役所広司,vivant,koji yakusho
Laurent KOFFEL//Getty Images
日曜劇場『VIVANT』(2023年7月16日~9月17日TBS系「日曜劇場」で放映)で、ノゴーン・ベキを演じた役所広司。

『VIVANT』の台詞にきな臭さ自衛隊入隊者を増やすドラマ?

ネットやSNSでさまざまな「考察」で大盛り上がりしたTBSの日曜劇場『VIVANT』が最終回を迎えた。

これまでのさまざまな伏線が見事に回収された一方で、また新たな「謎」を示唆するようなシーンもあって、まだまだ考察を楽しんでいる人がいる。かく言う筆者もそのひとりで、最終回にあった不可解なセリフが気になって、ずっと考察を続けている。

そのセリフとは、役所広司さん演じるテロ組織の指導者、ノゴーン・ベキが私腹を肥やすバルカ共和国(劇中の舞台となる架空の国)の悪徳政治家に平和を諭して、改心を促していた時のこんな発言だ。

「日本では古くからありとあらゆるものに神が宿っていると考えられてきた。神はひとつではないという考えがあることで相手の宗教にも理解を示し、違いを超えて結婚もする。日本には考えの違う相手を尊重する美徳がある」

このあからさまな「日本スゴイ」演説を聞いて筆者が感じたのは、『VIVANT』というドラマは実は日本人の愛国心を刺激して、自衛隊入隊者を増やすことを目的としたプロパガンダ・ドラマなのではないか、という疑念である。

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『VIVANT』最終回!愛を探す冒険の果てに待ち受けるのは― 第10話 9/17(日)よる9時00分【TBS】
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「おいおい、ドラマを見すぎて現実とフィクションの区別がつかなくなったのか」と心配をする人も多いだろうが、世界ではドラマや映画という「エンターテイメント」を利用して国威発揚を掲げるのは当たり前だ。

「トップガン」「ミッション・インポッシブル」もただトム・クルーズのかっこ良さをアピールするだけはなく、世界にアメリカの「正義」と「強さ」を発信するという目的がある。だから、軍や政府も撮影に協力する。実際に作品がヒットすれば軍隊や政府機関のリクルートにも効果がある。

実は、このようなエンタメを用いたプロパガンダの近年のトレンドは、「政府色を極力消す」ということにある。

ナチュラルなプロパガンダ臭
しかし今は確かに「日本の危機」

「政府色を消した」プロパガンダでわかりやすいのが昨年、中国で記録的ヒットとなった映画「1950 鋼の第7中隊」だ。これは朝鮮戦争を題材にした中国共産党の反米プロパガンダ映画とみられているが、劇中で描かれるアメリカ軍はそこまで「悪」として描かれていない。しかも、監督は「男たちの挽歌」シリーズや「チャイニーズ・ゴースト・ストーリー」で知られるツイ・ハークら3人で、巨額の制作費が注ぎ込まれている。

つまり、「娯楽映画」として完成されているので、中国の人々は「共産党の世論操作では」などというネガ感情を抱くことなく、純粋に楽しみながら愛国心が刺激される。

過度に仮想敵国をおとしめたり、政府をヨイショしたりしないという「自然さ」を打ち出すのが近年のプロパガンダ映画の特徴なのだ。

そんなナチュラルなプロパガンダ臭は『VIVANT』からも漂ってくる。主人公が自衛隊の秘密組織「別班」というこれまでの日曜劇場にない設定だが、あからさまな「自衛隊のPR」という雰囲気はない。むしろ、規格外の予算、豪華キャストで「超娯楽作品」として仕上がっている。

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だが、『VIVANT』にハマれば確実に愛国心は刺激される。「日本を守る」ことに命をかける堺雅人さんや松坂桃李さんの演じる「別班たち」の活躍を見れば、「自衛隊かっこいいな」と感じる少年少女もいるはずだ。一般人の自衛隊への理解も深まる。

ネットやSNSでは「別班は実在するのか?」という議論で盛り上がっている。これまで「被災地の救助活動」ばかりに注目されていた自衛隊の「国防」「国家の脅威を排除する」という「本業」に、一般国民の関心がここまで集まるのは珍しい。

