日本では2019年頃から、SNSを発端に校則による頭髪に関する校則や「地毛証明書」に関する疑問や不満、憤りから議論が活発になりました。

 一方アメリカの場合、そこに“人種”という問題が絡み、構造がもう少し根深く、複雑になります。しかし、多数派に合わせて同一化するのか? 多様性を尊重するのか? の根本的な部分では、同じ問題をはらんでいると言えるでしょう。今回は「エスクァイア」USのギャレット・マンスが、そんなアメリカ社会に潜む「髪型差別」の実情について当事者インタビューをしました。

※アフリカ系アメリカ人の表記については、英語、日本語ともに多くの表記の仕方があり、「黒人」という単語の使用はさまざまな社会的、文化的コードがすでに含まれていますが、本記事においては便宜上、「黒人」で統一し使用しています。


 アメリカの人気ハンバーガーチェーン店、「In-N-Out」の就職面接を受けたチェイス・ムーアさん。それはごく普通に始まりました。ですが面接担当者から、“髪の毛の状態”について訊かれた瞬間、「結果は不採用だな」とは確信したそうです。

 ムーアさんはオースティンにあるテキサス大学の大学院生で、黒人である彼は髪をドレッドヘアにしており、後ろで結べるくらい長く伸ばしていたのです。白人の店長は彼に、男性の長髪は「In-N-Out」の身だしなみ規則で禁じられていることを伝えました。

 「その店長は私に、長髪の男性でもポニーテイルにしていれば許されることがあるけれど、私には適用されないとのことでした。なぜなら、私の場合は彼らの美的基準に適合しないからです」と、ムーアさんは言います。「髪の毛を切る気はあるか?」と訊かれたムーアさんは、「ノー」と答えました。その翌日、彼のもとに不採用の通知が届いたのです。

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 彼がその経験を動画でツイッターに投稿すると、多くの有色人種の男女から、自分も「In-N-Out」やその他のところで同じような目にあったという反応がありました––それから数カ月が経っても、「In-N-Out」はムーアさんの主張に対して一切コメントしていません。

 ムーアさんはこうして声を上げることで、髪型差別を公然と批判する中のひとりとなったわけです。髪型差別というのは数百年も前から存在する問題で、間接的な言葉や行動によって黒人を狙い撃ちにしてきました。

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ニュージャージー州の上院議員コーリー・ブッカー氏。

 「人々が考えている以上に、ごく一般的に行われていることなんです」と語るのは、ニュージャージー州の上院議員コーリー・ブッカー氏です。

 「髪型差別について、われわれアフリカ系アメリカ人はみんな、それぞれがいろいろな経験をしているんです」。

これはxの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。

 2018年12月、ドレッドロックスであったニュージャージー州のレスリング選手である男子高校生アンドリュー・ジョンソンさんが、「髪を切らなければ試合を剥奪される」と審判に通告され、無理やり切らされたことが問題になりました。

◇アメリカで「髪型差別禁止」にする州

 2019年、ブッカー議員がルイジアナ州選出のセドリック・リッチモンド議員とともに、この「クラウン(CROWN)法」––Creating a Respectful and Open World for Natural Hair(自然な頭髪を尊重する開かれた世界をつくる)の頭文字をとったもの––を連邦レベルで提出したのはそのためで、同法では髪質や髪型によって人を差別することを違法としています。

 「働くときにどのような髪型にするか、個人的に制約を加えられているのは黒人の男女だけです」と語るのは、2019年にクラウン法をカリフォルニア州議会に提出した同州上院議員のホリー・ミッチェル氏で、カリフォルニア州は同法案を最初に提出した7州のひとつ––その他の6州はコロラド、メリーランド、ニュージャージー、ニューヨーク、ヴァージニア、ワシントン––で、同法案を成立させているのは2020年12月現在のところカリフォルニア州だけです。

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カリフォルニア州の上院議員ホリー・ミッチェル氏。

 同法案を提出した理由に関して、髪質というのは人種に根差した特徴だからであり、「髪型差別は人種差別」だとミッチェル議員は言います。

 「髪型差別」は黒人が雇用され、仕事を続け、昇進することの妨げとなる可能性があり、若年層にとっては教育を受ける機会に悪影響を与える恐れがあります。そしてこれは、アメリカ文化の奥深くに根づいた問題と言えるでしょう。

 「アフロヘアを不適格とする烙印は、奴隷制度を正当化する一環として、アフリカ系の人々を非人間的に扱う必要性があったことから始まっています」と語るのは、『Twisted: The Tangled History of Black Hair Culture』の著者であるエマ・ダビリ氏です。

