豊洲から直送された魚が並び、
マグロの解体ショーを開催

「らっしゃい、らっしゃい」

マンハッタンのアスタープレイスにオープンした巨大なスーパーマーケット、「ウェグマンズ(Wegmans Food Markets)」の地階に響くのは日本で聞きなれた、あのかけ声だ。

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Ellie Kurobe-Rozie
「豊洲直送」の日本語の幟がある魚売場。豊洲から直送された魚と、アメリカ産の魚が並べてある。なんとエイヒレ(鱏鰭)まで。

魚売場には「ようこそ いらっしゃいませ」「豊洲直送」と書かれた幟(のぼり)がかかげられ、中央には大きなマグロ(鮪)が鎮座している。そして丸ごと一匹のマダイ(真鯛)やキンメ(金目鯛)やキンキ(キンヂ=吉次)、サンマ(秋刀魚=鰶)、タチウオ(太刀魚)、メバル(眼張=目春)、メジナ(眼仁奈)、イサキ(伊佐木=鶏魚)、アカムツ(赤鯥)、さらにはアカヤガラ(赤矢柄)といった高級魚まで氷の上に並べられている。

切り身のコーナーでは、魚の頭やアラも売られている。日本のスーパーでもそうそう見かけないほど、本格的な魚屋だ。

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Ellie Kurobe-Rozie
豊洲から直送された魚たちは、メジナ、アカムツ、イサキ、イトヨリダイ(糸撚鯛)、マダイ、マサバ(真鯖)、メバル、チダイ(血鯛)、タチウオ、サンマなど、驚くほど種類が豊富だ。

毎週土曜日には、13時からマグロの解体ショーが行われる。すでに30分前からの人だかりができていて、大人気だ。マグロの前でセルフィーを撮っている客たちもいるが、そもそもスーパーでセルフィーを撮ることじたい、今までなかった現象ではなかろうか。

「カンカンカン」と、ちょうど豊洲市場で競りが始まるときのように、鐘が鳴ってショーが始まる。包丁を握るのは、東京の「魚力」から3カ月の期間で指導に来ている佐藤成就さんだ。魚を捌(さば)いて30年というベテランであり、客の前で鮮やかにマグロを解体していく。

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この日はスペイン沖で獲れたマグロを解体。魚力の佐藤さんが包丁さばきも鮮やかに、みるみるとおろしていく。黒部エリのInstagramで動画を見る

びっしりと集まった客たちに、英語で説明していくのは、ウェグマンズで勤務11年目、魚屋を担当するエイドリアン・ハッチンスさんだ。

エイドリアンさんは、「今日のマグロがどこから来たか」「マグロのおろし方」や、「どこがトロで、どこが赤身か」といった説明をしていき、アメリカ人客にとっては魚の知識が得られるアトラクションになっている。

日本であっても、駅前スーパーで解体ショーをふだん見られるものではないだろう。それがマンハッタンで見られるというのだから、驚く話だ。

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Ellie Kurobe-Rozie
エイドリアンさんがマグロの切り身を見せて、赤身やトロがどこにあたるのか説明していくので、消費者にとっても魚についての知識がつく。

日本の魚屋「魚力」が
豊洲で買いつけ

ニューヨークの日本食料品店には確かに切り身が置いてあるが、日本の魚屋がまるごとやってくるというのは常識をひっくり返す話で、日系人たちの間では大きな話題となった。

破天荒ともいえるアイデアは、どこから出てきたのだろうか。

「マンハッタンに日本の魚屋を出すというのは、クレイジーなアイデアですよね」

ウェグマンズに勤務27年というベテランの鮮魚担当者、マーク・フロムさんは笑いながら、こう語る。

「アメリカ人のお客さまは、この魚がオーバーナイトで日本から届いて、冷凍されていない新鮮なものだというのに、驚かれるのです。カリフォルニアの倉庫で、1日置かれてから運ばれているものではなく、私たちはどこよりも新鮮な魚を提供できているのです」

その裏を支えているのが、日本の鮮魚業者「魚力」だ。

昭和5年創業、東京立川市で魚屋から始まった「魚力」が、豊洲で魚を買いつけて、オーバーナイトの空輸便でマンハッタンに火曜日と土曜日に直送している。日本の産地から1日か2日足らずで、ニューヨークの店頭に並んでいるので、新鮮そのものだ。

