「もう二度とできないほど、辛く、苦しい毎日だった」と話す岡山さんが、同作の出演を経て見えてきたものとは何でしょう――。

納得した服で出かける
それは自分にスイッチを
入れるひとつの儀式

 
YUKI KUMAGAI
「オーラリー」のカシミヤシルクのクルーネックカーディガンなら、Tシャツの上に羽織るだけできっちりとした印象に。足元は「ジェイエムウエストン」のマスターピース“ゴルフ”に純白のソックスを無造作に覗かせるのが粋。カーディガン6万1600円、Tシャツ1万3200円(2点共オーラリー TEL 03-6427-7141)、パンツ2万2000円(ヤエカ/ヤエカ アパートメント ストア TEL 03-5708-5586)、シューズ15万4000円(ジェイエムウエストン/ジェイエムウエストン 青山店 TEL 03-6805-1691)

役を演じていない時にカメラで撮られると、特有の体感みたいなものがあって面白いんです。

「最近の自分はどこにいるのか?」「いまの原寸大の自分ってこんな感じなのか」って。仕事柄、日々自分の身体に何かしらが入り込んできているので、自分自身の発見があったりしますね――

そう語るのは、主演映画『笑いのカイブツ』の公開が待たれる岡山天音さん。どんな役柄でも自分のものにしてしまうインパクトと、ナチュラルさを併せ持つ稀有な存在です。多くの俳優たちから一目置かれる実力派でもある…そんな彼は、普段のファッションスタイルも変幻自在。

「自分の中に、ルールみたいなものはないですね。ジャージみたいなものばかり着て、現場に行くときもあるし、前日から何を着ようかって考えることもある。いずれにせよ、『そのときの気分に従順でいたい』という思いがあって、自分のモード次第ですね」

“一度現場に入って衣装に着替えれば、別人になる俳優”にとって、出かけるときの装いは自分らしくいられる瞬間でもあり、徐々に役へと向かっていくアプローチにもなる貴重な時間ではないでしょうか。役柄によってリラックスしたいときもあれば、戦闘モードのときもあるはずです。

 
YUKI KUMAGAI
コットン素材の「ヤエカ」オールインワンは、しっとりとした肌触りが心地よく、着込むとさらに柔らかな風合いが増すでしょう。上品さと抜け感を併せ持つ「ジェイエムウエストン」のマスターピース“ゴルフハイトップダービー”を合わせ、美しいエイジングを全身で楽しめるのも大人の余裕があるからこそ。オールインワン4万6200円(ヤエカ カンバス デザイン/ヤエカ TEL 03-6803-8110)、腰に巻いたニット4万4000円(オーラリー TEL 03-6427-7141)、シューズ16万5000円(ジェイエムウエストン/ジェイエムウエストン 青山店 TEL 03-6805-1691)その他スタイリスト私物

「『笑いのカイブツ』は大阪で撮ったので、服とか気にしていられなかったように思います。とは言え、納得した服で出かけることは“自分のスイッチを一つ入れる儀式”になるので、ドロドロになりながらも意識してやっていたかもしれません。どんなに苦しくても、寝起きのシームレスなグラデーションの状態で仕事場に向かいたくないので。“ここからはツチヤ”って気合を入れて、現場に入っていた日々でした」

岡山さんが演じたのは、“伝説のハガキ職人”ツチヤタカユキ役。寝食を忘れて、笑いのために全てを捧げ、時には命を削ることも――。その並外れた熱意が仇(あだ)となり、周りの人と溝ができてしまう。誰よりも笑いを愛し、才能にも恵まれながら、人間関係が不得意なせいで浮上できないもどかしさも…。ツチヤを演じた日々は、もう2度とできないほど、辛く、苦しい毎日だった」と振り返ります。

他者と混ざるストレスを
どう幸福に変えられるのか

 
YUKI KUMAGAI
テーラーメイドに軸足を置きながらも、日常に寄り添う親しみやすさを感じさせる「ゼニア」のシャツジャケット。中に合わせた白シャツのボタンは、あえて上まで留めてかっちりと。シャツジャケット48万7300円(ゼニア/ゼニア カスタマーサービス TEL 03-5114-5300)その他スタイリスト私物

「ツチヤタカユキという男自体が孤独であるうえに、主役として大きく担っているポジションを全うしようとすると、どうしても孤独になるので苦しさも2乗でした。『特別、孤独だった』と思います。

ツチヤへの愛情もありました。枝葉の部分じゃなくて、幹の部分で他人事ではないシンパシーを感じましたね。それって、自分以外の人と対面するときにギャップを感じることのほうが多い自分にとっては珍しいことなんです。いろんな役をやらせてもらって、どれも愛情があるし、好きだけど、ツチヤにはそのどれとも違う、特別な思いがありました。

ツチヤにも僕にも、一般的な枠みたいなものに上手く身体を添わせられないところがある気がします。ただ俳優としての僕は、自分の中に他人の色が混ざってくることも合わせて面白さだと思っています。俳優業は他人との関係性で、自分1人では割り出せない答えに、思いがけず出合えることになるます。僕はそこを楽しめるから、続けていられるのかもしれないですね。

でも、もしかしたら、どこかで割り切っているのかもしれません。10代の頃の僕は自分の正義に従って、判断基準も『それが全て』というような人間だったので、他者と交わるストレスを感じていました。ツチヤもまた、誰かと混ざれない人です。だけど、混ざる美しさもある――。

