記録的ヒット『鬼滅の刃』は
ジャンプ作品の
イノベーションの象徴

 『鬼滅の刃』の劇場版アニメが公開され、記録的なヒットを続けている。『鬼滅の刃』は吾峠呼世晴原作のマンガが2016年から集英社の『週刊少年ジャンプ』で連載され、最近単行本の最終刊が発売された。

 『鬼滅の刃』は大正時代に人を食う鬼がいるという世の中で、家族を殺され、1人生き残った妹も鬼にされてしまった「竈門炭治郎(かまど たんじろう)」が主人公の物語だ。炭治郎が鬼を倒すために結成された「鬼殺隊」に入隊し、仲間とともに鬼を倒しながら成長していく、ジャンプ王道の「友情・努力・勝利」の三大原則が詰まった作品だ。

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写真提供:ダイヤモンド・オンライン編集部

 そう『鬼滅の刃』の面白さの源泉は「友情・努力・勝利」を象徴的に表す、戦闘シーンにある。ジャンプマンガに戦闘シーンはつきものだ。しかも、『鬼滅の刃』ではシステマティックに技が「呼吸」と「型」で階層的に分類され、「水の呼吸、弐ノ型、水車」のように技名を叫びながら敵に攻撃するのである。

 鎌倉時代の「やあやあ、我こそは」の名乗りを彷彿とさせる、日本のヒーローの典型である。どう考えても、名乗るよりも先に攻撃した方がよいようにしか思えないのだが、カッコいい。そもそも炭治郎、心の声が洩れすぎているぞ、と思うのだが、考えればこれもジャンプヒーローによく見られるパターンだ。

 こうした鎌倉武士の名乗りのような技名の名乗りによって、子どもが『鬼滅ごっこ』をするときに決めゼリフ的に叫べる。他にも雷の呼吸、獣の呼吸、炎の呼吸などの呼吸ごとに4~16の型があり、水の呼吸には11の型がある。 それが物語を読み進めると、何となく構造が見えてくるようになっているのも面白い。

 さらに水の呼吸には基本11型に加えて「水の呼吸、弐ノ型・改、横水車」のような派生形まで登場するので、全部覚えられたらクラスのヒーローになれそうだ。こうした、昔の子どもたちから現代まで受け継がれたジャンプの面白さの型が、『鬼滅の刃』には込められている。

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 話はそれるが、週刊少年ジャンプの多くのヒット作は、この「友情・努力・勝利」の要素が含まれる作品が多いものの、それが全てではない。ジャンプの超長寿作であった『こちら葛飾区亀有公園前派出所』には、これらの要素はあまり見られなかったし、1980年代などにはあえてこうしたジャンプらしくない挑戦的な作品も見られた。

 この頃のジャンプに見られた友情とは、男の子同士の友情であり、努力をするのも勝利をするのもたいてい男の子の主人公であった。しかし、1980年に連載が開始された鳥山明の『Dr.スランプ』は、ロボットの女の子が活躍するギャグマンガであったし、1984年のまつもと泉の『きまぐれオレンジ☆ロード』は、頼りない超能力者の男子中学生(作品途中で高校に進学)を中心としたラブコメ作品であった。

 昨年、約30年ぶりにアニメ映画が公開された『シティーハンター』もジャンプのマンガであったが、作者の北条司が1981年に連載を開始した『キャッツ・アイ』の主人公は美術品を狙う三姉妹の泥棒の話であり、『キャッツ・アイ』連載終了後に開始した『シティーハンター』も、普段は頼りないスナイパーが登場するお色気漂う作品になっていた。

 例外的に「友情・努力・勝利」でヒットするこれらの作品もあったが、基本は「友情・努力・勝利」のパターンであり、経営学的に言えば、「友情・努力・勝利」はジャンプのコア・コンピタンスであるといえる。コア・コンピタンスとは、その企業や組織の中核的な能力であって、さまざまな事業に応用展開できるものと定義されている。「友情・努力・勝利」のパターンは、作者は違っても、ジャンプの編集能力の中で受け継がれてきたコア・コンピタンスなのであろう。

 ただし、ジャンプの「友情・努力・勝利」も時代を経て、大きな変化が見られる。たとえば、1985年に連載が開始された宮下あきら作の「魁!!男塾」は、全国の不良少年が集まった塾を舞台に、少年たちの友情、努力が描かれ、少年たちの戦いと勝利が描かれた、これも典型的なジャンプ作品であるが、この頃の「友情・努力・勝利」は完全に男の子の世界のものであり、女の子は描かれたとしても、守るべき立場の者か弱い者であった。

