この映画シリーズ最初の作品として、1962年にイギリスで公開された『007/ドクター・ノオ』の冒頭はジャマイカが舞台。4人でカードゲームをしているシーンとなり、その1人(潜入捜査をしていたと思われる諜報部員ジョン・ストラングウェイズ)が「上司がやたら几帳面でして、定時の業務報告を待っているんです」と言いながらその席を中座します。次に自分のクルマに戻るシーンへ…すると、その前にすれ違った盲目を装う男性3人組に射殺されるというショッキングな展開となります。そうして、これから始まるスリリングな物語を予感させるのでした。

「シルヴィア・トレンチよ。ツキって怖いわね。ミスター…?」と、赤いシフォンのドレスに身を包んだブルネットの女性がカジノテーブルの向こう側にいる見知らぬプレイヤーに向かって言います。すると、ここで初めてエージェント007(ショーン・コネリー)が登場し、慣れを感じさせる誘惑するような目つきで「ボンド、ジェームズ・ボンド」と返すシーンが映し出されます。

b2536645rc2paloma ana de armas in cuba inno time to die,an eon productions and metro goldwyn mayer studios filmcredit nicola dove© 2020 danjaq, llc and mgm  all rights reserved
Nicola Dove/MGM
シリーズ25作目『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(2021年10月8日公開)で、パロマ役を演じたアナ・デ・アルマス。

今ではこの作品の代名詞にもなっているモーリス・ビンダーがデザインした「ガンバレル・シーケンス」と共に流れ出す(モンティ・ノーマンがつくった曲に)ジョン・バリーが編曲を施したあの主題歌を合図に、この英国が誇るスパイ映画がスタートします。

そして、それ以上とも以下とも言えない存在である…彼をマティーニのようにクールに演出する女性たちとの構図も加わり、このスパイ映画シリーズは(映画として)約60年にも及ぶ歴史を重ねることとなります。

ボンドガールたち(これを演じた女優にとってこの名称は、言わば勲章のように名誉な存在となっています)は長年にわたり、進化と後退を経て、そして受け継がれながら演じられてきました。そして今も私たちは、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』で新たに登場したラシャーナ・リンチとアナ・デ・アルマスが、このレガシーをさらに豪華にしてくれることを待ち望んで(本当に楽しみにして)いるのです。

少し話は脇道にそれますが…、2019年に行われた「ハリウッド・リポーター」とのインタビューでアナ・デ・アルマスは次のように述べていました。

「ラシャーナが映画の主人公の1人であり、そして彼女がパンツを着用しているという事実こそ、この映画が進化したことは明らかと言えます。私はガウンを着用していますが、彼女はパンツを着用しているのですから…」と、茶化したのが今では懐かしいです。

話しは戻ります。

このシリーズの最初の出会いから、ボンドという人物はこのボンドガールたちなしでは成り立たっていなかったのです。そう言っても、決して過言ではありません。ボンドの象徴的なセリフのひとつは、前述のユーニス・ゲイソン扮するシルヴィアの問いかけから生まれたのですから…。

前述した『007/ドクター・ノオ』のカードゲームシーンの数分後には、シルヴィアとボンドは寝室にいます。彼女はゴールドのヒールにパジャマの上着だけを身に着け、積極的に寝室での主導権を握っているのです。ただし、シルヴィアはこの秘密諜報員を引き寄せキスをする間も、目を開けているのです。そう、ボンドガールは、そう簡単にガードを緩めることはできない…ということです。

ユーニス・ゲイソンは、「シルヴィアという大胆でセクシーなキャラクターがその後レギュラーになって、やがて“ミセスボンド”になるのね」と思って、このシルヴィア役を引き受けたということ。ですがこのシルヴィアは、ストーリーの途中でほら貝2つとナイフを持って、アプロディーテ(愛と美と性を司るギリシア神話の女神)のように海から登場した(もう一人のボンドガール)女優ウルスラ・アンドレス扮する ハニー・ライダーによって、シルヴィア(ユーニス・ゲイソン)が描いた「一夫一婦」への希望はかき消されるのでした。

english actress shirley eaton as jill masterson in the james bond film goldfinger, directed by guy hamilton, 1964 photo by silver screen collectiongetty images
Silver Screen Collection//Getty Images
『007/ゴールドフィンガー』(1964年公開)で、ジル・マスターソン役を演じたシャーリー・イートン