 やがてそれは、“ヨーロッパ・スタンダードへの同一化”に適合するよう自分たちの髪を変えなければならないという、黒人たちに対するプレッシャーになっていったのです。さらに近年ではそれが、クセのある髪の毛を自然なままにしておいたり、そのクセを生かしたブレイズやツイストのようなヘアスタイルにすることは、プロ意識に欠けるという説明に言い換えられてきました。

 現在でもなお、こういった特定の偏見がおおむね合法として扱われているのです。

 「学校や会社やその他の組織では、身だしなみ規則というカタチでそれを禁止することができるのです」と説明するのは、ユニリーバのEVP(執行副社長)兼ビューティ・アンド・パーソナル・ケア部門のCOOであり、「クラウン法」を支援しているエシー・エグルストン・ブレイシー氏です。

 ユニリーバが保有するボディウォッシュやシャンプーなどのブランド、「ダヴ」の調査によれば、「黒人女性の髪は、白人女性に比べると3.4倍プロ意識に欠けると見なされがち」であり、黒人女性の80%が、「職場に適応するためには、自分の髪の毛を根本から変える必要がある」と回答しています。

 しかし、「これは女性に限った問題ではなく、黒人すべての問題です」と、ミッチェル議員は言います。先に紹介したムーアさんのほかにも、実質的には多くの男性が「髪型差別反対運動」の顔になっています。

 上記の髪を切られた動画を見た方の中には、何とも言えない気持ちに駆られ、おそらくショックを受けた方も少ないないでしょう。ドレッドロックスを強制的に切られましたジョンソンさんだけでなく、2020年にはデアンドレ・アーノルドさんが停学処分を受け、「ドレッドヘアを切らないと、高校の卒業式に参加できないだろう」と言いわたされました(ちなみに彼は訴訟を起こし、裁判所はその後、学校による規則を強制を禁止しています)。

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デアンドレ・アーノルドさん。

本当に、髪型を変えればいいだけの話なのでしょうか?

 それでもムーアさんは、ソーシャル・メディアでほかの男性から叩かれ、その中には黒人もいたそうです。

 「SNSでは、『マジでアホか? そのクソ髪を切れよ。てめえは男だろ。くよくよしてないで、速いとこ立ち直るんだ』って言われましたよ」と、彼は振り返ります。

 そう言い放つ方たちの理由は、「髪型差別は、すべてのジェンダーに悪影響を及ぼしている問題なのに、男性の間では美しさや美意識に関することがオープンに議論されず、有害な男らしさによって封じ込められていたからだろう」と、ムーアさんは考えています。

 「そんなのは大した問題じゃない、ものは考えようで、髪型を変えればいいだけの話だ」、というのが批判者側の意見です。しかし、髪型だけのことだと考えていると、肝心な点を見逃してしまいます。

 2020年8月、ネブラスカ州知事のピート・リケッツ氏は、同州のクラウン法案に拒否権を発動した際、「髪型なんて簡単に変えられる」と発言しています。

 でも、なぜ変えなければならないのでしょうか?

 ある集団によって定められた美意識のスタンダードがほかの集団に適用することは、その集団のアイデンティティに不可欠な選択の自由を奪うことにほかならないのです。「クラウン法」のような法律を制定するのは、特定の集団を守るためだけではありません。「ほかの人たちが耐えることを強いられている事柄について、人々の理解を広める役に立つのです」と、ブッカー議員は言います。

 「この問題も“ブラック・ライヴズ・マター”運動など、現在、われわれが経験していることの一部です」と、ミッチェル議員。

 「これはおしゃれの問題ではなくて、社会の中で自分を自分らしく見せることであり、髪型がドレッドヘアだという理由で法の執行機関に早まった判断をされないようにすることなんです」、とも言います。

 滑り出しは順調で下院を通過した「クラウン法」ですが、果たして上院多数党院内総務のミッチ・マコーネル氏(共和党)が近いうちに、同法案の審議に移るかどうかについてはブッカー議員は懐疑的です。

 いまのところは共和党が上院の多数党ですが、先日の選挙で民主・共和のどちらが上院の多数党になったかについては、2021年1月まで結論は出ないと言っていいでしょう。

 「アメリカ各州で論戦が繰り広げられており、この点は連邦レベルで法案が通過するのと同じくらい重要なことです」と、ブレイシー氏は言います。

 審議は遅々として進みませんが、「髪を切るか? 職を得るか?」の二者択一を迫られるチェイス・ムーアさんやその他大勢の方たちにとって、これは戦うだけの価値があるものなのです。

Source / Esquire US
Translation / Satoru Imada
※この翻訳は抄訳です。