NY市でのワクチン接種数は、780万回を超え(2021年5月23日付け)、NY州の18歳以上の住民で見ると、62.7%が少なくとも1回の接種を受け、53.5%が必要回数のワクチン接種を終えている。
5月19日からはほとんどの制限が解除となり、オフィス、レストラン、スポーツジム、エンタータインメント施設でも従来どおりの営業が許可されるようになった。
12歳から15歳までの10代への接種も始まった。ただし学校では、登校するに当たってワクチンパスポートを強制することはない。一方、ニューヨーク州立大学と市立大学は共に学生のワクチンパスポートを必須としており、私立大学もそれに沿っていくことになりそうだ。
米疾病対策センター(CDC)のガイドラインでは、ワクチン接種完了者は室内外の大半でマスクの着用がいらず、ソーシャルディスタンスが不要だとしているが、デブラシオ市長は「マスクは、学校や公共交通機関、医療、集会などの場で、依然重要」と述べている。
実際に街を歩いてみると、地下鉄やスーパーマーケットでのマスク着用はほぼ100%。外を歩いていたり、外食したりする人たちはノーマスクも増えてきたという印象だろうか。
大型施設では収容人数を引き上げ、入場にはデジタルの「Excelsior Pass(エクセルシオールパス)」でワクチン完了の証明、コロナ検査陰性の証明が必要となる。
街の再オープンに向けて驀進(ばくしん)しているニューヨークだが、ブロードウェイが2021年9月14日に再開されることになり、チケットの発売が開始された。
『ハミルトン』『シカゴ』『ライオンキング』『アラジン』『ウィキッド』『オペラ座の怪人』などの著名作品がつぎつぎと再開を発表して、人気の『ハミルトン』はすでにチケットが飛ぶように売れている状態だ。
すでにブロンクス植物園で4月から開催されている草間彌生展も人気を博していて、チケットがかなり先まで売り切れている。
現在、アメリカでは飛行機やホテルの予約、さらにレンタカーの予約がうなぎのぼりになっていて、いかに人々がドライブしたり、旅行したり、バケーションを欲しているか、昨2020年の反動が如実に表れている状態だ。
ワクチン接種については、現在までにほぼ「接種を望む人々」たちがすでに第一回目の接種を終えており、つぎに接種していない人たちにどれだけ投与が広められるかという段階に来ている。
現在、ワクチン接種がもっとも進んでいるのは、マンハッタンのアッパーイーストサイド、アッパーウエストサイド、そしてウォール街と、富裕層が住むエリアの接種率が高い。反対に、ワクチン接種が浸透していないのは、ブロンクス、ブルックリンのイーストニューヨーク、クイーンズのジャマイカといったエリアだ。
実はこれらのエリアは、パンデミックで感染死者数が多かった地域と重なる。
つまり、コロナ感染の被害が多かったエリアであるのに、ワクチン接種者が少ないという奇妙な現象に起こっているのだが、これらのエリアは移民や低所得者用住宅に住む黒人層が多く、そのため情報弱者になっていると考えられる。
ワクチン普及度マップ
そうした「取りこぼし」層にもアピールするため、NY市はさまざまなサービス付きで接種をうながしている。
チェルシーマーケットの買いもの券や、NY市のパブリックマーケットのお買い物券、あるいはシェイクシャックのポテトフライを提供。また、ニューヨーク州都市交通局(MTA)の駅8カ所でワクチンのポップアップ接種会場を開設して、メトロカードや鉄道の往復乗車券をサービスでつけた。
またヤンキースとメッツは、それぞれヤンキースタジアム、シティフィールドでワクチンを接種した人に、今年と来年のシーズン中に使える観戦券を無料で進呈するというサービスを提供。さらに無料のカーサービスまで用意して、接種サイトまで行けるというサービスを提供している。
まさに手土産付き、あの手この手のサービスでワクチン接種を広めている。
それどころかワクチン接種者に最高賞金額500万ドルが当たるという「ワクチン&スクラッチ」というプログラムもできた。5月24日から28日の間に、州が運営する接種サイトで実施され、一等賞500万ドルから二等5万ドル、そして13等賞20ドルまで用意されている。
思わず「急いでワクチンを打つんじゃかった」と呟いた市民も少なくないはずだ。
お買い物券をサービスするという
NY市のワクチン接種作戦
さらに驚くべきことは、ニューヨーク市が「観光客にも無料でワクチンを提供」とする方針を打ち出したことだ。
