山火事は太古の昔から、頻繁と言わないまでもそこそこ起こっていた自然現象です。成長しすぎた森林が焼け落ちることで新しい樹木の誕生を促していたと推測されています。山火事というのは元来、生態系を健全に保つために「自然にとって必要なこと」だったのです。しかし、現在起こっているのは、このような“いい火事”ではありません。

日本での山火事は近年、減少傾向にある

 日本では林野庁の発表によれば、平成26年~平成30年の5年間の平均でみると、1年間に約1.3千件発生し、焼損面積は約7百ヘクタールとのこと。これを1日あたりにすれば、全国で毎日約3件の山火事が発生し、約2ヘクタールの森林が燃えていることになります。そして日本における近年の林野火災の動向については、短周期で増減を繰り返しながらも、長期的には減少傾向で推移しています。

 一方、2019年に州北部で起こった「キンケイド・ファイヤー」や、南部で起こった「ティック・ファイヤー」など、危険な山火事がこのところ続出している米カリフォルニア州はどうでしょう。同州では2019年、歴史的な頻度で山火事が発生し、1月から9月までの記録で4000回以上の山火事がカリフォルニアの木々を燃やしていました。これは毎日10回以上、何処かで山火事が発生していることになります。

2019年、山火事の原因は95%
人為的なものだと報告されている

 人里離れた地域では、落雷などの自然事象が山火事の主な原因となりますが、カリフォルニア州南部ではほとんどの場合、人為的な原因によって山火事が起きているとのこと。カリフォルニア州の消防機関「Cal Fire(カル・ファイア)」によれば、その95%が人為的な山火事だと言います。 

 そして山火事における人間への被害としては、短期的には延焼により住居や財産、生命を失うこと、煙による健康被害などが挙げられます。また長期的には、森林の公益的機能や生物多様性が失われることにより、水源涵養機能の喪失や土砂流出による洪水被害の拡大、生態系のバランスが崩れることで特定の動物の大量発生が起こりやすくなることなどが挙げられます…。

 以下、カリフォルニア州オークランド在住のライター、Shannon Stirone(シャノン・スティローン)が寄稿した、2020年9月10日に公開した「エスクァイア」US版の記事を紹介しましょう。


2020年も山火事が相次ぐ、
カリフォルニア州

 コーヒーを買いにオークランドの自宅の外に出ると、道端で物思いにふける人々の声が、不協和音のように響きわたっているのに気づきました。今にも消えそうな憂鬱な声で、互いに同じことを言い合っています。

 「信じられない。まるで別の惑星に住んでいるようだ」と…(別に彼らの一人に、トミー・リー・ジョーンズがいたわけでもなさそうです)。

 この記事を書いている私(カリフォルニア・オークランド在住のライター、シャノン・スティローン)のノートパソコンの青白い光が、窓の外の暗いオレンジ色のもやに浮かぶ灯台のように見えます。もうすでに陽は昇っていますが、厚い煙の中を通り抜けるエイリアンのような輝きを除けば、外はほとんど真っ暗です。

 カリフォルニアやオレゴンで撮影されたフルーツポンチ色の空の画像が、ネット上に流れています。まるで映画『ブレードランナー』や『マッドマックス』の登場人物になったような少し誇らしい気分になりながらも、私たちは皆この新しい世界に畏怖の念を抱いているのです。

 こんな新たな惑星をつくったのは、他でもない私たち自身です。山火事の季節になるたびに、その被害はどんどん悪化しています。夏の終わりから秋になっても気温は高いままで、気候変動によって引き起こされた異常な風が火事を激化させます。気温が高いということは、火の勢いが激しくなるということにもなるのです。

 太陽さえも隠してしまうほどのこの火事は人為的な原因ではなく、2020年8月の第3週の終わりごろ、北カリフォルニアで発生した異常な嵐の落雷から始まりました。夜中の空は、ストロボのように照らされていました。そして私たちは、何カ月も雨が降っていなかったせいで、土地が乾ききっていたことを知っていました。

 午前3時に窓の外を見ると、向かいのビルの人たちが、シナプスのような稲妻が空に広がり真っ黒な空が青白く照らされる様子を、私と同じように見ていました。「これはまずいことになる」と、誰もが感じていたことでしょう。

