昔から、寄り道ばかりしていた性と言えますが…まずは、映画の話の前に音楽の話から…。
音楽とともにMV(Music Video)好きの私め(筆者)としては、トム・ローランズ(Tom Rowlands)とエド・シモンズ (Ed Simons)によるユニット「ケミカル・ブラザーズ(The Chemical Brothers)」は、欠かさずチェックするアーティストです。これまでの中でも最高だったのは、1999年にリリースされたアルバム『Surrender 』の中でオアシスのノエル・ギャラガーがボーカルを務めた『Let Forever Be』。日本でも、2009年には三菱地所の企業CM「次だ。NIPPON」にも使われていたので、ひとたび聞けばそのメロディラインを思い出す方も少なくなくでしょう。
ですが、そのMVに関してはどうでしょう? そこまでご覧になった方はいないはず…。これは、今ではMV界の鬼才として知られるMichel Gondry(ミシェル・ゴンドリー)作品であり、その後のMVづくりに多大な影響を与えたのでした。
そんな流れの中、2016年1月にケミカル・ブラザーズが新たなOfficial Music VideoがYoutubeのチャンネルの公開されるのを聞きつけ、チェックすると…。
タイトルは「Wide Open ft. Beck」、ベック(Beck)とのコラボレーションというわけです。これがなかなか、制作はVFXの会社として多くの作品を手掛けてきたThe MillとディレクターデュオのDom&Nicということで、最先端のVFXが活かされた素晴らしい作品でした。このMVを肴に、ワイン2、3本は空けることができるでしょう。
登場人物は美女一人、美しくも感極まった表情で踊る姿がつづられています。ただその姿は、ゆっくりとそのカタチを変えていく…というよりも、カタチを失っていくといったものです。タイトルの「Wide Open」とは直訳で、「大きく開かれた」という意味になります。ですが、何度も繰り返されている「I’m wide open」 という歌詞を加味して判断すれば、「恋人がいない空虚な状態」といった感じでしょうか。恋を失った切ない心の空虚感を、この映像効果で表現していることに気づきます。
踊る彼女の姿がゆっくりと消えていく…つまり、記憶の中の恋人が、いつの間にか無機質な存在となり、ゆっくりと消えていくさまを語っているのでしょう。ひとつ気になるのは、鏡に映る姿を観ているとき、その後ろにもう一人、五体そのままの姿で通り過ぎる彼女の姿は何を意味しているのか? これを語るとまた長くなるので、これは皆さんへの宿題ということにしましょう。
で、ようやく本題です。
このケミカル・ブラザーズの「Wide Open ft. Beck」Official Music Videoで、ダンスをしていた演者はソノヤ・ミズノ(Sonoya Mizuno)。彼女は1986年7月1日に東京で生まれ、その後イギリスで育った日系イギリス人。バレエダンサーでありモデルであり、女優としても活躍する人物です。
そんな彼女が2020年春、新作ドラマで主演となり、全米で話題となっていたので、ここでその話題を見逃すわけにはいかないので、少々ご紹介しましょう。その新作ドラマとは、第88回アカデミー賞(2016年2月28日開催)で視覚効果賞を受賞したSFサスペンス映画『Ex Machina(エクス・マキナ)』のアレックス・ガーランド監督がメガホンを取り、シリコンバレーを舞台にした『Devs(原題)』というミニシリーズ化された作品になります。
ソノヤ自身の映画デビュー作でもある映画『エクス・マキナ』。その際の、言わば恩師とも言えるアレックス・ガーランド監督と、再びタッグを組んで臨んだ意欲作と言っていいでしょう。本作はシリコンバレーを舞台に、IT企業Amayaに務めるリリー・チャンが恋人の死の原因に、自身が勤める会社の開発部門が関わっているのではないか?と疑い、それを調査していくといったSFスリラーになります。
彼女は20歳のときにモデル活動も開始し、シャネル、アレキサンダー・マックイーン、イヴ・サン=ローラン、ルイ・ヴィトンなどでモデルを務めています。ロンドンのThe Royal Ballet Schoolを卒業してからの数年間は、彼女は自らが進むべく道を吟味していたようにも思えます。彼女はプロのダンサーとしての道を歩み、お年寄りのために『Sleeping Beauty(眠れる森の美女)』を踊り続けるか…? それとも、その契約を終わりにして、俳優としてのチャンスをつかむか…?
