現地時間2023年11月14日(火)にパリでワールドプレミアが開催され、ある意味”凱旋”公開されたばかりのリドリー・スコット監督最新作『ナポレオン』。この映画の魅力は、偏(ひとえ)にホアキン・フェニックスが演じる、“英雄”ナポレオン・ボナパルトの人間像に依(よ)ります。観る視点によって変化するよう、いくつもの異なるレイヤーで組み立てられた“ナポレオン像”は、最初から最後までその不可解さゆえに目が離せなくなるほどです。

11月22日(水)の全米公開を前に、この作品の魅力の一部をご紹介します。

ホアキン・フェニックスとリドリー・スコット監督
Marc Piasecki//Getty Images
11月14日パリでのワールド・プレミアにて。2024年にフェニックスは『ジョーカー』の続編、スコット監督は彼と組んだ『グラディエーター』の続編を控える。

『グラディエーター』(2000)以来のタッグを組んだリドリー・スコット×ホアキン・フェニックスが描き出した、フランス革命後のナポレオンの半生と彼のさまざまな人間的側面のうち、最も衝撃的で魅力的なもののひとつは皇帝ナポレオン一世の「小者感」です。 

『ナポレオン』予告編

これはyouTubeの内容です。詳細はそちらでご確認いただけます。
【ホアキン・フェニックスは最高の俳優だ!】映画『ナポレオン』特別映像<12月1日(金)全国の映画館で公開>
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ホアキン・フェニックス演じるナポレオンの卑小さ

作中のナポレオンは、毒親育ちのアダルトチルドレン。基本的に自信がなく、確固たる意志もありません。特に女性に対して恐れのようなものを感じていて、のちに王妃となるジョゼフィーヌ・ド・ボアルネにコントロールされるようになります。毒母に支配された息子のため、すれっからしのジョゼフィーヌにとって調教するのも赤子の手をひねるようなもの。ナポレオンはあっという間に妻に依存するようになります。

ヴァネッサ・カービー演じるジョゼフィーヌ皇后
Sony Pictures
『ミッション:インポッシブル』シリーズでもおなじみ、ヴァネッサ・カービーが演じるジョゼフィーヌも新鮮。

劇中、妻が夫の自己肯定感を上げるべく叱咤激励するシーンでは、何分演じるのがヴァネッサ・“マーガレット王女”・カービーなので、「あなたは偉大な男になるの!」といったような強めの口調の字幕がぴったりハマっていましたが、むしろ、「ちゅごいでちゅねぇ。偉くなれるようにがんばりまちょうね~」と言っているように聞こえました。幻聴です。ですがそのくらい、ホアキンのナポレオンは大人になっても甘えん坊なのです。

josephine and napoleon played by joaquin phenix kissing
Sony Pictures
この作品におけるナポレオンとジョゼフィーヌの関係は、日本史なら豊臣秀吉と淀君に相似。

ナポレオン・ボナパルトの壮大な野望。空っぽの動機

ホアキン=ナポレオンが興味深いのは、大きな野心と比べ、はるかに軽い動機です。端的に言えば、母と妻に褒められるため以上でも以下でもない。褒められないと気が済まない自己肯定感の低い彼は、バカにされることを異様に嫌い、見下してきた人間を屈服させるためなら、何十万という兵士の命を無駄にすることも厭(いと)わず、反対に、ここぞという時にお家に帰ってしまったりするのです。どこかの国の代表でいたような気がするタイプです。やっていることの大きさに見合わない動機、それが彼の器の小ささを強調します。 

joaquin phoenix stars as napoleon bonaparte in apple original films and columbia pictures theatrical release of napoleon photo courtesy of sony picturesapple original films
Courtesy of Sony Pictures
有名なエジプトでの「敵前逃亡」の背景も説明し、世界史の勉強にもなりそう

