世界最高峰のルーヴル美術館で起こったエジプトの盗品密売に、新たな捜査対象者が…

2022年5月、2013年から2021年にかけて「ルーブル美術館(Musée du Louvre)」の館長を務めていたジャン=リュック・マルティネス(Jean-Luc Martinez)は、2011年の「アラブの春」の混乱に乗じての盗難に見舞われた美術品が美術商や鑑定家の協力を経ての「洗浄」ののち、それをUAE(アラブ首長国連邦)に2017年11月に新設した姉妹館「ルーヴル・アブダビ(LOUVRE ABU DHABI)」が購入した疑いで、同美術館のエジプト部門責任者ヴァンサン・ロンド(Vincent Rondot)、著名なエジプト学者オリヴィエ・ペルドゥ(Olivier Perdu)と共に拘束され、捜査に及びました。

マルティネスは事件当時、ルーブル美術館アブダビの購入委員会の委員長を務めていました。そこで必要な確認作業を怠り、さらに盗難品の購入に手を貸したとして責任を問われている…つまり、「ルーヴル・アブダビ」を舞台に展開した盗難美術品密売およびマネーロンダリングに関与した疑いにより、「犯罪者詐欺と資金洗浄の共犯」の罪で起訴に至っています。ですがマルティネスは、弁護士を通していかなる不正行為も否定し続けているのが現状です。そんな彼は2021年9月より現在も、遺産分野の国際協力担当大使を務めています。そのときの彼への評価コメントは、「…特にルーヴル・アブダビの目覚ましい成功により、ルーヴルの国際的な影響力を強化した」とその功績を讃えていたのでした…。

"from one louvre to another" exhibition in abu dhabi
Anadolu Agency//Getty Images
2017年12月19日、「ルーブル・アブダビ」で開催された「FromOneLouvreto Another」展のプレスプレビューでスピーチを行う、当時ルーヴル美術館 館長であったジャン=リュック・マルティネス。

およそ2カ月後、
この事件に新たな進展が…

そして新たにフランス当局は、関係者である同美術館キュレーターを含む2名を拘束し、この国際的な美術品売買の捜査にさらなる一歩を踏み込むことを示しました。

フランスの日刊紙「リベラシオン」のウェブ版(2022年7月24日付)が公開した記事によると、「『オランジュリー美術館(Musée de l'Orangerie)』の元幹部で民間企業『アジャンス・フランス・ミュゼウム(AFM)』の部門長キュレーター(学芸員)を務めるジャン=フランソワ・シャルニエ(Jean-François Charnier)とルーブル美術館のキュレーターを務めるノエミ・ドーセ(Noëmi Daucé)は当時、当該のエジプト古美術品に関して『盗品の可能性が高く出所が疑わしい』という警告があったにも関わらず、それを購入するよう新設されたばかりの分館『ルーヴル・アブダビ』に促した」という疑いが持たれているとのこと。その数は少なくとも2点あり、その額は数百万ドル相当とも言われています。

この2人は当時、2017年の「ルーヴル・アブダビ」開館に向け、古代遺物の合法性と出所を証明する任務を負っていた前出の民間企業「AFM」に勤務していました。その際に過失があった疑いがこのたび浮上したというわけです。2022年7月26日付で公開された「ル・モンド」紙のウェブ版によれば、「警察は彼らが受け取ったコミッション(売買手数料)に焦点を当てて調査中」ということです。 

AFM(現在はFrance Muséumsと名称を変更)」という機関は、「ルーヴル・アブダビ」を実現するための国際的コンサルタント会社として2007年に設立されました企業ででもあります。同館オープンまでの数年間、美術品購入を提案する前に市場にある展示品を選定し、その法的出所を確認する責任を負っていたというわけです。民間企業でありながら、パリのルーヴル美術館を筆頭株主とする公的セクターを抱き込んだ大々的な機関でもあります。

general views of the louvre abu dhabi museum
Tom Dulat//Getty Images
ルーヴル・アブダビ内部の様子。2017年撮影

