アメコミファンにとっては、信じられない事態(時代)と言っていいでしょう。

行きつけのアメコミショップの値引き品コーナーにあったコミックが、世界一の興行収益を上げるような映画になるわけですから…。わずか10年間で、スーパーヒーロー映画は批評面・興行面の両方で驚くべき成功を収め、現代の文化について語るうえで欠かせない、一大勢力となりました。にもかかわらず、ハリウッド最高の名誉は、これらの映画から距離を置いてきたのも事実です。

このような状況は、2019年1月22日(米国時間)に一変しました。

ライアン・クーグラー監督の大ヒット映画『ブラックパンサー』が、アメコミ原作のスーパーヒーロー映画として初めてアカデミー作品賞にノミネートされたのです。この映画は2018年の米国興行収入で1位となったほか、マーベル・シネマティック・ユニバース(以下、MCU)の映画として初めて黒人の監督と主役が起用され、主なキャストたちも黒人という画期的な作品でしたが、作品賞ノミネートで新たな金字塔を打ち立てました。

これより以前、アカデミー作品賞ノミネートに最も近づいたスーパーヒーロー映画は、クリストファー・ノーラン監督が手がけたバットマン映画『ダークナイト』(2008年公開)でした。この映画は公開当時、そのリアリズムと残酷さでスーパーヒーロー映画というジャンルを再想像する作品として称賛され、その後のスーパーヒーロー映画の鑑賞や製作のあり方に大きな変化をもたらしました。

ダークナイト』は同年の作品賞の有力な候補でしたが、結局8部門にノミネートされながら、そのほとんどが技術的な部門でした(『ダークナイト』が冷遇された後、アカデミー賞は作品賞の枠を5作品から10作品に増やしました)。

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『ブラックパンサー』は、スーパーヒーローの全く新しいコンセプトを打ち出し、傑出した作品となりました。この映画は、2人の白人男性が作り出したキャラクターと世界観を黒人中心の製作チームと監督、キャストたちの手に委ねました。クーグラーの手による本作は、MCUの枠には収まっているものの、アメコミ作品が映画化されるときにしばしば失われる主題の深みがあります。

『ブラックパンサー』は確かにスーパーヒーロー映画ですが、植民地主義や君主制、分離主義、家族といった様々なテーマに関する物語でもあります。この映画は、コミック作品がまさに現代社会と通じる物語の器になり得るということを示す完璧な見本と言えるものであり、その結果、幅広い観客から共感を集めたのです。

スーパーヒーロー映画がアカデミー賞争いで苦戦する一方で、SFやファンタジーといったジャンルの記録的大ヒット映画がしばしば歓迎されることは少し奇妙に思えます。

典型的な例は『ロード・オブ・ザ・リング』3部作や『アバター』、『インセプション』、『メッセージ』のような映画ですが、いずれも作品のトーンについても技術力についても、スーパーヒーロー映画が見劣りすることなどないのですから。

アカデミー賞での冷遇は、「漫画はより程度が低く、くだらないエンターテインメントである」という数十年におよぶ思い込みに根ざしているようです。

でも、これは全く違うのです。

少なくとも1940年代〜50年代以降、アメコミでは実際にあった犯罪が描かれ、スーパーヒーローの物語を通して、移民や人種、抑圧、扇動政治家の危険性といった重要なトピックを扱い、常に時代を先取りしてきました。漫画にはより低い地位がふさわしいという認識は、フレデリック・ワーザム氏による1954年の書籍、『Seduction of the Innocent』にまで遡ることができます。

この本は多くの社会的問題の責任を漫画に押し付けるもので、米国中のファンたちに激しい憤りをもたらしました。使い捨て的に読むことができる4コマ漫画や漫画本の性質もまた、一般の本が知的に優れたものだというイメージを強めたわけです。

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この誤った認識は、コミックを原作とする映画にも引き継がれました。

イーサン・ホークはインタビューの中で、高評価を得たヒュー・ジャックマンの『LOGAN/ローガン』について、「スーパーヒーロー映画としてはよかった」としつつも、映画としての質については疑問視したことで物議を醸しました。

「『LOGAN/ローガン』が素晴らしい映画とする評判には、少々問題がある。確かに素晴らしいスーパーヒーロー映画だが、タイツを着て両手から金属を出すような人々の物語にすぎない。ブレッソンでもベルイマンでもない…」とホークは、2018年エンタメメディア「フィルム・ステージ」のインタビューの中で語っています。

まったく釣り合わないものを並列に論じる彼の言い分は、実に奇妙なものです。しかしながら、アメコミ映画が他の映画と競合するようになると、このような論法が出てくるわけです。

