食べ物が少なくなり、生き残るのも困難になる厳しい冬季、一部の生物はエネルギー摂取が途絶した状態を生き抜くため、自然に備わった不思議な力を発揮します。それが「冬眠」です。

冬眠に入ると、寒さの中で一部の恒温動物は自身の代謝作用を調節し、食料摂取とエネルギー代謝の必要性を大幅に抑制することができるということがわかってます。まるで長時間の昼寝をしているようにも見えますが、実はそうではないようです。毛皮に覆われた冬眠動物たちは、巣穴の中でゆったりと過ごしているように見えますが、生理機能的にはとてつもないストレスと闘い、それを克服しているということなのです。

冬眠とは実はストレスとの
闘いの連続とも言えます。

冬眠(英語:hibernation、動物が一時的に体温や代謝率を低下させ、通常の活動を一時的に停止する状態を専門用語で「torpor<トーパー=鈍麻状態>」と言う)とは、食物の欠乏などの環境下で動物が能動的に身体の内部の温度である「核心体温」を低下させて、生命を維持する生理現象のこと。 低体温症とは異なり、食物を摂取できる環境に戻ると体温は速やかに正常値に回復し、脳を含めて全身の臓器に障害を残さないようにしています。

つまり、氷点下に近い気温下で何カ月間も食べ物も水分も摂取せずに、生存することを意味します。毎年冬に見られるこの驚異的な現象には、体重を過度に増加させること、長時間じっとしていること、代謝を平常時のわずか1~2%にまで落とすことが必要となるだけでなく、酸欠状態と体温の劇的な変化を経験することになります。

ちなみに冬眠する生き物の種類には、哺乳類や鳥類の一部だけでなく、爬虫類のヘビやカメ、両生類、昆虫などさまざまな動物が含まれています。具体的には、地球上に存在する約5000種の哺乳類のうち約183種が冬眠するとされています。また鳥類では、約9000種のうち1種が冬眠することが確認されています。それは、北アメリカ中西部の乾燥地帯に棲んでいる「プアーウィルヨタカ」という鳥になります。

もし人間がこのような
生理的変化を経験すれば…

肥満や代謝性疾患、心臓発作、脳卒中、筋肉の衰えなど、壊滅的なダメージを受けるでしょう。ですが、現在の冬眠動物たちは無理なく、ごく自然に、そして健康的に冬眠できるよう自らを長い時間をかけて順応させてきたのです。春が来れば、彼らは元気に巣穴から出てきます。そんな能力を人間にも…ということで、こうした動物の冬眠の秘密を科学者は解明しようとしているのです。

人間と他の種のゲノムデータを比較し、医薬品の潜在的な標的を特定することを目的にスタートアップした企業「Fauna Bio(ファウナ・バイオ)」の共同設立者であり、CEOの生物学博士で鳥類獣医師アシュリー・ゼンダー氏は『ポピュラー・メカニクス』誌に、「冬眠の仕組みの解明が、人類の未来に役立つ可能性があります。動物がどのように冬眠に適応してきたか? がわかれば、それを人間の特定疾病の治療に応用することができるのです」と語っています。

冬眠中に
何が起きているのか?

まさにそうした研究をするため、ゼンダー氏は2018年、同僚と共に前述のバイオテクノロジー企業「ファウナ・バイオ」を設立しました。同氏が冬眠に関心を持ったのは、冬眠が脳に及ぼす影響について知ったことがきっかけとのこと。

冬眠動物が「トーパー」状態に入ると、その動物のニューロン(神経細胞)は退行変化し結合を失って脳内には、アルツハイマー病患者のように過剰にリン酸化した「タウたんぱく質」の蓄積が認められるようになります。ですが、数週間後に覚醒するとき、彼らの脳は健康かつ何の損傷もない状態で、病的な兆候は全くないとのことなのです。

身体へのダメージを最も受けやすいのは、こうした「中途覚醒」と呼ばれる期間と言われていますが、げっ歯類のジュウサンセンジリスのように、1シーズンに25回も中途覚醒を繰り返す種もあります。10月になるとこのリスは巣穴に入り、7カ月間も冬眠します。心拍数は通常の数分の一まで落ち、体温はかろうじて凍らない程度まで低下。細胞組織は最低限の機能以外は停止しますが、約3週間ごとに活動状態に戻ります。

