待ちに待った
パーティーを迎える

夕方になると地元のバンドが演奏を始め、ワインが振る舞われて100人ほどの招待客が木陰や敷地内のあちこちに置かれた木製のデッキチェアでくつろいでいました。客層もさまざまです。若いカップル、談笑するリタイア後の人々、大きな帽子をかぶった地元の社交界の人々、草で膝が汚れた子どもたちなど。芝生管理の“ブラッド・ピット”が素晴らしい仕事をしてくれたおかげでセピア色の夕暮れの中、ここは幻想的なパーティー会場になりました。

バブチュク・ワイナリーのレオニードさんとスヴィトラーナさん。
Nicholas Reiff

ゲオルギーさんと彼の妻、そして両親は、大きなプラスチックのジャグからオデーサ・ブラックをグラスになみなみと注ぎます。今夜のメニューは、濃厚な風味の羊肉のスープ、ウズベキスタンのプロフ(バターで炒めた米と脂身の多い羊肉を、ニンジンとカラント<ベリーの総称>で甘く味つけした炊き込みご飯のようなもの)、ミディアムレアのラムチョップ――まるで、ごちそう天国のようなパーティーは今も地球のどこかで再現されているでしょうか。いいえ、きっとそれはないでしょう。

スリヴィノのワインブースの横にはオルヴィオ・ヌーヴォのブースがあり、そこはパブロさんの息子が担当していました。そしてバブチュク・ワイナリー(Babchuk Winery)の製品は、香り高いロゼと軽めの赤ワインが中心です。ゲオルギーさんのチームは、今夜の抽選会とオークションのチケット販売に大忙しでした。

料理とワインが並んだテーブルを行き交う地元の人々の中には、この地域のブティック・ワイナリーのために、ソ連時代から残る多くの規制を少しずつ取り除く活動をしている弁護士もいました。これは、(まだウクライナのワイナリーのほとんどが大規模生産を行っていた)2018年に始まったばかりの活動で、それ以来着実に進められています。またパブロさんの知人で、樫樽(かしだる)のような体格にひげを生やしたウクライナ海兵隊員は、自身の駐車場の維持のために資金集めのくじ引きに参加していました(装備を維持するための独創的な資金調達は、戦時の多くの部隊にとって避けられない現実です)。

日が暮れた頃、バンドは休憩に入り、踊っていた人たちも散り散りになって、くじ引きが始まりました。景品はスリヴィノのロゴ入りTシャツ、3つのワイナリーのボトル、足つきグラスのセット。そして今回の本命は、自走155mm榴弾砲「Paladin(パラディン)」の弾筒でした。これには入札が殺到し、司会者が入札を募ると庭のあちこちから声が飛び交い、値段はどんどん上がっていきました。

そして、とうとう落札されました。この弾筒を手にしたのはサンドレスを着た若い女性でした。彼女はステージに駆け寄り、まるで特大のテディベアのようにその弾筒を抱きしめると、勝利の歓声を上げながらそれを高々と掲げたのです。

当たり前のことすら
奪われてはならない

バンドが演奏を終えると、パーティーの参加者たちは自分の車のほうへ行きました。チカチカと光るライトの下、木製の長いテーブルではゲオルギーさんの家族とバブチュク・ワイナリーのレオニードさんとスヴィトラーナさんが、加熱式タバコを吸い、チーズやパンをつまみながら取り留めのない話に花を咲かせています。

ゲオルギーさんは、「以前はよく、こんな風にパーティーをしていました。キーウから来る人もいれば、ヘルソンからバンドも来ていました。でも、戦争が始まってからはこれが初めてです。飲んで笑って、現実を忘れて…皆これが必要なのです。そしていくら戦争でも、私たちからこの喜びを奪うことはできませんと話しました。

彼らはパブロさんのために乾杯し、スリヴィノワインの最後の1本を空けました。すると、スヴィトラーナさんがテーブルの下から冷やしたロゼのボトルを取り出し、パーティーを締めくくります。これはフラミンゴピンクに輝く、リカーショップで売っているスクリューキャップのワインとは違います。秀逸なピノのような複雑さを持つ、真面目なワインです。

このテーブルについている人たち、つまり、この地域のブドウ畑で働く人たちは単なる職人ではなく、アーティストなのです。彼らはそのアートのためなら、命もかける覚悟を持っています。彼らにとってワインは贅沢品ではありません。ブドウ栽培とは人生の物語であり、家族であり、アイデンティティーなのです。そしてワイン造りとは、自由であること――彼らにとって、グラスの中の完璧さを追求することはロシアに対する究極の抗議行動でもあるのです。

ウクライナのワイナリー
Nicholas Reiff
最前線から40キロメートル離れたワイナリーの夕暮れ。

私はロゼのボトルを手に取り、ラベルをよく見てみました。なぜか(全てのワインでそうなのですが)、ボトルの裏にはアルコール度数が12%と書かれているのに、表には12.58%と書かれていることに気がつきました。それをゲオルギーさんに指摘すると、彼はおかしな顔をしました。ゲオルギーさんがそれをミハイロさんに見せると、ミハイロさんはクスクスと笑い出しました。「何がそんなにおかしいのか?」と聞くスヴィトラーナさんに、ミハイロさんはふざけたようにそのボトルを手渡しました。

スヴィトラーナさんは裏を見てから、表を見て、また裏を見ると、突然笑い出しました。心から笑っていました。まるで、「こんなおかしなことは初めて見た」といった風に。

笑い声は広がり、やがてテーブル全体が極度の興奮状態になり、涙を流し、息もできないほど笑い、ヒーヒーという言う声になりました。なぜこんなにおかしいのか、誰もわかりません。しかし、そんなことはどうでもいいのです。

少なくともしばらくの間だけは、不安も内部の混乱も忘れることができるのですから…。こうしている今夜にも、ロシアがまた軍事攻撃を仕掛けてきて、爆弾が落ち、サイレンが鳴り響く事態になるかもしれません。しかしこの瞬間、ここに集う彼らは無敵です。

Translation / Keiko Tanaka
Edit / Satomi Tanioka
※この翻訳は抄訳です