 しかし『鬼滅の刃』では、鬼にされた妹「竈門禰豆子(かまど ねずこ)」はそうしたか弱い守られるべき者として描かれていない。主人公の炭治郎も最初は妹を守り、人間に戻そうと奔走するのだが、途中で禰豆子も決して弱い女の子ではないことに気づき、兄妹で戦う同志になっていく。

 また、「鬼殺隊」のような正義の味方が出てくる作品では、勧善懲悪的な、白黒がはっきりつく敵・味方が描かれることが多かったが、『鬼滅の刃』では主人公は時に戦った鬼に同情し、必ずしも全ての鬼が悪であるという明確な善悪で判断をしていない。ダイバーシティとインクルージョンを大切にする現代にあって、ジャンプの「友情・努力・勝利」も進化し、時代に合わせた連続的なイノベーションを起こしてきたといえる。

アニメ・映画大ヒットの
真の立役者はソニーだった

 集英社と週刊少年ジャンプが『鬼滅の刃』を世に出した産みの親であるとすると、アニメと映画を大ヒットに導いた育ての親は、実はソニーである。

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 以前、筆者はダイヤモンド・オンラインに『ソニーという「何の会社かわからない」集団の強みと弱み』という記事を寄稿したが、アニメ事業もまた、今のソニーの姿である。日本経済新聞の2020年11月6日付の記事『「鬼滅の刃」仕掛け人 ソニーのアニメは三方よし戦略』では、グロービス経営大学院の金子浩明教授が、自前で囲い込もうとするディズニーやNetflixと比較して、オープンな組み合わせによるソニーのアニメビジネスの特徴を分析している。他紙ではあるが、この分析はとても面白い。

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 ソニーのアニメビジネスの特徴と強みはおおむねこの記事に同意するが、誰でもいきなりソニーと同じようなやり方で儲けることはできない。そこには経路依存的なソニーのさまざまな経験と資源の蓄積がある。

 株主総会では、シナジーのないムダなグループ会社と指摘され、売却まで求められたが、こうした現在のソニーグループ各社がさまざまな独自のビジネスを展開してきたお陰で、ソニーが『鬼滅の刃』で儲けることができるオープンなエコシステムを形成することができたといえる。

『鬼滅の刃』のソニーにおける成功には複雑な要因が存在していて、ひと言では表し切れないが、その1つは長年のアニメ制作の歴史である。

アニメと音楽を
縦横無尽にコラボさせた
独自のビジネスモデル

 ソニーは1980年代にソニー・ビデオソフトウエアインターナショナルというビデオソフト制作の子会社をつくり、1986年に初のアニメ作品を公開している。この会社はその後、現在のソニー・ミュージックに吸収合併されているが、1995年にはソニー・ピクチャーズの関連会社としてSPE・ミュージックパブリッシング(後にSPE・ビジュアルワークスに解消)を設立、2000年代にSPE・ビジュアルワークスがソニー・ミュージックのグループ会社となったことを契機に、アニメ制作部門として現在のアニプレックスが設立される。

 アニプレックスは代表作を挙げるのが難しいほど、多くのアニメ作品を世に送り出してきたが、『鬼滅の刃』のテレビシリーズも劇場版も、アニメ化を手がけたのはアニプレックスだ。ソニーが制作した初期の作品にはそれほど有名なものはなかったが、30年かけて日本を代表するアニメ制作会社を育てたことになる。

 2016年の連載開始当時、今ほどのブームになるとは誰も予想していなかった頃に、『鬼滅の刃』に目をつけ、アニメ化を企画できたのも、こうした長年のアニメビジネスの経験があってこそだろう。冒頭に述べたが、『鬼滅の刃』の見せどころは戦闘シーンであり、呼吸と型の組み合わせの技の披露である。マンガでもその迫力は十分に表現されているが、動画ではさらに迫力と臨場感が増す。まさにアニメ向きの原作を選んだといえる。

 ビジネスの話に戻るが、現在のアニプレックスがソニー・ピクチャーズではなく、ソニー・ミュージックのグループ会社であることも、ソニーに収益をもたらすもう1つの要因となっている。『鬼滅の刃』のテレビシリーズの主題歌はLiSAの歌う『紅蓮華』で、ミリオンセラーを記録している。現在公開されている劇場版の主題歌もLiSAの歌う『炎』だ。

