音楽プロデューサーとして1980年代から活躍を続ける小林武史さん。2000年代以降は、社会問題へのコミットの姿勢をより鮮明に打ち出した活動にも精力的に取り組んでいます。活動の例を挙げれば、環境に配慮したプロジェクトへ低金利で融資をするために立ち上げた非営利団体「ap bank」、それを通じたボランティア活動。さらに東日本大震災被災地への復興支援活動、被災地支援の一環として行われる総合祭「Reborn-Art Festival(リボーン・アートフェスティバル)」、農業法人「耕す」の設立に、サステナブルファーム&パーク「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」のオープンなど。ここではその全てを書き切れないほど、複雑多岐にわたります。

そうして現在は「千葉県誕生150周年記念事業総合プロデューサー」も務め、その記念事業の一環として「百年後芸術祭」が行われています。これは、アート・テクノロジー・音楽・食・学びを通じて、百年後を一緒に考えていこうとする芸術祭です。

ennichiba
Munenori Nakamura
「円都LIVE(エントライブ)」の会場となった「クルックフィールズ」では、食と音楽と学びの新たな食体験をテーマにしたイベント「EN NICHI BA(エンニチバ)」も開催。

2023年10月21日(土)には「百年後芸術祭~環境と欲望~内房総アートフェス」(以下、「内房総アートフェス」)の特別イベントとして、千葉県木更津市に小林さんがプロデュースしたクルックフィールズで「円都LIVE」が開催されました。このライブのベースとなるのは、小林さん率いるクリエイター集団「Butterfly Studio(バタフライ・スタジオ)」によるライブアートパフォーマンス「en Live Art Performance」。今回はその座組の上で、盟友・岩井俊二監督とのコラボレーションイベントという位置づけです。

参加アーティストは、現在上映中の映画『キリエのうた』で主役 Kyrie(キリエ)を務めるアイナ・ジ・エンド。さらに映画『リリイ・シュシュのすべて』(2001年)でLily Chou-Chou役で音楽プロジェクトに参加したSalyu、そして映画『スワロウテイル』(1996年)に登場したYEN TOWN BANDのボーカリスト、グリコ役を務めた Chara。そう、それは小林さんが岩井俊二監督とコンビを組んだ3作の音楽世界が、時間軸をまたいで出合う一夜限りの特別な宴です。

「アートが想像力をつなぎ、世界に足りないものを補っていく力があると感じた」と話す小林さんのもとを訪ね、現在の活動そしてその文脈の中で、音楽とアートが果たせる役割についてお話をうかがいました。


きっかけは「9.11」だった

Esquire:今回の内房総アートフェス は、「環境と欲望」という副題を冠しています。持続可能な社会の実現や地域社会のつながりや営みなど、小林さんの現在の活動の中枢をなすキーワードでもありますよね。

小林武史さん(以下、小林さん):そうですね。東日本大震災や温暖化問題、コロナ禍などを経て、僕らは自然の一部であることを感じずに生きていくことはできなくなりました。そもそも「循環」に対して自覚的に考えるようになったきっかけは、2001年のNY同時多発テロでした。あの事件は政治経済やエネルギーなど、私たちの暮らしと関わり合うなかで起きていました。

坂本龍一さんは「非戦」を念じ、争いを連鎖しないことをうたい続けました。あれから20年以上の月日が経ちましたが、イスラエルとハマスの衝突・戦闘といった例を挙げるまでもなく、残念ながらこれは現在も全く通じてしまいます。

百年後芸術祭
Munenori Nakamura
オープニングアクトにKyrieを迎えた「円都LIVE」開演直前。のどかな里山に日が暮れていきます。

Esquire:2003年には、環境に配慮したプロジェクトを支援する「ap bank」を立ち上げるわけですが、とは言えまだ2000年代初頭…音楽プロデューサーとしてもまさに、多忙を極める中での活動になったかと思いますが…。

小林さん:僕がプロデュースするアーティストや、時には僕自身が表舞台によく登場するようになったのは1990年代のことだったと思いますが、当時は日本の音楽産業自体が経済的にも恵まれていた時代でした。

コンピューターやテクノロジーを駆使して合理性を重視するような曲づくりが暴走する中--僕らは「初期衝動」と呼んでいましたが――60年代や70年代の音楽の豊かな文化が花開いていった頃に一度立ち戻るような感覚を、しっかりと捕まえることを意識しながら音楽に向き合っていました。それは音のつくり方にしても、曲の在り方にしても。

