“悲しい曲”が
Z世代のトレンドに

では、ちょっと試してみましょう。Spotifyのアカウントを持っていたら、ログインして検索欄に「sad(悲しい)」と入力してみてください。検索結果には何が表示されたでしょうか? 筆者のアカウントでは、「Sad Crying Mix(泣ける悲しい曲)」「Lonely Sad Mix(孤独なときの悲しい曲)」「Crying Myself To Sleep(涙で眠りにつくときの曲)」「悲しみのバップ(Sad Bops)」などのプレイリストがずらりと表示されました。

そして、その各トラックリストにはSZA(シザ)とフランク・オーシャンの曲が大量に入っている…。そこで私は、そのコンセプトにピンときました。そう、アルゴリズムは正確に機能しているのです。

私が何を聴きたいかをしっかり把握していますし、あなたが何を聴きたいかもおそらく理解してくれるでしょう。各ユーザーの傾向を把握するためにSpotifyは、ユーザーが聴く音楽傾向を追跡していることは事実であることが確認できます。

これはThird partyの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

そして2023年は、(少なくともZ世代の間では)“泣ける曲”が大流行しているようです。SpotifyのデータではZ世代がこぞって検索しているワードは、ずばり「sad(悲しい)」だというのですから…。何を隠そう、同じくZ世代である著者の私もやはり、「Sad Bops」は何度も聴いたことがあります。でもそれは「まあそういうときもある」という程度であって、「Z世代全体に広がっている傾向ではない」と思っていました。

当然、この謎について調査しないわけには…。

とは言え、私の考えでは「Z世代が特に悲しくなるような問題を抱えている」とは思えません。テクノロジーに通じ、野心的で、政治にも関心を持ち、正直に言って面白い世代です。そのZ世代に刺さる音楽が“悲しい曲”というのは、どういうわけでしょうか? Z世代が陰うつな雰囲気の曲を愛する理由を解明するため、音楽心理学の専門家であるマイケル・ボンシャー博士に話を聞きました。

ボンシャー博士は今年、プレイリスト「Bummer Summer(ノリノリではない夏)」の導入にあたり、Spotifyと提携しました。そのデータを分析した結果、Z世代はリラックスするための音楽として、悲しい音楽をよく使うことがわかりました。世界全体の状況を考えれば、それも納得がいきます。日々、ラナ・デル・レイの音楽が、私たちを救ってくれているのかもしれません。

ここからは、“悲しい曲”を定義する要素や悲しい音楽を聴くことの心理的なメリット、またこうしたZ世代の音楽の傾向を心配する必要がない理由について、ボンシャー博士に聞いていきます。


音楽心理学の専門家が語る
“悲しい曲”が好まれる背景

ESQUIRE:正確には、どんな曲が“悲しい曲”に分類されるのでしょうか?

マイケル・ボンシャー博士:“悲しい曲”の明確な特徴は、テンポです。テンポは結構遅く、60~70BPM(Beats Per Minute。1分間に打つ拍の回数を示したものでテンポを表す単位)ほどで、ちょうどリラックス状態にあるときの心拍数くらいです。また、“悲しい曲”はあまり激しくない傾向があります。音量の変化も多くなく、「メロディック」ともいうべき穏やかさがあります。つまり、「曲調が急に高くなったり低くなったりせず、いい感じに安定している」という傾向があります。

もう一つの傾向は、「“悲しい曲”は、楽器や声のトーンがよりメロウ(柔らかく穏やか)で、これ自体にリラックス効果がある」ということです。悲しい曲をつくるときには短調のメロディーが多いのですが、少し明るく聞こえることが多い長調も使われることがあります。“悲しい曲”の解釈は、歌詞とその音楽の関係に基づくものです。大きな違いを生むのは、やはり歌詞ですね。

american express presents bst hyde park adele
Gareth Cattermole//Getty Images
「ここ1週間、ずっと『Someone Like You』が脳内再生されていました。この曲を聴くと、落ち着いた気持ちを保てるような気がしますよね」と、マイケル・ボンシャー博士は話しています。

ESQUIRE確かにそうですね。今、Z世代に共鳴している“悲しい曲”にはどんなものがあるのでしょうか?