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LiSA 『炎』 -MUSiC CLiP-
LiSA 『炎』 -MUSiC CLiP- thumnail
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 LiSAはソニーがアーティスト育成を手がける音楽事務所のソニー・ミュージックアーティスツに所属する歌手であり、楽曲もソニー系のレーベルから発売されている。若者の音楽試聴がサブスクリプションに移行し、CDやダウンロード販売が振るわない中、ヒットアニメの主題歌の販売は好調だ。ソニーのアニメのヒットは、ソニーの楽曲のヒットにもつながっている。さらに、歌い手の所属事務所の利益もソニーの利益になっている。

 こうしたアニメとJ-POPとの関係にも、長い歴史がある。1980年代前半頃までは、アニメの主題歌は、特定の作品名が連呼される個々の作品専用の楽曲であることが当たり前であった。『機動戦士ガンダム』第1作の主題歌を思い出せば、理解してもらえるだろう。

『シティーハンター』が変えた
アニメ主題歌の常識とは


 この「子ども向けアニメソング」に変化をもたらしたのが、先に挙げたシティーハンターだ。1987年に読売テレビ/日本テレビ系列で放送されたシティーハンターは、同じ北条司のキャッツ・アイの後継アニメ番組だった。

 『名探偵コナン』などのヒットアニメ作を次々と世に送り出した、読売テレビプロデューサーの諏訪道彦氏(現在はytv Nextry専務取締役)は、シティーハンターのオープニング曲とエンディング曲は、さまざまなアーティストの楽曲が、アニメのための曲としてではなく独立したヒット曲として、むしろアニメ作品を牽引する機関車になってくれればいい、と考えたという。

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小比類巻かほる - City Hunter 〜愛よ消えないで〜 Official Video
小比類巻かほる - City Hunter 〜愛よ消えないで〜 Official Video thumnail
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 前作のキャッツ・アイの主題歌は当時人気アーティストであった杏里が歌う『CAT’S EYE』であったが、杏里の大人びた感じのイメージが作品を良い方向に牽引していた。シティーハンターの初期のオープニングテーマも、小比類巻かほるが歌う『City Hunter~愛よ消えないで~』であったが、諏訪氏はレコード会社に「曲のタイトルにシティーハンターという言葉は入れなくてもよい」とリクエストしていたところ、レコード会社が気を利かせてアニメのタイトルを入れ込んだという。

 しかし、アニメ作品の名前が入った曲はシティーハンターではこの1曲だけで、シティーハンターで最もヒットしたエンディング曲の『Get Wild』は、TM Networkをスターダムに押し上げた。この頃からアニメのオープニングやエンディングは、子ども向けアニメソングから大人も聞く格好いいJ-POPに変わり、現在のような「大人も聞くアニソン」というカテゴリーに進化していった。

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TM NETWORK 『Get Wild』
TM NETWORK 『Get Wild』 thumnail
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 このときシティーハンターに楽曲を提供したのも、ソニー・ミュージック(当時のEpicソニー)であった。諏訪氏によると、ソニー側から次々とシティーハンターで使う楽曲の提案があり、それぞれのクールでさまざまなソニーのアーティストがシティーハンターのオープニングやエンディングを歌ったという。

 現在も読売テレビ/日本テレビ系列では、土曜日の夕方5時30分と6時から30分ずつアニメ番組が2階建てで放送されている。現在では5時30分からは『半妖の夜叉姫』、6時からは、先出の諏訪氏が育てた『名探偵コナン』が放送されている。この5時30分からのアニメは毎回制作会社は変わるものの、スポンサーは一貫してソニー・ミュージックであり、歴代作品に使われる楽曲はソニーが提供しているという。ソニーとアニメとの関係は、長い歴史の中で育ってきたビジネスなのである。

『鬼滅』をゲームにも展開か
過去の経験が生きる
「三方よし戦略」

 また『鬼滅の刃』に話を戻そう。テレビシリーズも劇場版もアニメの編集作業は、これまたソニーグループのソニーPCLが担当している。ソニーPCLも多くのアニメ作品のビデオ編集やオンライン編集を手がける会社であり、そこにはソニーの機材が納入されている。

 また、2020年5月19日のソニーの経営方針説明会で、吉田憲一郎社長はソニーのコンテンツ事業の代表として、アニプレックスによる「今や社会現象とも呼べるヒットとなっている『鬼滅の刃』のアニメ」制作を挙げ、さらに「今後同作品のモバイルゲーム、さらにPS4向けのゲーム制作も進めていく」と述べている。

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「鬼滅の刃 ヒノカミ血風譚」開発進捗レポート
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 ソニーグループには、音楽、映画と、もう1つゲームというエンタテインメント・ビジネスがあり、ひとつのIPを使って複数のメディアで追加的な収益源を確保することができるエコシステムを有している。さらに、ソニーPCLやソニーの放送局用機器など、エレクトロニクスも広い意味で関わってきている。この広範なエコシステムがソニーのコンテンツビジネスの強みであろう。