観光客にもワクチン接種を
無料で提供するNY市
これには米国在住の国内旅行者だけではなく、海外からの旅行者でも受けられる接種サイトが用意され、ジョンソン&ジョンソンのワクチンが提供される。米国住民であるID提示も必要なく、自国のパスポートでオーケイであり、住所もホテルのアドレスでかまわない。
もちろん日本からの旅行者であっても接種できるし、実際にそれをウリにした「ワクチン・ツアー」をサービスにする旅行会社もできている。
ワクチン・バス
こちらは予約なしにワクチン接種ができるワクチン・バスだが、バスを駅前に停車して、保険証や住民IDの提示も必要ない。
バスの前方で登録、そしてバスの後ろで待ち、バスの中でワクチン摂取。その後、15分の待機は必要なくそのまま帰ってもかまわない。週末ごとにバスが回っていて、バスもかわいらしくデコレーションしているところにNY市の気合いを感じる。
しかも空港にもポップアップで、ワクチン接種会場が設けられる。5月24日から28日の間に、JFK国際空港やラガーディア空港など全7箇所で実施され、ジョンソン&ジョンソン社のワクチンを使用し、予約なしで受けつける。
なぜニューヨーク市が、他国からの旅行者までに無料のワクチンを接種するのかといえば、ひとつにはIDのない違法移民や旅行者であっても、とにかく居る人たち全員にできるだけ多く打って集団免疫を拡大したいということ。
そして「ワクチン・ツーリズム」として、ニューヨークに観光客が戻って欲しいという理由がある。ワクチン自体を、観光客を呼びこむためのアトラクションにしているのだ。
一回の接種で完了するジョンソン&ジョンソン社のワクチンは、ニューヨークでは一時使用が停止されたために、数が余っているのと、一回だけで済むので旅行者にも便利だという利点もあるだろう。
この観光客にもワクチンを打てる体制を、オリンピックを開催する東京が用意できなかったのは、残念でならない。東京オリンピックの開催には、ニューヨークタイムズやワシントンポストなどの有力メディアも開催に反対という意見を掲げている。
大坂なおみ選手や錦織 圭選手が、オリンピック開催を投げかけたことが話題となったが、プロのテニス大会は世界各地でトーナメントが行われている。感染防止に努めた運営をしているわけだが、それでも少数ながら感染陽性者が出ている。参加人数の規模が圧倒的に違うオリパラリンピックとなれば、リスクも当然上がるだろう。
またワクチンを打てば、100%安全というわけでもない。
つい先日、ジョンソン&ジョンソンのワクチンを接種済みであるヤンキーズのコーチやスタッフ8名が検査でコロナ陽性が判明して、プロ野球界に震撼が走った。このケースでは陽性であってもほぼ全員が無症状なので、確かにに接種すれば本人には健康的被害がなくなるとは言えるのだが、では接種していない人たちに対して感染拡大したらどうなるのか…。
カナダの元オリンピック競泳選手であるニッキ・ドライデンはABCニュースの取材に答えて、エリート・アスリートに付き物である「金メダルの前には何も省みなくなる心理」について見解を述べている。
「例えば、ある選手がセミファイナル通過後に、唾液検査でコロナ陽性になったとして、その24 時間後にあるファイナルはどうなるでしょう? PCR検査では陰性となったら? 同じ競技に出た選手たちは、隔離されるのでしょうか?」
あと2カ月に迫ったオリンピックの中止はもはや遅きに失していて、このまま大会開催に突入していくのだろうが、ワクチン接種が遅れている中、都民に甚大な被害をもたらさないことを願うばかりだ。
外から見れば、日本のコロナ観戦対策は、衛生観念の高い国民に自衛を任されたかたちで乗り切ってきた感があるが、政策としては有効な手を打たないできたツケを誰が払うことになるのだろう。
ニューヨークの街が着々と再開している一方、犯罪も頻繁に起こっていて、「80年代に戻ったようだ」と囁かれている。
マンハッタンでは、アジア系女性2人がハンマーで襲撃受ける事件があった。5月2日にマンハッタンの42丁目でアジア系女性2人が歩いているところに、見知らぬ女性が近寄り、「マスクを取れ」と叫びながらハンマーで殴りつける事件があった。被害者の女性は頭部に深い傷を負い、病院に運ばれた。
こうしたケースになると、いかに気をつけて歩いていようが防ぎようがないもので、被害者は気の毒としかいいようがない。