シルヴィアには気の毒ですが、ボンドは世界を股にかける男なのです。

日本、アメリカ、ジャマイカ、フランス、イスラエル、イタリア、オーストリア、スウェーデン、マレーシアにいる各地の美女たちが、各地の港で彼の抱擁を待っているわけです。ボンドガールは「女性の進出を妨げるものだ」と、これまで反発を受けてきました。かつて、ボンドガールを打診されたアンジェリーナ・ジョリーは、ソニー・ピクチャーズのエイミー・パスカル共同会長に対して「ボンド役なら出演するわ」と語ったほどです。

ですが映画業界において、国際色豊かな女優たちの魅力をストーリーの中で生かす…という概念を広げたことは否定できるものではありません。ボンドガールではありませんが、悪側につく女性の存在も重要です。『007/美しき獲物たち』(1985年公開)ではグレース・ジョーンズがその悪女を演じています。そこでは非情なほど強靭なアサシンを演じていますが、それも彼女のスレンダーで脚線美があってこその起用と言えるでしょう。

なにせ武道の稽古シーンでは、クリストファー・ウォーケン扮する悪の主役ゾリンが胴衣姿で臨んでいるのに対して、グレース・ジョーンズ扮するメイ・デイは超ハイレグ水着で対抗しています。当時はバブルの時代で日本でもハイレグ美女が闊歩していた時代でしたが、これを戦闘服として用いるとは斬新なこと。これもグレース・ジョーンズの存在があってこそ、実現したに違いありません。

ジェームズ・ボンドという男は、「従順で控えめな女性」にはめったに興味を示しません。彼が惹かれるのは、彼のトラブルに巻き込まれる前から冒険的な生活を送っている運動神経抜群の美女たちです。例えば、パイロットや超能力者、宇宙飛行士などです。

確かに、『ワールド・イズ・ノット・イナフ』(1999年公開)に登場したデニス・リチャーズ扮するクリスマス・ジョーンズという名の豊満な身体の物理学者は、フィクションだとしても少し滑稽なファンタジーでした(笑)。ですが、それは007自身も同様です。26回も世界を救える強靭さを持ちながら、タキシードも似合うセックス依存症の男性なんてどこにいるでしょうか?

ボンドガールの5人に2人(半分よりやや少ないという意)は、スクリーン上で残酷な死を遂げています(特に冷戦とフェミニズムに立ち向かったロジャー・ムーアの時代)。そして、もはや予想通り、スクリーン上でその女優たちは不道徳な行為を成し遂げています。

そして、そんな深くて強い印象をわれわれに与えたせいでしょうか。「ボンドガール」の称号を得た女優たちが出演後、そのイメージを払拭できるほどの作品に出演できるかどうかは…。これは、『007 ゴールドフィンガー』(1964年公開)でゲルト・フレーベ扮する悪の主役オーリック・ゴールドフィンガーが、フォート・ノックス陸軍基地内にある金塊保管庫を襲う「グランド・スラム作戦」を阻止するのと同じくらい難しくことと言えるのです。

editorial use only no book cover usage
mandatory credit photo by moviestoreshutterstock 1559158a
die another day james bond,  halle berry
film and television
Moviestore/Shutterstock
『ダイ・アナザー・デイ』(2002年公開)で、ジンクスを演じたハル・ベリー。

『007/リビング・デイライツ』でカーラ・ミロヴィ役を演じたマリアム・ダボは、パリからの電話インタビューで「乗馬や、ドヴォルザーク全曲をチェロで弾けるふりをする方法を覚えなくてはなりませんでした」「よく考える時間もなかったです」と語っていました。ミロヴィはチェロ奏者から、KGBのスナイパーへと転身するという役柄です。ここでボンド役を務めたのはティモシ―・ダルトンであり、この作品はアフガニスタンのムジャヒディン(イスラム過激派組織)がMI6(イギリス情報局秘密情報部)の味方だという、現代ではご法度とも言える内容でした。

そんなダボは出演後、パパラッチやファンレターに悩まされ、「突然の大役のあとキャリアを築くのに苦労した」と言っています。「私は常に、ボンドガールとして見られることになるんだと悟りました」と、ため息ながらに語っています。が、彼女はミロヴィ役で多才ぶりを発揮し、『永遠のボンドガール』というドキュメンタリーの自作映画をつくることを決意しました。 ダボは魅力的な戦友たちへのインタビューを振り返り、「歴代ボンドガールがどんな時代にどんな経験をしてきたかを知るのは、とても興味深いことでした」と語っています。

『007/ドクター・ノオ』(1963年公開)は、これまでの“女らしさ”の幻想を砕いて女性の生き方の原点を求めた60年代解放運動の幕開けとも言える、ベティ・フリーダン著『新しい女性の創造』(日本では1965年に発行)が世に出た年に公開されました。当時はまだ、ベティがもたらした初期の警告に抗う者たちと闘いを重ねる時代でもありました。

