マリー・ラランヌのプライベートのアートコレクションを観るのは、まるで自由気ままにつくられた家族のスクラップブックをのぞき込むような感覚となるでしょう。

なぜなら、そこには彼女の両親であり、20世紀のアートの潮流を代表する芸術家クロード・ラランヌとフランソワ=グザヴィエ・ラランヌによってつくられた、自然をモチーフにしたシュルレアリスム(現実の常識や物理法則などを捨て、無意識の世界を表現した手法。20世紀前半に、フランスの詩人 アンドレ・ブルトンを中心に広められた。日本語では「超現実主義」と訳されることが多い)の彫刻であふれていたからです。

そんな作品の数々が、2022年12月7日にアメリカでは史上最大と言える規模でクリスティーズのオークションに「Sculpting Paradise: The Collection of Marie Lalanne」のタイトルで出品されました。アメリカのクリスティーズの責任者ダフネ・リウ氏は『タウン・アンド・カントリー』誌で、これらの作品に対して敬意とともに次のように語っています。

「フランソワ=グザヴィエ・ラランヌとクロード・ラランヌは共に、『アートは日常生活の一部であるべきだ』と考えていました。こうした理想が、彼らが創った作品の彫刻的側面と機能的側面の両方に表れています」

クロード・ラランヌの彫刻作品
Courtesy of Christie's
「Orchidée Necklace」1980年頃、クロード・ラランヌ作

Sculpting Paradise: The Collection of Marie Lalanne」と題された今回のオークションでは157作品が出品され、落札総額は1900万~2900万ドル(約25~38億円)になると予想されていました。

遊び心にあふれた作風を得意とするフランソワ=グザヴィエ作の花瓶は、1本の水草の上では小鳥が一休みをしていて、水面下では魚たちがつつましく泳いでいる池のように見えます。

また、堂々と両腕を広げて鎮座したブロンズのゴリラが天板を支えているコンソールテーブル(壁に片面をくっつけて使われるテーブル。天板は奥行きの狭いものが多く、ヨーロッパで飾り棚として親しまれてきた)も、彼の作品です。 展示フロアのあちらこちらには、彼の代表作であるブロンズ製の羊の彫刻が置かれています。

一方、クロードの作品は、より神秘的(あえて言うなら「メランコリック」といったところでしょうか)な作風です。銅とブロンズでつくられた頭部のオブジェは、鳥の巣のように絡みついた葉と小枝の飾りに覆われ、至福の表情で横たわります。

ステンレスのフォーク、ナイフ、スプーンは木の枝に姿を変え、ネックレスなどのアクセサリーも同様に形をゆがませています。さらに多くの作品を観れば、20世紀に活躍した著名なファッションデザイナー エルザ・スキャパレリの、シュルレアリスムを取り入れた作品を思い起こさずにはいられません。

クロード・ラランヌのアート作品
Courtesy of Christie's
「Iolas Flatware Service」1966年頃に制作

「巨大な彫刻から繊細なイヤリングまで、あらゆるスケールでつくられたラランヌ夫妻の優れた作品は、時を超えた美しさをたたえ、その創造性は無限のように感じられます。 どの作品も精緻かつユニーク。そして、二人の作風の特徴とも言えるウィットやユーモア、斬新さに満ちています」と、リウ氏は解説します。

多くの芸術家や著名作家(ヘミングウェイやドガ、マネ)にとってそうだったように、20世紀半ばのパリ・モンパルナスはラランヌ夫妻にとっても芸術における人生の中心でした。

1948年にフランソワ=グザヴィエは、ルーヴル美術館のアテンダントとして働きながら近隣にアトリエを借りました。好都合なことに、隣に住んでいたのは彫刻家のコンスタンティン・ブランクーシ(ルーマニア出身の彫刻家。20世紀の抽象彫刻に多大な影響を与えたとされている)です。そこでブランクーシは、フランソワ=グザヴィエをマルセル・デュシャン(「現代アートの父」と称される芸術家)やマックス・エルンスト(シュルレアリスムの代表的な画家の一人)といった芸術家たちに紹介したのです。

フランソワ=グザヴィエ・ラランヌのテーブル
Courtesy of Christie's
「Gorille Consolé」2014年、フランソワ=グザヴィエ作

フランソワ=グザヴィエの生活はその4年後、プライベートもアートの面も変化を遂げることになります。

当時、彼は主に画家として活動しており、1952年に初めて行ったギャラリーでの展示は絵画作品でした。その後に妻となるクロードに出会うのですが、程なくして二人はともに彫刻家としてのキャリアをスタートします。二人が自分たちの作品の観客を開拓し始めたのは、それからおよそ8年後のことになります。そして迎えた1960年代には、イヴ・サンローランとフランスの実業家ピエール・ベルジェが、ライブラリーに展示するオブジェとしてシルクで覆われたブロンズ製の羊の制作を二人に依頼したというわけです。

現在、ラランヌ夫妻が遺した作品は画家であり娘であるマリーの手に委ねられ、マリーがコレクションの管理を行っています。リウ氏は、「マリーは間違いなく両親からインスピレーションを受けていますが、両親もまたマリーから影響を受けているのです」と話します。

「一例を挙げると、フランソワ=グザヴィエの有名な『Singe Attentif』は、マリーの絵から着想を得たものですし、クロードはマリーにサルの絵を依頼しているのですが、 その絵は長くまっすぐな尻尾のサルが両手をそろえて高いところに座っているものだったのです」

今回のオークションで世界中に作品が送り出されることを、非常に残念なこととして受け止める人もいるかもしれません。ですがマリーにとって、これはラランヌ夫妻の認知度を世界中の人々にさらに広め、その遺産を確固たるものにするための壮大な計画の一部であるに違いありません。そして、「彫刻の楽園」の領土を拡大するための…。

Source / Town & Country
Translation / Keiko Tanaka
※この翻訳は抄訳です。