ボスカフェインが
「炎上」は想定内だった?

3月28日にサントリーが新発売した「BOSS CAFFEINE(ボスカフェイン)」が炎上してしまった。

子どもや妊婦が手に取りやすいカジュアルなパッケージなわりに、カフェイン量が「エナジードリンクのレッドブルの2.5倍」に当たる200mgも入っているという。このことで「カフェインをライトな感覚で過剰摂取させてしまう恐れがある」と一部から批判されているのだ。

そう聞くと、「日本人はなんでも危ないって騒ぎすぎだよ」「カフェインなんてお茶にも入っているだろ」とあきれる人もいるだろう。しかし今回の批判は世界的に見ればしごくまっとうだ。

というのも、カフェインの取りすぎは健康に悪影響があることがわかっていて、最悪、中毒死につながってしまうからだ。

有名なのは17年4月、アメリカの16歳の高校生が2時間で、マクドナルドのカフェラテ、Lサイズの清涼飲料水「マウンテン・デュー」、エナジードリンクを飲み干した後、不整脈による心停止で亡くなったケースだ。日本でも15年に、日常的にエナジードリンクとカフェイン錠剤を服用していた20代男性が亡くなった。

このような「若者や子どものカフェイン中毒死」を防ぐため、WHO(世界保健機構)や欧米豪といった先進国の政府は安全基準を示して注意喚起をしている。国によって細かい基準は異なるが、例えば、カナダでは18歳未満の子どもは1日当たり体重1キロ当たり2.5mgを推奨摂取量としている。これはつまり、体重50kgの中学生ならば1日125mgが推奨摂取量ということだ。ボスカフェインは1本で200mgのカフェインが摂取できるので完全に「アウト」ということになる。

もちろん、カフェインの耐性は人それぞれなので、推奨摂取量を超えたらすぐにどうなるというものではない。ただ、日本人は新型コロナウイルスを世界トップレベルで警戒し、行動自粛をしていた「不安に弱い民族」だ。こういうカフェインの危険性を示す情報があふれる中で、多くの人が不安に感じるのは当然だろう。

つまり、「おいしくカフェイン200mg」「カフェイン中心設計」をうたうボスカフェインはある意味で「炎上上等」というか、今のような炎上をすることがハナから想定内で開発された商品なのだ。

世界の潮流に逆行しても
コーヒーを飲んでもらいたい切実な事情

それを物語るのが、ボスカフェインの開発コンセプトだ。

<今回、仕事や勉強、スポーツや運転などのシーンにおいて、エナジードリンクと同様に缶コーヒーを“使う”若い世代に着目しました>(ニュースリリース3月2日)

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

つまり、今回の商品は若者や子どもという若い世代をターゲットにしており、「エナジードリンクのように眠気を感じた時にグビグビやれるコーヒー」という位置付けなのだ。

この方向性が定まった時点で、サントリー側は炎上を覚悟したはずだ。先ほど申し上げたように、WHOや欧米豪政府は「若者や子どものカフェイン中毒死」を防ごうと注意喚起をしており、エナジードリンクを未成年者に販売することを禁止をするような国もある。

そんな世界の潮流に完全に背を向けて「エナジードリンクみたいなコーヒつくって若い世代にじゃんじゃん飲んでもらおう」という路線で勝負をするのだから、ちょっと考えれば、ボロカスに叩かれる展開は予想できる。

では、サントリーはなぜあえてそんなリスキーな戦い方を選んだのか。これはあくまで筆者の勝手な推測だが、「背に腹は代えられなかったから」ではないか。

実は今、缶コーヒー市場はすさまじい勢いで縮小している。人口減少やコンビニコーヒーの台頭でじわじわと減っていたのだが、コロナ禍がさらに追い討ちをかけた構図だ。

「調査会社の富士経済によると、缶コーヒーの昨年の販売額(12月末時点)は5043億円の見込み。10年前に比べて約3割減った」(朝日新聞デジタル21年2月26日

そこで、缶コーヒー業界ではなんとか「巻き返し」をしたい。まず、「缶コーヒーはおじさんの飲み物」というイメージが定着しているので、若い世代にグビグビ飲んでもらわなくてはいけない。では、若い世代が今飲んでいるものは何かというと、「エナジードリンク」だ。

実はエナジードリンク市場は、缶コーヒーと対照的に右肩がりで成長している。大容量サイズのものなどが販売され商品数も増えたことで活況なのだ。

さて、こういう状況を踏まえて、「若い世代に受ける缶コーヒー」をつくろうと思ったらどういう発想になるのかというのは、容易に想像できよう。コーヒーにもエナジードリンクにも「カフェイン」が入っている。ならば、この共通点にさらにエッジを立てて、「エナジードリンクのようなコーヒー」を開発しようとするのは、自然の流れではないか。

サントリーの「大人の事情」、
カフェイン中毒は増加中

つまり、「ボスカフェイン」といリスクの高い商品が世に送り出された背景には、「多少世間から叩かれることがあっても、缶コーヒーの巻き返しをしたい」というサントリー側の「大人の事情」があった可能性があるのだ。

