その男、名は「侃(なお)」――

かつて彼の名前を原稿にタイピングする際には、少し悩みながら(ときに「けんけんがくがく」と打ったりして…)四文字熟語の「かんかんがくがく」に変換をかけたのちに文頭「侃」のみを残して記載する方法しか(私の場合)思いつきませんでした。前回のインタビュー時、そうして記事制作を乗り切ったことも述べさせていただきました。

ですが今では、「かん」と打って変換キーを数回押せば、「侃」という漢字が表示されるよう進化しました(と言っても、PC<内のMicrosoft IME>が学習してくれたのですが…)。なので、今回の記事はサクサク進みます(笑)。

そうして私は「侃」という字が持つ意味と同様に、彼の懐に擁する「正しく強い」「意志が強い」を表しながらも「やわらぎ楽しむ」という奥深いアティチュードを再確認。さらなる人気を得た現在においても変わらず、「論を持して侃直(かんちょく)なり」であり、時代を超越した「漢」という魅力もそのまま…いや、それ以上の進化の片鱗を私に感じさせてくれたのです(私の進化とは比べものにならないくらい…の)。以前と同様、自身が生きるうえでのモットーを「人に優しく、自分に厳しく」と今回も語る高橋 侃さん。その深遠なる魅力を、このインタビューで皆さんに共有できたら幸いです。

(可能な限り短くしながらもまた枕が長くなりました。肝心の侃さんの声を皆さんに伝えなければ…です。

高橋侃

編集部:
出演が決まったときの思いは?
また、原作の小説『母性』は
もともと知っていましたか?

高橋 侃さん(以降、高橋):この映画の出演の話をいただいて、それが湊かなえさん原作の作品であることを知ったとき、心からうれしく思いました。そして、廣木隆一監督とも初めての仕事になるので、「自分自身の爪痕をきちんと残せる作品にしなければ」と心に誓いました。

残念ながらこの小説はこれまで読んだことがなく、お仕事のお話しをいただいたときに購入して読みました。そのときにはもう、台本もいただいていたのですが…。小説と台本を照らし合わせて読んでいくうちに、「これはすごく、人によって捉え方が違ってくる物語になるだろうな」って思いましたね。もちろん、みんな考え方はそれぞれ違うので当たり前のことなのですが…。

「母性」というテーマということで、女性側の視点から描かれる物語になるのですが、実生活上の僕はその母性の対象者である「息子」という立場でもあります。また今後は、「母性」とは似て非であるとも言える「父性」を抱く父親にもなる可能性もあるので、すごく考えさせられました。

「そのとき自分は、親として在りたいのか? それとも、子どもである自分で居続けたいのか?」という感じに…。湊かなえさんはこの小説の最後のほうで、「自分がして欲しかったことを自分の子どもにするのは、母性なんじゃないか?」とつづっています。この小説を読み進めている中、さまざまな場面で「母性って何だ?」と問いかけてきたのですが、最後にこのひと言を読んだときにすごくハッとさせられました。

そんなわけでこの作品は性別を超え、生きていく上での家族との関係性…さらにそれが広がって、人と人との関係性を過去・現在・未来といった時空を超えて考える機会を与え、自分なりの気づきを授けてくれる作品だなって思っています。

編集部:
高橋さん自身は親か子か…
どちらの自分でありたいですか?

高橋:まだ、父親になったことがないのでわかりません…(笑)。この映画の中で、永野芽郁さん演じる清佳が言うセリフのとおりではないかって思います。

「私はどっちなんだろう」という状態、疑問のままです。すでに母親や父親である方の中にも、答えが見つかる人と見つからない人がいるでしょうね。でも、この映画を観て、そのことを考える機会を持つこと自体が大切なこと…と考えます。そこから自分自身は、一人で生きているわけではないことが確認でき、その想いを家族から世界へと拡大していくきっかけにもなるかもしれない…と。

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Yuki Yamaguchi(W)

編集部:
今回も高校生役で…(笑)。
前回のインタビュー時とは
対極的な役でしたが、
演じていて違いを
意識したところは?

高橋:2020年のインタビューのときは、テレビ朝日のドラマ『先生を消す方程式。』の出演に際して髪を金髪に染めて、暴力的な生徒・剣力(つるぎりき)役を演じていましたね。今回はその真逆とも言える高校生、中谷 亨(以降、トオル)として映画『母性』に出演させていただきました。原作をお読みになっている方々なら、イメージできるかと思います。

今回、高校生役だからと言って、なにか特別意識して演技しようとは思いませんでした。いちばん大切にしたのは、年齢を超えたところにあるトオルというキャラクター自体です。自分の性格と、かなり親和性の高い部分もありまして…。それは、“自分の思ったことはきちんとみんなの前で主張する”というところです。なので、自然と役に入りやすかったですね。

編集部:
今回いちばん印象に残っている
セリフは何ですか?


