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カート・コバーンの激動の人生を秘蔵写真で振り返る

薄汚れていて激しくて、そして美しい…。グランジのレジェンドの活躍と栄光を思い返しましょう。

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カート・コバーンの激動の人生を秘蔵写真で振り返る
Getty Images

 1990年代の音楽シーンを牽引したレジェンドとの別れは、あまりにも突然に訪れました。帰らぬ姿で発見されたのは1994年4月8日、死亡推定日は4月5日。

 カート・コバーンはわれわれに、さまざまな方向から人しての在り方を教えてくれました。それはある時は鑑となり、そしてある時は反面教師になってくれました。ロックスターでありアイコンであり、そして父親でもあり…。そこにはすべて、彼なりの美学を表現していました…。

 1994年に早すぎる死を迎えるまで、カートの影響はアメリカのみならず、ヨーロッパやアジアにも広がっていきました。音速のように過ぎ去ったカート・コバーン活躍の記憶。ここでは、出演したステージやバックステージなどで収められた秘蔵写真と共に、彼が残したソニックブームのような姿から再び衝撃波を受けてみてください。

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1986年5月、カート・コバーンはスプレーで落書きをした罪で、ワシントン州のアバディーン警察に逮捕され留置所へ。

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Getty Images

1987年にカート・コバーンは、クリスト・ノボセリックとアーロン・バークハードと共に、オルタナティブロックバンド「ニルヴァーナ」を結成(バークハードは後に脱退)。そうして1990年代における、オルタナティブロックとグランジムーブメントシーンの中心へと躍り出ることになります。

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Mark and Colleen Hayward/Getty

1990年、ワシントン州シアトルで撮影されたニルヴァーナのグループポートレート(左から、カート・コバーン、チャド・チャニング、クリス・ノボセリック)。1990年にデイブ・グロールが加入するまで、ドラマーがなかなか固定できず、チャニングは2番目のドラマーでした。

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1990年、ゲフィン・レコード傘下の音楽レーベル「DGC Records」と契約。1年後に発表したセカンドアルバム『Nevermind(ネヴァーマインド)』に収録された「Smells Like Teen Spirit(スメルズ・ライク・ティーン・スピリット)」で、大きな成功を収めました。

 
Michel Linssen//Getty Images

1991年、オランダのヒルバーサムスタジオで録音中のカート・コバーン。カートが子どもの頃に夢中になった音楽は、「ビートルズと1970年代のハードロックとメタルバンドだった」と言われています。

 
Michel Linssen//Getty Images
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Getty Images

1991年、カリフォルニア州ロサンゼルスにあるフォーラムで、ライブを行った際のカート・コバーン。バンド名である「ニルヴァーナ」は、カートが「痛み、苦しみ、外界からの自由」と表現した仏教用語の「涅槃の境地」に由来します。彼はしばしば宗教的な要素とイメージを、作品内に忍ばせていました。

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1991年11月、東京都内のホテルでのカート・コバーン。ニルヴァーナを結成する前のカートは、高校を中退して「フィーカル・マター」というバンドを組んでいました。

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1991年11月5日、イギリス・ロンドンのアストリアシアターでステージに上がるカート・コバーン。「Smells Like Teen Spirit」で成功を収める前、観客動員の少なさと自分たちらしさを維持することに苦しんでいました。

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1991年、ベルギーのハッセルトで毎年開催される音楽フェス「プッケルポップ」に出演したときのカート・コバーン。商業的な成功がピークに達した際90年代初頭、多くの人はニルヴァーナをジェネレーションX世代を代表するバンドと見なし、カートは世代のスポークスマンへと祭り上げられていきます。

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Paul Bergen/Getty

1991年、ライブパフォーマンスでのカート・コバーン。

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1992年には、フランス・パリで公演。いくつかの世界ツアーがキャンセルとなり、2枚のアルバムをリリースした後、「ニルヴァーナ」は3枚目となるスタジオアルバム『In Utero(イン・ユーテロ)』をリリースしました。

このアルバムは、商業的には大成功となった前作『ネヴァーマインド』から、よりアンダーグラウンドな世界観への回帰を目指してつくられました。カートの意向により、内省的かつ暗い世界観が貫き通されている作品に仕上がっています。

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Getty Images

ニルヴァーナの音楽スタイルとサウンドは、静かな詩と大声で重いコーラスのコントラストが特徴として挙げられます。

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1992年、「1992 MTV ビデオミュージックアワード(1992 Video Music Awards)」のカート・コバーン。

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1992年、北アイルランドのベルファストで演奏するカート・コバーン。彼の数あるアイコニックなスタイルの中でも特に注目を集めたのが、この写真のようなシルクプリントのパジャマシャツでした。

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1992年、イギリスのレディング・フェスティバルのバックステージでのカート・コバーン。キャリアを通じて、ブロンドの髪をミディアムからロングの長さにしていました。

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1992年、イギリスのレディング・フェスティバルに出演したユージン・ケリーとカート・コバーン。コバーンは、ケリーと彼のバンド「ザ・ヴァセリンズ」の大ファンでした。

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Mick Hutson/Getty

1992年に開催されたイギリスのレディング・フェスティバルでは、NYのヒップホップグループ「パブリック・エネミー」やイギリスのオルタナティブバンド「ワンダー・スタッフ」と並び、ヘッドライナーを務めました。

音楽

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