僕の元の性質はツチヤに近いので、混ざるストレスをどう幸福に変えられるのか、イメージして、逆算して、『必要な材料はなんだろう?』と構築していったところがあります。そうしないと、この仕事を選んだ意味がないですから…」

a person with the hand on the face
YUKI KUMAGAI

劇中にはツチヤがどんなに避けようとも、その才能にほれ込み、支え続ける人たちが登場します。ツチヤの個性を面白がるピンク、ツチヤの努力を尊敬するミカコ、ツチヤの資質を買っている西寺。彼らが頑なツチヤの心を揺さぶります。演じるのはそれぞれ、菅田将暉、松本穂香、仲野太賀といった錚々たるメンバーです。

誰とも違うツチヤに役柄がほれ込んだように、演じた彼ら彼女らもまた岡山さんに魅せられ、「彼が主演だから」と出演を快諾したそう。

「表面的なコミュニケーションではなく、たまたまツチヤの信号をキャッチできるアンテナみたいなものを持っていた人たちなのかもしれませんね。菅田くんと僕も、そんな関係のような気がします。

彼と出会ったとき、僕は他人とほとんど喋れないような子どもだったのに、菅田くんはその頃から興味を持って話しかけてくれていました。太賀くんもそうです。僕としては、変な周波数にも合わせられる人たちが自分を見つけてくれた、存在に気づいてくれたという思いがあります。いまだに“変わった奴だ”って思われていると思いますけど(笑)」

倒れそうになる自分の背中を
みんなが支えてくれていた

 
YUKI KUMAGAI
時代を超えて愛される「マーガレット・ハウエル」のシャツを今買い足すなら、ウォッシュドヘザーカラーがおすすめ。これはラフな印象を程よく漂わせながら、着る人の品格を引き立てる名品です。シャツ4万1800円、パンツ5万600円、シューズ16万5000円(すべてマーガレット・ハウエル TEL 03-5785-6445)

見た目の華やかさとギャップがあるからこそ、なおさら俳優業は孤独な職業なのでしょう。そんな中でも、支え合える同志がいるということの心強さ――重責を果たした『笑いのカイブツ』を経て、「たくさんのものが見えてきた」と話す彼は、なんだか俳優として、人として、さらなる頼もしさが見えました。

「ここまで局地的に追い詰められる役ってあまりないので、現場で精神的にもイレギュラーな状態になって、そういうときにふと周りを見ると、最後の最後、倒れそうになる自分の背中をみんなが支えてくれていたんです。

これまで共演させていただいた先輩だったり、監督やスタッフさんたちもそう。ツチヤだった時間は、普段では味わえないぐらい1人だった。だからこそ撮影期間中、水面下からふと顔を上げたときに『あ、1人じゃないんだ』って、より感じることができました。

なんてことのないやりとりの言葉一つ一つに、人の体温をすごく感じました。みんな優しかった――あれだけきめ細かく、肌と肌で触れ合っている感覚で他者の体温を感じられたことは、これまでなかったと思います。『芝居と人生は地続き』、そんな気づきがこの作品で得られたことがとてもよかったと思っています


2024年1月5日公開映画『笑いのカイブツ』

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
『笑いのカイブツ』90秒本予告
『笑いのカイブツ』90秒本予告 thumnail
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笑いに人生を捧げるツチヤタカユキは、毎日気が狂うほどにネタを考える日々を過ごしていた。念願かなってお笑い劇場の小屋付き作家見習いになるも、愚直で不器用なツチヤは他人には理解されず淘汰されてしまう。失望していた彼を救ったのは、ある芸人のラジオ番組。番組にネタや大喜利の回答を送るハガキ職人として再びお笑いに人生をかけていた矢先、「東京に来て一緒にお笑いやろう」と憧れの芸人からラジオ番組を通して声がかかった。そんなツチヤは東京で、必死に馴染もうとするが…。

監督:滝本憲吾
原作:ツチヤタカユキ「笑いのカイブツ」(文春文庫)
出演:岡山天音、片岡礼子、松本穂香、前原滉、板橋駿谷、淡梨、前田旺志郎、管勇毅、松角洋平、菅田将暉、仲野太賀

公式サイト 

岡山天音:1994年6月17日生まれ、東京都出身。2009年ドラマ「中学生日記」で俳優デビュー。主な出演作にNHK連続テレビ小説「ひよっこ」、ドラマ「同期のサクラ」(日本テレビ系)、「デザイナー 渋井直人の休日」(テレビ東京系)、「最愛」(TBS系)、「恋なんて、本気でやってどうするの?」(フジテレビ系)、「日曜の夜ぐらいは…」(テレビ朝日系)、「こっち向いてよ向井くん」(日本テレビ系)、映画『ポエトリーエンジェル』(2017年)、『王様になれ』(19年)、『ワンダーウォール 劇場版』(20年)、『青くて痛くて脆い』(20年)、『キングダム2 遥かなる大地へ』(22年)、『さかなのこ』(22年)、『BLUE GIANT』(23年)など、多くの作品に出演。主演映画『笑いのカイブツ』が公開を控える。事務所HP

Photograph / Yuki Kumagai
Styling / Naoki Ikeda
Hair & Make-up / Amano
Text / Aki Takayama
Edit / Minako Shitara(Esquire)