『ブレット・トレイン』日本公開にあたり「来日」……と記載してしまいそうになるほど、いまやハリウッド俳優としてのイメージが強い真田広之氏。実際、現在はLAに住み、帰国はコロナ禍もあって3年ぶりということ。

これまでの共演者はトム・クルーズ、ジョニー・デップ、ヒュー・ジャックマン、キアヌ・リーヴス、ハル・ベリー、ライアン・レイノルズといった、いわゆる“A-list”俳優らが並びます。そのリストに今回、現代ハリウッドの象徴とも言えるブラッド・ピットが加わりました。すでに50年以上のキャリア、20年以上のハリウッド経験があればもう慣れたもの。ブラッド・ピット主演作と言えども、「驚くようなこともなかったのでは?」と尋ねると、今回初めての経験があったそうです。

「まるでおもちゃ箱」
アクションとブラッド・ピットとの
アドリブ、問われた対応力

「新幹線車内での立ちまわりが主だったので、その狭い空間の中でいかに迫力を出すかというお題がひとつ、初めての経験でしたね。それから、監督(※1)やスタントマン、ファイトコレオグラファー(アクションシーンにおける立ち回りの振付師)たちの発想力。例えば、座席の後ろに相手が隠れるという設定を決めたら、『さあ、今度はどうやってやろうか。うーん、じゃあもう座席ごと刀で切っちゃおうか』と(笑)。そうしたら、その場でCGチームに確認して、『(CGで)切れるよね? できる? OK! それやっちゃおう!』となる。まるでおもちゃ箱ひっくり返したような現場でした。出てきた発想をいかに実現させられるかについても、みんなでアイデアを出し合って最終的に成功させてしまうという発想力は新しく、面白い体験でした。

リハーサルはあくまで“パーツづくり”で、最初から振りを決めていくのではありませんでした。リハーサルではこの小道具(武器)ならこういうよけ方、斬り方もあると攻撃バリエーションをつくり、あとは毎カット現場で話し合いながら動きを決めていきました。台本には”仕込み杖(※2)”としか書いてなかった武器が、リハーサル現場で小道具担当から渡されて見ると、(杖の持ち手が)ダックヘッドになっている。これ使えるね! と攻撃の仕方を考えていきました。そういう点であのアクションは、ハリウッドの小道具さんとのコラボでしたし、スタントチームとあれこれ距離感やらタイミングやらを合わせながらつくっていくのが日々楽しかったです」

※1 監督のデヴィッド・リーチは元スタントマンで、ブラッド・ピットのスタントダブル(危険なシーンや、その他の高度なスタントの際に起用される熟練した代役)も務めたこともある。

※2 杖の中に刀身が隠されているもの。 

真田広之
Sony Pictures
これが“仕込み杖”。演じる“エルダー”は息子の復讐を阻止しようとする父親役

その場で次々に、予想外の展開と注文が待っている現場。予定どおりのほうが労力がかからないことは確か。面倒くさそう……と思わずつぶやくと、「それはないです(笑) 制約があればあるほど何かが生まれるもの。むしろウェルカム。お題があるからこそ見たことがない動きが生まれるし、『さあ、これをどう料理してやろうか』と考える。それが本当に楽しくてね」と、思い出し笑顔を見せてくれたほど。

即興で次々に出される注文すら楽しむことができる対応力は、アクションだけでなく、ブラッド・ピットとのコミカルなアドリブにも光っています。思わず吹き出してしまいそうになるシーンに注目です。

真田広之
Wataru Yoneda
数々のソードアクションをこなし監督の注文に対応してきた手は、鍛えられていると同時に驚くほど美しい手でした。

ハリウッドで主演と同時にプロデューサー・デビュー

映画『ブレット・トレイン』は伊坂幸太郎作『マリアビートル』 を原作とし、日本が舞台。とは言え、アクション映画の背景としてつくられたのは、ハリウッド視点でつくられた架空の“日本”。実際の風景とは多少違う世界観があることも確か。他文化視点の日本像について数年前のインタビューで、「一役者として発言できる範囲は限界が見えてきた。タイトルを獲り、製作に関わることで発言権をもって変えていきたい」と目標を語っていた真田さん。

「その目標は変わっていません。実は昨年から実現しているのです。この『ブレット・トレイン』のあとに『ジョン・ウィック4』(2023年公開予定)を撮り、その後に入った(アメリカの有料テレビチャンネルFX製作の)『SHOGUN』というテレビドラマには初めてプロデューサーとして加わり、ハリウッドでは初主演で初プロデュースという形で実現しました。初めて日本からクルーを招聘して、各専門分野に信頼できる日本人スタッフを配することができるようになりました。『ラスト サムライ』から20年かかりましたが、ようやくキャスティング、スタッフィングに関われるようになれたのです。