これが実現したのはなにも一朝一夕のことではなくて、魚力がウェグマンズと提携してきた、15年の歴史がある。魚力は日本の魚を、ウェグマンズに提供し続けてきており、それがウェグマンズの人気商品である、パック寿司のクオリティを支えてきたのだ。

実はニューヨークのスーパーではどこでもパック寿司が売られていて、そのくらい「寿司」というのは、ランチやスナックとして定着している。ニューヨークの中高生が、学校帰りに頬張りたいスナックは、なにより巻寿司ではないだろうか。

NY州郊外のスーパーが
マンハッタンに初進出
 

では、ここで「ウェグマンズ」とは何かを説明しておこう。

「ウェグマンズ」は1915年創業、ニューヨーク州北西部にあるロチェスターを基盤とするスーパーマーケットのチェーンだ。これはオンタリオ湖岸、つまりカナダのすぐ隣となる。馬車で野菜や果物を売っていたところから始まって、今ではNY州郊外やニュージャージー州、ペンシルバニア州など、アメリカ東海岸7州に110店舗を展開している。

アスタープレイス店は、ブルックリン店に続いて、ニューヨーク市では二つめの店舗であり、ついにマンハッタンに進出と大きな注目を集めた。 自社プライベート商品を多く取りそろえた、グルメスーパーなのだが、かといって庶民に縁遠いわけではない。

ウェグマンズのユニークなところは、同じプライベートブランド商品でも、廉価で買えるもの、リーズナブルなもの、少し高級なものと値段を変えてそろえているところだ。たとえばパスタのマリナラソースでも、1ドル代の廉価な商品もあれば、3ドル代のもの、6ドル代のものがあり、さらに高価なグルメブランドのソースも販売している。

つまり富裕な人も、節約している人もそれぞれウェグマンズのPB(プライベートブランド)商品を買えて、誰もがハッピーになれるというのが、ウェグマンズの思想なのだ。

また、人気の商品は「ゴールドパン」と呼ばれる金色のメタル容器に、調理準備された肉や魚、副菜などが詰められていて、オーブンに入れたら、そのまま料理できる半調理製品だ。アメリカにはデパ地下が存在しないのだが、ウェグマンズはデパ地下に近い、昼食を多く提供しているスーパーだと言える。

寿司に強いウェグマンズ

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ウェグマンズで入って正面にある寿司コーナー。日本のスーパーでは野菜売場から始まるのが鉄則だが、意外やウェグマンズは寿司が一番に来る。野菜や肉、魚の生鮮食料品は地階にある。売場で働いているのは、男女混ぜてダイバーシティある人材だ。

アスタープレイス店では、エントランスを入ると、もっとも目立つ中央に位置するのが寿司のコーナーだ。今回のオープニングのために、他店から多くのヘルプ要員が投入されて、20人体制で臨んでいるという。

ひと昔前だと、寿司づくりはアジア系が「日本人っぽく見えて引きがある」という理由から担当していたものだが、ここでは違う。あらゆる人種が混じっていて、ヒジャブの女性が寿司をつくっているようすは現代のダイバーシティを感じさせる。

そして実際に、ウェグマンズのパック寿司は他のスーパーに置いてある寿司とは、まったくクオリティが違う。ずばぬけて新鮮で、おいしいのだ。

「数年前から、魚力と一緒にウェグマンズでジャパニーズ寿司フェスティバルを催したところ、大人気となり、30回近いショーをこなしてきました」(マークさん)

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Ellie Kurobe-Rozie
ウェグマンズの寿司パック。アメリカでの寿司は、マグロとサーモンに偏っていて、日本ではおなじみのイカやタコ、卵、光りもの、ホタテやツブ貝といった貝類は見られない。

そしてアメリカの寿司は日本とは違っていて、ツナとサーモンが多く、イカやタコ、卵、光り物といったネタは見当たらない。独自の発展をとげているのだ。

会長のダニー・ウェグマンさんが寿司フェスを気に入って、「毎日できないだろうか」といってきたが、実際には準備作業がたいへんで、現実的ではなかった。それがマンハッタンに進出する計画ができたことから、チャンスが訪れた。

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Ellie Kurobe-Rozie
値段が良い寿司セットでも、イクラやウニが入っていないことが多い。そして巻きものでは、大量にカリフォルニアロールが並ぶ。