これは、ワーザム氏が数十年前に考え出した発想を、興味深く拡張したものです。彼は単にこれらの物語が新聞に掲載されたという理由で、子どもたちの脳やアート界の現状にとって危険だと考えたのです。もちろん、これは皮肉なことです。というのも、アート界はアーヴィング・ノヴィック氏のような漫画家たちの作品を盗用してきましたから。

また、作品賞にノミネートされた『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のような映画はもちろん、批評的に称賛された『アバター』や『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のような作品賞受賞作も、漫画表現の探求や支えなしでは存在しなかったことでしょう。

グラフィック・ノベルやコミック本がアカデミー賞での地位を築き始めたのは、ティム・バートン監督の1989年の『バットマン』や、ウォーレン・ベイティ監督の1990年の『ディック・トレイシー』以来のことです(ただし、『スーパーマン』の短編アニメは1941年、スーパーヒーロー映画として初のアカデミー賞ノミネートを獲得しました。また、1978年の『スーパーマン』も複数部門でアカデミー賞にノミネートされています)。

しかし、これらの映画は、以降に続く数々のコミック原作映画と同じように、ほとんどが技術的な部門での受賞でした。アカデミー賞の主要部門にノミネートされたコミック原作の映画もわずかにあり、2001年の『ゴーストワールド』、2003年の『アメリカン・スプレンダー』、2005年の『ヒストリー・オブ・バイオレンス』は、いずれも脚色賞にノミネートされました。

また、2014年にはマーベルコミックの『ベイマックス』が、長編アニメーション賞を受賞しています。そしてもちろん、『ダークナイト』は唯一主要部門を受賞した映画であり、ヒース・レジャーが死後に助演男優賞を受賞しています。

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ですが、この潮流は2017年、『LOGAN/ローガン』がスーパーヒーロー映画として初めて脚色賞でノミネートをはたしたことで変わったようです。

『ゴーストワールド』や『アメリカン・スプレンダー』の受賞でコメディ・ドラマジャンルのコミックは評価されました。そして『LOGAN/ローガン』のノミネートによって、ついにアメコミをベースにしたスーパーヒーローの物語が認められました。マーベルコミックスから生まれた「X-MEN」という物語が、ついにアカデミー賞にふさわしいものとなったというわけです。

かつてはタイツに身を包んだ男たちが登場する子ども向けのストーリーと軽視されていましたが、アメコミに基づく本物のスーパーヒーローの物語が、同じ年にノミネートされた『君の名前で僕を呼んで』や『モリーズ・ゲーム』のような映画の横に並んだわけです。

この映画は特定のコミックを原作にしたものというよりは、マーク・ミラーとスティーブ・マクニーブンの『オールドマン・ローガン』などを含む複数の作品から着想を得てつくられたものです。『LOGAN/ローガン』は受賞こそ逃したものの、スーパーヒーロー漫画が翻案にふさわしい著作物であるという考えを裏づけることとなり、アカデミー賞が『ブラックパンサー』を受け入れる土台づくりとなったのだと考えていいでしょう。

スーパーヒーローたちの優位が続く中、アカデミー賞でのさらなる成功を求めるこの一大勢力が、次に何を起こしてくれるのかは楽しみなところです。結局、クーグラー監督は監督賞にはノミネートされませんでしたし、素晴らしい演技をしたダナイ・グリラやルピタ・ニョンゴ、マイケル・B・ジョーダンを含め、キャストたちは正当な評価を受けませんでした。

ディズニーのアニメ映画は長年作品賞を争ってきたほか、近年では長編アニメ賞の候補となってきました。『ブラックパンサー』のノミネートは、この製作スタジオが将来のMCU映画やその他のスーパーヒーロープロジェクトを、より真剣に賞レースに売り込むためのきっかけとなるでしょう。『アベンジャーズ/エンドゲーム』が、もしディズニーが期待するような感情的・興行的成功を収められたなら、来年の作品賞での後押しを期待しましょう。

『LOGAN/ローガン』のノミネートは、よりユニークで実験的なスーパーヒーロー映画に将来性があることを暗に示し、『ブラックパンサー』の作品賞ノミネートがこれを確かなものとしました。さらにトッド・フィリップス監督の『ジョーカー(原題)』など、より低予算のアメコミ映画もオスカーを意識するように今後なるでしょう。

万が一『ブラックパンサー』が作品賞を受賞することになれば、このような期待はさらに高まるるばかりです。

Source / Esquire US 
Translation / Wataru Nakamura 
※この翻訳は抄訳です


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