60年代や70年代は、それまで続いていた奪い合うことに一度ピリオドが打たれた時代です。僕や『スワロウテイル』をつくった岩井(俊二)さんもどこか、そんな時代へのオマージュのように当時活動していた部分はあるかもしれません。

クリエイティブを信じ続ける

Esquire:90年代はファンにも応援され、大きなムーブメントがいくつも誕生した時代でもありますが…。

小林さん:これはさまざまな捉え方が可能なのですが、言うまでもなくファンの方々は大切ですし、脈々と時間を積み重ねてファンと共に生きていこうとすることもあります。ただ、それだけに留まらないこともある。

僕の場合、ファンの方々との間に存在するつながりだけでなく、クリエイティブがもたらす新たな扉をなんとかこじ開けようとし続けています。その点においては、明確に分け隔てられているものの境界線を突破しようとすることなのだと思います、僕がずっと諦めていないことって。

小林武史さん
Munenori Nakamura

Esquire:千葉県誕生150周年記念事業では、総合ディレクターを務めているアートディレクター・北川フラムさんが以前参画した「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」を訪れた小林さんは、「危うい未来に対しての問いかけを、アートを通じてこんなに見事に実践している人がいることに感動した」とおっしゃっています。

そういった実体験、ひいては被災地支援の一環で始めた「リボーン・アートフェスティバル」で得たアートへの手応えから、芸術祭へと徐々にアプローチを進められるわけです。が、今回の内房総アートフェスにおいては、「バタフライ・スタジオ」というクリエイター集団(※編集注:音楽・映像・ダンス・光・ドローンをはじめとするテクノロジーを融合させたライブアートパフォーマンスを行う)の必然性が特に際立っていると思います。先ほどの「クリエイティブがもたらす新たなる扉」というお話ともつながりますが、この辺りの発想は以前から温められていたのでしょうか?

クルックフィールズ、草間彌生
Munenori Nakamura
「クルックフィールズ」には、草間彌生やカミーユ・アンロ、ファブリス・イベールなど、数々のアーティストによる作品が並びます。丘の上に光が灯っているのは、宿泊施設の「cocoon」。
クルックフィールズ、地中図書館
Munenori Nakamura
クルックフィールズの人気施設のひとつが、洞窟のように横たわる「地中図書館」。

小林さん:百年後芸術祭は、東京湾を挟んで首都と対峙する千葉県内房総エリアで開催されます。他の多くの芸術祭と違って都心へのアクセスが良い反面、都心部から離れる距離的な特異性を生み出すことはできません。そこで現代の最先端のクリエイター陣によるテクノロジーを、という思いはずっとありましたし、その中で誕生したのが「バタフライ・スタジオ」です。テクノロジー、特にドローンを駆使した映像づくりを行います。

それも「クルックフィールズ」というベースがあるからこそのこと。コロナ禍にap bank fesの無観客ライブをやったのもここですし、2年前にYEN TOWN BANDのライブも行っています。あと、クルックフィールズは私有地なので、ドローンを飛ばす上でも制約もほぼありません。ですが、AIの集合体であるドローンは使い方次第で殺人兵器にもなり得てしまう事実は、先のウクライナとロシアの戦争でも突きつけられた事実でもあります。そういったことも何かの手段で、伝えていきたいと思っています。

時代をこえて、またつながる

Esquire:今回のライブタイトルにもなっている「円都」は、映画『スワロウテイル』に登場した架空の都市名でもあり、そのとき美術演出を務めた種田陽平さんが、今回のライブの舞台美術に名を連ねています。1996年公開の映画なので、27年の時を経て今再び表現されるわけです。言うならば、それもある種の循環のひとつのようにも見えてきてしまいますが。

小林さん:とは言え、今日のライブは決して哀愁に基づいたものにはならないはずです。舞台演出には種田さん、映像には柿本ケンサクさんなど、各分野でも錚々(そうそう)たる才能たちに入っていただいていますが、彼らを語るときに僕はいつも「新しいバンド」という言い方をしています。

