日本には「華道」、「茶道」そして「武道」、そして「歌舞伎」などなど、世界に誇る伝統的文化が数多く存在します。これらの文化は日本の歴史とともに育まれた、いわば日本という国の魅力を示す代名詞です。また2013年になると、ユネスコ無形文化遺産に「和食」が登録され、現在では日本という国境を飛び越え世界的な食ブームの中核を担ってもいます。

そして近年では、上記のいわば伝統文化だけではなく、より現代的な日本文化にも注目が集まっていることは確かではないでしょうか。その中でも特に、若い世代を中心に圧倒的な支持を得ているのが「ポップカルチャー」です。このポップカルチャーとは、「一般大衆に広く愛好される文化全般」を指しますが、ここで具体的に挙げられているのは「漫画」、「アニメ」、「映画」、「ゲーム」、「ライトノベル」、「ポピュラー音楽」、そして「テレビ番組」などを指します。

2016年9月には日本政府も、すでに欧米で人気となっている「漫画」、「アニメ」、「ゲーム」などに限らず、これらさまざまな分野のコンテンツを対象に「クールジャパン戦略」と銘打って世界発信しようと音頭をとっています。そうして日本をソフトパワーによって世界から多くの「共感」を得て、日本のブランド力を高めようというのが狙いというわけです。

そこで、その中でも「一番潜在能力が高く、その伸びしろもかなりあるのは、やはり日本の『テレビ番組』や『映画』じゃないか?」と考えたEsquire日本版編集部。かつては映画研究会で映画監督を目指していた日本版編集長の絶大なるプッシュもあり、今回特別に日本を代表するディレクターであるTBSテレビの福澤克雄氏にお話をうかがうことになりました。さらにその聞き手には、かつてはTBSテレビにて福澤氏と制作現場を共にしたこともある旧知の先輩後輩関係でもある戦略コンサルタントの山本大平氏に依頼。ときに体育会系の緊張感が走りながらも、大いに盛り上がりました…。


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Yohei Fujii
左はTBSテレビ 上席役員待遇のエキスパート職として制作局ドラマ制作部に所属し、テレビドラマのディレクター・演出家・映画監督として第一線で活躍する福澤克雄氏。代表作に『半沢直樹』『下町ロケット』『GOOD LUCK!!』など敏腕監督。 右はF6 Design 株式会社の代表で、戦略コンサルタントに転身された山本大平氏。近著『トヨタの会議は30分』では、発売から約半年で10万部を突破するなど、ビジネス書界でも今最注目の著者でもあります。かつてはTBSテレビの編成局に所属し、スペシャルドラマ『LEADERS』ではアシスタントプロデューサーとして ドラマ制作現場を福澤氏と共にしていました。

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左/福澤克雄
東京生まれ。TBSテレビ・制作局ドラマ制作部所属のテレビドラマのディレクター・演出家・映画監督。TBSテレビでの役職は上席役員待遇のエキスパート職。慶応義塾大学卒業。幼稚舎からラグビーを始め一貫してラグビー部所属し、1985年には大学日本一、トヨタ自動車を破って日本一にも輝く。大学卒業後は富士フイルムに入社し、1989年にTBSテレビに転職。『3年B組金八先生』『砂の器』『さとうきび畑の唄』『華麗なる一族』など数多くのテレビドラマを手掛け、『半沢直樹』では平成ドラマ視聴率一位を獲得。現在はテレビだけに収まらず、『私は貝になりたい』(2008年11月公開)、『祈りの幕が下りる時』(2018年1月公開)、『七つの会議』(2019年2月公開)など映画監督として活躍する。その存在感の強さと愛すべきキャラから、多くの人から「ジャイアン」に由来する「ジャイ」「ジャイさん」とニックネームで呼ばれている。
 

右/山本 大平
大阪生まれ。戦略コンサルタント/事業プロデューサー。 2004年、新卒でトヨタ自動車に入社し長らく新型車の開発業務に携わる。在籍中には、常務役員表彰、副社長表彰を受賞。また、トヨタ全グループで開催される多変量解析の大会にて優勝経験を持つ。TBSに転職後、『日曜劇場』『レコード大賞』『SASUKE』など、看板番組のプロモーション及びマーケティング戦略を手がける。その後はアクセンチュアのマネージャー職としても経験を積み、2018年に経営コンサルティング会社 F6 Design 株式会社を設立。トヨタ式問題解決手法をさらにカイゼンし、統計学を駆使したオリジナルマーケティングメソッドを開発。企業・事業の新規プロデュース、ブランディング、AIのビジネスシーンへの導入、組織改革におけるコンサルティングを得意領域とする。これまでにアコーディア・ゴルフ執行役員CMO、DMM.make AKIBA戦略顧問、BNGパートナーズCMOなど、大手からベンチャーまで数多くの企業の要職を歴任/兼任中。