製作側に回り、出番のない日も現場に行って、小道具、衣装、ヘアメイク、エキストラの動きを見ながらモニターの後ろでプロデューサーとしてチェックすることができました。新たなフィールドに飛び込めました。製作に入ったことで初めて見えてきたこともありますが、まずは第一歩が踏み出せたことに喜びと手応えを感じています。1作2作でハリウッドの状況を変えられるものではないですが、とにかくこれを続け、1作ごとに理解者を増やし、日本の素晴らしいクルー、キャストの才能を世界に紹介していく。その片棒が担げるといいなと……」

新たなステージに進んだハリウッド俳優・プロデューサーとして、「海外の現場に入りこんで仕事をするために必要なことは何なのか?」と訊(き)くと、「実はプロデューサーになっても、やっていることはこれまでと変わらないのです。遠慮せずに言うべきことは言うことです」と断言。

真田広之 ブレット・トレイン
Wataru Yoneda
ベスト 4万1800円、シャツ3万3000円、パンツ3万9600円(すべてsuzuki takayuki

世界で活躍するための仕事術

オスカー俳優コリン・ファースを相手に戦争犯罪人を演じた『レイルウェイ 運命の旅路』(2013年)は、英・豪・スイス合作、レイフ・ファインズ主演のロマンス映画『上海の伯爵夫人』(2005年)は英・仏・中、イアン・マッケランと共演した『Mr. ホームズ 名探偵最後の事件』(2015年)は英国製作、セシリア・チャンとチャン・ドンゴンが共演した『PROMISE』(2005年)は中・韓・米合作。各国の超がつくほどの実力派俳優と対峙してきた真田氏ですので、「世界で活躍するためのに必要なことは?」の答えは実に説得力のあるものでした。

「やはり日本人として求められるものをしっかり携えていき、それを口だけではなく相手の目の前で発揮できる。それは各パート、どんな役割でも言えることですよね。ちゃんと体現して納得させる。そして、それを押し付けるのではなく、やることはやる…。でも謙虚に、手柄は相手に持たせてあげられる余裕を持つことかなぁって思います。お互いがそれをやれば、いいところもより一層引き出せますよね」    

ポジティブな製作現場にするために

20年以上各国の映画製作現場を経験した真田氏は、「『ブレット・トレイン』の現場は、特に雰囲気がよかった」と言います。プロデューサー・デビューを果たした今、「国際的な製作現場をより快適なものにするために必要なことは何か?」を続けてこう説明しています。

「やはりお互いの文化を、リスペクトとして学び合うという姿勢で臨むことですね。そうなると、スムースに事が進むまでは2~3カ月かかってしまうのですが、一度理解し合い、信頼し合ってからは非常に良い相乗効果が生まれます。この作品の現場ではそれがあって皆で一緒に、『誰も観たことないものをつくろう』『奇跡に近いことをやろう』という思いがありました。その実現に向けて、未知なる道を歩んでいくお互いの思いがいい空気をつくったのでしょうね。

組んだからにはお互いのいいところを出し合い、足りないところを補い合う。このチームでできるベストを抽出しようとする努力を、決して惜しまないことです。そしてダメなときにも、相手を決して責めない。難しいですけれど…。相手の足りないところを責めるのではなく、それはこちらがフォローし、それで相手ができたら相手を称える。そのやり取りの繰り返しが、強い信頼を生むのではないかなと思います。そのためにも、仕事にはある程度の余裕が必要ですよね」

バブルがはじけ、真田氏も出演した『リング』(1998年)などが火を点(つ)けたジャパニーズ・ホラーの世界的ブーム以来、日本映画はアニメ以外の世界的な成功が難しくなり映画・映像業界も閉塞気味。お隣の韓国や中国と比べ、「国際化が数年遅れている」と言われる現在、一部の監督・プロデューサーたちが現場を改善しようと努力を続けています。そんな中、突破口を開いてくれている現代のパイオニアとして、またメンターとしても世界のHiroyuki Sanadaに大きく期待がかかります。


hiroyuki sanada
Sony Pictures

『ブレット・トレイン』
2022年9月1日(木)公開

原作:伊坂幸太郎「マリアビートル」(角川文庫刊)
監督:デヴィッド・リーチ
キャスト:ブラッド・ピット、ジョーイ・キング、アーロン・テイラー=ジョンソン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、アンドリュー・小路、真田広之、マイケル・シャノン、サンドラ・ブロック

公式サイト

Styling: Norihito Katsumi/Koa Hole inc. Hair&Make: Yoshihiko Takamura/SOLO.FULLAHEAD.INC