「岡山の名産品(食材や銘菓など)」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか? 多くの人がおそらく思い浮かべるであろうモノが、「白桃」ではないでしょうか。また、「きびだんご(かつて吉備国と呼ばれた岡山を代表する菓子のひとつ)」ではないでしょうか。
食する名産ではありませんが、前出の「白桃」と「きびだんご」のイメージと同時に、室町時代末期から江戸時代初期頃が発祥とされる口承文学『桃太郎』を思い浮かべた人も少なくないでしょう(※しかしながら桃太郎伝説は、奈良県田原本町のほか 岡山市、香川・高松市、愛知・犬山市など全国各地にあり、それぞれが桃太郎ゆかりの地であると主張しています)。
また「岡山県の伝統工芸品は?」と聞かれれば、昔から瀬戸、常滑、丹波、信楽、越前とともに日本六古窯のひとつに数えられ、豊臣秀吉や千利休など多くの茶人にも愛されてきた焼き物「備前焼」でしょう。類稀な技術を持った作家たちが代々紡いできたこの伝統工芸品は世界でも高評価され、備前焼を学ぼうと海外から訪れる陶芸家・愛好家も急増中とのこと。またファッション通の人なら、古くから繊維の町として栄えていた「岡山県倉敷市児島」や「井原市」で生産され、いまや世界的な評価を得ている「岡山デニム」と言う人も多いかもしれません。
でも、それだけではありません。今回、本連載「satokoの一杯逸品」のアンカーパーソンであるワインスタイリスト藤﨑聡子さんは、岡山産の食材を改めて調査。すると、白桃やブドウの他にも、黄ニラやパクチー、桃太郎トマトも有名であることを知り、今回のメニューに加えてみることにしました。
…数多くある岡山の魅力を余すことなく存分に味わうべく、今回は岡山デニムのジャケットをまとう伊原木知事とともに、備前焼の器に盛った岡山の食材と岡山県産ワインのペアリングを提案していきたいと思います。
ロゼ色『哲多ワイン(ドメーヌ・テッタ )』× パクチーと黄ニラの「ペペロンチーノ」が織りなすハーモニー
藤﨑さん:今回ご用意したのが、ドメーヌ・テッタ(domaine tetta)のロゼワイン『2019 ボンボンコロレ・ヴァンドターブル(Bonbons Colorés Vin de Table)』。合わせたら面白い、と思ったのは岡山のパクチーと黄ニラを使ったペペロンチーノです。また今回、器には「備前焼」の丸皿を使用しています。和洋折衷のコントラストが映えて、意外な組み合わせがまとまりよく表現されていると感じています。
伊原木知事:「備前焼」の上に、岡山の食材を使用したメニュー...。こんな贅沢なことはないです。とてもうれしいです。
藤﨑さん:ペペロンチーノに添えている『桃太郎トマト』は、甘みが強く、ほんのり舌に残る酸味が特徴です。とてもジューシーでしたので、一度焼いて水分が出たところに醤油を加えております。トマトと醤油、実はともに持ち合わせる旨みを組み合わせやすい素材と思うのです。
伊原木知事:私は桃太郎トマトをそのまま食べる機会が多かったですね。もちろん、他のお料理に合わせて調理した形でも食べてはいました。が、焼いてお醤油をかけていただくのは初めてです。甘味がよりひきたつような気がしますね。
藤﨑さん:トマトはゆっくり火入れすることで水分が抜け、本来もっている甘みがしっかり表れてきます。生の苦手な方、お子さんでも召(め)し上がれるかなと思っています。
藤﨑さん:(岡山県北西部、新見市哲多町にブドウ畑のある)ドメーヌ・テッタ(domaine tetta)のワインと、岡山県の旬な食材のフードペアリングを考えたときに、食材の火入れの時間が非常に大事だと思いました。
ドメーヌ・テッタのロゼワイン『2019 ボンボンコロレ・ヴァンドターブル』は、とても繊細でよい酸とタンニンが骨格をつくっているワインです。ですので、その酸味を活かすとなると、料理が生っぽいとお互いの“良い面”…味がぶつかってしまいます。とは言え、火を入れすぎてしまうと、岡山の土地の強さのある食材たちの味が勝ってしまう恐れもありました。ですので、程よい火入れでしっかりとドメーヌ・テッタのロゼワインと合うよう、このペペロンチーノで使用している黄ニラは3回、パクチーは2回に分けて入れています。
伊原木知事:ペペロンチーノをつくっている最中、どのタイミングで入れるのでしょうか?