ボンシャー博士:現時点では、かなりありますね。Spotifyが私のプレイリストでおすすめしてきたアーティストの1人は、d4vd(デイヴィッド)でした。彼の楽曲はとても内省的です。私は彼の 『Here With Me』という曲を聴くのが好きなのですが、彼の歌詞は私たちが時折抱く、いつもより気弱な感情や陰うつな気分を代弁してくれています。彼が書く歌詞はとてもストレートで、聴く人はそこに自分自身を投影できるのです。

これはThird partyの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

ESQUIREそれはチェックしなくては。ところでSpotifyの調査によると、Z世代はかなり悲しい気分なのか、少なくとも悲しい音楽にことのほか関心があるようです。なぜでしょうか?

ボンシャー博士:Z世代が“悲しい曲”を求めているからといって、必ずしも悲愴な気分でいるわけではないと思います。悲しい曲を聴く理由は他にもあるのです。それはメロディーであったり、リラックスできるリズムであったり…。ただ、Z世代が他の世代よりも悲しい曲を聴く傾向が強いのには、いくつか理由があります。

まず、Z世代は物心ついたときからテクノロジーを使いこなしながら成長してきたので、それが彼らの社会生活の中心となっているのです。世界について知りたいときも、問題を解決したいときも、そしてアドバイスが欲しいときも、彼らはテクノロジーを駆使します。また、自分自身の感情に対する意識が強く、Z世代の間には非常に共感的な空気がある。そして彼らは当然、以前の世代ではできなかったような方法で、聞く音楽をカスタマイズすることにも慣れています。

つまり、彼らは自分の気分に合わせて、あるいは自分がやっていることをサポートするために音楽も自分仕様にすることができるのです。そうすることで、感情を表現したり解放したりしながら楽しむことができ、また誰かに合わせて歌うことでカタルシス(気分の浄化)を体験できるのです。

ESQUIREカタルシスという点は興味深いですね。それでもやはり、Z世代が夏でも悲しい曲を求めるのは不思議な気がします。

ボンシャー博士:とある調査によると、「Z世代は自分自身の心と向き合い、自分の考えや言動について省みる」――つまり、とても内省的な傾向があることがわかっています。他の世代もそうだとは思いますが、Z世代は特に帰属意識を求めているのです。ですから、夏だからといって自身の気分を反映する音楽を聴くことをやめたりはしないのです。なのでZ世代の間では、一年を通してトレンドになっているのだと思います。

一年中、私たちは自分の感情をサポートするために音楽を利用することができます。ある気持ちを持続したいなら、それを強化するような曲を選べばいいのです。気分を変えたいのなら、音楽で変えることもできます。繰り返しになりますが、“悲しい曲”を聴いているからといって必ずしも悲しい気分だというわけではありません。リラックスしたい気分ということでもあるのです。

ESQUIREなぜ“悲しい曲”には、リラックス効果が期待できるのでしょう?

ボンシャー博士:「ゆったりとしたテンポが、人間の身体に一定の鎮静効果をもたらす」と考えられます。ゆっくりと深い呼吸をしていれば、私たちはリラックスし始めます。また、「私たちの身体と心は音楽のテンポに反応するようになっている」とされています。つまり、身体が音楽に同調するということになるでしょう。

呼吸と心拍数がゆっくりになると気分が楽になり、悲しい音楽を聴くとポジティブなホルモンも分泌される。音楽に合わせて歌ったり聴いたりすることで、「エンドルフィン(鎮痛・鎮静作用や気分の高揚感をもたらすとされるホルモン)」が分泌されるという研究結果もあるのです(参照:McGill University|Musical chills: why they give us thrills)。

また、Spotifyのようなストリーミングサービスでは「他の人が何を聴いているか?」を意識することで、コミュニティーの一員としての感覚が生まれ始め、音楽を媒介とした帰属意識がさらに高まることが予想できます。そしてそのこと自体で、「愛着や絆を深めるホルモンである『オキシトシン』を分泌させる」とも考えられています。

もう一つは、「“悲しい曲”を聴くことで『プロラクチン』というホルモンが分泌される」ということです。「プロラクチン」には心地よさをもたらしてくれるとされています。悲しい音楽を聴くことで感情面だけでなく、肉体的、精神的な面でも身体が修復されるという効果が期待できます。

ESQUIREそれなら、一種の自己鎮静行動のようなものでしょうか?