新たに酸素を取り込んだ血液が一気に休眠状態の細胞組織を巡れば、損傷性の炎症が起き、活性酸素分子が放出されるはず。脳へのダメージだけでなく、心臓は繰り返し発作を起こし、肺は線維腫だらけに…。覚醒プロセスで起きるはずの出来事は、脳卒中や心臓発作のような、人間の体内で起きる虚血性事象(脳卒中、全身性塞栓症など)と同様のものなのです。ですが、驚くべきことに冬眠動物は、こうした健康への悪影響を解消することができます。

ゼンダー氏は次にように述べています。

「これが人間の体内で起きれば、病気の進行プロセスに陥ってしまうでしょう。ですが、こうした動物たちにはそのプロセスのスイッチをオフにする方法が備わっているようです。人間の病気の治療を研究するうえで大きな参考となるのは、まさにこのスイッチをオフにするポイントです」

ゼンダー氏は、「この生理的変化に対して順応するか病気になるか?」の分かれ道がどこにあるかを解明しようとしています。同氏とファウナ・バイオの同僚たちはすでに、冬眠で受けたダメージを回復させる可能性のある冬眠動物に共通する、複数の活性遺伝子を絞り込むまでには至っているということ。また、ジュウサンセンジリスだけでなく21種類の冬眠動物の遺伝子を比較し、こうしたプロセスに関与する同様の遺伝子を探しています。

ゼンダー氏のチームは、冬眠遺伝子に相当する小分子をいくつか特定しており、いくつかの人間の病気に対しての試験を行う計画ということ。第1弾としては、肺線維症(間質性肺炎、肺胞の壁に損傷が起こる病気)を回復させる分子で、早ければ2025年にも臨床試験を開始する意向です。

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冬眠に備えて食料を探すグリズリーベア(研究番号399)と4頭の子グマ。ワイオミング州ジャクソンホールにて。

科学者が冬眠の研究で
明らかにしようと
していること

科学者たちは、「動物がどのようにして冬眠状態から覚醒するのか?」だけでなく、「そもそも動物がどのようにして冬眠状態に入り、その状態を維持するのか?」にも興味を持っています。

「冬眠動物が代謝を素早く低下させ、酸素摂取を断つことができるという事実は、人間にとって役に立つ可能性があります」と、アラスカ大学フェアバンクス校国際北極圏センター(IARC)の所長ブライアン・バーンズ氏は『ポピュラー・メカニクス』誌に語っています。

バーンズ氏によれば、「心臓発作や脳卒中、出血性ショックに陥った人間にこのような状態を再現することができれば、救命に成功するチャンスが拡大する可能性がある」ということ。バーンズ氏は、「冬眠のような作用により、患者の生死を分ける『ゴールデンアワー』(受傷から治療開始までの1時間を指す)の時間を延ばすことも可能であろう」と考えています。

バーンズ氏によると「冬眠カクテル」を使えば、「1時間の『ゴールデンアワー』を1週間の『ゴールデンウィーク』に変えられる可能性もある」ということ。このアイデアに最も近いと言えるのは、医師が麻酔薬を使って脳外傷の患者を意識のない状態にし、脳をさらなる損傷から守る、医療目的の人工的昏睡になります。ですが、冬眠カクテルは脳だけでなく、さまざまな臓器の損傷を防ぐことができることが大いに期待されています。

そのようなカクテルはまだ存在していません。ですが、科学者たちはもともとは冬眠しない種にも、冬眠を誘発できることを確認しています。ラットを使ったある研究では、出血性ショックを起こしたラットに疑似冬眠効果のある薬を投与すると、かなり長く生存できることが明らかになりました。

バーンズ氏とともに、ネブラスカ大学の分子生物学者でありラット研究の著書を持つマシュー・アンドリュース氏によると、この種の治療法を救急医療に導入すれば、患者が病院で救命処置を受けるまでのタイムリミットを延長できる可能性があるということです。

救急車
sturti//Getty Images

アンドリュース氏は、「これは冬眠動物から得た知見を治療に活用した、素晴らしい例です」と述べています。そうして科学者たちは、こうした冬眠誘導カクテルを急性虚血性脳卒中の患者を対象としたヒト臨床試験で使用することを提案していますが、その結果はまだわかっていません。

さらにアンドリュース氏によると、このメカニズムは移植用臓器の保存能力を維持するのにも役立つ可能性があるということ。臓器移植では、提供された臓器の保存可能期間が数時間しかないこともありますが、この時間を冬眠作用で延ばすことができるかもしれません。