藤﨑さん:黄ニラを入れるタイミングは、ガーリックを火にかけときが1回目です。このときに火を止めます。その後、パスタの茹で上がるタイミング(約8分程)で再度火をつけて2回目。そして、パスタを混ぜ合わせた際に3回目です。
黄ニラを入れる3回目のタイミングで、パクチーの茎だけを入れます(これがパクチーの1回目)。最後に、お皿に盛った後にパクチーの葉をいれます(2回目)。
こうして、しっかりと入れるタイミングと部分を分けることで、香りの強い黄ニラとパクチーが程よく混ざり合って、絶妙な一体感が出るようトライしました。味わいの主張が強い食材ですので、それぞれが喧嘩しないようバランスを取ることが大切になってきます。
伊原木知事:パスタにもこだわりがありますか? 少し太い印象があります。
藤﨑さん:おっしゃる通りです。具材に限らず、パスタも細い麺ですとパクチーと黄ニラのインパクト(味)に負けてしまう懸念がありましたので、幅広のフィットチーネタイプ(8mm前後の平めん状のロングパスタ)を使っています。弾力のある食感と強い味わいが特徴です。
これを選ぶことで、黄ニラの旨味とパクチーの香りと苦味、小麦粉のバランスが良くなります。そして、より酸味のあるロゼワインとの相性も良くなると考えました。
伊原木知事:確かにパクチーを料理に入れると、パクチーの香りと味が先に立ってしまって苦手な方もいます。ですが、ここではそれぞれの食材が主張し過ぎず…絶妙なバランスで調理されていて、とても美味しいです。
岡山県は、黄ニラとパクチーが全国でもトップクラスの生産量を誇っていますが、実はこの2つの食材は、同じ地域で栽培されています。このことは意外に知られてないかもしれませんね。毎年、同じ場所に同じ科の野菜を栽培することを「連作」と言いますが、連作することで生育障害や病害虫が発生しやすくなる、とも言われているのです。黄ニラの連作障害の対策として、パクチーの栽培を始めたというわけです。それが功を奏したと言えるかもしれません。もしかすると、黄ニラとパクチーの相性がとても良く、互いに美味しく感じるのはその栽培方法にも所以(ゆえん)があるかもしれませんね(笑)。
藤﨑さん:そうかもしれませんね(笑)。同じ出身地(畑)ということですし。ドメーヌ・テッタのロゼワインとのペアリングは、いかがでしょうか?
伊原木知事:ペペロンチーノだけでもとても美味しいですが、ロゼワインとも合いますね。食べ応えのあるパスタをドメーヌ・テッタのロゼワインの酸味によって、口の中が爽やかになって…このマリアージュは好きです。
藤﨑さん:ドメーヌ・テッタのブドウは本質的に力強さがあると感じています。土壌(テロワール)の研究から生まれてきているのかな…どのブドウ品種にも感じる要素ですね。
伊原木知事:フランス料理を学ぶために(1995年頃に) 1年間フランスに滞在し、勉強と思いワインを飲み続けていた時期がありました。帰国してからもフランスワインを中心に楽しんでいたのですが、フランスで勉強しながら飲んでいたときのような感動と味わいにはめぐり合えなかったのです。不思議ですよね。同じワインを飲んでも。
そんなときに出合ったのが、地元・岡山のドメーヌ・テッタのワインでした。『こんな美味しいワインが日本にあるなんて。それも、こんな近くにあったなんて』と衝撃を受けたことを今でも覚えています。それがドメーヌ・テッタのワインとの初対面でした。私自身、11年前の選挙で当選をしたわけですけど、その際には私の大好きなドメーヌ・テッタのワインのメルローでお祝いをしました(笑)。それほどまでに惚れ込んだのが、このドメーヌ・テッタのワインです。未だにあのときに感じた味わいと感動は忘れられません。
白桃はカプレーゼ風にして…大岡弘武氏がつくる自然派ワインとともに。
藤﨑さん:二品目は、白桃とカマンベールのカプレーゼになります。甘い香りが強く、なめらかでジューシーな『清水白桃』に、チーズは(岡山県・吉備高原で放牧酪農とチーズづくりを行っている )吉田牧場のカマンベールを合わせています。