ニューヨーク市に住む
日系人がターゲット

ウェグマンズがターゲットにしたのは、ニューヨークに住む日本人だという。

事前調査でわかったことは、日本人の51%がニューヨークに住み、しかもイーストビレッジの3マイル以内に住んでいるという。そしてマークさんらがニューヨーク市内の視察を行ったところ、よい日本食料品店はたくさんあるものの、品ぞろえが限られているので、そこにビジネスチャンスがあると考えられた。

日系人をターゲットにするというのは、狭い選択にも思えるのだが、マークさんによると、アメリカ人の食生活では、魚が占める割合は2%にも満たないとされる。さらに魚を買うとしても、アメリカ人が好むのは圧倒的にサーモン(鮭)で、33%にも上る。それに続くのが、タラ(鱈)、カレイ(鰈)といった魚だ。

「ウェグマンズには年間50万人以上のお客さまが来店されますが、その半分の方が年に一度だけシーフードを購入する計算になります」(マークさん)

魚屋の現場を仕切るエイドリアンさんは、寿司チームに加わって5年。自分が寿司チームのトレーナーとなっていたが、今回佐藤さんの指導のもとで一から学び直していて、現在の仕事はドリームジョブだと目を輝かせる。

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アスタープレイスにオープンしたウェグマンズの地階にある「魚屋」。右から、ウェグマンズの鮮魚担当マーク・フロムさん、魚屋プログラム担当のエイドリアン.M.ハッチンスさん、東京の魚力商事からNY駐在中の佐藤成就営業部副部長、カリナリー・コラボレーションズLLCのアダム・マクニコラスさん。マンハッタンに魚屋を出現させた立役者たちだ。

東京の魚力から来ている佐藤成就さんは、3カ月間の期間で滞在しており、魚の捌き方をエイドリアンさんに指導している。これから一年にわたって、魚力から3カ月にいっぺんずつトレイナーとなる社員がやってきて、ウェグマンズの社員を指導していく体制だ。

一般的にいえば、魚力では、新人が入って一人前になるのには5年かかるという。

「それを一年でやるプロジェクトなのですが、ともかく今の目標は、エイドリアンを育てて、次に彼がアメリカの従業員たちを指導できるようになっていけるようになることですね」(佐藤さん)

日本では高級魚の
金目鯛が売れ筋商品

売場には、日本から空輸されたサンマも並んでいて、40年ぶりに生のサンマを目にして、感動の涙を浮かべたという日本人客もいたという。そしてここで売れ筋になっているのが、意外な魚だ。

「金目鯛やキンキは、日本の魚屋では、値段が高いほうの魚なのですが、ここでは一番売れているくらいです。しゃぶしゃぶ用の切り身にして欲しいと頼まれて、何匹もいっぺんに買われるお客さまがいます」(佐藤さん)

どうやら「金目鯛のしゃぶしゃぶ」というのが、中国系の住民の間ではブームになっているらしく、たくさん買いあげていく客がいるそうだ。だが、実際にビジネスとして成立するのだろうか。あまり魚の食文化がないアメリカで、空輸をしてきた魚やマグロの解体は、はたして売上的にベネフィットがあるものなのか。

「十分に売上があるし、ウェグマンズにとっても魚の知識を手に入れるのは、大きなベネフィットです」

と説明するのは、カリナリー・コラボレーションLLC社のアダム・マックニコラスさんだ。同社は鮮魚や寿司用品の卸として、日本とアメリカをつないできた。

「たとえばアメリカでは、アンコウは尻尾しか食べない。残りの70%の部分は捨ててしまうのです。アンコウはアメリカでは『貧乏人のロブスター』と呼ばれていて、ロブスターのような味わいがあるとされるのですが、大部分は食べずに破棄される。それが日本の捌き方を学べば、今まで破棄していた部分も商品として販売できるわけです」

実際に多くのアジア系客たちは、アンコウを鍋に入れる方法を知っていて、買っていくという。

魚の頭やアラを売るのも、このアスタープレイス店の魚屋ならではだ。一般的にいえば、アメリカ人は魚の頭やアラを食べない。鮮魚店の店頭で、丸ごとの魚からフィレ(切り身)を切ってもらえば、残りは破棄される。

「ウェグマンズのブルックリン店では、前から魚の頭を求めるお客さまはいました。カリビアンや西インド諸島からの移民がたくさん住んでいて、魚の頭を求めに来られるのです。頭だけを売ってなかったので、フィレを切る前に、頭を切って差しあげると、とても喜ばれたのです」(マークさん)