カリフォルニア州立大学の調査によると、米国内の16の都市で発生したアジア系に対するヘイトクライムの報告件数が、昨年のこの時期以降、164%の急増を示したと言う。都市別の増加幅で見ると、最大はニューヨークの223%増で、昨年の13件が42件に激増。続いてサンフランシスコの140%増、ロサンゼルスは80%の増加となった。
同研究センターのブライアン・レビン教授は、トランプ前大統領の言動にみられるような政治的な中国非難も、ヘイトクライム増加の原因と分析する。
こうしたヘイトクライムに対して、「アジアンズ・ファイティング・インジャスティス(Asians Fighting Injustice)」などの団体が抗議の声を上げ、AAPI(アジアン・アメリカン・パシフィックアイランダー)の連帯を呼びかけている。
アジア系移民の第一世代は今までヘイトクライムにあっても、アジア人特有の「表沙汰にしたくない」「我慢すればいい」という性質から被害を口に出さない傾向があったのだが、それに代わって米国籍で、アメリカ人の思考回路を持つ世代の若者たちが立ち上がり、護身術の方法や防犯ベルの配布、あるいはAAPIやブラックライブズマターとの連帯など声を上げている。
犯罪はアジア系に向けられるものだけではなく、マンハッタンのタイムズスクエアでは5月8日午後、男が仲間との口論から銃を発砲する事件があり、通りがかりの4歳の少女と女性2人が巻き添えとなって脚などを撃たれ病院に運ばれた。
地下鉄での犯罪も増えていて、5月には地下鉄の車内で5人の乗客が切りつけられる事件、さらに乗客3人が暴行や強盗被害にあう事件も、立て続けに起きている。 地下鉄の24時間運行再開にともなって、24時間体制による警官の配備が5月17日から再開されることになった。
MTAが行ったオンライン調査では、カスタマーの満足度は38%までに下降。またパンデミック以来、地下鉄を利用しなくなったカスタマーたちの36%が「犯罪を恐れて」と回答している。
街の再開にともなって、街の安全、公共交通機関の安全はなくてはならないものだが、早急な改善をのぞみたい。
さてファッション界に目を向けると、人々が外に出る機会が多くなるにつれ、外出着の売れ行きが好調になっている。9月13日〜17日にはNYコレクションが行われることも決定し、リアルなランウェイが行われる予定だ。
そしてファッションの祭典として知られる「メット・ガラ(MET GALA)」だが、昨2020年は中止となり、2021年は9月に開催される運びとなった。
「メット・ガラ」は毎年、メトロポリタン美術館の服飾研究所が新しいシーズンの展示を始めるのに際して行われてきたもの。CFDA会長のトム・フォード氏、そして『ヴォーグ』編集長であるアナ・ウィンター氏が議長となって、世界のトップスターたちが、その展示テーマにあわせたファッションで競ってきた。
今季の共同ホストとして、ミュージシャンのビリー・アイリッシュ氏、詩人のアマンダ・ゴーマン氏、ティモシー・シャラメ氏、そして大坂なおみ選手が参加する。
今回の展示は二部方式で、2021年9月18日から始まる第1部「イン・アメリカ:ファッションの辞書(In America: A Lexicon of Fashion)」と、2022年5月5日から始まる第2部「In America: An Anthology of Fashion(イン・アメリカ:ファッションのアンソロジー)」になる。
それに合わせて、ガラも二回に分けられて、第一部は9月18日、第二部は2021年5月2日に行われる予定だ。ドレスコードは、今展覧会のテーマ「イン・アメリカ」に合わせて「アメリカの独立(American Independence)」に決定した。
例年よりは小規模になるにせよ、久しぶりにレッドカーペットにセレブが現れるのは間違いなく、どんなドレスを着こなしてみせるのか楽しみだ。
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黒部エリ
Ellie Kurobe-Rozie
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、ライターとして活動開始。『Hot-Dog-Express』で「アッシー」などの流行語ブームをつくり、講談社X文庫では青山えりか名義でジュニア小説を30冊上梓。94年にNYに移住、日本の女性誌やサイトでNY情報を発信し続けている。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』など。