そして、「この組み合わせに合わせたら面白いかも!」と、選んだのが岡山県倉敷市船穂(ふなお)町で栽培されているマスカット・オブ・アレキサンドリア種を使用したワイン、『ミュスカ・ダレクサンドリー 神楽月 2018(Muscat d'Alexandrie 神楽月 2018)』です。
こちらのワインは、特に香りが楽しめると感じています。そして、カマンベールのふくよかな味が白桃の香りとも相性が良く、このブドウ品種(マスカット・オブ・アレキサンドリア)は食材と食材の「手をつないでくれる…」、そんな感じでしょうか。
藤﨑さん:また、カプレーゼというと「モッツァレラ」をイメージする方が多いかと思いますが、モッツァレラはミルキーっぽさが全面に出てくる特徴があります。もちろん、そのミルキーさがとても美味しいのですが、香りが堪能できる『ミュスカ・ダレクサンドリー 神楽月 2018』と白桃と一緒に食することを考えると、芳醇な香りとクリーミーなコクを楽しめるカマンベールのほうがペアリングの発見があるかもと思い選んでみました。
伊原木知事:私も以前から、大岡さんがつくられるワインも大好きで...。大岡さんは、フランスで培ったワインのつくり方をもとに、『日本で一からワインをつくりたい!!』という思いから、日本全国各地をまわったと聞いています。そうした中で、ワインづくりの土地として決めたのが岡山だったのです。彼は岡山出身ではありませんし、シンプルに岡山の土壌や気候が彼の目指すワインづくりに適していたからなのではないか…と思います。
日本でのワインづくりには、2種類のアプローチの仕方があると私は思っているんですね――。
例えば、カベルネ・ソーヴィニヨンなどの世界的に有名な品種を、日本という土壌で工夫して育てて良いワインをつくるという方法。土壌も環境も違う中で栽培するわけですから困難もあると思います。一方で目指すべき味わいは見えていると思うのです。世界中で生産されているブドウ品種ですから経験値がありますよね。ブドウ自体の品質・味は保証されているわけです。
そして2つ目が、その地域の固有種を使って美味しいワインをつくる方法です。大岡さんはこのスタイルと感じています。その土地の固有品種を使用して、個性を表現できるワインづくりをされている印象です。またブドウが持つ自然の力を活かせるよう栽培方法や醸造過程において力強い信念を持たれているなと感じています。ワインづくりの工程ひとつひとつ丁寧に手間をかけてつくっているので、とても感銘を受けています。
こうしてこだわり尽くして生まれた『ミュスカ・ダレクサンドリー 神楽月 2018』の香りと、ふくよかなカマンベールの味がとても合いますね。どちらも岡山の地で生まれたものと考えると、また心も満たされる気分になれます。
藤﨑さん:『ミュスカ・ダレクサンドリー 神楽月 2018』の特徴的な色味や香りから、工程のこだわりを感じますし、岡山の食材や土地をすごく尊重しているのも伝わってきます。岡山の土地の肥沃(ひよく)さが前面に表れているようです。
この連載を通して感じることですが、やはりペアリングをしていて一番感動するのは土地の食材の強さです。岡山の食材もまさに土地の強さを感じる食材ばかりで、ポテンシャルが高いように感じますね。白桃であったり、ワインであったり、パクチーや黄ニラもです。
伊原木知事:確かにそうですね。どの地域でも言えることですが、岡山に住んでいる人は当然、岡山のことは良く知っています。ただ、それが日常にあって当たり前になっています。その豊かな土地で育てられた良い食材があることが、当たり前になっているわけですね。
私自身もそうですが、岡山に住んでいたときはこの「美味しさ」を当たり前に思っていました。ただ、いざ他の地域や海外に出てみると、「自分は岡山で本当に美味しいものを食べていたんだ』と、改めて気づかされるわけです。外に出ることで岡山の魅力を再発見しましたし、逆に観光客や移住者の県外から来た方に気づかせてもらうこともあります。
藤﨑さん:世の中では『チーズには赤ワイン』というようなイメージが残っているかもしれませんが、必ずしもそうではないと私は考えています。例えば…吉田牧場のチーズには力強さがあるので、ドメーヌ・テッタのシャルドネ100%の白ワイン『2021 シャルドネ・ドール(2021 Chardonnay d’or)』を合わせてみても良いと思っています。