さらに「ル・モンド」紙の同記事によれば、問題の2人は2013年から2021年まで、AFMの科学委員会の会長も兼ねていたマルティネスと一緒に仕事をしていたということ。現在パリのルーヴル美術館のキュレーターであるドーセは、かつてAFMの考古学部門の責任者でした。そして、その上司に当たるAFMの科学部長がシャルニエ…。つまりシャルニはマルティネスの「右腕」であり、その右腕はドーセだったというわけです。

シャルニエは現在、サウジアラビアのアルウラ地域の文化開発のために、別のフランスの文化機関であるアファルラの顧問を務めています。

ルーブル美術館
AFP Contributor//Getty Images
ジャン=フランソワ・シャルニエ

売買額は5000万ユーロ。古代美術の密輸はテログループの収入源とも。警察は「真のプロとしての怠慢」と非難

文化財専門の特殊警察であるOCBC(文化財産不正取引取締中央部)が「リベラシオン」の報道を受け提示した報告書は、AFMはこの事件に関わる「真のプロとしての怠慢」と「例外的な市場価値と遺産価値を持つこれらのエジプト古美術品を処分することを、迷うことなく犯罪ネットワークに許可した」としています。パリのルーヴル美術館とともに、この事件の当事者であるルーヴル・アブダビによって取得された盗品古美術の価値は、合計で5000万ユーロ(約70億円)以上…。これら多額の売買がAFMによって承認されたことを追及しているというわけです。

「密輸された考古学的遺物の売却は、この地域のテログループの収入源としても知られている」と、「リベラシオン」は指摘。正義のためのクルーニー基金の新しい報告書からの追加情報も加えています。 

※正義を促進することを目的に、ジョージとアマル・クルーニー夫妻より2016年に設立された。ユニセフとも協働。

general views of the louvre abu dhabi museum
Tom Dulat//Getty Images
ルーヴル・アブダビ

「リベラシオン」が引用したOCBCの報告書によると、「シャルニエ、ドーセ、マルティネスの3人は他の専門家の警告を聞くよりも、クライアントを喜ばせること、美術館のホールを埋めること、UAEとの外交関係を保つことにより関心があるようだ」と、調査官は述べました。

また「ル・モンド」紙は、「犯罪者が入手した古美術品の入手に関与した可能性があるというニュースが2022年の春先に流れると、シャルニエは勤めていたアルファラ社の科学部長を辞め、社長顧問というより静かな立場になり、当局からの取り調べに備えるようになった」とつづっています。さらに「リベラシオン」によると、「シャルニエは、ツタンカーメン王を描いた花崗岩の石碑のうち、少なくとも1点については(盗品である可能性を指摘した)周囲のスタッフの懸念を跳ねのけた可能性がある」とも言っていいます。

つまり、単に不注意で購入したのではなく、知りながら購入を承認した可能性があるということ。ちなみにこの作品は、「アブダビ首長国の文化観光局長のモハメド・ハリファ・アル・ムバラク氏(ルーヴル・アブダビ取得委員会副委員長)の意向を受けて、ルーヴル美術館が取得したものだ」と言われています。

シャルニエとドーセに取り調べを実施したものの、まだ罪は確定していません。マルティネス氏は盗品密売事件に関して、依然と無実を訴えています。そんな中、フランス政府は6月に文化財保護大使としての役割のうち、美術品の売買に関する職務を停止しました。

オークション会社サザビーズが紛失か。消えた400万ドルのタイヤモンド

フランスで、国の機関を司るプロが盗品を購入した事件が起こったのと時を同じくして、アメリカではオークションハウスのプロであるはずのサザビーズが、400万ドル(現在の為替で約5億4000万円)のダイヤモンドを正体不明の人物に手渡し、行方不明になったという…まるで犯罪映画のような事件がスキャンダルとなっています。

事件
Lisa Maree Williams//Getty Images

消えたのは45個のイエローダイヤモンド。これはビバリーヒルズのジャデル・ジュエリー&ダイアモンズ社のもので、所有者は社のオーナーのジョナ・レクニッツ氏です。彼はニューヨークとハリウッドのセレブ界で有名なデベロッパーであり、政治資金調達者と知られる人物。ジャデル社はキム・カーダシアンなど、数人のセレブに衣装として同社製品を貸し出してきたことでも有名です。

