Netflixにウェス・アンダーソンが登場するということ

映画『グランド・ ブダペスト・ホテル』『アステロイド・シティ』などで知られるウェス・アンダーソン監督。その最新作の4本がNetflixより、『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』を皮切りに全世界独占配信が開始しました。

まず9月27日(水)から配信を開始したトップバッターの『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』は、1977年に出版されたロアルド・ダールの短編集「奇才ヘンリー・シュガーの物語」のいわば音楽界で言うことの「タイトルトラック」となるもの。このあと連日、同短編集内の1編を原作とする残り3本の短編映画が配信されました。28日(木)が『白鳥』、29日(金)が『ネズミ捕り男』、そして30日(土)にトリを飾るのが『毒』です。

この原作者と同じく「奇才」と称されるウェス・アンダーソンですが、彼のキャリアをさらに格上げする仕上げの段階としてふさわしい題材と言えます。

preview for Asteroid City Trailer

登場人物のキャラクターも秀逸であることはもちろん、ストーリーもとてもユニーク。また、アンダーソン自身のキャリア初期をここで再び探求しているように、奇抜でインパクトあるエモーショナルな部分以上に、ストーリーテリング…すなわち「語り」というテクニックを(アンダーソンらしく)奇抜に取り入れるにぴったりの短編小説なのです。アンダーソンがこれを原作に選んだということを考えるに、彼は改めて自身の根源、すなわち「映画で何を表現したいか」を深堀りしたかったに違いないでしょう。

ロアルド・ダールと言えば、ティム・バートンによるあの映画、『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)の原作者としても知られる英国の児童文学者ですので…。そして、原作短編集の映像化権はNetflixが取得していたということで、今回このようなカタチでお披露目となりました。

複雑に織り重なる約40分間

まず、原作者ロアルド・ダール本人がこの映画に描き出される物語を紡ぐ、最初の語り手として登場します。ヘンリー・シュガーという名の資産家が手に取った本の中では、また別の物語が展開しており、そこで今度はその本を読むヘンリーに語り手が入れ替わります。本の中には、目を使わずに物が見えるようになった患者について語る医師が現われ、その患者が今度は自分自身の過去を語り始める…。 

そんな「入れ子細工」のような物語が約40分間、テンポよく折り重なるように展開していきます。登場する順に言うなら、ベン・キングズレー、ベネディクト・カンバーバッチ、デーヴ・パテール、レイフ・ファインズという豪華な俳優陣が、その口々に繰り出す言葉の波に乗りながら、ウェス・アンダーソンならではの映像美に彩られた場面の数々がダイナミックに展開し、眼を閉じる暇さえないほどです。

henry sugar,
Netflix

卓越したユーモア、交差するシチュエーション、調和を奏でる色彩を造形、しゃれた内装、ときにコミカルな動きを見せる登場人物など、つまり、ぱっと見はいつものウェス・アンダーソン作品ですが、今回はそこに加わる新たな要素を無視するわけにはいきません。

それは、自身の根底に流れる児童文学への素朴な思いを、アンダーソン流の鮮やかな彩(いろどり)で包み込もうとでもしているかのよう。あの『グランド・ブタペスト・ホテル』以降、特に顕著さを増したアニメーション的な演出ですが、今回の『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』では、いよいよその切れ味はさらに増しています。

ウェス・アンダーソンの新境地へ

その結果として生み出されたのが、これまでのウェス・アンダーソン映画に比べ、さらに複雑に洗練されたこの作品というわけです。アマチュアイズムを取り戻した彼が、プロフェッショナルとしての卓越した感性と技術でまとめあげることで、自身のストーリーテリングと芸術性を次なる高みへと引き上げることに成功した、そう実感できるはずです。

高い文学性を随所に光らせながら、演劇的な演出を恐れずに披露し、ときに絵本的な素朴さをのぞかせる。この新たな挑戦によって、これまで大きな謎のままだったウェス・アンダーソンの頭の中がいくらか明かされたとは言えないでしょうか。

それは、「童心を抱き続けるひとりの大人として、ともすれば10代の青年のような表情も見せながら、かつて子どもだったすべての大人たちへの映画をつくるという境地に至った…かのようです。そんなウェス・アンダーソンの美学にすみずみまで彩られた本作『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』を、ぜひお楽しみください。そして続く『白鳥』『ネズミ捕り男』『』も併せて。

Source / Esquire Italy
Translation / Kazuki Kimura
Edit / Ryutaro Hayashi
※この翻訳は抄訳です