[目次]

▼ 事件に巻き込まれないための「準備」

▼ 交戦してはいけない

▼ 犯人から「伏せろ」と言われたらどうする?


事件に巻き込まれない
ための「準備」

刃物で強襲された時の対処法や犯人と距離を取る方法はもちろん大事ですが、不審者をいち早く見つけ、至近距離で事件に巻き込まれないようにすることが前提です。

そのために重要なのが、周りに注意を配るということです。当たり前のことですが、スマートフォンを使ったり、イヤホンをして音を遮断していたりする人が多く見受けられます。これでは、不審者に襲われた時にどうしても初動が遅れてしまいます。

実際に、21年10月31日に京王線内で起きた殺傷事件の映像で、乗客が隣の車両から走って逃げてきているにもかかわらず、ヘッドホンをしていて逃げ遅れている人が映っていました。イヤホンをするにしても片耳は空けた状態にしたり、スマホをずっと眺めるのではなくて頻繁に顔を起こしたりすることで、初動への反応スピードを上げることができます。

では、不審な人物はどのように特定すればいいのでしょうか。第六感を使ってください。皆さんも電車内などで「何かが怪しい」と感じる人と遭遇したことがあると思います。そうした、言葉には表せない直感が非常に重要です。思い込みや差別に基づいた判断には気をつけながら、感覚的な気づきを得られるように周りに気を配ってください。

不審な人物を見つけた場合は、その人物を意識に留めておいてください。そして可能であれば距離を取るようにしてください。いつも乗るお気に入りの車両を諦めて、少し離れた車両に移るとよいでしょう。この方法は、突然襲われた時だけではなく、ストーカーや痴漢といった継続的な犯罪を防止することにもつながります。家や職場を出る時に違和感を感じた人物や普段見かけない車がいれば、それらを気に留めておくのです。

公安時代の私の経験で言うと、こうした習慣を継続することで日常に潜む違和感への感度を徐々に高めることができます。皆さんの生活にもぜひ取り入れてみてください。まずは日頃から被害を未然に防ぐための準備が肝心です。

交戦してはいけない

普段から気を配っていても、殺傷事件に巻き込まれない可能性はゼロではありません。では、刃物を振りかざす人間に遭遇したとき、どのような対応を取ればよいのでしょうか。先ほど言ったように、最も大切なのは初動です。ここで、その後の結果が大きく変わります。

jr山手線車内刺傷事件の教訓|刃物を持った人間と遭遇したとき、生死を分ける「初動」とは?
BrianAJackson//Getty Images
※写真はイメージです。

警察官は至近距離から刃物で急襲されたときの対処法の訓練をします。そこで徹底的に叩き込まれるのも初動の動きなのです。

それは、モノで犯人の刃物を叩くことです。モノというのは、外出先では身につけているバッグや買い物袋などです。交番では、机の上にメモ板が置いてあることが多いのでそれらが使えます。

初動で最優先されるのは、相手の第一撃を防ぐことです。したがって、ここでの叩くという動作は攻撃ではなく防御を目的とします。その際に、攻撃の軌道から自分の体を外すことが重要です。とても高度な話になりますが、凶器を叩きながら自分の体を犯人に対して閉じて正面を見せないようにできると攻撃を受ける確率を下げることができます。

 相手の第一撃を交わしてもまた襲ってくる場合、基本的にはこの動きを繰り返すことになります。よほど武道の修練を積んでいる人でない限り、打突や投げで相手を制止しようとしないほうがいいでしょう。かえって危険です。

 私は警察官で武道経験があるので、いざとなったらタックルなどで相手を制止することも考えますが、一般の方は控えてください。アメリカの国務省が出しているテロ対策では「ラン(Run)・ハイド(Hide)・ファイト(Fight)」という原則が掲げられています。まず、走って逃げる、次に隠れて身の安全を確保する、そして、最終手段として戦うとしているのです。犯人検挙や正義のためにファイトすることは、絶対にやめてください。あくまで何もしなければ座して死を待つのみという状況になった場合のためのファイトです。欧州の国々では、「ファイト」を勘違いする人がいることを懸念して、「ラン・ハイド・テル(Tell)」と通報を呼びかけるだけで、攻撃は推奨していないくらいです。まずは逃げることを考えてください。

犯人から「伏せろ」と
言われたらどうする?

犯人に遭遇した瞬間に絶対にしてはいけないことが2つあります。

1つ目は、声をあげることです。悲鳴は押し殺してください。犯人のターゲットになりやすくなるからです。犯人を刺激することだけは絶対に避けてください。例えば、こう着状態になったときに説得を試みることも犯人にとって刺激となる恐れがありますので、やめてください。逆に犯人からの指示には従ってください。「床に伏せろ」と言われたら伏せてください。指示に反抗して犯人にストレスをかけることは避けましょう。

jr山手線車内刺傷事件の教訓|刃物を持った人間と遭遇したとき、生死を分ける「初動」とは?
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※写真はイメージです。

監禁状態で犯人と人質との間に信頼関係が発生する現象をストックホルム症候群といいます。電車内ではあまり起きないと思いますが、監禁状態で人質になってしまったときは、ストックホルム症候群を積極的に起こすようにしましょう。生存確率を上げることができるからです。しかし、その際も自分から信頼関係を築こうとしてはいけません。犯人を怒らせる可能性があります。ひたすら犯人の言うことを聞き、話しかけられたときだけ話すようにしてください。

2つ目は、背中を向けて逃げること。目の前に刃物を持った人間がいて一目散に逃げ出したくなるのは理解できます。しかし、それでは犯人の攻撃からも目をそらすことになります。背後から襲われると初動で最も重要な防御をすることもできません。凶器による攻撃が届く範囲にいる場合は犯人のほうを見ながら、後ずさりしてください。常に犯人を視界に留めていてください。犯人の攻撃範囲から出て、距離を取ることができて、なおかつ犯人が背中を見せたタイミングで逆方向に全速力で走ってください。

皆さんが刃物を持った人間に遭遇する可能性はかなり低いと思います。しかし、いざというときに備えておかないと、適切な対応を取ることができず、命を落とすことに繋がりかねません。犯人に遭遇しないための予防と遭遇した場合の対処法をしっかり押さえて、自分の命を守る行動をとってください。

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