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ジュエリー業界サイト「JCK」はこの訴訟内容を取り上げ、レクニッツは(投資会社M&Lファイナンシャルに) "多額の借金 "をしていたため、同社にこの宝石(700万ドル相当)を渡したと伝えています。M&L社は2019年4月、担保として差し出されたダイヤモンドを将来の販売委託も検討しつつ、サザビーズに鑑定に出したと語っています。

ところがサザビーズがダイヤモンドを預かっている間に、もともと宝石の所有者であるレクニッツの会社、ジャデル社の“代理人”と名乗る人物が宝石を受け取りにサザビーズに現れました…。その際サザビーズは、「レクニッツから代理人が来る連絡を受けた後だった」と主張しています。

その数カ月後M&L社は、サザビーズからダイヤモンドをジャデル社=レクニッツの代理人に渡したことを告げられたとのこと。それ以来、ダイヤモンドは行方不明になっているというわけです。

brett whiteleys work "opera house" goes to auction
Michael Loccisano//Getty Images
※写真はイメージです

契約書が争点に。見ず知らずの“代理人”に引き渡したサザビーズの責任を問う裁判所判断

2020年にM&Lは、「宝石をいわば質入れしたはずのジャデル社の代理人に、そもそも渡すべきではない」と主張し、サザビーズを訴えました。「CNN」の報道によれば、「レクニッツはサザビーズを推薦していた」とM&Lは主張。「レクニッツがサザビーズの宝石担当の専門家クィグ・ブルーニングと友人だったことが後に判明した」と付け加えています。

当初、下級裁判所は契約書にジャデル社がM&Lファイナンシャルとの共同保証人として記載されていたため、「サザビーズがジャデル社の代理人に商品を引き渡すのは合理的だ」との判断を下していました。

しかし2022年7月14日、カリフォルニア州の控訴裁判所はこれに同意せず、M&Lがサザビーズに対して契約違反の訴訟をさらに進めることを認めました。判決によるとすべては契約書の文言によるそうで、サザビーズの幹部であるブルーニングは「“委託者名”の欄に、『Jadelle Jewelry + M&L Financial Inc.』と記載されていた」と主張しています。

これにM&Lは反論。「この表現は不正確で、金融会社だけを記載すべきだと口頭で抗議したにもかかわらず、それでも書類にサインした」と言います。これにサザビーズ側は、「この問題が提起されたことはない」と反論しています。

控訴裁判所は今月、書類の裏にある「細かい字」に注目し、「M&Lはダイヤモンドを(サザビーズに)渡し、(サザビーズの専門家に)それらがM&Lのものであると伝え、委託販売を見込んでサザビーズに鑑定してもらうためにそれらを残した」と判断しました。

「サザビーズがM&Lのために間違いなくダイヤモンドをオークションにかけるという合意はまだなかったが、オークションの可能性がサザビーズの関与のポイントだった」と主張、そしてさらに「サザビーズがこの契約に違反して、ダイヤモンドを『赤の他人』に渡した」と続けています。

サザビーズの広報担当者は「CNN Business」の取材に対し、「回収した人物はジャデル社の正規代理人だった」と反論。「委託者は定期的にサザビーズに代理人への引き渡しを指示しており、今回も引き取り時に代理人が必要な身分証明書を提出した」と述べました。またサザビーズは、「訴状にある申し立ては根拠がなく、真実でないことや誤った表現に満ちていると考えている」「われわれは法廷で精力的に弁護を続ける」と声明を出しています。

友人関係にある人物の間で、電話一つでビジネスに関わる代理人を立ててしまうこともそうですが、400万ドルもの宝石を顔も知らない人物に手渡すこと自体、プロ意識に疑いをもたざるをえません。

しかしながら、世界最高峰とも呼べるルーヴル美術館の館長にもなった人が5000万ユーロもの出所が怪しい美術品の売買に関わってしまったことを考えると、一般的には想像もできないほどの“いい加減さ”を極めたビジネスがなされているのかもしれません。いやそれとも、その逆の“丹念さ”を極めた欲望でビジネスが…そんなことがないことを祈っています。