ボンシャー博士:そうです。私たちがいつもやっているようなことですよね?

2014 bonnaroo arts and music festival day 3
Filmmagic//Getty Images
「自分自身を表現したくて悲しい音楽を聴くのと、悲しい感情に入り込み過ぎて多くの時間を費やしてしまうのとは違います」と、ボンシャー博士は語ります。

ESQUIRE:ならば、Z世代が悲しい音楽を好むことでメンタルヘルス的な心配をする必要はないと言ってもいいのでしょうか?

ボンシャー博士:ええ、心配ないと思います。Z世代が“悲しい曲”を好むのは、彼らが内省的であることの表れであって、彼らは自身をサポートするために音楽を使っていると解釈していいでしょう。そして、ほとんどの人は意外に思うかもしれませんが、「悲しい音楽はポジティブな効果をもたらす」ということもわかっています。ですから、Z世代の精神面のウェルビーイングに、むしろ良い効果が期待できるのです。

ESQUIRE本当に?

ボンシャー博士:ええ。必ずしもZ世代が悲愴感を持っているわけではありません。ただ、悲しいときに「プロラクチン」が分泌し始めたら、良い意味で泣くことができるのです。このようにして流す涙はさまざまな感情を吐き出してくれるもので、前に進もうとする個人を後押しするものでもあります。何も心配することはないと思いますよ。

ESQUIRE悲しい曲”をあまりに多く聴き過ぎることの弊害などは、ありませんか?

ボンシャー博士:自分自身を表現したくて悲しい音楽を聴くのと、悲しい感情に入り込み過ぎて多くの時間を費やしてしまうのとは違います。ですが、ほとんどの研究で悲しい音楽を聴くと気が紛れることがわかっています。これを裏づけるのは主に、心理学者のミハイ・チクセントミハイ氏が提唱した「フロー理論」です。「フロー」とは、スポーツにおけるいわゆるゾーン状態のようなものです。「フロー状態にあるときは、何をしていても完全に没入している」とされています。

音楽を聴くことはまさに、フロー活動と言えます。音楽は私たちの気持ちを晴らし、少し歪んだ時間感覚を創出できるはずです。例えば退屈しているときに音楽に没頭すると、時間が早く進んだような感覚になりませんか? ある曲の世界に入り込めば入り込むほど、私たちは自身の感情よりも音楽的な要素に集中するというです。

水曜日のサッドソング
DreamStudio

ESQUIRESpotifyのデータによると、“悲しい曲”が検索されるのは主に水曜日だそうです。その理由は何でしょうか? 水曜日に何が…?

ボンシャー博士:多くの人の労働パターンがまだ月~金曜日だとすると、水曜日になる頃には週末が恋しくなるのでしょう。ですが、次の週末まではまだまだ時間はある…。そこで「フロー」という考え方に戻ると、例えば音楽を聴くなど、ある活動に没頭することであっという間に時間が過ぎていく感覚に浸ることができます。それが理由なのではないでしょうか。

ESQUIREリラックスしたいときは、どんな悲しい音楽を聴きますか?

ボンシャー博士:好きな曲のスタイルは幅広いですね。クラシックを聴くこともあります。ちょっと高尚ぶっているように思われるかもしれませんが、ベートーベンの交響曲第7番の2楽章は葬送行進曲のような雰囲気で、心地よく、何時間でも聴いていられます。鎮静効果があるんです。ポップスではありきたりなようですが、私がよく聴くのはアデルです。

ESQUIREなるほど。アデルはまさにそうですね。

ボンシャー博士:ここ1週間はずっと、「Someone Like You」が脳内再生されていました。この曲を聴くと落ち着いた気持ちを保てるような気がしませんか? アデルなら、ほかには「Make You Feel My Love」とか…。

これはThird partyの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

ESQUIREこれらは、確かに心の叫びを吐露する曲ですね。

ボンシャー博士:まさにそうです。こうした曲は聴いていて疲れることもないですから…。

source / ESQUIRE US
Translation / Keiko Tanaka
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です