2020年は、思い通りに進まない年になっています。東京五輪は延期となり、さまざまなスポーツの試合も中止に。正直、かなり精神的ダメージを受けている人も多いはずです。それに加えて不要不急の旅行もすべてキャンセルとなったため、Instagramのモデルたちは2019年のコーチェラの写真を投稿しては、フォロワーの注意を引き止めるのに必死な様子もうかがえます…。

 フランスでは、ある高級ホテルが最悪のタイミングで営業停止を余儀なくされました。それは南フランスにあるホテル・デュ・キャップ・エデンロックで、2020年に創業150周年を迎える予定だったのです。こんなパンデミックの時期においては、ほんの些細なことのように思えるかもしれません。ですが、とても痛ましいことでもあるのです。特にメンズウエア界、そして「エスクァイア」にとっては悲しいニュースでした…。

 ホテルもさることながら、私たちがもっとも心配しているのはそのプールです。1976年、アメリカの写真家スリム・アーロンズ(かっこいい名前だと思いませんか?)が、アンティーブ半島から切り出してつくられた海水プールの写真を撮影しました。そしてその写真とともに、降り注ぐ太陽、至福の時間、カクテルといった要素の詰まった“リヴィエラ・シック”というアイデアを確立させたのです。

1967年に撮影されたスリム・アーロンズ
Getty Images
1967年に撮影されたスリム・アーロンズ

 アーロンズの写真は、20世紀中盤の古き良き豊かなアメリカの様子をよく捉えています。このころのミッドセンチュリーと呼ばれるデザインは、現在も私たちを夢中にさせています。ドラマ『マッドメン』が始まった当初、男性がそろってネクタイピンとバーボンの専門店(かなりニッチな店です)に駆け込み、1日60本もタバコを吸い始めたのをご存知ですか?

 2019年に『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』が公開されヒットしていた時期…。この映画に強い共感を得た者の多くは、すぐさまヴィンテージデニムとチャンピオンのTシャツ、そして茶色い肩パッド入りのジャケットを買いに行き、自慢の無骨なスニーカーとコーディネートして、いわゆる「ワンハリ」スタイルを楽しんでいました…。

 ミッドセンチュリーへの憧憬…これを最も顕著に表しているポップカルチャーと言えば、1955年のパトリシア・ハイスミスの小説を原作とした、1999年公開のアンソニー・ミンゲラ監督の映画『リプリー』でしょう。原作は1960年公開の映画『太陽がいっぱい』と同一です。

 ここまでメンズスタイルについての記事を読み進めた人は、恐らく観たことがあると思います。が、映画に詳しくない人のために説明しておきましょう。この映画では、ニューヨークに住む顔はグッドルッキングだけれど孤独な主人公トム・リプリー(マット・デイモン)が、イタリアで遊び呆けているハンサムで人気者のニューヨーカー、ディッキー・グリーンリーフ(ジュード・ロウ)を連れ戻すよう親から依頼を受けることから始まります。やがてディッキーの本心を知ったリプリーは、彼に成り代わろうと企てるのでした…。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
The Talented Mr. Ripley (1999) Trailer #1 | Movieclips Classic Trailers
The Talented Mr. Ripley (1999) Trailer #1 | Movieclips Classic Trailers thumnail
Watch onWatch on YouTube

 ジュード・ロウは、カリスマ性と金と権力がある身勝手なグリーンリーフ役にぴったりでした。スマートで辛口、そして誰もが振り返るような容姿。国連公認の“いい男”の基準である、『ファイト・クラブ』のブラッド・ピットのような位置づけです。

 顔だけでなく、才能もある俳優であることは間違いありませんが、客観的に誰が見てもイケメンなわけです。もはや、この映画に登場する全員がイケメンと言ってもいいでしょう(マット・デイモンも? と思った方はお静かにお願いします!)。ディッキーの旧友で同じく金持ちの、澄まし顔の嫌味なフレディ・マイルズを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンですら、映画ではスタイルアイコンに昇格しています。

 リプリー、グリーンリーフ、そしてマイルズのスタイルは、時代を超えて愛されているメンズウエアで構成されています。名づけて“マネー・オン・ザ・シー(海に浮かぶ金)”スタイル。ニットポロ、ルーズリネン、ボタンダウン、ローファー、エスパドリーユ、キャンバスプリムソール、程よい短さの短パン、そして時々活躍するつばの広い帽子。これに3日間伸ばした無精ひげと、塩気を含んだ南イタリアの空気で日焼けした肌に、タバコがあれば完成となります。しかし、それを現代で実践するとなると、タバコは必要十分条件から外したほうがいいですね。

 前述のように、この原作が映画化されたのは『リプリー』が初めてではありません。1960年公開の『太陽がいっぱい』ではアラン・ドロンがリプリーを演じ、しかも、このフランス版映画のほうがさらにスタイリッシュさを感じることでしょう。そこには、1999年の映画と同じ魅力に加え、60年代の35mmフィルムの効果によって服はよりリアルに情景に溶け込み、何もかもが2倍以上に素晴らしく観えるはずです。

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
PLEIN SOLEIL - Official UK Trailer - Rediscover The Classic
PLEIN SOLEIL - Official UK Trailer - Rediscover The Classic thumnail
Watch onWatch on YouTube

 そして2020年夏、アラン・ドロンのリプリースタイルはメンズウエアの理想となるでしょう。すでにヴィンテージのメンズウエアの人気が高まっており、アメリカ風プレッピーが復活。多くのブランドで、ディッキー・グリーンリーフが夕暮れ一杯飲むときに着ていそうなスタイルをそろえているのです…。

 例えばここ数年、多くのブランドがロゴ入りのスポーツウエアで売上を伸ばそうとしてきました。が、「E. Tautz(イートウツ)」は、プリーツとパステルカラーで上品なスタイルを続けてきました。メンズウエアが再び(徐々に)エレガントな方向に向かっている中、「E. Tautz」、「Drakes(ドレイクス)」、「Scott Fraser Simpson(スコット・フレイザー・シンプソン)」、「Husbands(ハズバンズ)」、「Tombolo(トンボロ)」などのブランドは、すでに準備万端と言ってもいいでしょう。

etautz 2020年春夏コレクション
Getty Images
「E.Tautz」 2020年春夏コレクション

 実はちょっと、罪悪感を感じています。

 ここまで夏のスタイルやプールやカクテルについて、繰り返し語ってきました。が、私たちには現在、自宅にビールやワインが届くことしか楽しみがない…と言っていいほどの状況下にいることを思い出しました。すみません、落ち込ませるつもりはなかったのですが…。

 しかし自粛生活に疲れてしまったら、コロナ後の遠い未来を思い描き、沈む夕日を見ながら自粛期間中に買っておいたリプリー風の服を着ている自分の姿を、想像してみるのもいいとは思いませんか?

Source / ESQUIRE UK
Translation / Yuka Ogasawara
※この翻訳は抄訳です。