 2020年8月19日の週には、なんと1万2000回以上の落雷が報告されています。カリフォルニア州森林火災保護局の「Cal Fire」によれば、カリフォルニア州では2020年は8月の段階で7452件以上の火災が発生しており、その結果、約1万500平方キロメートル以上が焼失し、被害は増え続けているそうです。

 気候科学者のダニエル・スウェインさんは、「歴史的に類を見ない山火事を経験しているということを、理解している人は少ないと思います」と話してくれました。

 スウェインさんの言っていることは、正しいと言えるでしょう。私が街で見かける人やカフェの店員たちは皆、「これが当たり前にならなきゃいいけど」と同じことを言っています。。もうすでに、そうなっているのに…。

カリフォルニアの山火事
JOSH EDELSON//Getty Images

 私は生まれてからずっと、カリフォルニアに住んでいます。ロサンゼルスで育った数十年の間に、405号線沿いの丘が燃え、トパンガ峠が炎に飲まれ、サンフェルナンド・バレーが焦げるのを見てきました。毎年乾いた茂みの塊に火がつき、毎年高速道路の両側に広がる炎を渋滞の中見てきましたが、「すごい」という声は年々小さくなっているように思います。

 少しクルマを走らせれば、焦げ茶色の火事の爪痕による不毛地帯が道路に沿って広がっているのが目の当りにできます。多くの人が今でも、ショックを受けながら火事の写真をツイートしていますが、私はこの環境で育ちました。地球の一部が燃えるのは、周期的なものです。私たちはそれと戦い、身を守り、毎年戦いに備えます。しかし、私の幼少時代の火事は、このようなものではありませんでした。

 1954年にレイ・ブラッドベリが書いた、『All Summer in a Day』という短編があります。金星に住む子どもたちの学校での話になります。その地では一年中雨が降り、家の中に閉じこもってなければなりません。太陽を見ることができるのは、7年でたった1時間だけ…。そうしてその時間は神聖なものとなり、金星に住むすべての生物に与えられた貴重な時間に…。そうして子どもたちは、太陽を見ることが貴重な惑星で育つわけです。地球で育った大人たちには、その希少性を知り得ないことなのです。

 そして現在、私たちはこの最も身近な星へのアクセスの希少性について、気づき始めたのです。私が経験してきた山火事の季節の中で、今回のように太陽が完全に隠れてしまったことはありませんでした。太陽からの放射線が届かないほど、濃い煙に覆われてしまっているのです。山は燃え続け、その長さは数週間から数カ月になり、煙による鈍い頭痛と喉のかゆみにも慣れてきました。ベイエリアのほとんどの家には、エアコンは取り付けていないのが通常です。が、この熱波の中、有害な空気を家の中に入れないために窓を締め切っていなければなりません。次から次へと災害が起こり、私たちの心にはゆっくりと、漠然とした不快感が募っていきます…。 

この新たな惑星をつくったのは、
他でもない私たち自身です

 2020年の山火事の季節、私たちはパンデミックからも避難しています。毎日家に閉じこもって長時間働き、多くの死者の重みを感じながら見えない恐怖と戦う中、家の周囲をのんびりと散歩するのが唯一、正気を保つために残された手段となりました。

 しかし、カリフォルニア州とオレゴン州の人たちは今、脅威を感じています。

 炎は都市全体を取り囲み、山々や生態系を破壊し、もうもうたる煙が何週間も私たちの頭上を覆い、黄色がかったオレンジ色や焦げたシエナ色や赤の絵の具の色をした空は、まるで血を流しているかのようです。炎自体は見えなくも、この地は安全ではないことを空が思い起こさせるのです。私たちに、逃げ場はない…としか思えないのです。

 毎日、私たちはメッセージを送り、ツイートします。「こんなの見たことも、聞いたことも経験したこともない…」と。気候変動にともなって、このような前代未聞の現象は増える一方です。

カリフォルニアの山火事
MICHAEL HEIMAN//Getty Images

 私たちが直面しているのは、新たな現実です。カリフォルニアを筆頭にアメリカ西部全体で、山火事の季節はもはや秋ではなく、8月から始まるようになりました。春は雨の季節ではなくなり、「山火事の被害を抑えるために、少しでもいいから降ってほしい」季節になりました。

