サッカー日本代表・田中碧選手とヘッドハンターの奥井亮氏による異業種対談。後編では、田中選手が今考えているセカンドキャリアについて語る。また、これまでのキャリアについて「挫折もブレークスルーもなかった」と言う田中選手。その意味とは。田中選手のこれからのキャリア、そして移籍を経ての変化に奥井氏が迫った。

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田中碧が考える「引退後のキャリア」
そのために今できること

奥井亮(以下、奥井) ここからは、今後の田中選手のキャリアについてお話を伺っていこうと思います。今後5年、10年のご自身のキャリアについては、どのように考えていらっしゃいますか。

田中碧(以下、田中) まず、できる限りは第一線でサッカーをやりたい。そして現役引退後は、監督にチャレンジしたいと思っています。今までにない、新しい監督像を築き上げられればいいですね。

今までの監督は、引退してから就任するまでに期間が空きます。その間、サッカーから完全に離れることはないとは思いますが、実際にピッチに立つ機会はありません。引退してからできるだけ早く、若いうちに監督になることが必要だと僕は考えています。

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Toshiaki Usami
ヘッドハンターの奥井亮氏(左)とサッカー日本代表・田中碧選手(右)

奥井 なるほど。将来、監督になるために現役のときにやっておかなければいけないこと、残しておきたい結果などはありますか。

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Toshiyuki Imae
対談時の田中碧選手。

田中 日本代表としての軸、クラブ選手としての軸、二つの見方があると思います。

日本代表として国を背負って戦うことは、クラブでの活躍とは全く違うものです。日本代表として何を成し遂げたかということは、監督を目指すに当たっても重要なポイントです。

一方で、いろいろな国のクラブでさまざまな経験を積むことも、選手としてはもちろん、監督としての幅を広げることにつながると考えています。

自分の引き出しの数を増やす、多くの選手に受け入れてもらえる監督になる。そのためには、この2軸をしっかりと鍛え上げていく必要があります。

一方で、いろいろな国のクラブでさまざまな経験を積むことも、選手としてはもちろん、監督としての幅を広げることにつながると考えています。

自分の引き出しの数を増やす、多くの選手に受け入れてもらえる監督になる。そのためには、この2軸をしっかりと鍛え上げていく必要があります。

奥井 世界を見渡してみると、選手時代のカリスマ性に支えられている監督、選手時代はあまり派手な活躍はなかったが監督になってから多くの結果を残している監督など、さまざまな監督がいます。田中選手の理想の監督像についてお聞かせください。

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田中 「この人のところでサッカーがしたい」と思ってもらえる監督になりたいです。

例えば、マンチェスター・シティFCのジョゼップ・グアルディオラ監督、リバプールFCのユルゲン・クロップ監督。この2人は、選手の「勝ちたい」「成長したい」という二つの願望を実現させることができる監督だと思います。

「勝つこと」と「選手の成長」の両輪を回すためには、まずは、「勝てること」が大前提です。勝ち続ければ、余裕が生まれてその中でいろいろなチャレンジができるようになります。何を捨てて、何を残すのか、という難しい選択を、監督は常に求められています。どこまで自分の理想のサッカーを追い求めるのか、どう現状と向き合うのか、それに応じてどのような選手を育てていくのか、ということも変わってきます。

グアルディオラやクロップが、そういった判断を生まれ持ったセンスでやっているのか、それとも経験を重ねるうちにセンスが磨かれていくのかは分かりません。ただ、「勝つこと」と「選手を成長させること」のバランス感覚、そしてそれを実現するための人間力、指導力が必要なのだと僕は思っています。

「挫折もブレークスルーもなかった」
その理由とは?

奥井 監督になりたい、と思ったのはいつ頃からでしょうか。また、なぜ監督をやりたい、と思うようになったのでしょうか。

田中 小さいころからですが、プロになっていろいろな監督の下でプレーするようになって、監督という職業にさらに興味が湧いてきました。面白い仕事だな、と。

また、日本代表になって、引退後も日本のサッカーの発展に携わりたい、という気持ちが一段と強くなりました。その手段の一つとして、監督という選択肢が存在感を増してきました。

仮に自分が2~3年監督をやって、そのときすぐに結果が出なかったとしても僕は構いません。10年後、20年後に「田中碧が監督をやってから、日本のサッカーって変わったよね」と人々に思ってもらえればいい。いろいろな人の記憶の片隅に残り、何十年後かに振り返ったときに「あの人すごかったよね」と思ってもらいたいです。

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Toshiyuki Imae
対談時の奥井亮氏。

奥井 とはいえ、人に覚えていてもらうためには、結局は「偉大な成果を出すこと」が重要だと私は思います。なぜ多くの人がロナウドを覚えているか、知っているか、というと、得点王やバロンドールを取っていることもあると考えています。田中選手は、選手としてどのような結果を残したい、という目標はお持ちですか。

田中 得点のように目に見える結果は分かりやすいですね。ただ、僕はミッドフィルダーなので、別の形で結果を残さなければいけません。僕がいるかいないかでチームの雰囲気が変わる、僕がいればチームが勝てる、他の選手が僕とサッカーをしたいと思ってくれる。そういう存在になりたいです。