『007/ゴールドフィンガー』(1964年公開)に登場するオナー・ブラックマン扮するレズビアンのプッシー・ガロアは、ボンドにキスを迫られたことで異性愛に目覚め始めます。ですが、少なくとも映画の他の部分でのプッシーは、この時代のもうひとつの女性アイコンとも言える受動的で従順な雑誌『プレイボーイ』に出るバニーガールのような女性から飛行集団“プッシー・ガロア空中サーカス”の団長でもあるのです。

jamaican actress grace jones on the set of the james bond 007 film a view to a kill, directed by john glen photo by nancy moransygma via getty images
Nancy Moran//Getty Images
『美しき獲物たち』(1985年公開)で、メイデイを演じたグレース・ジョーンズ。

ラディカル・フェミニズム運動の活動家で名高いグロリア・スタイネムも、「007」のスウェットを着てスケートボードの上に乗ったスタイルで写真撮影を行っています。ですが、スタイネムの声が高まるにつれてフェミニスト反対派からの反発も盛り上がり、ロジャー・ムーアがボンドを演じていた70年代にはポジティブな絶滅した旧石器時代の原始人のような扱いになったのです。

How I Became a Writer (Singles Classic) (English Edition)

How I Became a Writer (Singles Classic) (English Edition)

How I Became a Writer (Singles Classic) (English Edition)

¥102
Amazon で見る

ムーア扮するボンドは、『007/死ぬのは奴らだ』(1973年公開)のボンドガールである、ジェーン・シーモア扮するタロット占い師のソリテールを騙して処女を奪ったりしただけでなく、『007 黄金銃を持つ男』(1974年公開)ではブリット・エクランド扮する愛人でもあるMI6の香港派遣員メアリー・グッドナイトをホテルのクローゼットに押し込んだまま他の女性と一夜を共にし、様子を聞かせたりしました。こんなことまでされても、彼女たちはボンドを愛した女性なのです。

時代は一転して80年代のティモシー・ダルトン扮するボンドは、自らのピストルをズボンの中に入れておくことを好みました。これはおそらくエイズの流行により、多数の見知らぬ相手とベッドを共にすることが、拘束されて股間にレーザーを向けられることよりも危険に感じられるようになった時代への対応だったのでしょう。

「そんな時代のボンドガールの役割は何だったのか?」と言うならば、『007/リビング・デイライツ』(1987年公開)で登場するマリアム・ダボ扮するカーラ・ミロヴィが、それを体現していると言えるでしょう。のちに彼女は、「あれは移行期でしたね」と言っています。彼女のキャラクターは、これまでの受動的な乙女と積極的な主人公との関係性をつづることへの行き詰まりを示した存在とも言えるのです。

2f5d3xb olga kurylenko in quantum of solace 2008, directed by marc forster credit mgm  album
MGM
『慰めの報酬』(2008年)で、カミーユ・モンテを演じたオルガ・キュリレンコ。

現在その答えは、「ボンドガール自身が肘打ちをくらわすこと」だと言えるでしょう。90年代後期の作品『トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年公開)に登場するボンドガールの一人、ミシェル・ヨー扮するウェイ・リン大佐にとって、その「肘」とは文字通りの意味を持ちます。彼女は筏(いかだ)の上でブロスナンと熱烈なキスをするよりも、チョップを振り下ろすほうが得意でした。

instagramView full post on Instagram

イーオン作品としての007シリーズ第1作目『007 ドクター・ノオ』から『007 ムーンレイカー』(1979年公開まで)までは、MI6(イギリス情報局秘密情報部)の部長Mを演じるのはバーナード・リーになります。そして1981年にリーがなくなった後には、新たにロバート・ブラウンがMに起用されます。ブラウンは『007 オクトパシー』(1983年公開)、『007 美しき獲物たち』(1985年公開)、『007 リビング・デイライツ』(1987年公開)、『007 消されたライセンス』(1989年公開)の4作品に登場。そしてその約6年後の1995年に公開となった『ゴールデンアイ』で、女優であるジュディ・デンチが新たなM役に起用されました。このキャラクターは1992年から1996年まで、実際にMI5(保安局と言われ、実際にあるイギリス国内治安維持に責任を有する情報期間である軍情報部第5課)の局長を務めていたステラ・リミントンにモチーフにしていると言います。