アメリカ西部はその身を犠牲にして、
世界中の国々に警鐘を鳴らしているのです。
「私たちが燃えるのを見て、そこから学んでほしい」と…

 この地にはかつて、人々を魅了する美しい自然があふれていました。誰もが最高の人生をおくり、裕福になり、愛を見つけるチャンスを求め、西へと向かったのです。しかし、今やこの地は暗黒郷であり、人々が見るのも恐れるような地になっています。誰もが夢見る未来では、もうなくなってしまったのです。

 空が赤からオレンジがかった黄緑に変わってきました。このような自然の色彩は、日常生活には存在しません。私たちの動物的本能は何万年も前から、火から逃れるように訓練されています。空の色が鼓動が速まり、瞳孔が開くような色に変わった瞬間、皆一目散に逃げ始めるでしょう。これが現在のカリフォルニアであり、気候変動の一面なのです。

 「信じられない」

カリフォルニアの山火事
JOSH EDELSON//Getty Images

 山火事の季節は、まだ始まったばかりです。すでに何度も避難している友人や家族は、みな同じ疑問を抱えているはずです。「これが異常だとわかっていながら、ここに留まるのか…」と。これからさらに悪化する可能性も、十分にあります。緑の水彩絵の具のような空が、黄色く変わります。そして太陽はまだ見えず、煙の匂いが立ちこめています。

 「信じられない」

 レイ・ブラッドベリによるSF短編小説『All Summer in a Day』には、太陽に夢中になっているマーゴという少女が登場します。まだ幼いマーゴは、赤ん坊のときに見た太陽のおぼろげな記憶しかありません。空に浮かぶコインのようだったことだけを覚えているのです。

私たちが生まれた惑星は、
もう存在しません

 多くの子どもたちが家族とともに避難しており、両親に空の色について尋ねています。ある男性は子どもから、「空がオレンジ色になるのは何時?」と聞かれたとツイートしました。「昼間だよ」と彼は答えたそうです。

 煙と灰が私たちの周囲を渦巻き、クルマや髪に有毒な粉塵が積もります。外に鳥や動物の姿は見られません。鳥たちはレッドウッドやヒノキに避難して、煙が遠ざかるのを待っています。

 人間を含む動物たちにわかっていることは、これが“警告”に他ならない…ということです。鳥の鳴き声も歌声も聞こえません。死を悼むような静けさがあるだけです。実際私たちは、死を悼んでいるのではないでしょうか。快適に暮らせる惑星だと思っていた惑星の終わりを、私たちの家だと思っていた場所が永久に変わってしまったことを、嘆いているのです。

カリフォルニアの山火事
PHILIP PACHECO//Getty Images

 世界中の誰もが、カリフォルニアの住民のように気候変動の激しい影響を感じているわけではありません。しかし、いずれ昼になっても街灯がついているオレンジ色の写真、灰で覆われた暗いアスファルトの道路、そして私たちの疲労と悲しみを、世界中が目にすることになるでしょう。そして山火事の季節に、カリフォルニアの地に訪れることがいかに危険かを、思い知ることになるはずです。

 『All Summer in a Day』の物語の中で先生は、マーゴにかすかな記憶としてしか残っていない彼女の愛する太陽について、詩を書くように言います。以下が、マーゴの書いた詩です。

太陽は、花だと思う
たった1時間だけ咲く花

 信じられないという段階は、もう過ぎてしまいました。私たちは今、新しい世界にいるのです。気候変動といって思い浮かべるものは人によって異なりますが、その本質は、地球をまったく異なる惑星に変えてしまうということです。

 朝、カフェの前を行ったり来たりしながら電話している女性がいました。頭上でまとめた赤い髪に灰が積もっていくのを見ていたのですが、電話で彼女はこう言い続けていました。

「違う惑星に住んでいるみたいよ。息ができないし、最悪だわ」

 そして誰もが、「信じられない」と口にします。

 オレンジ色の空は黄色になり、そしてピンク色に変わりました。灰がまた降ってきたようです。近いうちに、これは“天気”の1つとして呼ばれるようになるでしょう。これが新しい現実です。違う惑星に住んでいるみたいなのではなく、もう違う惑星に住んでいるのです…。

 私たちが生まれた惑星は、もう存在しない…ということです。これまで頭ではわかっていましたが、その考えをいつの間にかオブラートに包んで目を背けていました。今ではこのオレンジ色の空がそのオブラートを融かして、私たちが違う惑星にいることをまじまじと痛感させてくれるのです。

Source / ESQUIRE US
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。