奥井 今までのご自身のキャリアを振り返って、分岐点やブレークスルーのようなものがあれば教えていただけますか。また、今後の分岐点になりそうなものはありますか。

田中 僕、挫折もブレークスルーもないんです。毎日やっていたことが、ある日たまたま花開いた、ということの繰り返しなんです。

結果が出ると、周囲の人は「田中は一山越えたな」と感じるのかもしれません。でも、僕自身の中で大きな変化はない。毎日の延長線なので。同じことを毎日やっても、すぐに芽が出る人もいればそうでない人もいます。僕は、なかなか芽が出ないタイプの人間です。やっている内容は、これまでとそれほど変わりません。

奥井 「将来こうしたい」というものを明確にイメージして、その将来を想定しながら今やるべきことに着実に取り組むということですよね。足元で取り組むべきことをやり続けること、そしてその成果が将来につながっているイメージを持ち続けることが重要なのは、ビジネスでも共通していると思います。米アマゾンの創業者、ジェフ・べゾスも「今の結果は2~3年前にやっていることの成果が出ているだけ」という趣旨の発言をしていました。

また、お話を聞いていると、ご自身の「良さ」を的確に把握していらっしゃる方だなと感じます。自分の良さや武器みたいなものは、変化していくのでしょうか。

「ようやくサッカーが仕事になってきた」
感じた目標に向かう楽しさ

田中 自分が持っている武器は、大きく変わることはありませんが、クラブやプレーする国によって多少は変えていかなければなりません。

例えば、僕は日本にいたときはたくさんボールを触ってゲームを作ることを意識していました。でも、移籍したデュッセルドルフでは、ゲームを作ることはそれほど求められない。10本のパスを10本通すことよりも、9本のパスをミスしても、確実にゴールにつなげるパスを1本通すことが求められていると気付きました。そこに対して、頭や技術を使うようになりましたね。

奥井 代表になったり、クラブを移籍したりすると、その都度求められることが変わるので、それに適応していくことが重要なのですね。ビジネスパーソンでも、会社の経営者が代わると事業の方針が変わったり、上司が代わるとやり方が変わったりして、課題を感じる人が少なくありません。

田中選手は、求められることが変化したときに、どのようにしてそうした変化をつかむようにしているのですか。

田中 まず、いくら求められたとしても、自分ができないことをやろうとすることは全くの無意味。だからこそ、早い段階で自分の強みも弱みもさらけ出すことが大切だと思っています。

自分ができないことを理解してもらった上でピッチに立っているということは、自分ができることの何かが、期待されているということです。相手チームや同じチームのメンバーを俯瞰的に見て、自分に求められていることを考えるようにしています。

奥井 今回、お話を伺ってみて、純粋にサッカーが楽しいからやっているだけではない、という印象を受けました。もちろん、「サッカーが好き」「サッカーが楽しい」というお気持ちは多少あると思いますが。

田中 今も昔も、もちろんサッカーは楽しいです。でも、僕と同じような後ろのポジションでプレーしている選手はサッカーが楽しくない、と言う人が大半です。前(フォワード)の選手みたいに華々しくゴールを決めることもない上、責任も大きい。

それでも僕は、比較的「サッカーが楽しい」と言えるタイプでした。ただ、最近はその楽しみもどんどん減ってきました。代表でプレーするときも、クラブでプレーするときも。

ようやく、サッカーが自分の仕事になってきた、という感覚が出てきた。だからこそ、今が楽しいか、ということよりも自分が立てた目標を達成できるか否か、という考え方に変わってきたのだと思います。

奥井 それはプラスなことですよね。仕事でも「fun」とか「enjoy」に近い楽しさというよりは、目標にいかに近づけたかというのが、楽しさにつながってくる。そうでないと、一時的な楽しさって飽きちゃうんですよね。もしかしたら、そこの楽しさに気付いたっていうことなのかもしれないですね。

田中 それは大きいかもしれないです。プレーしている瞬間は楽しさをあまり感じないけど、結果が出たときにそこまでの時間も楽しかったなと思う。そんな感じに変わってきましたね。

※対談の模様は、ダイヤモンド・オンラインにて動画でご覧いただけます。

田中 碧
たなか・あお/プロサッカー選手。日本代表。1998年、神奈川県生まれ。小学3年生から川崎フロンターレの下部組織でプレーし、2017年にトップチームに加入。20年には自身初となるベストイレブンに選出。21年6月、独ブンデスリーガ2部フォルトゥナ・デュッセルドルフに移籍。ポジションはミッドフィールダー。

奥井 亮

おくい・りょう/株式会社アサイン取締役。総合系コンサルティングファームに入社し、大手金融・流通業界をクライアントに、ITから戦略案件まで幅広く経験。その後、マーケティング支援企業を経て、株式会社アサインを共同設立。2021年ビズリーチ「ヘッドハンター・オブ・ザ・イヤー」受賞。一人一人の価値観からキャリアを描くことを重視し、伴走型のキャリア支援を行う。

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