高橋:「まあ、いいっか」ですね。自分の思ったことは強く主張しますが、ひと言で言うなら「とても慈悲深い男」でもあるんです、トオルは。「真っすぐで懐の深い男の子」といった印象でしょうか…。そこでそんなトオルが放つ「まあ、いいっか」「仕方ないな」といったセリフは、この作品の中でとても重要な役割を担っているようにも思っています。

娘に愛情を注ぐよりも、自身の大好きな母に愛されることを望む女性…この「母性に惑わされている」と言える母 ルミ子(戸田恵梨香さん)に育てられたのが、永野さん演じる娘 清佳(さやか)です。なので、そんな清佳は母からの愛情に飢えているわけで、母娘の感情のやりとりは実に胸が締めつけられるほどのせつなさを感じさせます。

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(c)2022映画「母性」製作委員会

そこで彼氏であるトオルの存在は、清佳にとって“軽さ”や“解放感”を見いだすオアシスのような存在を担っている…と思って演じました。それを象徴するセリフが、この「まあ、いいっか」なんです。楽天的なセリフなようですが、実はその奥には寛容性、包容力に満ちあふれるよう心掛けました。

そんなトオルの存在、そしてこのセリフのリフレインによって、清佳はたびたび心を立て直すスイッチを入れることができるように…。映画を観てくれている方々にも、僕(トオル)がスクリーンに登場する時間は、清佳同様に「心休まる時間になってほしいなぁ」と願っています。

編集部:
永野芽郁さんとの共演は
いかがでしたか?
実に自然体で心地よかったのですが…

高橋:僕がこの映画の中でお芝居を一緒にするのは、永野さんとだけなんです。そして、永野さんとは初めての共演。そこで初顔合わせのとき、少し緊張しながら永野さんに会話を切り出したのですが、とにかく気さくな方でとても話やすくて…。一緒にいるだけで、愉快にさせてくれる方でした。撮影の合間での会話も、どこか高校生の二人が図書館で会話しているかのような感覚にしてくれるんです。そのおかげでお芝居がとてもしやすかったので、永野さんには心から感謝しています。

あと、原作をすごく大事にしましたね。台本と共に小説も、何度何度も読み込みました。清佳とトオルとの関係性は、小説で書かれていることと映画で描かれていることとは少し違うんです。その中でもどういった経緯で、付き合う関係までにいたったか? 一緒の時間を過ごすようになったのか? それはどこかに詳細につづられているわけではありませんでしたが、それを探し求めて原作の小説とにらめっこです(笑)。もちろん、脚本と照らし合わせながらですが…。

それは「トオルというキャラクターを、忠実に表現したい」って思ったからです。そして小説に描かれてない部分を、どれだけ違和感なく拡張して表現できるかを追究させていただきました。そして2人でいる時間は、「清佳が楽でいられる存在」になることを主題に演じていきました。トオルとして、清佳の言いたいこと・考えていることを確実に受け止めてあげるように。

撮り終えてトオルというキャラクターを第三者的に思うに、彼はすごく素敵な人物だって再確認できるんです。みんながいる教室の中で自分が正しいと思ったことを主張するのですが、決してその場の空気を壊さず、サラッと言える感じは自分自身「学ぶべきところだなぁ」って思いました(笑)。

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Yuki Yamaguchi(W)

編集部:
いちばん印象に残っている
シーンはどこですか?

印象に残っていると言えば、バス停のところですね。清佳とトオルがバスから降りたとき、その反対車線のバスから降りた清佳のお父さん(演・三浦誠己さん)を見つけるところです。僕らが乗ってきたバスと、お父さんが乗ってきたバスのタイミングを合わせるのがとても難しくて…。

一回失敗すると、バスがもとの位置戻るためには20分ぐらいかかるんですよ。そんなわけで、テイクもかなり重ねたシーンになりましたので…。カメラの位置もかなり離れた場所からの撮影だったので、NGの数だけ20分間僕と永野さん二人でずっとおしゃべりしていました。

しかも、このシーンは劇中でも重要なシーンのひとつなんです。反対車線に父親を見つけたことで清佳の様子がおかしくなっていることを察知し、言葉選びをしながら「どうした?」って訊く。すると清佳は、「いや…」と言う。再びトオルが「なに?」って訊き直して、さやかは再び「いや…」と言う…そんなやりとりがあるんです。

そこで清佳の様子に気づいて、お父さんの歩いていく方向がお祖母ちゃんの家の方角だと気づきながらトオルは、「一緒に行こうか、おばあちゃんち」と言うのですが、清佳の答えは「ううん、大丈夫」。それに対してトオルは、「うん、わかった」といってこの会話に決着をつける…。あの年齢で、この問答を「わかった」で片づけることができるのって、とても素敵なことだなって思いましたね。

そうして清佳を残して一人帰るわけですが、そのときトオルはずっと、後ろを見ているんです。清佳がおばあちゃんの家のほうへ向かったことを確認するため、前に進みながらも。そこはたぶん映っていないと思いますが、清佳を見ていたんです…。そうやって、相手の気持ちを深く思いやりながらも、サラッと軽く見せられるところも、ほんと素敵なことだなって思いましたね。ついつい、いつの間にか踏み込んではいけないパーソナルスペースに足を出してしまうことってあるじゃないですか…「なになになに? どうしたの? 俺も一緒に行くよ!」って。それをしないところが、トオルの魅力ですね。

編集部:
高橋さんも実際、
そうなんじゃないですか?