ジュディ・デンチ演じるMは、MI6初の女性ボス(その上にいる女王を除きます)であり、ボンドを服従させる存在となりました。そして就任したばかりのデンチ扮するMは、ボンドのことを「性差別主義者で女嫌いの恐竜」と冷静に判断したコメントを放ちます。ですが、スクリーンに抜け出した当のデンチ自身は、ボンドの存在を少々興奮気味に肯定しているようにも思えるのです。

そのことは…彼女がメール取材による質問への解答から、読み取れます。その返事は、「夫のマイケル(・ウィリアム)は、『ボンドガールと一緒に暮らしている』と言えるようになりたいと強く願っていました…」というもの。つまり夫同様に自身にも、ボンドガールへの憧れがあったとも取れる文脈ではないでしょうか。

また、MI6にデンチが起用されたことで、ボンドの冷徹さは際立つようになりました。ダニエル・クレイグがボンドに扮した最初の作品である『007/カジノ・ロワイヤル』(2006年公開)では、本編がスタートして1時間になろうとする前に、「次々に死体が出るわね。あなたが旦那を殺して、残された彼女がひどい尋問を受けたようね…」とボンドに対して皮肉めいた状況確認を行います。

そうして映画後半に差し掛かると、新型飛行機爆破失敗で巨額の金を失ったマッツ・ミケルセン扮するル・シッフルは、テロ組織への返済資金を稼ぐためにモンテネグロの「カジノ・ロワイヤル」にて開催されるポーカーゲームに参加します。ボンドもそのゲームに参加し、国の資金を使ったテロ資金稼ぎを阻止するよう命じられるのですが、そこで監視役として送られて来たのがエヴァ・グリーン扮する金融活動部(FATF)のヴェスパー・リンドで、彼女と共にモンテネグロへ向かうのでした。

そしてヴェスパー・リンドは「脳みそのある美人」と自負する財務官という役柄で、ボンドのことを「血も涙もないクズ」とまでは言いませんが、「あなたは女性に人生の意義を認めず、その場限りの快楽を求めるだけ…」と冷静に判断します。彼女はボンドの口説きをクールに交わし、一方ボンドのほうはそんな彼女に恋心を寄せるという異例とも言える流れになるわけです。

2gmkd0a lea seydoux,  spectre, 2015, ©columbia pictures
COLUMBIA PICTURES
『007 スペクター』(2015年公開)で医師マドレーヌ・スワンを演じたレア・セドゥ。

ボンドはここで、ヴェスパーという手強い相手に出会うのです。しかし、ストーリーの結末で彼女は死んでしまい、彼女の死に対するボンドの失意はとても深く、それ以降あらゆる女性に対して無関心となり、残忍なまでに無視するようになったというわけです。

女性の権利が2歩進んでは2歩後退していた時代にふさわしく、クレイグの時代はボンドガールにとってある意味「最高の時代」であり、ある意味「最低の時代」が混在していると言えるのです。そんな中で、「どん底」と言える場面もあります。それは『007 スカイフォール』(2012年公開)の後半に差し掛かったところで、惨めにゲームによって惨殺されるセヴリン(息を呑むほどに美しいベレニス・マーロエが扮しています)です。12歳で性犯罪に遭ったという経験をも持つ彼女は、スコッチの入ったグラスを落ちないように頭に乗せながら関係を持った二人の男性…ハビエル・バルデムが扮するMI6を恨むサイバーテロリストであるラウル・シルヴァと、その彼に捕えられたボンドとの生き残りをかけた射撃ゲームの的となり、ボンドは当てることはできず、結局はシルヴァに撃たれ死んでしまいます。

このシーンでクレイグ版ボンドは、その瞬間に深い悲しみを負ったような雰囲気をみせながらも肩をすくめ、そしてクールに「いい酒が無駄になった」と言い放ちながら、すぐさま形勢を逆転します。このスコッチは正確に言うと、1962年製「マッカラン」です。これはボンド同様、まさにヴィンテージ品です。しかし、なぜゲームを始める前に暴れなかったのか? 不思議でもあります。そんなスキは見せていたようにも思えたからです。これも、まさにヴィンテージ品だからでしょうか…。

このようにシルビア・トレンチによる「ミスター…?」という問いかけから始まった、ボンドおきまりのセリフの原型が映画で誕生してから59年…。ボンド自身にも、成熟の可能性があることを期待したいところですね。さて最新作の『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』で登場する約60年もののボンドは、どんな味わいを残してくれるのでしょうか? 

Source / TOWN & COUNTRY US
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。

esquire japan instagram

Esquire Japan Instagram