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ディレクター福澤氏、誕生秘話

福澤克雄氏(以下、福澤)/まず私がなぜ、この道を極めたいと思い始めたかを言いますと…。これが自慢でもなんでもなく、抗うこともできない事実なので言わせていただきますが、僕は福沢諭吉先生の孫の子として生まれているので、幼稚舎から大学まで一貫して慶應に通ったわけです。

そこで、福沢先生が残したとされる「心訓七則」の教えを小学生(幼稚舎)時代から叩き込まれました。中でも、最初に記されている「一、世の中で一番楽しく立派なことは、一生を貫く仕事を持つことである」は自分でも大切にしていて、「世の中のためになるような仕事を見つけなければ」と学生時代から考えるようになりました。

そこで「映画監督になって、皆さんの心を元気できたら…」と願うようになり、中学生の頃ぐらいからずっと目指していたのですが、「なかなかそれになる道がないな…」と悩んでもいましたね。

山本大平氏(以下、山本)/学生時代から、映画監督を目指されていたのですか…。すみません、今初めて知りました…。私はてっきり「学生時代は“ラグビーを極めること”を考えていられていたのかな」と思っていました。日本を代表するラグビー選手で、慶應大が日本一になったときの主力選手でもあった方なので…。

福澤/ラグビーね、あれは素晴らしいスポーツです。でも私にとって、特に大学の4年間は強烈な記憶しかありません。それも途轍(とてつ)もなく…。いまだに夢を見るぐらいですから。あの4年間より、きついものをこれまで経験したことはありませんね。

山本/そうだったんですね。ジャイさん(福澤氏のニックネーム)は幼少期から仕事観に向き合われ、その連続性の中でTBSに転職されたのですね。

福澤/幼稚舎って、1~6年生までずっとクラス替えがなく、担任の先生も一緒なんです。そこで私のクラスの担任は中川先生という方で、「勉強」以上に「嘘つくな」とか、「相手の気持ちを考えろ」、「心を持て」といった教育方針を貫く方だったんです。きっと経営者のご子息が多い学校だったので、帝王学的な面を大切に考えていたのでしょうね。もちろん「仕事の大切さ」も、常に訴えていました。「金儲けじゃない。一生、プライドを持って臨める、世の中のためになる仕事を早く見つけろ。好きで好きでたまらない仕事を…」という教えでした。

そう思って、当時「映画監督をやろう」と決めたんですね。すると先生、「ラグビーも続けるんだ」って言うんですね(笑)、きついのに…。でも先生、「ラグビーは、仕事上も絶対役立つ」って思っていたんですね。あとになって気づきました。

で、大学に入ったらラグビーを辞めて、映画監督目指そうと思っていたんです。でも、ラグビーやっていた証が欲しいなって思って一生懸命練習したら高校日本代表になってしまって…。「これで辞めることができる」と思っていたらそれが逆で、家族が喜ぶわけです。それで、「当然、大学でもやるんでしょ?」ってなってしまって…。 

山本/ そんな経緯が…。大学でのラグビーは周囲の期待に応えるためにやられていた分が少なからずあったのですね。それでもまた大学で主力選手にまでなられているなんて、私には感嘆しかありませんが。才能が多すぎます。

福澤/「映画監督になりたい!」なんて、恥ずかしくて親にも言えなかったね…。「大学卒業したら、まずはテレビ局に入るぞ」と思っていたら、ちょうど就職試験の時期が代表遠征みたいのものと被ってしまって..。タイミングを失いながらも運よく、映画に関係できる素晴らしい会社に巡り合うことができて、就職しました。ですが、映画監督がやりたくて…。その頃ラグビーも辞めていて、「何やっているんだろう?」と思っている時期で、そこでいろいろ調べたら、TBSは25歳までならどこの会社に勤めていても新卒入社試験が受けられることを知り、思い切って入社試験を受けることにしたんです。そうして運よく、寄り道しながら映画が制作できる会社に就職できたわけです。

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Yohei Fujii

山本/最初から、ドラマ制作部に配属だったのですか?

福澤/入社当時、最初は「スポーツ!」って言いましたね。それで少し研修やってから、「ドラマ制作部に!」って言いました(笑)。そこで研修を担当していた先輩方に怒られましたが、これまでのお話した気持ちをそこで全部打ち明けたら承諾してくれたんです。

山本:その手法、どこかジャイさんらしいです(笑)。そこからジャイさんのドラマ人生がスタートしたのですね。ちなみに最初に撮られたドラマはどの作品だったのでしょうか?