高橋:いえいえ…(笑)。でも、似ているところもあるんですよ。最初に言ったように、自分が正しいと思ったことは主張するタイプなんで僕も。でも、僕の場合はトオルのようにその場の雰囲気を崩さないタイプとは言い切れませんね(笑)。自分の言いたいことを言いながら、たぶん崩してしまうタイプですね。似ているところもありつつ、違うところも多い役柄だったので、実に役者として学べる役柄でもありました。

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Yuki Yamaguchi(W)

編集部:
では最後に、トオルを演じて
自分の意識が変わったところは?

高橋:はい、まさにトオルの距離感です。もうちょっと、大人にならなければ」と思いましたね。トオルは高校生という年齢で、あれだけ大人っていうのを感じさせる。“迫る情熱”と同じレベルで“引く情熱”もあって、それが表現できる人間っていうのは素敵だなって発見させられました。

何か話したくても、そこで「OK、わかったよ」って言える自分になりたいですね。そして、この見守ることの大切さに通ずることかもしれませんが、自分が正しいと思ったことを言うだけが正義ではない…ということも気づかされました。場を崩さないように、どうやって言えばいいのか? を考えるようになりました。

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Yuki Yamaguchi(W)

居心地がいい関係の素晴らしさ…ということでしょうか。そんな感じでこの作品との出会いで、自分は「人に優しく、自分に厳しく」という生きる上でのモットーを改めてブレイクダウンして考え直す絶好の機会となりました。

ご覧の皆さんにも、そういった気づきが共有できればと願っています。また、男性女性さらに年齢の幅も超えて、「母性」というものを考える絶好の機会となるかと思います。ぜひ劇場へ足を運んでください。

高橋 侃
Nao Takahashi

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Yuki Yamaguchi(W)

1995年10月31日生まれ。福島県出身。恵比寿ビューティカレッジ卒業後、ヘアサロン「SHIMA(シマ)」に入社し人気ヘアスタイリストになる。そして同時に、ファッションモデルとしても活躍。モデルとしては、2018-19年秋冬のミラノ・メンズ・コレクションの「ドルチェ&ガッバーナ」のショーに出演し、また同ブランドの18-19年秋冬のワールドワイドキャンペーンのモデルにも起用されるなど、日本を代表するモデルとしても注目を集める。そして2019年9月、「SHIMA(シマ)」を退社し、骨太の俳優を目指すことに。2020年10月、テレビ朝日のテレビドラマ『先生を消す方程式。』で俳優デビュー。2021年には所属事務所・パパドゥの先輩である江口洋介の付き人に立候補し、江口の演技に刺激を受けながらスタッフとしての動きなども学ぶ。2021年12月にはNHK総合の『風の向こうへ駆け抜けろ』、2022年1月にはフジテレビの『ゴシップ#彼女が知りたい本当の〇〇』 、そして2022年7月にはNHK総合の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』 (第28回)に結城朝光役で出演。映画では、2022年8月公開の『異動辞令は音楽隊!』に続き今回、『母性』にて中谷 亨役で出演する。


これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
映画『母性』本予告 2022年11月23日(水・祝)公開
映画『母性』本予告 2022年11月23日(水・祝)公開 thumnail
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映画『母性』は、『告白』『Nのために』などで知られる作家 湊かなえさんの小説(2012年10月 新潮社 / 2015年6月 新潮文庫)を映画化したもの。一人の女子高生の死を巡り、母と娘それぞれの視点によって衝撃的な事実が浮かび上がるストーリー。監督には、私の好きな映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017年)でメガホンをとった廣木隆一さんが担当。娘を愛せない母 ルミ子を戸田恵梨香さんが、そして2022年7月期の日本テレビ系連続ドラマ『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』で戸田恵梨香さんとW主演を務めた永野芽郁さんが、母の愛を求める娘 清佳を演じます。

母性
(c)2022映画「母性」製作委員会

作品タイトル:『母性』
2022年11月23日(水・祝)全国ロードショー

出演:戸田恵梨香 永野芽郁 大地真央 高畑淳子 三浦誠己 中村ゆり 山下リオ 吹越 満 高橋 侃 落井実結子
原作:湊かなえ『母性』(新潮文庫刊)
監督:廣木隆一
脚本:堀泉杏
主題歌:JUJU『花』(ソニー・ミュージックレーベルズ)
音楽:コトリンゴ
製作:映画「母性」製作委員会
配給:ワーナー・ブラザース映画
コピーライト:(c)2022映画「母性」製作委員会

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