毎週ハラハラ、ドキドキとドラマを楽しみながら、愛国心と国防意識が高まるという理想的なプロパガンダになっているといえる。

「妄想乙、そもそもTBSのドラマ制作スタッフが愛国心を刺激しなきゃいけない理由なんてないだろ」と嘲笑する人も多いだろうが、ちゃんとある。「日本の危機」を回避するという「国益」のためだ。国から免許をもらっているテレビ局としては、どうしても国益にかなう啓発・啓蒙に協力をしなくてはいけないのだ。

自衛隊に入ってもらわないと困る
「日本スゴイ」演説で確信

実は自衛隊は深刻な「定員割れ」が続いている。理由は言わずもがな少子高齢化だ。

18年に採用年齢を26歳から32歳で年齢を引き上げるなど、なんとか対応をしているが、このままいけば国防の現場で深刻な「人手不足」が起きる恐れが高い。

なぜかというと、自衛隊に関しては日本政府が大好きな「外国人労働者の受け入れ拡大」が使えないからだ。

となると、この「日本の危機」を回避する方法はひとつしかない。若い世代にどしどし自衛隊に入っていただくのである。といっても、日本は韓国のような徴兵制は難しいので、あくまで自発的に入隊希望をしてもらわなくてはいけない。

つまり、子どもたちの将来の夢を尋ねたら、「大谷翔平」や「ユーチューバー」と並んで、「自衛隊に入って日本を敵から守ります」なんて言葉が出るような世の中にしなくては、日本の安全保障体制は足元から崩壊する恐れもあるのだ。

そこでこの「日本の危機」を回避するために『VIVANT』はつくられたのではないか――。このドラマが放映され始めた時、そんな考察をして1人で楽しんでいたのだが、最終回のあのベキの「日本スゴイ」演説を聞いて、疑惑が確信に変わった。

あの言説は、日本で戦前から続いている典型的な「愛国プロパガンダ」だからだ。

「世界を裏で支配しているのはユダヤ民族だ」というナチスドイツのプロパガンダがわかりやすいが、プロパガンダとはそれらしい断片的なエピソードを集めて「自分がそう思う」というストーリーを作り上げて広めることだ。なので、「客観的な事実」ではない。

「日本は寛容」は大間違い?
客観的事実に
反してなぜそんな脚本に?

ベキが演説をした「八百万の神がいるので日本は寛容」「日本には考えの違う相手を尊重する」はまさしく自ら作ったストーリーで、日本人の多くはそう思いたいかもしれない。それらしい「美談」にも事欠かない。しかし、これは客観的には事実とは言い難い。

例えば、2023年3月に発表された国連の「世界幸福度レポート」で日本の「幸福度」は47位で先進国で最も低く、その原因は「寛容さ」がずば抜けて低いからだとされる。実際、この調査の2020年度版は、「寛容さ」は対象153の国と地域の中で151位だった。日本よりも不寛容な国はボツワナとギリシャしかない。

この不寛容さは「宗教」に対してもいえる。「現代日本の宗教事情(国内編I)」(岩波書店)には、各国の個人を対象に価値観を調べる国際プロジェクト「世界価値調査」のデータを用いて、日本、中国、インド、アメリカ、ブラジル、パキスタンという6カ国の宗教への寛容度を比較している。

それによれば、日本は「他宗教の信者と隣人になりたくない」と考える人が6カ国の中で最も多く、「他宗教の信者も道徳的」と考える人が最も少ない。また、「他宗教の信者を信頼する」と考える人の割合も、下から2番目だった(最下位は中国)。これで「相手の宗教を考える」というのは、さすがに無理がある。

ちなみに、同書ではベキが主張する「八百万の神がいるから他宗教に寛容」という日本人が好む俗説も「思い込み」だとしている。

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この調査では、日本は宗教を重視する人の割合が少ないことも浮かび上がっている。つまり、他宗教に寛容なのは、八百万の神うんぬんではなく、単に宗教そのものに関心がない可能性がある。

「違いを超えて結婚する」というせりふも「客観的な事実」とはほど遠い。日本人の国際結婚は3%程度(2021年人口動態調査より)だ。同じ島国の台湾でも14〜16%だというので、そもそも「違い」を乗り越えるつもりがないと言わざるを得ない。

では、なぜ『VIVANT』では最後の最後に、このような「客観的な事実」と明らかに反するような「日本スゴイ」演説を、名優・役所広司さんに言わせたのか。あれだけ綿密なプロットや伏線をつくれる制作スタッフが「うっかり」でこんなミスを犯すわけがない。意図的にあのような「日本称賛」を入れたのだろう。

