アラブの春から広がった
有事におけるSNSでの情報拡散

現在、FacebookやTikTokなどのSNSでは、戦地の様子を捉えた映像が数多く拡散されている。街中で起きた爆撃や長蛇の列をつくるガソリンスタンド、ロシア兵とウクライナ住民の言い争いなど、SNSに流れる生々しい映像を目にし、衝撃を受けた人は多いだろう。

「とはいえ、SNSがこうした社会変革や紛争のときに使われるのは、今回が初めてではありません。2010年から2011年にかけての中東の民主化運動『アラブの春』では、TwitterやFacebookといったSNSが、民主化勢力の集会の呼びかけなどに使用され、『ソーシャルメディア革命』とも呼ばれました。これを一つのきっかけに、社会的大事件でSNSが情報共有に有効なツールだという認識が、世界に広がりました」

daily life in cairo post arab spring revolution
Kim Badawi Images//Getty Images
2011年5月27日、エジプトのカイロのダウンタウンにあるタハリール広場で行われた「怒りの2日目」のデモ中、Facebookの落書きが汚されていた。

こう解説するのは、ソーシャルメディア事情に詳しいジャーナリストで、桜美林大学リベラルアーツ学群教授の平和 博氏だ。

「ウクライナでも、2014年、親ロシア派だったヤヌコビッチ政権が崩壊し、ロシアがクリミア半島へ侵攻したときにSNSが活用された前例があります。政権崩壊に向けた反政府運動『ユーロマイダン』の様子は、You Tubeで全世界にネット中継されていました」

社会的な大事件の際にSNSで情報が拡散されたことは、日本でもある。2011年の東日本大震災では、一般のユーザーがスマートフォンで撮影した被災地の動画がSNSに大量に投稿された。SNSが社会的な出来事が起きたときに活用される現象は、10年以上前から始まっていたのだ。

ただし、平氏によれば、今回のウクライナ侵攻は、2014年当時とは、SNSのユーザー数が決定的に異なるという。

「2014年初めの段階では、世界最大のソーシャルメディアであるFacebookの月間アクティブユーザー数は約13億人。それが2021年末では29億人と、8年近くで倍以上に増加し、今や世界人口の1/3以上に当たる人がFacebookに登録しています。急速に成長するSNSはもはや社会のインフラとしての機能を持ち、拡散力が増した分、SNSが有事などで担う役割が大きくなったのは明らかです」

事実、今回の戦争ではSNSが使われる場面が増えているといえるだろう。

protest in support of ukraine in poland
Anadolu Agency//Getty Images
2022年2月20日、ポーランドのクラクフでキエフとモスクワの間の緊張が高まる中、ウクライナ人とポーランド市民がウクライナとの連帯を示すために行われたデモの様子。

「ウクライナの住民は、情報収集や現場の動画を世界に向けて発信するためにSNSを有効に使っています。また、ウクライナのゼレンスキー大統領自身もInstagram、Facebook、Twitterを活用して国際世論に協力を求め、その声が広く受け止められています。ロシアよりも軍事力が劣るウクライナ政権が、SNSの活用により国際世論の共感をつかめているのは特徴的です」

一方、ロシア側は言論統制を強化しており、軍についての「偽情報」を広めた場合、最長で懲役15年を科す法律を発効させている。言うまでもなく、ロシアに都合の悪い報道や市民の声を封じる狙いで、この法改正を受けて、TikTokはロシア国内での動画投稿サービスの停止を決定している。

SNSに投稿する
フェイクニュースの仕掛け人

SNSで拡散される情報や動画は、必ずしも事実とは限らない。今回の戦争で懸念されているのは、フェイクニュースの拡散だ。

「ウクライナ侵攻は、従来の武力行使に加え、SNSでのフェイクニュースやサイバー攻撃を戦略的に連携させる、いわゆる“ハイブリッド戦”です。アメリカの調査会社『ミトスラボ』によれば、昨年秋から緊張が高まったロシア・ウクライナ間の状況と呼応するように、Twitter上における親ロシアのフェイクニュースが急増しました」

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

この戦争で重要な役目を負っているフェイクニュース。そもそも誰が、何の目的で作り出しているのか。

「中核を担うのは、政治的な目的を持ってフェイクニュースを流す国家や政党などの組織です。敵国の混乱や戦意喪失、政敵へのネガティブキャンペーンが狙いになります。その場合、政権・政党が民間業者に委託して、偽のアカウントがつくられ、そこからフェイクニュースが投稿されることもあります」

オックスフォード大学の研究チームによると、フェイクニュースをプロパガンダの手段として展開している国は、2020年時点で81カ国存在する。これは、2019年時点では70カ国で、増加傾向にあるそうだ。さらに、民間企業によるフェイクニュース拡散などの情報操作は、2020年に48カ国で行われており、この数も、前年の25カ国から、ほぼ倍増している。

「プロパガンダ目的のフェイクニュースは近年急速に広がりをみせています。特に、フェイクニュースをプロパガンダの手段として活用することで知られるのがロシアです。2016年のアメリカ大統領選で、サイバー攻撃とフェイクニュースを連携させ、民主党候補だったクリントン陣営へのネガティブキャンペーンを行ったとして、司法省が関係者を起訴しています」

平氏によると、フェイクニュースに携わるのは、プロパガンダ目的のほか、収益化をもくろむビジネス目的のグループ、面白半分で便乗する人などが考えられるという。さまざまな動機を持つ人たちによって、フェイクニュースはつくられ、世界に混乱を招いているのだ。

フェイクニュースに加担せず
正しく情報を共有する方法

SNSで現地から被害の状況を受け取ったとき、「これは許せないから皆に伝えなければ」と、条件反射的にいいねやリツイートボタンを押す人は少なくないはず。だが、情報が氾濫する今、情報の真偽を確かめずに共有してしまうと、“自分がフェイクニュースの拡散に加担する”というリスクが生じる。

「フェイクニュースの作り手は、より多くの人への拡散を促すために、怒りや驚きといった“情報の受け手の感情を刺激する”内容をわざと選んで発信しています。なので、情報をみて怒りや驚きを感じても、いったん深呼吸して気持ちを落ち着けてみてください」

そして、冷静に情報の発信元を確認し、信ぴょう性があれば共有する、というのが一般のユーザーが誤った情報に惑わされない方法だという。

「発信元が広く知られているマスメディアか、その分野の専門家か、という点は信頼性を判断する手がかりになります。注意が必要なのは匿名のアカウントです。フォロワー数や共有数が多くても、それは情報の信頼度とは関係ありません。世界各国には、SNS上で拡散された戦地の動画のファクトチェックを行うメディアや、事実だと判明した情報をまとめているNPOサイトもあります」

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
Wien: Demo gegen Klimapolitik
Wien: Demo gegen Klimapolitik thumnail
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平氏によると、スペインやシリアなど複数のファクトチェックメディアが、3月1日ごろからFacebookやTwitterで拡散された「ウクライナの遺体が動いた」と称する動画について検証し、この動画がフェイクで、ウクライナ侵攻とは無関係だと明らかにしたという。情報の真偽がわからなければ、スキルと信頼があるメディアの検証を手がかりにするとよいかもしれない。

「フェイクニュースを拡散させればそれだけ状況が混乱するリスクがあり、戦争の場合は情報1つで人命に関わる可能性がある。自分がそもそもの発信者ではなくても、共有をするだけで法的責任を問われることもあります。発信元を確認し、共有すべきかをよく吟味するよう心がけてください」

戦争関連の情報を拡散するリスクを認識し、条件反射的に共有しないよう、十分に気をつけねばならない。

ダイヤモンド・オンライン