アメリカのカーメディア「CAR AND DRIVER」による、ブガッティのクラシックレーシングカー「タイプ51」の試乗レポートをお届けします。

「タイプ51」は、ブガッティのレーシングカーとして最多の勝利数を誇った「タイプ35」の後継モデルとして、1920年代後半に生み出されました。排気量2.3リッターの超小型の直列8気筒エンジンにはツインカムとスーパーチャージャーが追加され、「150馬力をはるかに上回るパワーと、時速200キロ超での走行」を実現していました。

まずは走らせる前の“儀式”から…

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MICHAEL SHAFFER//Car and Driver

今からおよそ90年も前につくられたブガッティ「タイプ51」を2022年の現在に走らせるのは、そう簡単なことではありません。まずは助手席側のダッシュボードの端にある農薬噴霧器のようなポンプ式ハンドルで、燃料タンクを加圧する必要があります。それから小さなレバーを操作して、燃料供給ラインを開いたら、ダッシュボードの反対側のポンプを使ってエンジンに燃料を送り込みます。

その上でボンネットを開けて、スーパーチャージャーへとオイルを送り、ボンネットを閉めてから、ボディの右側外部に設置されている金属製のシフトをニュートラルに入れます。

スターターを押すと、轟音が響き渡ります。ダイアルを回しながらアイドリングを調整すると、エンジンが700rpm前後で回転していることを白く美しいタコメーターが示してくれます。もしここでエンストでもしようものなら、同じ作業をまた最初からやり直さなければなりませんが…。

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MICHAEL SHAFFER//Car and Driver
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MICHAEL SHAFFER//Car and Driver

今回、私(この原稿の著者であるブレット・バークさん)が試乗する機会に恵まれたブガッティ「タイプ51」は、同社のコレクションに所蔵されている1台です。が、厄介な作業を車鑑定士のルイジ・ガリ氏が手伝ってくれたことはとても幸運でした。

フランス、ドイツ、イタリア産の高級ヴィンテージカーを専門領域とする鑑定士の彼は、ブガッティの車のことならまるで人間ウィキペディアとでも呼びたくなるほど、何から何まで熟知しています。

この車は、まさにレーシングカーと呼ぶにふさわしい車です。そのことを確信したのは、痩身の自分でも窮屈(きゅうくつ)に感じられるほどに狭い運転席に身体を押し込み、まるで藁(わら)のような細さのコックピットに両脚をねじ込んだときでした。

その奥には、まるでシュールレアリズムのキネティックアートか何かのような3本の金属製ペダルが配置されていたということも、特筆しておくべき事柄でしょう。小さな旗のようなクラッチ、アールデコのシャンパンフルートのようなブレーキ、細長い棒の先に車輪が2つ付いたような形のアクセル。「なぜこんなことになっているのでしょうか?」と訊けば、「ブガッティ一族は、芸術家の家系でもあったのです」とルイジ氏はその知見を発揮して述べています。

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MICHAEL SHAFFER//Car and Driver

1978年式の「ポルシェ928」と同じく1速ギアが左下に配置されたシフトレバーで、2速ギアは1速の真上に位置しています。「そのことだけ覚えておけば、あとは何も問題ありませんよ」と、ルイジ氏が言います。かつてはチェコの紳士が所有していたというこの「タイプ51」ですが、その後は日本で年月を過ごし、そして2002年に再びブガッティの本拠・フランス北東部のアルザスへと帰還したものです。

公道走行も可能なように登録されていますが、今回はブガッティが「シロン」や「チェントディエチ」を製造する、同社のシャトー(お城)と呼ぶべき工場の周囲だけを走らせる計画です。バックストレートでは3速までギアを上げ、そこから門をくぐってセキュリティーハウスへと向かいます。数億の価値のある歴史遺産ですので、無茶な運転などはできません…。

ダイレクトで偽りのない反応、そして予想外の速さ

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MICHAEL SHAFFER//Car and Driver

スタートさせるまでは大変な「タイプ51」でしたが、走らせてみると思いのほか親しみやすく、驚きました。木製リムとアルミニウムでつくられたステアリングホイールは扱いやすく、レスポンスも申し分ありません。シフトレバーのパターンは上記の通りやや奇妙ですが、操作性は正確でした。アシスト無しのブレーキを踏むのには脚力を要しますが、ブレーキの効きはそう悪くはありません。

わずか1600ポンド(約726キロ)しかない車重の軽さも手伝って、エンジンの力強い回転は心地良い走りへと直結します。この「タイプ51」を走らせながら思い起こされたのは、不思議なことに日産「240Z」やマツダ「RX-7」の初期モデルといった1970年代の日本スポーツカーでした。反応がダイレクトでメカニカル、素直で力強く、さらに正確で楽しく、そして思いのほか速いのです。

短時間のドライブでしたが、キルスイッチを押して革製のドライバーズシートからわが身を解放した後、古さを感じさせない車であったことに改めて気がつきました。かつてはF1マシンとしてモナコGPを制したこともある、極めて洗練された車だったのです。こだわり屋の日本人でさえ、何世代も費やしてやっとたどり着いたドライビング・エクスペリエンスを、1920年代という時代にまるで時空を超越するかのようにして完成させていました。

Source / CAR AND DRIVER
Translation / Kazuki Kimura
※この翻訳は抄訳です