日本の美徳で諭して「改心」
実は80年前の映画でも…

理由はひとつしかない。我々を気持ちよくさせるためだ。「日本人」であることに誇りを持たせて、他の国よりも多様性と共感性を持つ優れた民族だと思い込ませたいのである。

なぜそんなことが言えるのかというと、80年前の愛国プロパガンダ映画でもこのベキの演説シーンとよく似た「日本スゴイ」のオンパレードだからだ。

1944年に日本とフィリピンで公開されてヒットした『あの旗を撃て』という戦争映画がある。アメリカの植民地のフィリピンに日本軍がやってくる。当初はアメリカ軍に支配されているフィリピン兵たちは、日本軍と交戦するが、日本兵の高貴な優しさと、フィリピンを同じアジアの同胞として解放に来たという志の高さに心を打たれて、ともに手を取り合って、アメリカ軍を追い出すという典型的なプロパガンダ映画だ。

実際、同作は陸軍指導のもと東宝がフィリピンで制作した「大東亜映画」だ。これは「数世紀の長きに渡つて東亜諸民族に強制せられて来た欧米文化を駆逐」するという国策に基づいた映画で、大東亜共栄圏内の国々の映画人たちと、日本の映画人が協力して制作された。

ただ、国策映画ながら、エンタメ作品としてもよくできている。メガホンを取ったのは、ハリウッドで映画を学んだ阿部 豊という人で、映画のクライマックスに激しい戦闘シーンがあるところなどハリウッドの戦争アクション映画のようだ。

そんな『あの旗を撃て』の見せ場のひとつに、速水部隊長という日本兵が、ゴメス大尉というフィリピン人を「改心」させるシーンがある。速水部隊長は戦闘で捕虜にしたゴメス大尉に対して、日本人はフィリピンをアメリカから独立させるために戦っている、という「日本の美徳」を説明して、こんな風に諭す。

「フィリピン人なら東洋人としての誇りを大切にせよ」

かくして、アメリカの洗脳から解けて「改心」をしたゴメス大尉は、戦線放送でフィリピン兵たちに日本軍と戦うのをやめるように呼びかける――という胸熱の展開になるのだ。

このシーンを聞いて、何かと似ていると思わないか。そう、冒頭で紹介した、ベキがバルカ共和国の悪党に対して、日本の美徳で諭して「改心」を促していたのとそっくりだ。

『VIVANT』斬新なドラマだが
典型的なメッセージ

この映画に限らず、80年以上前から日本人の好む愛国プロパガンダの定番ストーリーがある。それは、誇り高くて、文化や民族の異なる人々にも寛容な日本人が、「悪」の道に堕ちたアジアの同胞に手を差し伸べて、正しい方向に導いてやるというものだ。

その定番ストーリーが『VIVANT』のクライマックスにもかなり時間を割いて描かれている。

また、もうひとつの定番が「アジアの子どもを救う日本人」という設定だ。戦中の愛国プロパガンダ映画に登場する日本軍・日本兵もアジアの子ども守るため、子どもの命を平気で奪う「鬼畜米英」と戦うストーリーがお約束だ。

『あの旗を撃て』には、日本軍を恐れて逃走する米軍の車にひかれて、歩けなくなるフィリピン人の子どもを、日本兵が助けて輸血をして歩けるようになるまで治療をして、最後は歩けるようになる、というエピソードもある。

この定番ストーリーは『VIVANT』にも引き継がれている。詳しくはご自分でググっていただきたいが、ベキはバルカ共和国で内戦が起きたことで、孤児になった子どもたちを救うため、孤児院を運営していた。そして、その資金をつくるために裏でテロ組織もやっているという設定だ。主人公も孤児になったジャミーンという難病の少女を救って、日本に連れてきて治療も受けさせている。

つまり、『VIVANT』というドラマは、日曜劇場としてはすごく斬新で、画期的な試みであった一方で、愛国プロパガンダとしては80年前から変わらない、極めてオーソドックスな作品ともいえるのだ。

もちろん、これはあくまで筆者の「考察」に過ぎない。単なるエンタメ作品を超えて、国家や過去の歴史まで思いを巡らせることができるという作品の奥深さこそが、『VIVANT』の最大の魅力かもしれない。続編が今から楽しみだ。

ダイヤモンド
DIAMOND,Inc.
※この記事は2023年9月21日に公開されたものです。