ただ、もしもそのような覚悟があってのことだとしても、サントリーは想定していなかったよう大きなリスクに直面するかもしれない。ボスカフェインを飲んだ未成年者の健康被害が指摘される恐れがあるからだ。

ご存じのように、エナジードリンクが「成長期の子ども」に悪影響を及ぼすということはかねて指摘されている。

drop in the can
robbo878//Getty Images
※写真はイメージです。

例えば、『エナジードリンクを飲む子どもたちに起きている「異変」』(Yahoo!ニュース17年11月21日)の記事だ。日本体育大学・野井真吾研究室とYahoo!ニュースが共同で、全国の小中高など1096人の養護教諭にアンケートを実施したところ、「エナジードリンクを習慣的に飲んでいる子どもがいる」と回答したのは中学で24.4%、高校では48.4%だった。受験勉強や夜更かしなどで、多くの子どもがエナジードリンクを飲んでおり、中には体調不良や心身の異常を訴えるケースが増えているというのだ。

実際、エナジードリンクの市場拡大に歩みをそろえるように、カフェイン中毒による救急搬送も増えている。

埼玉医科大学病院の救急センター・中毒センター(当時)の上條吉人センター長らが行った日本中毒学会の調査結果によれば、11年から15年に救急医療機関38施設にカフェイン中毒で救急搬送された患者は101人いて、そのうち7人が心停止を起こし、3人が死亡していた。9割以上が錠剤による中毒だが、中にはエナジードリンクを一緒に飲んでいる人もいたという。

「エナジードリンクのような缶コーヒー」を自認するボスカフェインはこのような社会問題に、自ら首を突っ込んで「参戦」したようなものだ。何か悲劇が起きた際に、サントリーが想定しなかったような批判の嵐にさらされる恐れもあるのだ。

テレビCMの影響も危険、
コーヒーにも警告表示が必要か

そのリスクをさらに高めているのが、テレビCMによるイメージ訴求だ。

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神木隆之介さんや杉咲花さんという若い世代に人気の俳優を起用して、会議や大学の授業中にぼうっとしている彼らの姿とともに、「起きてる?(いろんな意味で)」「目覚ましボス」などのキャッチコピーが登場する。「レッドブル」などのエナジードリンクが、「翼を授ける」なんてコピーで抽象的なイメージを訴求するCMにとどめているところを、ボスカフェインはストレートに「これを飲めば覚醒します」と効果をうたっているのだ。

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このようなCMを朝から晩まで見た若い世代、特に未成年者の子どもたちの中には、サントリーが出した「効果てきめんなエナジードリンク」を愛用する者も出てくるはずだ。授業や部活の前に眠たくなる度にボスカフェインをグビっとやる。昼休みにグビッ、放課後にグビッ、そして家に帰って受験勉強でグビっという感じで、1日のカフェインは600mgだ。そこにオンする形で、エナジードリンクでも入れたら、不測の事態が起きる恐れもあるのだ。

ただ、もし筆者が恐れているようなことが現実にならなくても、そう遠くない未来、ボスカフェインのような商品は「警告表示」が必要になるのではないかと思う。

具体的には、タバコや酒のように「カフェインの摂取し過ぎは健康を損なう恐れがあります。特に未成年者や幼児、妊婦は摂取を控えてください」というような文章を、パッケージの目立つところにつけなくてはいけなくなる。

タバコや酒もちょっと昔まで、警告表示なんて話をしたら、「いちいちそんなのつけて売れなくなったらどうするんだ?」「なんでも飲み過ぎたら体に悪いだろ、そんな当たり前のことを表示する必要はない」なんてボロカスに反発されたが、今ではタバコも酒もその表示が当たり前になっている。カフェインもおそらく同じ道をたどるのではないか。

しかも、サントリーの場合、「ストロングゼロ」のケースもある。ご存じの方も多いと思うが、このストロング系チューハイ市場をけん引する人気商品は、一部の医療従事者や、依存症対策の専門家から、いわゆるアルコール中毒などの「問題飲酒」との関連性が指摘されている。「危険ドラック」などと厳しく批判する専門家もおり、今回のボスカフェインの炎上でも、ストロングゼロも引き合いに出して、「売れれば消費者の健康は二の次なのか」という感じで、サントリーの企業姿勢に苦言を呈する人々もいる。

アルコールもWHOが「世界戦略」として規制を各国政府に呼びかけている。そのため、タバコの次はアルコール規制が世界的に強まっていく、というのはよく言われることだ。日本でもちょっと前に、アルコールを含んだグミがコンビニで売られており、子どもが手に取りやすいポップなパッケージだったことが批判されて、メーカーが謝罪して、出荷も停止されたことがあった。

「不寛容社会」と感じる人もいるだろうが、こういう子どもの健康を守るという観点からの規制強化の流れは、残念ながらさらに加速していく。「SDGs」がわかりやすいが、日本は基本的に西側諸国が決めた「国際ルール」に素直に従ってきた。だから、タバコもアルコールもなんやかんやと、「国際ルール」に迎合させられている。

ということは、ボスカフェインも危ない。「エナジードリンクみたいな缶コーヒー」は縮小する缶コーヒー市場の救世主になるのか、それとも「時代の変化に伴って消える幻の商品」になるのか。注目したい。

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