加周回数が規定周回数に加えられるということ。つまり、フィニッシュが延びる可能性があるのです。
Gen3車両は減速や制動時のエネルギー回生率が著しく向上しています。主催者によれば1回のレースで使用されるエネルギー量の約4割は回生から得られていて、世界で最もエネルギー効率の高いレーシングカーだとされています。これは、そのエネルギー効率が向上したからこそ可能になったルールと言えます。さらに今後は、急速充電ピットストップの導入すら視野に入っています。
いわばレース全体を通じて限られたエネルギー使用量を考慮し、効率の良いマネジメント戦略を実行しながら、他車より早くゴールにたどり着くことを目指すという、頭脳ゲームの側面をもつコンペティションなのです。公式サイトはフォーミュラEを、「(一種の)高速チェス・ゲームである」とまで形容しています。
現在のフォーミュラEは、基本的に同じシャシーとバッテリーのGen 3マシンが使用されています。11チームから計22人のドライバーによって争われており、パワートレインやマネジメントシステムに各コンストラクターの違いが認められています。
シーズン序盤のポイントランキング・リーダーは今のところジャガーで、ポルシェとDSが続き、マクラーレンとアメリカのマリオ・アンドレッティのチームを挟み、日本の日産ワークスが6位につけています。ボディのグラフィックに桜の花をあしらった日産ワークスが、初の地元開催でどこまで食い込めるか――。当然ながら、大きな注目が集まるでしょう。
- アプト・クプラ(ABT CUPRA)/ドイツ
- アンドレッティ・フォーミュラE(ANDRETTI FORMULA E)/アメリカ
- DSペンスキー(DS PENSKE)/フランス
- エンビジョン・レーシング(Envison Racing)/イギリス
- ERT フォーミュラEチーム(ERT FORMULA E TEAM)/中国
- ジャガー・TCS・レーシング(Jaguar TCS Racing)/ジャガー
- マヒンドラ・レーシング(Mahindra Racing/インド
- マセラティ MSG(Maserati MSG)/モナコ
- ネオム・ マクラーレン(Neom McLaren)/イギリス
- 日産(NISSAN FORMULA E TEAM)/日本
- タグ・ホイヤー・ポルシェ(TAG HEUER PORSCHE)/ドイツ
東京ビッグサイトを囲む
有明に市街地コースを設営
レースはシェイクダウン(試運転)、フリープラクティス1、フリープラクティス2、デュエル予選、決勝レースの順で行われます。今回の東京では、以下のスケジュールがアナウンスされています。
- フリープラクティス1:3月29日(金)16時25分~17時15分
- フリープラクティス2:3月30日(土)7時55分~8時45分FP2
- 予選:3月30日(土)10時20分~11時43分
- 決勝:3月30日(土)15時03分~16時30分
独特なカタチとなっている予選形式も見ておきましょう。まず、ポイントランキングを元に、奇数順位と偶数順位ごととなる2グループにドライバーと車両が分けられます。そして300kWの出力をリミットに、12分間のセッションがまず行われます。ここで上位のタイム4台ずつ、計8台が次のデュエル予選に進むという流れです。2台ずつ10秒間隔でコースインしてはデュエルによるタイムアタックを繰り広げ、トーナメント形式で8台→4台→2台に絞られて、本戦のグリッド順が決定されます。
本コースは、江東区有明の東京ビッグサイトを取り囲むように設置されます。普段はビッグサイト裏の東京湾に面した駐車場にピットやピットレーンが設けられ、ビッグサイト脇の都道を利用した総長2.585km、3本のストレートと多彩なコーナーを備えた特設コースです。
男性社会からの脱却。女性の権利サポートに積極的
最後になりますが、フォーミュラEが進めるサステナビリティ活動は、ゼロ・エミッションや環境問題だけにとどまりません。
モータースポーツという男性優位の社会において女性ドライバーは無論、チームスタッフやエンジニア、コースマーシャルとして働く女性の権利と機会均等を訴える、FIAの「FIAガールズ・オン・ザ・トラック*」というキャンペーンにフォーミュラEは歩みを合わせ、開催各都市でPRプログラムを展開しています。
単に速いか面白いといった視点を超えた、新しい時代の、身近なトップカテゴリーと言えるスポーツなのです。
※THE GIRLS ON TRACK このプログラムは国際自動車連盟(FIA)が主導し、若い女性たちがモータースポーツにおいて活躍するための機会を提供することを目的としています。具体的には、若い女性たちにモータースポーツの世界でのキャリア構築のためのツール、経験、および機会を提供し、この伝統的に男性が支配的な分野における性別の均等を促進しようとする包括的な取り組みです。公式サイト(英語)を参照