というのも、これだけの才能が集まる中で、クリエイティビティのセッションが起こるような「バンド感」を大切にしたいんですよね。みんな激務の中、空いた時間を縫って何度もここ(千葉県木更津市)まで来てくれています。別に契約があるわけでもなく、みな手弁当ですよ。ちょっと面白いことが起こり始めています。

kyrie(キリエ) アイナ・ジ・エンド
Takao Iwasawa
辺り一面が青紫色に染まるマジックアワーの中、オープニングアクトを務めたのがアイナ・ジ・エンド。Kyrieとしてアルバムリリース後、初のライブステージでした。
lily chou chou
Takao Iwasawa
壮大な世界観の中にオーディエンスを招き入れたSalyu。
chara
Takao Iwasawa
円熟味を増したChara(YEN TOWN BAND)。貫禄すら漂うステージングで、場の雰囲気を支配しました。

例えば今回のステージは上空から見ると、「仮面」に見えるようなセットデザインとなっています。いま社会は、「個の自由」というものに対して極めて寛容です。しかし、「もっと自由で豊かになれるよ」と言われたところで、実際そうは問屋が卸(おろ)しません。都市の中で生活をしていても個人がセパレートされ、孤独感みたいなものに苛(さいな)まれることもあるでしょう。

例えば顔認証やマイナンバーカードなどに代表されるように、個を示すことはとても簡単ですが、その一方でいわゆる自己責任というものが重くのしかかってくる。舞台上の仮面には、そういった時代を生きていることであったり、「多くの人が未来に対して安心できていないのではないか」ということへの問題意識を表現したものでもあります。

円都live
Takao Iwasawa
バタフライ・スタジオによるドローンを使った演出。冷え込んだ丘陵地の夜空に、煌(きら)びやかな無数の星が浮かびます。

Esquire:今日のライブは、映画『キリエのうた』公開記念の特別なステージとなります。映画を観終わった後、アイナ・ジ・エンドさん演じるKyrieの歌声の脳内ループが止まりませんでした。あの、せつなくて行き場がない…でも、どこまでも届きそうな伸びやかな歌声が常に鳴っているようです。

小林さん:『キリエのうた』の映画音楽を監修し終えて、いま振り返ってみると、やっぱりアイナ・ジ・エンドの存在なんですよね。置かれた状況の中で求められるものをしっかりと理解して、それをカバーしたうえで、その先に自分が本当に目指すことを見つけられるという姿勢。それはちょっと、今までの僕世代でたどってきたクリエイターの姿を超えたものでもありました。

今日のライブもKyrieとしてアルバムリリース後、初のライブステージですし、大事なプロセスのひとつ。今日初めてここでリハーサルをやりましたが、その内容たるや…。すごかったですね。「リハだから、全部を込めないで。少しブレーキを踏みながら」と伝えても、彼女の中でセーブできない何かがどうしても入ってきてしまう。それは、さまざまな思いや場の力、新たな才能同士の出会いとの共鳴によるものでもあるわけです。

やっぱり、何かと出合って化学反応が起こることに、クリエイティブの本来の姿が宿るわけです。彼女自身にとってもこれから、すごいことが起こる予感もしています。今回は「円都LIVE」としてChara、Salyu、アイナ・ジ・エンドを招いたイベントとなりましたが、こういった音楽やアートと豊かなクリエイティブが出合う場づくり・つながりづくりを、今後の内房総アートフェスで進めていくつもりです。

小林武史さん
Takao Iwasawa

■PROFILE
こばやしたけし/音楽家。80年代から現在まで数多くのアーティストプロデュースや映画音楽を手がけ、日本の音楽シーンを牽引する第一人者。Mr.Childrenの櫻井和寿氏、坂本龍一氏と非営利団体「ap bank」を立ち上げ、野外音楽イベント「ap bank fes」実施の他、東日本大震災後は復興支援活動に従事し、芸術祭「リボーン・アートフェスティバル」を立ち上げるなど、さまざまな活動を行う。エネルギーと食の循環を体現できる「クルックフィールズ」を始めるなど、サステナブルな社会への取り組みを続けている。

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小林さんが総合プロデューサーを務める内房総アートフェスは、千葉県市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市を舞台に、千葉県誕生150周年事業の一環として開催されています。

今回の「円都LIVE」をはじめ、関連イベントやパフォーマンスは2023年9月30日~2024年5月5日(日)までの不定期開催となり、11月5日(土)には「en Live Art Performance」「EN NICHI BA」が開催されます。今後のイベントに関する詳細を百年後芸術祭公式サイトへ。イベントの告知は頻繁に更新されています。

アート作品の展示期間は2024年3月23日(土)~5月26日(日)までの予定です。

百年後芸術祭公式サイト