福澤/1993年に『誰にも言えない』という『ずっとあなたが好きだった』の続編的なドラマの中の1本を、AD(アシスタントディレクター)をやりながら撮らしてもらいました。でも、すごくメチャクチャに作ってしまいましたね。で、いろいろ怒られました…。


福澤流のドラマ勉強法は
ラグビーと一緒…
ビデオを観まくること

山本/ジャイさんでも叱られることがあるのですね(驚)?

福澤/そりゃ、ありますよ。でもこれを機会に、ドラマ作りの勉強を真剣にするようになりましたね。で、思いついたのが、ラグビー形式。ビデオを観まくるんです。いわゆるスカウティングというもので、イメージトレーニングを重ねるんです。

学生時代、ラグビー部の合宿所にオールブラックス対イングランドのビデオが置いてあって、世界最高峰の試合の流れと一緒にひとつひとつのプレーをその状況、そのときの選手の判断までを頭に刷り込むように観まくりました。そうしておくと、試合中に自分が同じような状況に陥ったとき、自然と身体がそのプレーを選択できるようになるんです。実際、自分がそうでしたので…。

そんなわけでまずは、オールブラックスやイングランド級だなって自分で思う映画を30本選んで、ひたすら3年間観まくるっていうことをしました。もう、それ以外は観ません。でも実際、ひたすらに観まくったわけですが、当時はそれに効果があったのかは全然わからずじまいでした(笑)。でも、自分で演出をするようになって、これまで観てきた映画との違いにも気づけるようにもなり、その上で試行錯誤を重ねていって現在に至る…といった感じですね。

ちょうどその頃、テレビドラマも視聴率戦争に入る頃でしたね。

面白いドラマ
=高視聴率ドラマなのか?

山本/いいタイミングで、「視聴率」のキーワードが出ましたが…。これ、私がTBSにいた頃からジャイさんにお訊きしたいことでもあったのですが「視聴率」という指標をどの様に捉えられているのでしょうか?

以前、私がTBSでジャイさんやドラマ制作部の皆さんと一緒に、私もAP(アシスタントプロデューサー)としてドラマ制作に携わらせていただきましたが、その頃から私は「作品と商品の違い」について常々考える様になりました。視聴率が獲れなくても面白いドラマも数多くありますよね。ジャイさんご自身は「作品性の高いドラマを多く作りたい」と考えられている監督さんだと、私は常々感じていたのですが、実際どうなのでしょうか? 端的には「視聴率」という名のビジネス指標を意識されることってあったりされるのでしょうか? 

福澤/これは、非常に難しい問題ですね…。

山本:視聴率」は“商品力の指標”であって、“作品力”はその指標だけでは一概には測れないと私は感じていましたが、ジャイさんはそこに何かジレンマなど感じられたことはあったりしませんか?

もっとも視聴率が不要だと思っている訳ではなく、「作り手」の方々における視聴率の捉え方や腹落ち感ってどうなんだろうと、私自身も経営コンサルになり、今もクリエイティブな会社と仕事をご一緒させていただくのですが、ぜひその辺の感覚を、日本のクリエイターの代表となられたジャイさんからもぜひお訊きさせて頂きたいです。  

福澤/ドラマばかりではありませんが、コンテンツを作るためにはお金が必要になります。そこでドラマの場合、その帯にCMを入れてくださるスポンサーさまがメインの出資者となります。そうしてドラマを作らせていただくというのが大前提にあるわけです。よって、「視聴率を蔑ろにして、いい作品を作ります」というのは間違っていると思っています。スポンサーさまに貢献すべきことは視聴率を上げて、より多くの方々にそのCMと共にそのブランド、そのプロダクツを認知していただくことなので。

また、いい作品と悪い作品の判断は人によって違うもの、個人差があるものです。 私にとって人生を変えた映画『スター・ウォーズ』を、「くだらない!」って思う人もいるわけなので…実際、同級生にいたんです。人によって感覚は全く違うのですから。そこで声高に言った人ばかりが目立って、それが相対評価だと勘違いされる傾向がありますよね。でも、そこで数字として出る「視聴率」は相対評価であり、それは平等とも言えると思っています。それはテレビ局の評価基準にもなるわけですので、「視聴率」を無視して作ることは考えていません。若い頃はとにかく、視聴率を獲りにいきました 。

山本/ということは、今も常に視聴率獲得を考えながらドラマ作りを?