アンドリュース氏は、「冬眠動物は自身の臓器を数週間から数カ月間、停止状態にできます。その方法がわかれば、血液バンクと同じような臓器バンクを設立することが可能になるでしょう」との期待を強く示しています。

冬眠の秘密の応用が期待できる分野は、医療、健康、科学など多岐にわたります。健康分野への応用として科学者たちは、「冬眠動物は筋肉が落ちにくいだけでなく、特に冬眠シーズンの最後の数週間は筋肉を増やすこともできる」という点を挙げています。

筋力トレーニングをすることなく筋肉を増強できる方法が解明されれば、怪我の回復に画期的な進歩がもたらされる可能性もあります。また、長期の宇宙飛行中に休眠状態を誘導することで、人間の健康状態を維持する方法を理解するのにも役立つかもしれません。

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冬眠から目覚め、出てきたリス(1960年代)。

冬眠の研究によって、動物が水分などの重要な栄養素を摂取せずに生存できる能力についても明らかになりました。冬眠中のクマを研究している研究者たちは、クマが6カ月間飲食をしないにもかかわらず、脂肪の代謝によって自ら水分をつくり出していることを発見しました。メスのクマはさらに、冬眠中に母乳を出して子グマに栄養を与えることもあります。

これらの冬眠動物は、人間の長寿への手がかりも与えてくれています。冬眠する種が他の動物よりも長生きであることを示すエビデンスは数多くあり、科学者たちはその理由を「冬眠動物が、代謝を通常の数分の一に抑えられる能力を持っているからだ」と考えています。

また、「冬眠動物から代謝性疾患に関する知見が得られる可能性がある」と思われる理由もあります。冬眠動物は毎年、体重の50%もの脂肪を蓄えるにもかかわらず、高血圧や脂肪肝のような病気にかからないのです。

最近の研究では、科学者たちは冬眠動物の体内で働く遺伝子を特定しており、科学者たちは「これらの遺伝子を人間に応用する方法がわかれば、肥満問題の解決につながるかもしれない」とも推測しています。

ネバダ大学の生物学者アリソン・ヒンドル氏は『ポピュラー・メカニクス』誌に、「代謝率を極端な程度まで、コントロールできる彼らの能力は非常に興味深いもので、解明できれば広く役立つ可能性があります」と語っています。

気候変動が
冬眠に及ぼす影響は?

しかしながら気候変動によって暖冬になってしまえば、こうした冬眠動物の行動も変化するのでしょうか? 現在、例年より暖冬となっているロシアでは、「半分眠っている状態のクマが歩き回っていた」との報告もあり、科学者は若干の懸念を示しています。冬眠現象からは多くの知見が得られる可能性がありますが、こうした冬眠動物たちの運命はどうなるのでしょうか?

北極圏では他の地域よりも温暖化のスピードが早く、気候変動が冬眠動物に及ぼす問題がすでに顕在化しています。その影響が見られる動物の一つが、ホッキョクジリスです。北極圏のツンドラ地帯に生息するこのリスは、季節の気温の変化に応じて冬眠のスケジュールを変えています。

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ホッキョクジリス。

過去25年間の観察により、科学者たちはホッキョクジリスの冬眠開始時期が10年で約15日ずつ遅れていることを発見しました。また、巣穴から出てくる春においても、変化も観察されています。メスはオスよりも早く覚醒するようになり、10年で約4日ずつ早まっているというのです。オスとメスの繁殖可能期間は短いため、「こうした覚醒タイミングのずれが、繁殖上の問題を引き起こす恐れがある」とバーンズ氏は説明しています。オスとメスの繁殖可能期間が一致しなければ、個体数に影響が及ぶかもしれません。

「人間は1日のリズムがわかる体内時計を持っていますが、冬眠動物には今が何月なのか? がわかる周年時計が備わっていることがわかっています。急激な気候変動が起きれば、これらの動物は一種の季節的な“時差ぼけ”状態に陥るでしょう」

ホッキョクジリスが新たな季節のリズムに適応できるかどうかは、まだ不明です。しかしバーンズ氏は、「そこまでの危機感は持っていない」と話しています。なぜなら、冬眠動物たちが極端な環境に適応する驚異的な能力を持っていることは、確かだからです。

Translation / Keiko Tanaka
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です

From: Popular Mechanics