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Ellie Kurobe-Rozie
切られたマグロはさっそくサクにされて、パッケージされて、売場に並べられる。だいたいサクひとつ(120〜140グラム程度)で$25ドルほどするが、飛ぶように売れていた。

売場には、まるごと一匹の魚を買って、どのように切ってもらえばいいか、「二枚おろし」「三枚おろし」「切り身」といった図解も示されている。また刺身のサクを買っても、頼めば、その場でスライスしてくれる。

変わったケースでは、若い客が買ったまるごとの鯛を、「頭から尾まで、まっぷたつにスライスして欲しい」と頼んできたそうだ。客のリクエストにできるかぎり応えるようにしているため、佐藤さんは乞われたように、頭から尾までをスライスして渡したらしい。

どう調理したかはわからないが、インスタやTIKTOK映えするものが流行っているのだということは想像がつく。

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まるごとの魚を売っている売場では、二枚おろし、三枚おろし、切り身など、日本式の魚のおろし方が示されていて、客はリクエストできる。
カマを買う日本人客、
刺身を喜ぶアメリカ人客

さて舞台を、マグロ解体ショーに戻そう。

マグロを解体していき、中落ちの部分がスプーンでこそげ落とされると、小さなカップに入れて周囲の客たちにタダでふるまわれる。見て楽しく、食べてうれしいショーだから、当然のようにショーのあとは飛ぶようにマグロが売れていた。中トロの柵で25ドルくらいと、日本よりは高いものの、他の食料品店に比べると、割安だ。

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スプーンで中落ちをこそげ落として、小さな容器にいれ、しょうゆをかけて、見物客たちに試食させてくれる。客たちにとってレアな試食チャンスだ。

マグロのカマを買った客は、マンハッタンに住むという日本人女性で、友人からウェグマンズで買った魚をもらって、この魚屋を知ったという。当日は、マグロを目当てに来て、始まる前にカマを予約したという。

いっぽうアメリカ人客のステファニーさんは、日本に滞在した経験が9年あるといい、日本語も流暢だ。「ニューヨークに住んでいて残念なのは、新鮮な生魚が手に入りにくいこと。日本に住んでいたときのような、刺身が買えてうれしい…」と言い、さっそくマグロのサクを購入していった。

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日本のスーパーでも、めったに見かけないアカヤガラも置いてある。これは売るというよりも、客の目を集めるディスプレー用の意味が強いらしいが、魚料理がうまい人であれば、垂涎(すいぜん)の食材だろう。

また、この日初めて来たというアメリカ人の若者二人組は、「マグロのカッティングをTIKTOKで観て、やって来た」と言い、圧倒的なSNSの強さを感じさせる。アメリカでの魚の消費量は、まだまだ少ないが、「日本での魚の消費量は年々下がってきている。これからは日本の魚を外に向けていくことも大事」と佐藤さんは語る。

マークさんも同様に、可能性の大きさを指摘する。

「アメリカ人が魚を食べる割合は少ないですが、反対にいえば、伸びるチャンスは大きいのです。アメリカのお客さまにシーフードをもっと気軽に調理して食べてもらうようになるということが、大きなチャレンジです」

この15~20年ほどで、ニューヨークの食文化は激変した。

ラーメンの店がどこにでもあり、OMAKASE やBENTOという言葉が英語として通用するようになり、トッポギやキムパがトレーダージョーズの冷食として売られており、食のダイバーシティが飛躍的に広がったのだ。

魚食文化というのは、いわばアメリカという北米大陸のブルーオーシャンだ。つぎに流行るのは“OTSUKURI”や“KAMA”、“ARA”といった単語になるかもしれない。

WEGMANS ASTOR PLACE

住所/499 Lafayette St, New York, NY 10003
営業/
7AM〜10PM
定休/
なし
公式サイト

Newsroom


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写真提供:黒部エリ

黒部エリ

Ellie Kurobe-Rozie

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒業後、ライターとして活動開始。『Hot-Dog-Express』で「アッシー」などの流行語ブームをつくり、講談社X文庫では青山えりか名義でジュニア小説を30冊上梓。94年にNYへ移住、日本の女性誌やサイトでNY情報を発信し続ける。著書に『生にゅー! 生で伝えるニューヨーク通信』など。