そうして後者を選んだソノヤ。 彼女は早速フライトを予約し、そして飛行機に乗ってアメリカ西海岸へと渡ったのでした…。 「私の選択に間違いはありませんでした。まるで恋愛のように、いまはうまくいっています」と、ブルックリンでの雨の午後、お茶を飲みながらソノヤは語っています。
この作品は、彼女が主役を演じるにふさわしいストーリーとも言えるでしょう。Amaya社という架空の量子コンピューティング会社でリリー・チャン(Lily Chan)という名前のソフトウェアエンジニアをソノヤは演じます。IT 企業の陰謀がテーマだけに、当然サンフランシスコが舞台。ソノヤ演じる主人公リリーの恋人が殺されてしまった背景には、勤め先のAmayaが秘密裏に進めている開発が絡んでいるのでは…?という疑惑から物語は進展していくのでした。
2014年に、ソノヤが映画『エクス・マキナ』のオーディションを受けたとき、ガーランドはすぐに彼女の異常な才能に気づいたそうです。ガーランドはソノヤをカメラの前にしたとき、それでも演技に関しては少々の苦労は必要であろうと思っていたそうです。が、実際、カメラマに立ったソノヤに関しての感想は…。
「最初からレンズ越しに見た彼女は、自身に満ちた表情でした。始めてのテイクから、そのテイクの撮影終了までの数秒間、ソノヤは自分を見失うことはなかった…」とガーランドは語ります。
「これはソノヤには、バレエで培ったパフォーマンスに対する思いが確立していて、それがそのまま映画撮影の現場でも発揮されたからでしょう。バレエの際、本番に臨むまでには、何度も練習に練習を重ねた上で完璧な自分を表現するよう精進するクセが彼女にはついているのです。臨むはずです。そうした彼女の本番へ挑むための基本姿勢の確かさを、このときしっかりと認識できたのです」
そうして映画『エクス・マキナ』は大ヒットし、その成功を受けてミズノはロサンゼルスへとその本拠地を移し、彼女は映画のキャリアを積み重ねていったのです。数回のインディーズ作品に出演の後、2016年には映画『ラ・ラ・ランド』で高評価を受けます。
しかしながら、そんな彼女でも最近まで、先の生活を苦労する古典的な俳優生活をおくっていたようです。 「お金を節約するために、私はできる限りのことをしていました。演技のレッスンを受けた演劇スタジオで、トイレットペーパーをいただいたこともありますので」と、今年2020年7月に33歳となるソノヤは言います。
映画『エクス・マキナ』への出演によってソノヤは、自らのキャリアのおいて「俳優としての自分であるべきか?ダンサーとしての自分であるべきか?」という迷いを吹っ切る、絶好の機会になったと述べています。
「私は、自分はダンサーであることを前提に映画に出演しているのか、それとも俳優としての演技を望まれて映画に起用されているのか、常に自分の中で戦っていました。そして私はこの映画に出演後、ダンサーとしての私が望まれているのではない…と感じられるようになったのです。そして私自身、自分をダンサーとして見てほしくない…と思うようになったのです」と彼女は言います。
しかし2018年公開の、同じくアレックス・ガーランド作品である映画『Annihilation(アナイアレイション -全滅領域-)』に出演することで彼女は、『自分は俳優でありダンサーでもあるべき存在かもしれない』と気づいたそうです。
「そう考えたと同時に私は、私自身が俳優としての道をしっかりと歩み始める決心がついたことに気づきました」とソノヤ。 その苦悩の日々を過ごすソノヤにとって、ガーランドはよきアドバイザーだったようです。
そんな彼女もジョン・M・チュウ監督の作品、映画『Crazy Rich Asians(クレイジー・リッチ!)』への出演依頼をもらったときには、当初少しばかり躊躇(ちゅうちょ)したようです。
「この映画の中で私は、アジア人を否定的な意味で描写する人物として出演するのは嫌だったので、脚本を読ませてもらってから判断させてもらいました。それは私の大きな勘違いでした…。とても面白かったので、『この映画に参加する手はない』って思ったんです」とソノヤ。
そうしてこの映画は、大成功となりました。「こうしたアジア人の俳優の迷いは、アジア人なら誰もが似たような経験をしているようです。ハリウッドでは、これがアジア人であるトークン(証)でもあるようです」と彼女は言います。 さらに、「その選択は間違いありませんでした。本当に面白かったです。楽しい映画づくりに参加できて本当によかった…自分にとって、実に有意義な作品になったので感謝しています」と続けて語ってくれました。
そんな経験をしてのち、ガーランドとの再会を果たしたソノヤ。そこでガーランドはソノヤに、非常に特別なエネルギーを持つ女性主人公という大役を任せたのです。静かなる力で表現する、もの悲しいパフォーマンスを期待して…。
「彼女には、それができる能力があることを知っていました。そして彼女は、本当にそれを実現することも…」とガーランドは言います。ソノヤはダンサーとしての訓練の日々のおかげで、その精神力の強さは常に画面上からも感じることができるのです。
ガーランドは、このときのソノヤの演技に驚嘆したようです。「ソノヤの演技には、違和感がなかった…。彼女自身、ソノヤではなくリリーのようだった。疑う余地すらなかった…」と彼は言います。
ソノヤ演じるリリー・チャンは、静かで決定的な強さで、企業のスパイ活動および億万長者が擁する無制限のパワーに対し、見事対峙できているのです。ニック・オファーマンが演じるAmaya社の創設者であるフォレストが開発した、未来が予測できる量子コンピューターにも…。
『Devs』のクライマックスは、1つの最終的な選択へと帰着します。チャンはそれまで、フォレストが開発した神のような機械で破壊される森の未来を見てきました。しかしその瞬間、チャンはその流れに逆らおうとします…。
「彼女の思考は、特別で究極とも言っていいエージェンシーに属しているのだと思います…」とソノヤは言います。 「彼女(チャン)はいつも、違っていました。彼女は他人の意見など気にもせず、常に我が道を行く生き方です。そして彼女の考えには、深く力強い信念が存在しています。そうしてその信念に基づいて、彼女は行動をとります。それが彼女の日常なのです」 というのが、ソノヤが抱く役への解釈…その一部のようです。
ソノヤは最後にこう語っています。「チャンの行動は何を狙ってか? どうしたいのか? は、私が語ることではありません。これは観ている皆さんが、自分なりに解釈すべきことだと思っています」と…。
それでもソノヤは、2020年3月5日より全米で配信開始されて全8話で終わったミニシリーズのラストシーンに関して、ほんの少し語ってくれました。「最後の私に姿勢は、バレエをしていたころを思い出させるものでした」とのこと…。
さて彼女は、この『Devs』はどんなラストを飾ってくれたのでしょうか? 日本での配信時期はまだ発表されていません。もう少し楽しみに待つとしましょう。
Source / ESQUIRE US