 先に紹介した日経の記事で金子教授が指摘するように、ソニーは特定のコンテンツを囲い込むリスクを取るより、1つのコンテンツをさまざまなメディアで収益化する仕組みを持ち、そのための準備を長年かけてやってきたということである。

 金子教授の記事でも指摘されている「三方よし戦略」も、ソニーのエンタテインメント・ビジネスを振り返ると過去の経験が活かされていることがわかる。

 ソニーが音楽事業に進出したのは、1968年にアメリカでコロンビアレーベルを展開するCBSレコードとの合弁会社、CBSソニーを設立したことにさかのぼる。レコード会社としては後発であったため、既存の音楽業界に入り込むのにはかなり苦労したという。

 当時の音楽業界は、音楽事務所がアーティストを握っており、人気アーティストが所属する音楽事務所が何よりも力を持っていた。そのため、レコード会社は音楽事務所のプロモーション方針に則って、レコードを販売し、レコード店には音楽事務所が売り込みたいアーティストのレコードが大量に入荷された。

 しかし、必ずしも読み通りにレコードが売れるとは限らず、販売店はいつも自由にレコード会社に返品できるという慣行が成り立っていたので、レコード会社がリスクを負う仕組みになっていた。

自らがアーティストを育成し
慣習に縛られた流通を大改革

 そんな中、新規参入のCBSソニーはレコード会社自らがアーティストを育てるという新しいビジネスを始めた。アーティストの育成とレコードの販売戦略は一体化し、レコード店には返品を認めないという強気の政策に出た。それができた背景には、当時、山口百恵、郷ひろみ、松田聖子といった人気アーティストをソニーが抱えていたので、販売店としてもソニーの提案を受け入れざるをえなかったという事情がある。

 ソニーのエンタテインメント・ビジネスはサプライチェーンのイノベーションの歴史でもあるのだが、その原形がこのレコード流通の改革であった。

 さらに、ソニーがゲーム業界に進出したとき、従来のゲームソフトはROMカートリッジに納められたハードウエアであり、生産に多くのリードタイムを要していた。そのため需要予測が立てにくく、ゲーム機メーカー、おもちゃ問屋、小売店の流通システムの中で、売れないゲームソフトが小売店に押しつけられる弊害が発生し、ソフトハウスも事前生産のリスクを負っていた。

 プレイステーションの成功要因の1つは、今までにないポリゴン技術による映像の美しさもあったが、この旧態依然とした小売店とソフトハウスに負担のかかるゲームソフト流通のサプライチェーンを、改革したところにあった。

 ソニーのゲーム部門はソニーコンピュータエンタテインメント(現在のソニーインタラクティブエンタテインメント)であったが、ゲームはCD形式だったので、ゲーム生産はソニー・ミュージックの静岡工場で行われていた。プレイステーションのゲームのパッケージには、共通の標準のケースが使われていた。また、時間はかかるがコストはそれほどかからない取扱説明書だけ先に印刷するようにした。それにより、ゲームCD本体を受注を受けてから生産しても、数日後には出荷ができる体制を整えた。

 こうすることで、サードパーティーのソフトハウスや販売店が在庫リスクを負うことがないようにしたのだ。プレイステーションは多くのソフトハウスを味方につけ、『ファイナルファンタジー』などのヒット作をプレイステーションから発売することができたのである。

ソニーがつくり上げた
ビジネスの最強エコシステム


 『鬼滅の刃』も、ソニーのエコシステムの中でさまざまな収益源をつくることができているが、この「エンタテインメント・ビジネスをソニーの仕組みに乗せると儲かる」という構造をつくったこと自体も、ソニーが長年かけて起こしたイノベーションといえる。

 ビジネスのエコシステムの形成は、簡単に他社に見透かされるようであれば、差異化された収益の源泉とはならない。ソニーのように、長年腰を据えてつくり上げるエコシステムの強さは、短期的な利益ばかりを追求しV字回復を企業に求める今日の風潮に対して、長期的な戦略の重要性を示しているように見える。そこには、遊びや冗長性といった一種のムダを許容する文化がある。

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 ソニーは2020年12月10日、アメリカで日本のアニメを配信するサービスを手がけるクランチロール社の買収を発表した。ソニーがつくり上げたアニメのエコシステムは、国を超えて広がっていくのだろうか。今後の行方が気になるところである。

ダイヤモンド・オンライン