福澤/今このタイミングですと、むしろ、小学生だった頃の教えのほうがボリュームアップしてきました。「世の中の人たちのためになるものを作らないといけない」と立ち返って、数字は意識しながらもあまり考えすぎないようにしています。


「日本のテレビドラマには、
世界的にもヒットする
チャンスが転がっている」と山本氏

山本/最近になって強く思うのですが、日本のテレビドラマには、意外と今、世界でも多くの人々から支持が得られるチャンスが転がっていると思っています。端的には独特だからです。私は時間があるときは国問わず海外作品を観ているのですが確かに面白い作品も沢山あります。ただそのラインナップの中には、例えば福澤監督が作る様な作品は一つも見当たらないといった方が伝わりますでしょうか。

福澤/ありがとうございます。そうですね、日本のエンターテイメントというコンテンツを公開する中心的存在となっているのは、基本的にはテレビ局であることは確かですね。ゲームや舞台などは別ですが、ドラマをはじめバラエティやドキュメンタリーなどを制作するのは、やはりテレビ局。ですが、その現場で作っている人たちはまだまだ、日本国内で認められることに全神経を集中させて制作していると思いますね。

最近は世界的な規模で動画配信サービスを行うNETFLIXなどが大ブームとなって、ドラマなどテレビ番組というコンテンツの見方を変えてきた人も確かにいます。でも、「韓国ドラマはすごいな」って言いながらも、自分自身は「次の日曜劇場どうするか?」などと、いわば時代と情況は変われどいわゆる「日本のお茶の間」で受けるために全神経を集中して制作するんです。でもそれが、ここ3年ぐらいで変わってきているのは実感していますね。「海外へ」という風の流れの変化も徐々に強くなってきていることは確かですね。

山本/ジャイさんご自身も、そういう意識に変わられている様な気は『陸王』のお手伝いでお会いしたときの会話から少し気付いていました(笑)。「日本のお茶の間」を狙ってドラマを制作し感動や共感を与えられる創造者は、おそらくその意識が「別の国の人々」に変わったとしても、その人たちに感動を与える作品を作ることもきっとできてしまうのだと感じています。

私も以前クルマ作りに携わっていましたが、同じカローラでも北米仕様と欧州仕様と国内仕様では、標準装備ですら微妙に変えてもの作りします。また各国において出荷基準(評価基準)も国の法規で異なるので、つまりは「国」というターゲットが変わっても作れる人は作れるという様に考えています。お客様に合わせたもの作りができるかどうかという視点です。

その上で、今回の本題に戻すと、課題となるのは「売り方(届け方)」なのではないかと捉えています。ここが日本人の得意ではない部分であると、一端の戦略コンサルとして分析していたりもします。

山本大平,福澤克雄,半沢直樹
Yohei Fujii

福澤/韓国の事情を調べると…第一、人口も日本の半分以下ですよね。韓国国内だけでコンテンツを供給しているだけでは、採算が合わないという計算もあってのことだと思うんですね。そんな理由もあって韓国は一挙に、なんの戸惑いもなく世界に向けてコンテンツを配信していく姿勢、そしてそのための宣伝活動のお金もかけることができたのだと思っています。それでドンピシャハマって、現在のように世界的なブームへと発展したのではないでしょうか。

ただ日本では、そう簡単には行かない部分もいろいろあるんですが…。でも、そろそろ日本のドラマも海外での配信をきちんと目論んだ「売り方」をしないといけない時代だとは思っています。私にとって、そう実感させた一番の理由は今後の人材育成のためからです。今後、エンターテイメントの世界を目指す若者たちの道を広げるためにも、今こそ制作現場を仕切っている私たちは好例を作っていかなくてはならないタイミングだと、考え始めているのは確かですよ。他局の制作現場の雰囲気も、そう感じているはずです。

山本:そうですよね。TBSでも昨年、『日本沈没』や『TOKYO MER』で世界配信されましたよね。凄くエキサイティングな出来事だと感じていました。

福澤/わたしも同じ考えで、すごく期待もしています。

山本/一方で、「1週間」という障壁があるようには感じました。『イカゲーム』や『全裸監督』でもどのドラマでもそうですが「一挙に続きを見られる状態」が今や世界のスタンダードなので、この1週間を世界の視聴者の「障壁」とするのか、ラテラルな戦略を取り入れて、あえて日本コンテンツならではの「オリジナリティの一つ」とするのか、この1週間の利用の仕方一つとっても売り方における戦略スイッチが存在している箇所かもしれません。もちろん海外の方々に評されるコンテンツがありきの話ではありますが。