ワインと料理のペアリングにはとかく、『多数派が思う…そうであろう正しいペアリング』を見つけたがるんですが…。私はそこに“正しさは必要ない”と思っていて、“ご自身が好きなもの同士を合わせて楽しんで良いのではないか”と信じています。ワインを開けた日の気温や時間によって、味わいが変化するワインと同じように、皆さんの気分に合わせてで良いと思っています。
そこに最大公約数的な正解などなくて、『私はこれが好き』というものの組み合わせこそがペアリングの楽しさだと確信しています。
ワインの年代についてもそうです。年代によって変わる味に良し悪しなどなくて、それはその年の個性です。同じ食材で同じワインをペアリングしても、年代によって違った表情を感じさせてくれます。これもまた、ペアリングの醍醐味なんですよね。
「皆がやりたいことをできる県に」
藤﨑さん:ワインについて『個性』の話をしましたが、私たちが暮らす日常でも、その個性というのはとても重要で尊重されるべき時代になっています。そういった意味で、最後に伊原木知事が岡山県に住む人たちの個性を最大限に引き出すには 、どのようなことに注力していきたいとお考えでしょうか?
伊原木知事:人材の育成、特に子どもたちの生活環境に注力していきたいと考えています。例えば、『基礎学力がついてないから…、体力がついてないから…』という理由で、子どもたちにやりたいことを諦めて欲しくないのです。
好きなことや、やりたいことを極めて、例えば 大谷翔平選手みたいになれる人は、ほんのひと握りかもしれません。ですが、あまりにも若い時期だから「どうせやったって...」なんて諦めて欲しくないのです。大スターにならなくても、「自分の人生、好きなことやって、いろいろな体験ができて面白い人生だった」って最後に思えるような人生を送って欲しいですね。
伊原木知事:「できるだけ若いうちに外の世界を見せてあげられるように」と願い、そういった環境および雰囲気に県全体があるよう努めています。
もちろん、岡山は素晴らしい土地です。ただ、ずっと岡山に留まっていては、そこが良いところかもわからないのではないか…そう思っています。外に出てみて初めて、岡山の良さに気づかされるのですから。国内外問わず大きな街へ出て、好きなことややりたいことにチャレンジすることを応援していきたいですね。そして、最終的な私の希望としては、そのように外の世界で多様に進化させた個性をいつかは岡山に持ち帰ってきて欲しいところです。そうして岡山という個性が相乗効果で、さらに多様に進化していく…それも理想の未来像の一部です。
Photograph / Cedric Diradourian
Hair and make-up / Botan
Interviewer / Shane Saito
《Profile・経歴》
藤﨑聡子(Satoko FUJISAKI)
ワインスタイリスト
…1997年ワイン専門誌「ワイン王国」創刊、編集・作家担当・広告業務を担当。2003年ワインスタイリストとして独立。以後、男性ファッション誌、女性ファッション誌でシャンパン、ワイン、料理制作、スタイリング、レストラン紹介などを連載・執筆。
世界的に発刊されているワイン漫画『神の雫』では、シャンパン女番長としてワインと食材のマッチングコラムを2年半にわたり執筆。これはフランス、上海、北京、香港、台北、ソウル、アメリカで翻訳され現在も発売中。単行本では24巻から36巻まで収録されている。
レストランのワインリスト作成、メニュー開発、またスタッフに対するワインセミナーもジャンルを問わず手掛ける一方、ファッション撮影ではインテリアコーディネート、フードスタイリングなども担当構成。2014年12月、シャンパン100種類、メインディッシュは餃子、唐揚げをリスティングするラウンジ・Cave Cinderellaを東京・西麻布にオープン。
フランス・シャンパーニュ生産者組合団体・シャンパーニュ騎士団より2007年シュヴァリエ・ド・シャンパーニュ、2009年ジャーナリスト最年少でオフィシエ・ド・シャンパーニュを叙任。シャンパン、餃子、唐揚げ、ポテトフライ、ゴルフをこよなく愛する。