90年代のミュージックシーンを代表するものと言えば、ロックバンド「ニルヴァーナ」であり、その中でも1991年にリリースしたアルバム『ネヴァーマインド』のジャケットほど象徴的なものはないでしょう。釣り針に引っ掛けた1ドル札を水中で追いかける赤ちゃんの姿は、ティーンエイジャーたちの部屋の壁やCDフォルダーにことごとく並んでいました。そして30年経った現在も世界中のプレイリストに定期的に登場し、その話題が尽きることなどありません。

このアルバムはニルヴァーナが製作した2枚目のアルバムであり、ビルボードチャートで1位を獲得し、驚異的な人気を集めました。彼らの音楽スタイルであるグランジを全米に広げた伝説的アルバムであり、『Smells Like Teen Spirit(スメルズ・ライク・ティーン・スピリット)』のような素晴らしい楽曲が収録されています。

また、ジャケットに映っている当時の赤ん坊であったスペンサー・エルデンさんは2021年8月に、このアルバム撮影でニルヴァーナは連邦ポルノ法に違反しており、また搾取されているとして訴えを起こし、話題となりました。

結果論でもありますが、この世界的に有名になった写真に対してエルデン家は「200ドルしか受け取っていない」と主張しています。とは言え、写真家のカーク・ウェドルさんも全工程での支払い総額は、「1000ドル未満だった」と言います。当時のニルヴァーナはゲフィン・レーベルと契約したばかりで、まだまだ世間一般的には無名のバンドだったのです。つまり、この『ネヴァーマインド』はすべてを変えたアルバムということになるのです。

アルバムジャケット撮影の舞台裏写真

数日前、ジャーナリストのPepo Jiménez(Twitter @kurioso)さんが、「史上最も象徴的な写真が撮影される直前の様子」とキャプションをつけて、ビートルズの伝説的アルバム『アビイ・ロード』のジャケットとその舞台裏写真を投稿。その9.1万以上の「いいね」をつけたスレッドで、『ネヴァーマインド』のカバーを再びタイムラインに登場させたのです。その中には、スペンサー・エルデンさんの母親が彼の人生を変えることになる「決定的瞬間」を前に、彼を水中で泳がせる姿が映っています。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

30年後の現在、『ネヴァーマインド』のジャケットは簡潔で見事なデザインとして私たちの目に映っています。誕生の希望と成功の罠が同居する素晴らしい雰囲気…。このアルバムがカート・コバーンと彼のバンドの成功、そしてカート・コバーンの悲劇的な最期を早めたことを考慮すれば、予言のようなものであったとも考えられます。

本当は水中出産の様子を
カバーにしたかった

しかし当初、カート・コバーンは水中出産を撮りたいと考えていたようで、彼の意図とは違った仕上がりになったのは事実です。「カートは、壮大な計画や伝えたいメッセージを持ってやってきたわけではなかった」と、ゲフィン・レコードのグラフィック・アーティストであるロバート・フィッシャーさんは数年後に語っています。「あるステップが別のステップにつながり、さらにそのまた別のステップにつながるといった感じでした」とも言います。

カートの最初のアイデアは、ほとんど実現不可能でした。そこで水中出産というアイデアに代わるグランジのレコードのようなインパクトのあるフックが、もうひとつ必要だったのです。

「カートは赤ちゃんが水中に浮かぶ写真にさらなるインパクトを与えるため、フックをつけることを思いついたのです」とフィッシャーさんは言います。「どんな楽しいことができるかを考えながら、午後のひとときを過ごしていましたね。他のアイデアの1つに、レアステーキのような肉片にするってのどうか? というアイデアもありましたね。あるいは音楽を象徴するCDとか…。実際、誰が言い出したのかは忘れましたが、ドル紙幣に関してはみんなカッコイイと思っていましたよ」

そのラフデザインをもとに、当時、水中写真で名を馳せはじめていた写真家カーク・ウェドルさんを採用したということ。ですがウェドルさんは、このプロジェクトに懸念を抱いてもいました。

その懸念とは…そこでモデルとなったスペンサーさんが数十年後、訴訟を起こすであろうといったものではなく、その撮影現場でのこと。赤ちゃんをそのまま水没させることに、「自分のせいで溺れさせたくなかった」と2019年に「The Guardian」紙に語っています。

そうして撮影アイデアが絞られたのちにはセキュリティ対策とともに練られ、あとから写真にフックとメモを挿入して作業を簡略化することが決まると、あとは被写体となる子どもを探すだけです。そこでウェドルさんは、友人のエルデン夫妻に連絡を取りました。エルデン夫妻にはちょうどその頃、スペンサーさんが生まれたばかりだったのです。

象徴的な写真の唯一の問題点

カリフォルニア州ロサンゼルス郡パサデナにあるアクアティックセンターでの撮影は、わずか5分。数回に分けて25枚の写真を撮ったところで、スペンサーさんが泣き出してしまいセッションは終了となったということ。ウェドルさんは、「いいショットを撮れたことはわかっていました。あとはレーベルにOKにもらうだけでしたが、問題は図らずもスペンサーさんの幼いペニスが見えてしまったことです。写真の中で、とても目立っていましたので…」と、後にウェドルさんは言っています。

nevermind, nirvana
Kirk Weddle

無名バンドのジャケットが、何十年か後に訴訟を起こされるかもしれないなど、当時は誰も思いもしなかったのでしょう。写真は受け入れられ、最後にフィッシャーさんは、『ネヴァーマインド』のタイトルを水中のように波打つ文字で取り入れました。

あとは皆さんもご存じの通りの歴史を歩んでいきます。スペンサー・エルデンさんの肖像画とともにアルバムは全世界で3000万枚を売り上げ、今日では水中で遊ぶ赤ん坊を見ると『ネヴァーマインド』のジャケットを思い出さずにはいられません。

最後に、ウェドルさんが水中で撮影したニルヴァーナのメンバーたちをご覧ください。

nevermind, nirvana
Kirk Weddle

Source / ESQUIRE ES