「オマエは器じゃない」

ネタバレになるため詳らかにはできませんが、エジプト遠征時ある“もの”とナポレオンが対面した際、皇帝としてつまずく未来を暗に指し示すようなシーンが登場します。ナポレオンが上記のセリフを吐かれたかのようなそのシーンは、コミカルすぎて噴き出してしまうかもしれません。

ではなぜ、そんな小者が皇帝にまで上り詰められたのか? それを解き明かしていく物語だととらえれば、がぜん面白くなる…そんな気がします。

ホアキン・フェニックス演じる皇帝ナポレオン・ボナパルト
Sony Pictures
情けなくて卑怯なナポレオンを、ホアキン・フェニックスが絶妙に演じる。これまでのような“英雄像”を期待して観に行くと、「思っていたのと違う!」となりそうな予感。

小者を掻き立てるもの。妻ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネとの結婚

彼の空っぽな野心のもととして、作中触れられるもののひとつに「出自」があります。ナポレオンが新興貴族の家庭に生まれたことを知れば、フランス革命後の社会でもなお権力を振るっていた“本物の”貴族に対しての対抗意識、敵愾心(てきがいしん)などはかなり納得できます。しかし、彼らを排除してもなお飽き足らず、王権を超え、皇帝の座へ掻き立てる動機の源が垣間見られるのは、婚姻のシーンです。

リドリー・スコットと脚本のデヴィッド・スカルパは、わざわざ2人の口から出生地を吐かせました。世界史に全く興味のない人なら見過ごしてしまいそうなそのシーンで、きっとハッとし、想像するはずです。夫婦は共通するコンプレックスを抱え、そして世界に対して同じような復讐心があっただろうと。

ナポレオン戴冠式
Sony Pictures
ルーヴル美術館の目玉のひとつ、ジャック=ルイ・ダヴィッドの作品で有名な「戴冠(たいかん)式」も、まるで絵画をそのまま忠実に再現しているかのよう。しかしここでも、王権を侮(あなど)るナポレオンの傲慢さと同時に、器の小ささが際立ちます。

2人の共犯者はともに怒りと野心を抱え、ついには世界の王と王女となる…。結婚の場面は、「I'm the king of the world!」 と叫んだジャック(akaディカプリオ)のダサくてイノセントな名場面とは正反対の、ダークでクールなシーンと言えるでしょう。

英雄視されているナポレオンにリドリー・スコットが最後に放つ皮肉

器でない人が英雄になってしまう過程は、意外にもカタルシスを解放させてもくれます。それは、既得権益を崩壊させてくれるからでもあり、大胆な選択に驚かされるからでもあり、自分でもなれるかも⁉と夢を見させてくれるからでもあるでしょう。ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンが憧れてしまったのも、無理はありません。

しかし、本来ならなるべきでなかった権力者の挑戦は、野心以外のレベルが低いので、雑で配慮がなく、その分多くの犠牲も生みます。それを最後の最後、エンドクレジットの直前に「あなたはこれを偉業と呼ぶのか?」とばかりに突きつけるリドリー・スコットの(いい意味で)性格の悪さは、この作品を観るなら絶対に見逃せない瞬間です。お見逃しなく。

ホアキン・フェニックス演じる皇帝ナポレオン・ボナパルト
Courtesy of Sony Pictures
伝説のワーテルローのは戦いは、戦闘場面を得意とするスコット監督ならではの壮大さ。しかし相対するように、思わず「ナポレオン、ちっせぇ」と呟いてしまいそうなシーンも…。

『ナポレオン(原題:Napoleon)』

2023年12月1日(金)全国公開

監督:リドリー・スコット(『グラディエーター』『オデッセイ』)
脚本:デヴィッド・スカルパ(『ゲティ家の身代金』)

出演:ホアキン・フェニックス(『ジョーカー』『グラディエーター』)、ヴァネッサ・カービー(『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』)、タハール・ラヒム(『モーリタニアン 黒塗りの記録』)、ルパート・エヴェレット(『アナザー・カントリー』) 

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